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Dog tag  作者: 七緒湖李
28/109

番号 1・2・3・4・5

 スナーレはギャンブルの町だ。いたる場所にカジノがあって、正装が必要な格式高い店から庶民的なものまで。

 そんな町だから当然犯罪組織が絡んでいると思われがちだが、世界的に戦争がなくなり平和志向が強まったことで、そういった非合法組織も排除されつつある。カジノ経営者は国の厳しい審査に通った大金持ちに移行してきていた。

 とはいえまだ一部には荒っぽい連中の巣くう店はある。

 スナーレの中心地から離れた町の外れの安宿の二階から、ロカたちは向かいの建物を監視していた。

 並びの二人部屋を三つ借りて角部屋が、ボギーの潜伏先とされるカジノの正面だったため、六人全員がいまは狭い部屋にいる。外は暗く夜の帳が下りて随分と経っていた。

「いかにもってやつらが出入りしてるなぁ」

 壁に身を潜め、窓からカジノを見ていたライが室内を振り返った。

 二つあるベッドの片方ずつにヘリングとディオ、ラッシとトゥーランが陣取っているため、ロカはベッドの足元に申し訳程度にある簡素な机に腰を預けていた。

 椅子はライが使っていて、窓から戻った彼がドカと腰を下ろす。

 ベッドとベッドの間にあるサイドテーブルにランプを灯しているだけでは、なんとか全員がそれぞれの表情を読める程度にしか明るくない。オレンジの火を頼りに六人は会話を続ける。

「娼婦らしい女も入っていくしそういう目的の店でもあるんだろう」

 ヘリングが言えば向かいのベッドでラッシが気遣うような顔をした。

「ボギー以外……特に女性は傷つけたくないね」

「カジノなんて腕っぷしの強いやつらが雇われて目を光らせてる。強引にボギーだけ連れて行こうとしてもそいつらが黙っちゃいない。組織とつながってるなんて、本当わかりやすい奴だけど、これは面倒だね」

 トゥーランがイライラとして舌打ちしたところで、ああ、とディオが頷く。

「ああいう手合いは喧嘩を売ったらしつこく絡まれる。なんだろう……面子だろうか?なんにしてもやることが古臭い連中だ」

 ディオのげんなりした様子にライが苦笑いを浮かべた。

「時代とともに淘汰されるなら俺たちのやってた傭兵のほうが早く消えるさ。仕事がなくなったあとまっとうな道に進めればいいが、たいていはこういう場所に集まってくる。カジノの用心棒らしき連中のほとんどが元傭兵っぽいぞ。しかも30代前後の体力ありまくり世代だ。こりゃあ俺やラッシ、トゥーランには荷が重いかな」

「もう僕たちは中年だからねぇ」

「若者三人に働いてもらえばいい。怪我をしたらあたしが治療してやるから」

 年長者三人の話を聞いたディオとヘリングが顔を見合わせ口を開いた。

「最近、わたしはフォークより重いものが持てなくなったんだ。年齢のせいかな?」

「俺も筋肉痛が次の日じゃなく一日空けて出るようになった。もう年だ」

 なんて嘘くさい。

 思ったロカに五人の視線が集まる。

「え?なんだその目。まさか俺に行けって言うんじゃないだろうな?」

「察しがいいなぁ。そうそう、ロカがカジノでちょこーっと大きな声で騒いでくれりゃあ、店の連中の目がおまえに向く。ボギーはロカが乗り込んできたことで泡を食って逃げ出すだろ?そこを俺たちが叩くって寸法だ」

「わたしたちは五人。万が一にも取り逃がすことはないだろう」

「ああいうカジノじゃちょっとした騒ぎは日常茶飯事だろうし、僕らが全員が剣を抜いて乗り込んで、関係ない人をパニックにするよりずっといいね」

「ロカは中で「ボギーを出せ」と言うだけでいい。ただ、棒読みにならないようにな」

「一人じゃ不安だっていうならあたしがついてってあげようか、ボウヤ」

 ロカは順に仲間の顔を見た。

 誰も冗談を言っている様子はなく、でも面白がっているのがわかる。

「雑な計画プランじゃないか?ボギーがあのカジノにいないことだってありうるんだし」

「ボギーはまだちゃんとあそこにいるから心配ないよ」

 ラッシが大丈夫と自信満々に請け負う。

「え、まだ?いつ調べたんだ?従業員みんな口が堅くて情報を聞こうにも、金じゃ動かないってことだったじゃないか。常連客を見つけて――」

 ラッシはうん?と首を傾げた。

「だから、二日も使って朝から晩まで見張ってたら、入りびたりの常連客ぐらいわかるよ。その中で口の軽そうな奴に金を握らせたら教えてくれた。要人部屋に滞在してる男はあの店の経営者と懇意にしていて、時々カジノで遊んでるってことでね。で、特徴を聞いてみたらボギーだろうって。あれ?ロカには話してなかったかな?」

「聞いてない」

 するとヘリングが思い出したというように会話に割って入った。

「ロカが宿の飯を食いに行ってる間に話してたんじゃなかったか?」

「そうだっだかな?順番にご飯に行ったから……いなかった人にも誰か話していると思っていたよ」

 ラッシがこう言うと他の数人からもそうそう、と頷きが返された。

(絶対違う)

 金階級ゴールドランクになった自分を、本当にそこまでの実力を得ているか確認しているのだ。

 これではまるで五人から試験をされているようだ。

 ロカがそう思ったところで、トゥーランが組んでいた足を崩しニヤと笑った。  

「情報共有はパーティ内じゃ必須。確認を怠ったおまえが悪いよ、ロカ。我が夫ながらラッシは厳しい男だからね。無害そうな顔をしてるところがタチが悪い」

「ひどいな」

 やはり。

 誰もがわかっていて教えなかったのだ。

 一人で行動するのが癖づいて、仲間とはどういうものかすっかり忘れていた。自分の知りえたことを報告するのはもちろんだが、もれがあることを防ぐために新たな情報がないか確認することも必要だった。

「その客がボギーに俺たちのことを話すことはないのか?」

「その分の金も渡したよ。まぁ、ロカの心配が現実にならないとも限らないから、こうして動くつもりなわけだけど」

 ラッシの言葉のあとすぐに、ライが手を挙げて皆の注目を引いた。

「はい、よっしゃ。じゃあ話を進めるぞ。あのカジノには裏口のほかに隠し通路があっただろ」

 隠し通路も初耳だがロカは黙っておいた。

「ボギーはたぶんそこから逃げる。まぁ、前と裏に一人ずつ配置するとして、あと屋根にも一応一人か。まさか塀を乗り越えて逃げるなんてしないだろうが、万が一ってことで上から見ておきたいしな。だから隠し通路の出口には二人行く。その二人でボギーを押さえるってことになるか」

 本当に雑だ。

 綿密な計画はあえて練らないのか――練れないのか?

 いやまさか、とロカが無表情の下で思い悩んでいると、ヘリングが気になったように声を上げた。

「それはわかったが、誰がどこを担当だ?」

 その瞬間、ディオが「番号~」と号令をかけるような声を上げた。

「1」

 ヘリングが言う。

「2」

 ラッシが言う。

「3」

 トゥーランが言う。

「4」

 ライが言う。

「じゃあわたしが5か。ロカ、1から5で好きな数字は?」

「え?1?」

「では1から5のなかで好きでも嫌いでもない数字は?」

「あー……3?」

「よし、隠し通路の出口にはヘリングとトゥーランで。あとは適当に決めよう」

 ヘリングとトゥーランがよしと拳を握った。

「んじゃ俺、屋根の上でいいか?まさかの塀越えに賭ける」

「僕は表でも裏でもどちらでもいいからディオが決めてくれていいよ」

「わたしは裏にする」

「じゃあ僕は表だね」

 話がまとまったと思ったら、全員が武器を手に一斉に立ち上がった。

 傭兵として独り立ちできるまでロカは彼らの側で傭兵の伊呂波を学んでいたが、そのころのことが鮮明に思い出されてきた。

 ゆるく見えてもいつの間にか情報を集めていた。

 それぞれに得意とする仕事をこなすが、全員がメインを取りたい仕事のときは、恨みっこなしというようにクジなどで役割を決めていた。

 あの頃と全然変わらない。

(まだまだ俺じゃかなわないな)

 ロカは微かに笑って最後に腰を上げた。

 部屋を出ていく準備を整える彼らに倣い、剣をと思ったところで、

「あー、ロカ、おまえは剣はおいてけよ」

 とライに言われた。

「?」

「カジノで騒ぐときに武器をチラつかせれば、相手側も同じものを手にする。それじゃ流血沙汰になりかねないだろ」

 ボギー以外傷つけない。そこは守らねばならないらしい。

 ロカは剣から手を離した。

 そのときになってやっと彼は、あ、と気が付いた。

「なぁ、俺だけカジノで騒ぐ役って勝手に決められたんだが」

 年上の仲間たちはそれぞれに目を見交わした。そして一斉にこちらを向いた。

「「「「「一番下っ端だ」」」」」

 全員の声が見事に揃った。

 ぷは、とロカは吹きだした。






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