遠慮がないのはお互い様
真夜中もとうに過ぎた時間だった。ロカはルスティの部屋の扉を開けた。
ランプを灯した部屋で、窓を開けようとしていたルスティがベッドの上から振り返る。
「ロカか。下はまだ?」
「ああ。さっきカーナが俺の前に二階に寝に来ただろ。あとは全員昔話に花を咲かせている」
「年長組はみんな酒に強いからな~。そんでニアンはあれだな。下戸に近いぞ。夜も苦手みたいだし、一番最初に爆睡って。カーナの部屋に運んだとき悪戯しなかったか~、ロカ?」
「そんなことをしたらやめられる自信がない」
ルスティの机にはメモ書きや工具が乱雑に置かれていて、壁にはよくわからない設計図がいくつも貼り付けられている。
ロカはベッドとは逆の壁に置かれた横長のソファに腰を落ち着ける。靴を脱ぎ捨てると端に丸まっていた布団を引っ張って、クッションを枕に寝そべった。
狭いそこに無理やり体を合わせるように横を向き、こちらを見ているルスティに目を向ける。
「ニアンのこと良かったのか?」
ルスティは一瞬、質問の意図を図りかねるような顔をし、すぐに思い当たったようだ。
「嫌だって言ったら身を引いてくれるのか?」
「できない」
「じゃあ、聞くな。まだ傷は浅いんだからさ――ニアンを泣かすなよ」
「ああ、もう見たくない」
「もうって、どれだけ泣かせてんだ。おまえのことだからデリカシーのないことずけずけ言ったんだろ」
いま現在、遠慮がないのはルスティのほうだ。思ってロカは苦く笑った。
「気をつける」
「バッカ、本気じゃない。泣いたっていうのは、伯爵のじーさんと両親のことだろ。おまえからニアンのことちゃんと聞いたあと、気になったからその後どうなったか調べたぞ」
「え?」
「結論から言ってパリト伯爵は町の人間に殺されてた。そのとき屋敷にいた客ってのも死んでる。商人から成りあがって相当金を持ってたらしい。黒い噂の絶えなかった男だ。伯爵と手を組んでなにかやるつもりだったんだろ。二人とも金の亡者だったらしいし」
客の男。おそらくそれはニアンの言っていた変態婚約者だ。
「パリト伯爵が死んでいまは町人たちで自治を行ってるけど、それも長く続かないだろう。王都で後釜になる貴族を決めたって話だ。それからニアンの両親は伯爵の死を知ったみたいでジュビリーから消えた。探せばどこに移ったかわかるけど、どうする?」
「ニアンに会わせたくない。知っていれば奴らのいる町には近づかない」
「了解、調べとく」
あ、とルスティが思い出したように窓のほうへ体を向けた。
「寒いけどちょっと開けるぞ」
ガタガタと窓を開けてルスティは身を乗り出した。窓の外には鳩用の小さな鳥小屋がある。
「お、戻ってた。おいロカ。連絡来てるぞ」
ロカが身を起こし待っていると、鳩の足の筒から取り出したメモを読んだルスティが振り返った。
「スナーレ」
「あ?」
「ボギーだよ。カントゥス地方のスナーレにボギーはいる」
「確かか?」
「おまえを消すための依頼を傭兵ギルドに出したのが運の尽きなんだ。用心して潜伏先とは別の町のギルドから依頼をしてたみたいだけど、人が関わるほど事情を知らない奴が増えてく。そうなると依頼人探しも楽だ。金で人は口を開く。俺の仲間が裏どりしたから信じてくれていい」
ロカは脱いだはずの靴を急いで履いて部屋を出ると、階下に降りて明りの灯る部屋に飛び込んだ。
そこにいた皆の視線が彼に集まる。
「ボギーはスナーレだ」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
レリアを除く全員が立ち上がる。
「準備をして朝には出立するぞ」
ライの言葉にロカを含む元傭兵たちは頷いた。
◇ ◆ ◇
目が覚めた。
日除けに垂らした布の向こうはすでに明るい。
意識が覚醒してくるにつれニアンは昨夜のことを思い出した。
唇を撫でて我に返る。
寝息が聞こえてそちらを向けば、この部屋の主であるカーナが眠っていた。
ニアンはルスティが作ってくれた簡易ベッドから身を起こして、静かに身支度を済ませると廊下に出た。
階下で人の気配がする。
階段を下りて部屋に入ると、レリアがテーブルに並んだ食器を片づけているところだった。
おはようという朝の挨拶に返事をしたニアンは片づけを手伝う。
食器はてっきり昨夜の物だと思った。
だがレリアから告げられたのは予想とは違った事実だった。
ロカは昔の仲間とともにすでにロスロイを旅立ったあとだった。