優秀なパーティ
ライたちは一通り仲間との再会を喜んでいた。
ラッシの予想通りハンティンは今回参加しないらしい。ここに来るまでにヘリングとディオが彼のいる村へ寄って確かめたそうだ。
ロカはテーブルに着いたまま、たったいま到着したばかりの二人を眺める。ライと似た筋肉質で逞しい肉体を持つヘリングは、一番最近まで傭兵をしていたと聞いただけあって、戦士のような風格と貫禄がある。黒い髪をロカ以上に短く切っていて太い首が余計際立つ。
ちょうどロカとは十歳違いだ。
対するディオは三十代半ばのはずだが若々しい。金髪に近い茶髪は伸ばしたのか一つにまとめて片側にゆったりと垂らし、一目で上質とわかる衣服をまとっていた。
傭兵でありながら紳士的にふるまうため、昔から異性にモテていたがそれは健在だろうという気がする。
トゥーランを誉めて気持ち悪がられているのを、見るともなく見ていた視線に気が付いたのか、ディオが振り返ったためロカはつい身構えた。
「やあロカ、久しぶりだ。一年……いや二年経つかな?」
歩んでくるディオがふぅんとばかりにロカを見つめる。子どもの頃、ディオのこういうところは値踏みされているようで苦手だった。
「前はまだどこか幼さが残ってたのにすっかり傭兵らしくなった。それに以前はもっと死んだような目をしてたのに……なんだか変わったようだ」
死んだような目?
同じテーブルについていたルスティが、ぶはっと吹き出して腹を抱えて笑う。
「確かにおまえ、長く傭兵続けてくうちに笑わなくなって、いつ会っても楽しくなさそうな顔してたよな。ニアンに会って変わったんじゃないか?」
「ニアン?誰だい?」
「あー、ロカが連れてきた女の子。すごく可愛いんだよ。ほのぼの~とした子で癒されるんだよね。俺、狙ってんだけど、ロカも最近ニアンのことが可愛いとか言い出してさ。興味なさそうな顔してたくせに」
「恋か。いいね。恋は人生を豊かにする。大いに励むといい」
「ロカが恋?なんだかそぐわない言葉だ」
ルスティが騒ぎ立てたためかヘリングまでもが話に加わってきた。ディオより背の高いへリングは大男と言えるくらいで、骨ばった手が椅子にあるロカへのびた。
額をぐいと押され、仰のかされた。
見上げた先でヘリングの黒に近い焦げ茶色の瞳と目が合った。
「いい面構えになったな。で、目標は達成したのか?」
こっちは無遠慮なところが相変わらずだ。触れられるのを避けようかと思ったが、子どものころ触るまでしつこく手を伸ばされたことを思い出したのでやめておいた。
「ああ。だから辞めた」
「階級は?」
「金」
ディオがヒュと軽い口笛を吹いて笑顔でロカの肩を叩いた。
「その年で金階級になったのか。で、宣言通り家を買うだけの金も貯めたと。結局わたしは銀止まりだったというのに。すごいな、才能の違いか」
「金はライとヘリングだけだったのがロカも加わったんだ。僕たちのパーティはずいぶん優秀だね」
ラッシがにこにこと言うのを聞いてルスティが耳を疑うような顔をした。
「え?父さんって金階級だったんだ?ウッソ」
「おうルスティ、マジで表出ろや」
ポキポキと指を鳴らしてルスティに近づくライの首根っこをトゥーランがつかんだ。
「親子喧嘩ならよそでやってくれないか。うちを壊されちゃたまらないからさ」
離せともがくライを笑いながらヘリングが、
「俺もライも退いているんだ。現役の金には劣るだろう」
そう言うと、ライはうーんと唸ってロカに顔を向けた。
「おいロカ。手合わせしろ」
「は?」
「おまえ、傭兵を辞めたばかりだろうが。現役と言ってもいいくらいだ。うちに来たときに言ってた手合わせも結局していなかったし、俺とヘリングでおまえの腕を見てやる」
「それはいい。今の職場じゃ歯ごたえのないやつばかりで面白くなかったんだ」
ライに同意するヘリングがロカの肩をつかんだ。その異様に強い握力にロカは違和感を覚えて彼へ尋ねた。
「ヘリングの今の仕事は大都の役人だったよな?」
「ん?役人は役人だが机に向かっているわけじゃない。上級役人……つまり要人の警護が仕事だ。日々鍛錬もしているぞ」
それは傭兵を辞めても現役続行しているのと変わらないではないか。
大都はロスロイから南南西へ馬で一日半ほどのところにある。フォルモサ国の王都に何かあった場合の副都市となるため、そこにも王都ほどではないが要人がいるのだ。
「要人警護?じゃあ対象者に張り付いていないといけないんじゃないか?よく休めたな」
「いや、そこまでべったりしないさ。それに休みがないわけじゃない」
「こいつは警護対象者の偉い人に好かれいるからな。一生に関わる大事と言って休みをもらったらしい」
ヘリングの代わりにディオが答える。彼もヘリングと同じ大都に住んでいた。
ディオ曰く運命的に出会った貴族の娘と結婚して、本物の爵位を持つ紳士になってしまった。その関係で上級役人ともつながりがあるのかもしれない。それとも二人は仲がいいので、日常的に会っていてお互いのことを知っているだけか。
「話はまとまったかな?じゃあさっそく始めよう。剣は危ないから、練習用の木の剣でいいかい?」
楽しそうな様子でラッシがいそいそと準備を始める。それを見たトゥーランがあきらめたように家の裏を親指で示した。
「表じゃ近所の目があるからやるなら裏だ」
「審判はわたしがしよう」
ディオが任せてくれとばかりに請け負い、ルスティがワオと楽しそうな顔になった。
「ロカとヘリングの勝負なんて見なきゃ損じゃん」
「ルスティ、父さんもいるんだが……」
「別にそれはどうでもいい」
「泣いていいかな」
ロカ自身はまだやると言っていない。が、この流れでは手合わせするしかなさそうだ。
立ち上がった彼を見てヘリングがニヤと笑う。
「やる気になったか」
「あんたとどれだけ差が縮まったか知りたいからな」
「お、その様子じゃ自信ありか?」
「ヘリングこそ余裕だな」
「まぁ頑張るさ」
答える顔は笑っているぐらいで、まったく動じていないのが癪に障る。
このやろうとロカは裏に出ていくヘリングに闘争心を燃やした。
勝てる想像は容易くないが負ける要素もないはずだ。
「ロカ、俺とも勝負を――」
「ライとはまた今度な。さすがに金二人も相手にできない」
ロカがそう言うとライはぱぁと表情を明るくした。そしてルスティを振り返る。
「ほら見たか。ロカはちゃんと俺のことを金階級と認めてるだろうが」
「あー、はいはい。よかったね、父さん」
軽くあしらって外に飛び出ていくルスティだ。トゥーランとディオがライを慰めるのを背中で聞きながらロカも外に出た。
家の中が暖かかったからなのか外はぐっと冷えているように感じた。もう冬の気温だ。
裏手は表からは想像できないくらいの広さがある。昔訪ねたときは菜園だけだったが、いまじゃ煉瓦で敷地を区切って厩兼納屋と薬草園まである。
厩には栗毛の優しい顔つきの馬がいた。
トゥーランが急患のもとに駆け付けるときや遠出するときに馬は必要らしい。
「ロカ、はいどうぞ」
ラッシから木の剣を渡された。当たり前だが剣より軽い。
あまり打ち合うと折れてしまうだろう。
握りを確認して重さを確かめるように振るうと、ロカはヘリングの向かいに立った。
一度空を見上げる。
ここのところニアンに避けられ続けて、もう何度も考えている。
思うままに動いてしまったことを謝るべきか、それとも彼女から近づいてくるのを待つべきか。答えが出なくて悶々とする日々に飽きた。
(これで頭を空っぽにできそうだ)
目を閉じて深呼吸をする。ヘリングは大きな岩を連想させる男だ。
小手先の技は通用しないだろう。
ロカは剣を構える。目の前の相手に集中する。
ヘリングもまた気迫のこもった顔つきで剣を構えた。