女医トゥーラン
扉が開いて白髪まじりの女が出てきた。部屋の前に集まっていたロカを含めた男三人が一斉に女医を見つめる。
彼女は男たちを見上げて溜息を吐いた。
「大の男ががん首そろえてなんだ。しけた面してんじゃないよ」
「しけたって……いやだがニアンのあんな姿を見たら。トゥーラン、どうなんだ?あの子は」
ライが心配そうな顔をしてニアンの様子を尋ねる。
「胸や腹に打撲の跡がくっきりとある。あの子、堅気だね?じゃあ防御もなにもできなかったのかもしれない。もしかすると肋骨あたりに罅が入ってるかもね。まぁ、安静にしてりゃいずれ治るよ。薬は中にいるレリアとカーナに渡してある。朝まで目を覚まさないかもしれないし、ここは二人に任せようじゃないか」
トゥーランの話に一先ずといった様子でライとルスティは安堵したようだ。
ロカは気になったことを口にした。
「血を吐いていた」
「吐いたんじゃない。あれは口の中を切っただけだ」
「だがあんなにぐったりとしていたのに」
「暴力を振るわれたショックもあったろうからね」
大きなカバンを手にロカに近づいたトゥーランが、まじまじと顔を覗き込んできた。
きつい印象を受ける顔立ちだが笑うと優しい。わずかに表情を綻ばせたトゥーランの目尻には年齢に抗えない皺が刻まれた。
「あの鉄仮面がこんなに動揺するなんてね。おまえさん、人間らしくなったじゃないか。ニアン……だっけ?あの子の影響かい?」
トゥーランはライの昔の仲間で彼と同じ元傭兵だ。ハノーヴァの戦線でボギーに報酬を奪われた傭兵八人の一人でもあり、いまは傭兵はやめて医療の道を進んでいる。
元々仲間の傷の手当てをするのを得意としていたし、傭兵よりそちらのほうが向いていたのか、ロスロイでは腕のいい医師として名が通っているらしい。
ボギーへの復讐のために剣を覚えたいというロカに、仲間たちが持てる技術を教えるのをトゥーランだけが最後まで反対していた。そのため戦う技術は一つとして教えてくれなかったが、傷の手当ての仕方や薬草のことを教えてくれたのは彼女だ。
「いま、階級はなんだ?銀くらいにはなってるんだろう?」
「金だった」
「だった?」
「辞めた」
「ほら、ロカの奴、金を貯めたら辞めるって言ってたじゃん。んで家を買うってさ」
ルスティがロカの代わりに説明すると、トゥーランはへぇと関心した様子を見せた。
「もうそれだけの金を貯めたのか。金なら報酬もいいんだろうが……。あの痩せっぽっちが大した腕になったもんだね」
手を持ち上げてロカの背の高さを図る仕草をすると、でかくなってと感慨深そうにしている。どう反応したものかわからずにいるロカの側で、ルスティが身を乗り出した。
「敵を倒したこいつの動きが早すぎて、俺はついていけなかった」
「おまえさんは傭兵じゃないだろう」
ははと笑うトゥーランにルスティはいやいやと言い返す。
「俺もそれなりに修羅場をくぐってるから。チンピラ以上には強いから」
それを聞いて、父親であるライが首を振る。
「まぁ筋はいいがいかんせん実戦経験が少ない。おまえじゃロカと張り合えるわけがないだろう」
「俺は傭兵になる気はないし、情報屋のほうが性に合ってる」
「ああ、そういやおまえ、昨日の夜なにかやってたな。ロカに頼まれた仕事だろうが、もしかして今日の騒動はそれに関係があるんじゃないのか?」
「なにかトラブルがあるのか?相手は傭兵?」
ライの話を聞いたトゥーランも顔色を変えて質問をしてくる。
ロカが口をつぐむ代わりにそれに答えたのはルスティだった。
「あいつら銀階級の傭兵だった」
そしてルスティは思い出したようにロカに向き直る。
「あの二人の死体は焼いて傭兵同士の争いで死んだって俺の仲間が噂を流してる。警備人にはそう伝わるよ」
「助かる」
町中で人が殺されれば事件としてロスロイ庁の警備人が出てくる。売られた喧嘩を買って返り討ちにしたとしても、当たり前だが戦場以外では殺人罪に問われるのだ。
とはいえ今や傭兵は戦争の残した負の遺産扱いになりつつある。最近では死体が傭兵とわかれば、仲間同士のいざこざとして大した調べもせず処理される。
ロカとルスティのやり取りを聞いたライが「で?」と腕を組んだ。
「ロカ、おまえいったい誰に狙われてんだ。いい加減白状しろや」
口調は軽かったが眼差しが鋭さを増して、嘘をつくことを許していなかった。
トゥーランにまで言えとばかりの目を向けられて、ロカは白状するしかなかった。
「ボギー・コロネルだ」
降参するように手を挙げてそう告げる。
ライもトゥーランも一瞬反応がなかった。
あれ、とロカが思ったところで二人の声が重なった。
「「なに!?」」