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Dog tag  作者: 七緒湖李
19/109

長い髪

 メイン通りは数件ごとに裏通りに通じる細い道が走っていた。そこを曲がって裏通りのどこを探せばいいだろう。

 というより「未知なる出会い」店を突っ切って裏通りに出れば早かった。

 それを失念するくらいにはニアンとの諍いに動揺しているらしい。

 裏通りに出たロカは逡巡したあと、「未知なる出会い」店に向かって足を速めた。

 ニアンはまだロスロイの町をよく知らない。飛び出してはいってもきっと彼女の見知った場所のどこかにいると思った。

 そして案の定、倉庫と倉庫の間を流れる細い水路の、小さな石橋の上にニアンを見つけた。ルスティが隣にいて背の低い欄干に二人して腰を下ろしている。

 泣いているニアンを慰めているらしいルスティが、先にロカに気が付いた。薄い緑色の瞳を持つ彼の眼差しが険しくなる。

 構わずロカは二人に近づいた。気配に顔を上げたニアンがギクと表情を硬くしたのが分かった。

 瞳が今は光を受けてオレンジにも見え、そして泣いているためか目が真っ赤だった。ルスティがニアンを庇うように立ち上がる。

「何しに来た?」

「ニアンと話を――あ!」

 話をしたいという前にニアンが逃げ出した。反射的に彼女を追いかけるロカを、ルスティが邪魔するように立ちはだかる。

 運動は苦手らしいと思っていたニアンの姿は、あっという間に建物と建物の間に消えた。

「どけ」

「話ってニアンに何を言うんだ?」

「おまえには関係ない」

「ニアンが逃げたのはおまえと話したくないからだ」

「こっちにはある。いいから通してくれ。ニアンはまだこの町に不慣れで――」

 ルスティと睨みあっていたロカは、しかし途中で言葉を途切れさせた。なにか聞こえた気がした。悲鳴のようだった。

 本能が危険を告げている。ロカは油断なく周りをうかがう。

 その様子に、通せんぼの姿勢を決め込んでいたルスティですら眉を寄せた。

「どうしたんだ?」

「ルスティ、ニアンを追うぞ。見つけたらすぐに二人で家に戻ってくれ」

「は?どういうことだ?」

「嫌な感じがする」

 こういうときルスティは例え言い争っていてもロカを信じて動いてくれる。

 二人してニアンが消えた方向へ走り出した。

「昨晩おまえが言ってたボギーってやつの差し向けた敵が?」

「わからん」

「つうか昨日の今日でまだ俺んところに、なんの情報もきてないぞ」

 二人はニアンの姿を探す。

 ロカはいつも腰にある剣をライの家に置いてきていた。旅人が護身に剣を持つことはあるが、旅の用意もなく町中で剣を携えていては町人がいい顔をしない。ライが元傭兵であることは町人に隠していないため、傭兵が集まる家と避ける者もいるくらいだ。

 真面目に仕事をしているモンダ一家に迷惑をかけないようにとの配慮が仇となった。

 ロカは背中に手を回し、ズボンに挟んでいたナイフを握った。まるっきりの丸腰になれないのは、まだ傭兵のころの癖が抜けないからだ。

 ともかく何もないよりはましだ。

 立ち並ぶ建物が途切れた前方右手に空き地が見えた。

「ルスティ、武器は?」

「店の掃除してただけなのに持ってるわけないだろ」

 チ、とロカは舌打ちする。

「うわ、なにその役立たず的な舌打ち」

「実際役立たずだ」

 空き地の前に走り出るはずが、肌がひりつく感覚にロカは、ルスティの腕をつかんで背後に強く引っ張った。

「おわっ」

 驚くルスティの声に重なって、ヒュ、と風切り音がした。見れば地面に短い矢が突き刺さっている。

「ありゃー、いまのかわされちった」

 空き地から緊張感のない男の声がした。ボルトの長さからして相手はクロスボウを持っているようだ。

 腕をつかんだままだったルスティごと建物の陰に身を寄せる。

「悪ぃ、ロカ。助かった」

「相手はおそらく複数だ。ルスティはこのまま逃げろ。おまえもニアンもなんて、俺には守りきれない」

「えー、だーめだよ~。ここから誰も逃がさない」

 声に振り返ったときには、空き地から人が飛び出てきていた。ロカの目にクロスボウを構えた赤い髪の男が映る。口調から想像がついたがまだ若い。ロカやルスティと同じくらいに思える。

「町について早々あんたを見つけられるなんて超ラッキ~。長身で灰色の髪をした生意気そうな男。依頼書にあった特徴通りだね、あんた。とっとと死んでよ」

 依頼書ということはやはりボギーが雇った傭兵か。

 ルスティを突き飛ばしながらロカも地面に転がった。今度は建物に矢が突き刺さった。

 クロスボウは矢を準備するまでに数十秒は時間がかかる。

 素早く起き上がったロカはナイフで男に切りかかった。男は慌てて後ろに飛ぶ。

「へ~、いい動きするじゃん。あんた本当に強いんだ。そりゃ前の奴らじゃやられて獣の餌になるわけだ。でもさ、いいのかな?あの子、殺しちゃうよ?」

 男が空き地内を指さしたのを追ってロカはそちらを向いた。

 ニアンが口から血を流し、黒ずくめの男に髪をつかまれぐったりと膝をついている。男の右手には剣鉈が握られていた。

 赤毛男が飛び道具を持ちながら接近してきたわけがわかった。人質を取ったからだ。

 ニアンが声一つ上げない。

 ざわ、とロカの中で得体のしれない感情が膨れ上がった。 

 もしかすると――。

 最悪の想像が頭に浮かぶ。

「ああ、あれ、死んでないよ。暴れるからちょっとイラッとしちゃってさあ。ひっぱたいて蹴りつけたらすぐ血ぃ吐くんだもん。あんたなんであんな女連れてんの?てっきり同業者かと思ったらてんで弱っちいし拍子抜けしちゃったよ。殺したらあんたへの人質になんないから、これでも気ぃ遣って――がっ……」

 男の声が途切れた。

 ニアンの方を向いたままのロカのナイフが、男の喉に突き刺さっていた。

「ごふっ」  

 なにが起こったのかわかっていないような男と目とが合った。

「黙れ」

 言い捨ててロカはナイフを引き抜くと、絶命した男が膝から崩れるのも確かめず、黒ずくめの男へと突進した。

「ま、待て、これ以上近づくと女を殺すぞ!」

 ニアンの髪を引っ張って男がロカを脅した。

 髪をつかまれて顔を顰めるニアンから、苦し気なうめき声が漏れた。

 意識はあるのかないのか。朦朧としているようだ。

 男が右手に持つ剣鉈を振り上げる。しかしロカのほうが早かった。

 ニアンに振り下ろされるはずの剣鉈を左手に持ち替えたナイフで受け止める。相手の刃が滑ってヒルトに引っかかって止まった。

 ロカは空いた右手でニアンの髪を握る男の左手首を掴む。

 握力にものを言わせて強く握ると男の手が緩んだ。が、長い髪が指に絡まっているのかニアンは自由にならなかった。

 男はロカがまずはニアンを助けようとしていると気が付いたようだ。腕を震わせながらも緩んだ左手を再び拳に握ろうと必死になった。

 睨めつければ、手首を握られる痛みに耐えながらも、男から殺気のこもった眼力を返される。

「誰が離すか」

「そうかよ」

 瞬間、ロカは剣鉈を受けていたナイフをニアンの髪に振り下ろした。

 ニアンを傷つけないよう男の拳寄りに髪を叩き切る。

 自分が切られると思ったのか仰け反る男の隙を逃さず、ロカは自分のほうへニアンを抱き寄せると、男の腹を力いっぱい蹴り飛ばした。

 男が吹っ飛んだために、切り残して指に絡まったままのニアンの髪がぶちぶちと千切れる。地面に背中から転がった男が態勢を整える前にナイフを投げた。

 違わずそれは胸に突き刺さり、男は声もなく呼吸を止めた。

 ロカは油断なく周りの気配を探る。どうやら敵は二人だけだったようだ。

 ホッと息を吐き腕の中でぐったりとしているニアンに声をかける。

「ニアン、大丈夫か?ニアン?」

 反応がない。口の端を流れる血は止まっている。頬に殴られた跡があるから、その時に口の中が切れただけだと思いたい。

 ロカはすぐさま彼女を背中に背負い空き地を飛び出した。

 敵のクロスボウを手に、空き地周りを警戒していたらしいルスティが、血相を変えて近づいた。

「ニアンは?」

「呼びかけても反応しない」

「おまえはニアンをうちに。俺は誰かに見つかる前にここの死体を隠して、医師を連れてくる」

 頷いて駆け出すロカは背中に感じるニアンの温もりに奥歯を噛みしめた。

 もっと早く敵の存在に気付いていれば。

 だらりと下がるニアンの手が揺れる。息遣いが聞こえないと思った。

 それだけで心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚える。

 ロカの脳裏にはついさっき泣かせたニアンの顔しか浮かばなかった。





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