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Dog tag  作者: 七緒湖李
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ダイヤのピアス

 ロスロイに来て二日目。晴天に恵まれたが寒さは昨日よりひどい。

 外套の合わせをしっかりと留めて家探しに出たロカは、たった一軒目で案内を務めているライに待ったをかけた。

「ライ、俺が頼んだのは一人住まいできる家だったはずだが」

 目の前にあるのはレンガ造りの古いわりにしっかりとした家だった。楓の木が裏手に生えているようだ。

「大は小を兼ねるっつうだろ。細かいことは気にするな」

「いやするだろう。というかここは一軒家に見える」

「ああ。見たまんまだな」

 明るい笑顔を浮かべるライとは対照的に、ロカからは表情が消えていく。

「相変わらず冗談の通じない奴め。どのみちニアンと一緒に住むんならこのくらいのほうがいいだろうが。ここは市場まで近いし治安もいいぞ」

「ニアンの家と仕事はルスティに頼んだ。それが決まれば俺の役目は終わる」

「いや、終わらんだろ」

 ライの口調が改まったせいでロカは眉を寄せた。

「まだついててやれ。ニアンはおまえを信頼し、そして頼っているだろう」

 昨晩ニアンの境遇を簡単に話したからか、ライは彼女に同情的だ。

「ならいつまで?」

「んな喧嘩ごしになるな。おまえがニアンから離れたがってるのは、あの子の気持ちに気がついているからだろ?」

「…………」

「その気がないなら断ればいいだろうが」

「それで同居はしろと?」

 するとライは難しい顔になって宙を仰いだ。同じように見上げれば、今日は乾燥しているせいか、雲はちらほらと浮かんでいるだけだ。

 風に空き家に生えた木の葉が舞った。

「おまえが側にいたら気持ちを引きずりそうだな、ニアンは。でも一緒にいれば案外おまえのほうに情がわくかもしれ――おわっ」

 ロカが繰り出した右足はライの腹を蹴る前に避けられた。

 チとロカは舌打ちした。これだからもと金階級ゴールドランクは。

「そんなに好みじゃないのか?じゃあやっぱりルスティに任せたほうがいいのかもな。あいつもおまえほどじゃないがニアンを守れる。なによりニアンを気に入ってるようだしな」

「だったらこの家はあいつら二人の新居にすればいい」

 ぶっきらぼうに言い放ちロカはくるりとライに背を向けた。靴の下で枯れ葉が崩れた音がした。

「俺向けの家に案内を――」

 言いかけてロカは考えを改めた。

「いや、また今度にする」

 ニアンの仕事と家が決まった後に、離れた場所に家を買えばいい。

 昨夜は言われるがままライの家に留めてもらったが、今日からは一人、宿に移ろう。

「戻ったら俺は宿屋に移る。ニアンのことは頼んだ」

「わかった」

 諦めたような口調でライが返事をするのを、背中で聞きながらロカは歩き出した。

 やっとニアンのお守りから解放されるのだ。

 日の当たる窓辺で本を読んで、飽きればうたた寝をする。

 そんな自分を起こしに来る優しい手がある。

 戦場で誰かが語っていた夢物語だ。

 帰りたいと願う場所は誰にでもあるだろうと。けれどロカにはなかった。

 だったら自分で作ればいいと、金を貯めることを決めたのだ。

 どうして今になってこんなことを思い出してしまうのだろう。

 これからは一人気ままに生きていけるというのに。

「おい、ロカ。ちょっと待った」

 ライに肩をつかまれてロカは我に返った。親指を立てて側にあった店を差している。

 町のメイン通りにある店の中でも珍しいほどの立派な店構をしていた。看板は指輪型で環の部分にメリーの店とある。

「おまえから預かったピアスだがちょっと俺じゃ手に負えん。トム爺さんに見てもらったほうがいいだろう。ついでに買い取ってもらえばいい。ここなら客を騙すこともないしな」

「そりゃあんたに任せる」

「馬鹿か。ピアスはそんだけ値打ちもんだって言ってるんだ。俺が嘘の買い取り額を言って、金をネコババしたらどうする」

「信用している」

 即答したロカにライはびっくりしたような顔をしたあと、「そりゃどうも」と苦笑した。

「じゃあ頼む」

「いいや、おまえも来い」

 逃げようにも腕をつかまれてしまった。強引に店内に引き入れられる。

 チリンと扉に取り付けたベルが鳴った。店には美しい装飾品が鍵付きの玻璃のケース内に並べられている。

 扉が背後で閉まると外界の音が嘘のように消えた。代わりに店内の奥からしわがれた声がした。

「おぅ、ライか。それに懐かしい顔も一つ」

「トム爺さん、元気そうでなによりだ」

 ライが陽気に手を挙げて近づくのに対して、ロカは気の進まない足取りで続いた。

 暖かい店内だと思ったら老人の椅子の近くに、木炭を入れた足つきの炉があった。冬でもないのに気の早いことだった。

「よくわしの前に顔を出せたな、クソガキ」

 書き物をしていたらしい手を止めて、トムがジロリとロカを睨む。

「え?トム爺さんとロカって仲が悪かったか?」

 ライが驚いたような顔をした。「言えよ、おまえ」と小声で言ってくるが、言う暇も与えず力ずくで店に連れ込んだのはどいつだと言いたい。

「そいつはわしのかわいい孫娘のカルミナを弄んで捨てたんだ」

「え?カルミナを?」

 トムが両親を亡くした孫娘を猫かわいがりしているのは、このあたりに住む者なら誰でも知っていた。

 もちろんロカも。

「それは爺さんの誤解だと何度も説明した。カルミナとは何もない」

 しかしトムは聞く耳を持たず、偏屈な面持ちをさらに苦くして手を振った。

「ライ、こいつがらみの用件なら帰ってくれ」

「いや、帰らんね。トム爺さん、あんたも商売やってんなら私情は抜きにしてくれ。それがプロってもんだ」

 椅子に座るトムはカチンときたのか今度はライを睨みつけた。しかしライもひるまない。

 数秒睨み合ってから、トムは再びロカにも鋭い眼差しを向ける。ロカもまっすぐに見つめ返した。トムは眉間の皺を深くしていたがやがて溜息をついた。

「はぁ、嫌な客どもだ。で?なんの用だ」

「さすがトム爺さん」

 パチンと指を鳴らしたライは懐から包みを取り出してトムに差し出した。

「かなりいい代物だが俺じゃはっきりとした値打ちがわからん。爺さんはどう見る?」

 パイプ煙草に火をつけたトムはフンと面倒そうに包みを開けて、そこにあった大粒のダイヤのピアスに瞬いた。そしてすぐにルーペを取り出して一粒ずつダイヤを調べだした。

 パイプ煙草の煙が立ち上る。

 結構な時間がたってトムが二人を仰いだ。

「どこでこれを?」

「仕事の報酬として貴族から」

 ロカが答えるとトムは胡乱な目を向けてきた。大方嘘をついていると思っているのだろう。

「そりゃよっぽどの大仕事だったんだろうな。こんな代物、そうそうお目にかかれるものじゃない」

 トムにはロカが傭兵を生業としていることを話していないが、トムはライが傭兵であったことを知っている。

 ライ家にいたころロカはライに剣を習っていたし、その後、ライ家を出たことで同じ道を選んだと気づかれているだろう。

 頑固な爺さんだが傭兵だからと差別することはないので、ライはなんだかんだと頼りにしているようだ。

「ということはやはりかなりの値打ちものか?」

 ライが興味深々と言った様子でトムに尋ねる。

「ああ、一級品だ。シンプルだがダイヤを引き立たせるデザイン。このままのほうが価値が上がるな。売れば贅沢しなきゃ三年は遊べるだろうよ」

「そこまでの物か。ロカ、随分と羽振りのいい貴族に仕事をもらったなぁ」

 ライが関心した様子を見せる中、ロカはやっとトムの言葉を理解できた。

 三年遊べる?

「はあっ!?」

 できたら思わず声が出ていた。

 ロカが大声を出すことは珍しいため、ライが目を丸くしていた。ロカを嫌うトムですら彼の様子に驚いているようだ。

 ロカは手を伸ばしてダイヤのピアスを掴むと、

「悪い、先に戻る」

 と言って店を飛び出て駆け出した。

 わき目も降らずライの家へ走る。メリーの店と同じ、町の大通りに面したライの店の前には、カーナと仲良く掃除をしているニアンがいた。

 服は昨日カーナが買ってきた厚手のものにかわり、髪もきれいに梳かして、掃除の邪魔にならないようにか、片側にふんわりとまとめている。

 二人の側ではルスティが梯子にのぼって、裏にある看板よりも一回り以上大きな看板を磨いていた。

「ニアン」

「あ、ロカ、おかえりなさい。あれ?ライさんとお出かけではなかったのですか?えと、もしかしてお仕事を探し……――いえ、なんでもありません」

「何をごちゃごちゃと」

 最後のほうのぼそぼそという言葉が聞こえない。ロカはニアンの手にあった箒をカーナに押し付けた。

「いいからちょっと来い」

 ロカは引きずるようにしてニアンを店内に連れ込んだ。

 店には雑貨や土産物と一緒に、ガラクタにも見えないことはない玩具やおかしな展示物まである。そちらはルスティ作だ。

 そのまま奥の生活スペースに入ると、レリアが顔をのぞかせた。

「あらロカ、戻ったの?」

「すまん、ニアンに話があるんだ。二人にしてもらってもいいか?」

 ロカの様子にレリアは「わかったわ」と頷いた。

 そして不安そうな様子のニアンの肩を軽く叩いて、掃除をしている息子と娘の方へ行ってしまった。

 ロカは食卓テーブルにニアンと向かい合わせで座ると、ダイヤのピアスを二人の中央に置いた。

「あの日、どうしてこれを身に着けていた?」

 尋ねた瞬間、ニアンの顔がはっきりと強張ったのがわかった。

 泳ぐ視線にロカは確認するように彼女へ言った。

「もしかして屋敷が襲撃されるのを知っていたんじゃないか?」





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