モンダ家族1
プスタより大きな町であるロスロイは行き交う人も多い。整備された石畳と背の高い建物、そして外観のそろった街並み。
遠くはドーリー山脈を水源に、川から水を引き長い年月をかけて水路を造ったおかげで、各所に水場が設けられている。ちょうどロカたちが通り過ぎた家畜用の水場では、荷を運ぶ馬に飼い主が水を飲ませていた。
この数日でめっきり冷え込んだが、人の多さと活気に気温まで上がったように感じる。
「大きな町ですね」
ニアンは先ほどから物珍しそうに右を見たり左を見たり。頬を赤くして興奮している。
いまは時を告げるとんがり屋根の鐘楼を見上げて口を開けていた。
「前を見ろ。そんな調子ではスリのいいカモにされる」
「人込みでドンとぶつかって懐からお金を抜き取るあれですか?見たことがないです」
「スリが盗む瞬間を見られたら現行犯で捕まるだろうが」
「あ、そうですね」
ふふと笑うニアンはやはりどこか浮足立っていて、今度は土産物屋を見て目をキラキラとさせている。見に行きたいのだろうが、ロカは気が付かないふりで歩いていく。
「ロカ、宿屋通りはあっちみたいですよ。呼び込みの方が――」
「さきに行くところがある」
町のメイン通りを外れ、裏側にまわると人の流れは幾分かましになった。子どもたちが小石を蹴って遊んでいた。ロバの背に藁を積んで歩く男と、その脇では主婦らしき女二人が世間話に花を咲かせていた。
「いろんな看板があちこちにあります。職人さんが多い区域なのかしら?」
「表の通りにあった店はここで作られた物の販売所だ。ちょうど裏側だろ?」
「あ、本当です」
「同じものを大量に買うならこっちに回って買ったほうが安い。だいたい5~15ずつ売ってくれる」
「表通りにお店は右と左にありましたけど、大通りを挟んだ向こうの裏側も同じなんですか?」
「いや、あっちは飲食店が多かっただろう?食料品の倉庫と宿屋になる。飯屋の奥が宿になっているんだ」
「そういえば宿屋の呼び込みの方が指していたのはあっちですね」
話しながら歩くうちロカは目指す看板の下に辿り着いた。
「ここですか?」
「ああ」
突き出し看板を見上げるニアンは書かれた言葉に眉を寄せていた。
「「未知なる出会い」?ってどういうお仕事ですか。看板は怪物を模っているみたいですけど……」
そしてニアンはハッとした様子を見せて興味津々とばかりに身を乗り出してきた。
「わかりました。不思議な生き物を探して世界を旅する人たちが集まっているんですね。ロカも傭兵のお仕事をしながら、未確認生物を探す一人だったのですか。今までどんな生き物に出会いましたか?」
そんなわけがあるか、と言いかけたロカは笑い声がしたため言葉を飲み込んだ。
見ればロカが訪ねてきた人物の一人が、肩に麻袋を担いで立っていた。出会った頃より老けたように思うが、赤茶色の髪を後ろで無造作に縛って、相変わらずムキムキとした肉体を保持している。
「よぅ、ロカ。久しぶりだな」
麻袋を地に置いた男がロカに抱き着いてきた。
「ライ」
「なんだ、生きていたのか。いつぶりだ?音沙汰がないから死んだんじゃないかと思っていた」
ばしばしと腕を叩かれてロカは苦笑いを浮かべた。
「金が貯まるまで仕事に集中すると言っただろう」
「ってことは目標達成したのか!よかったなぁ、これで傭兵を辞められるじゃないか」
「もう辞めた」
「なんだ、素早いな」
「慰労金があるうちにと思ったんだ」
「ああー、もう傭兵職は廃れるだろうしな。で?階級は?」
「あんたが辞めた時と同じ金だ。これでもう銅だ銀だと馬鹿にさせない」
「おう、言うじゃないか。どんだけ腕をあげたか後で見せてみろ」
わかったと返事をするロカの耳に、建物内からの足音が届いた。話し声が中にまで聞こえていたようだ。
「ロカ!!戻ったのね」
声とともに建物の扉が開いてロカに女が飛びついた。ポニーテールにした赤っぽい茶色の髪色がライにそっくりだ。
「カーナ?」
「ええ、見違えた?」
最後に見たときはまだ少女だったが、もうとっくに女性へと変貌を遂げていた。奥からカーナに似た女性が出てくる。
カーナの母でライの妻であるレリアだ。首の後ろで髪を団子にまとめて、サイドの髪は垂らしてある。
「おかえりなさい、ロカ」
「レリア、久しぶりだ」
再会の抱擁を交わしているとカーナがむくれて文句を言った。
「母さん、まだわたしがロカと話してるのに」
「お話ならゆっくり家で聞きましょう。それよりロカ、こちらの方はどなた?」
レリアに誰かと尋ねられて、ニアンはピンと背筋を伸ばした。
「ニアン・アルセナール。俺の――」
依頼主だと言いかけて仕事は終わったのだったと思いなおした。
「元依頼主だ」
ロカの説明に三人の視線がニアンに集まった。注目されてテンパったらしいニアンはすぅと息を吸い込んだ。
「ニアン・アルセナールです。命の恩人のロカにはたくさん迷惑をかけて、それ以上にすごくお世話になっています。わたしも一生懸命頑張りますっ。よろしくお願いします!」
何を頑張るんだ。
突っ込みを胸中で呟くロカだ。
ニアンの大声に三人は目をぱちくりとさせた。
共に旅をしていて気づいたことが、ニアンは初対面の人間と対峙するとき妙に緊張する。
そういえばニアンは伯爵家に引き取られてから籠の鳥のように、ずっと屋敷に閉じ込められていたようだ。
祖父であるパリト伯爵とつながりのある人間と顔を合わすことはあっても、こんな風に自然に人と出会って話をするなんてもう何年もなかったのだろう。
(俺やチビ一家との出会い方はあまり一般的じゃないだろうしな)
どちらもニアンの人生の中で最悪な出来事が起きたときだった。あれから接し方を学べというのは酷だろう。
そんなわけでロカは助け舟を出すべくニアンとライたちの間に割って入った。
「ニアン、とりあえず落ち着け。大声は相手が驚く」
「あ、はい。すみません。ロカの大切な方々かと思ったら緊張してしまって」
「は?」
「違いましたか?ロカの態度からてっきり……」
面と向かって大切な人達と言われてロカは返事に窮した。
ははは、とライが顔に皺を刻んで快活に笑った。
「不愛想なこいつのことが分かるなんて大したもんだ。俺はライ・モンダ。で妻のレリアと娘のカーナだ。あとルスティって息子がいる。ロカのことはこんなガキの頃から知ってて、うちの家族とも親しいんだよ」
ライが示す背丈はどう考えても幼児のそれだ。確かにあの頃はチビでガリだったが大げさすぎる。
ライの自己紹介に考えるような素振りを見せたニアンが、「ライ・モンダ……」と呟く。
「ん?俺がどうした?」
ライが首を傾げるのと同時にニアンが、あ!、と声を上げた。
「一人になったロカを助けた人ですか?」
ライが、お、という顔をして頷いた。
「ああ、そうだ。なんだ、嬢ちゃん。随分とロカと親しいみたいじゃないか」
そう言ってロカに向き直ったライの顔がやたらニヤニヤとしている。
がし、と首に太い腕を回され、ニアンから聞こえないようにして、ひそひそと囁かれた。
「おまえのコレか?」
立てられた小指を見たロカは、無言でその指を関節とは逆に引っ張った。
「イダダダ!」
ライが慌てて逃げるのを冷たく見据えてから、ロカはレリアとカーナを振り返る。
「ルスティは?」
「あの子なら店番中よ」
「母さん、お店はもう閉めてしまわない?ロカが戻ってきたんだし、今日はごちそう作ってお祝いしなきゃ」
「それはいいわね。どうかしら、ロカ?もちろんニアンも一緒に。ね?」
「わたしもいいんですか?」
「もちろんよ。じゃあ決まりね。買い置きだけじゃたりないわ。お買い物に行かなきゃ。あなた、もう一度市場に行ってもらえるかしら?」
「わかった、わかった」
いつの間にかロカを置き去りに話が進んでいく。
ニアンが窺うようにロカを見てきたため、溜息交じりに首を縦に振った。途端に彼女の表情が明るくなる。
「ニアン、カーナよ。よろしくね。ほら、あなたも入って入って」
「は、はい。お邪魔します」
ぞろぞろと家に人が入っていくなか、ロカと荷袋を拾うライが最後に残った。
「おい、ロカ。ルスティに何の用事だ?」
「情報が欲しい」
「俺じゃダメなのか?」
「あんたはもう現役を引退したんだろう。というか傭兵に関係ない方がいい」
「なんだ?傭兵絡みのことか?」
「まぁな」
ロカはボギーに命を狙ってきた落とし前をつけさせるつもりだった。
殺しを依頼した傭兵たちが戻らないことで、依頼は失敗したとボギーもわかっているだろう。
とうにプスタから逃げているだろうが、今後奴からしつこく命を狙われてはうっとうしい。
「そうか。ともかく中に入ろうや」
背負った荷袋越しに背中を押されてロカは家の中に入った。