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Dog tag  作者: 七緒湖李
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運とツキと不運

 副ロスロイ長の政務室は庁舎の二階にある。

 ロスロイ長の政務室より手狭で助役とは同格の部屋だ。町長室は建物中央にあり、副町長室は町長室を真ん中として北を向き右側端、助役室は左側端に位置していた。

 夜会があった日から数日が経過し、そしていま、政務を行う部屋とは別となる応接室に人が五人。

「あなたがロカの元傭兵仲間の隊長か。確かに貫禄がある。ブルー・リッジだ、よろしく」  

「いまはしがないなんでも屋の店主です。ライ・モンダといいます」

「なんでも屋?」

「必要なものがあれば当店へ。衣食住すべてってわけじゃないですが、こだわりがなきゃうちでだいたいのもんは揃えられます。ものによっちゃ手に入れるのに時間がかかることもあるし、専門店ほどの種類はないですけどね。店は大通りにあります。一度覗きにきてください。そうしたら、副町長御用達って店に張り紙ができるってもんだ」

 ブルーの差し出した手を握り返したライが明るく言うのを聞いて、ブルーが楽しそうに笑った。

「では今度、妻と子どもたちを連れて行こうか。玩具もあるかな?男の子と女の子だ」

「可愛らしい人形はないです。俺の息子が廃材で作ったもんならありますが。今度、玩具を作らせておきましょう」

 店にはルスティ作のゴミ同然の置物がいくつかある。

 ルスティは芸術だなんだとたいそうなことを言っているが、ロカはガラクタだと思っていた。

「あんなガラクタを売りつけようとするな」

 四人掛けのテーブルに向かいあって座るブルーとライを平行に、ロカは壁近くに立ったままライを見つめる。

 言ったとたん、ライの隣の椅子にいたヘリングが眉を上げた。

「そうか?俺は面白いと思うぞ」

「そうだぞロカ。新作を楽しみにしている客だっているんだ」

 白けた顔でロカが天井を仰いだところで、護衛というより補佐官のごとくブルーの背後に立つアルメが口を開いた。

「副町長、さっそく本題に入っていただきませんと、この後のスケジュールがずれこみます」

 静かな口調だが有無を言わせぬ響きがあった。

 ブルーは肩をすくめてアルメを仰ぐ。

「人同士のコミュニケーションには雑談も必要だ。アルメも人づきあいというものを勉強中なら、覚えておくといい」

「そうなのですか」

「おいアルメ、そこで納得するな。ブルーは仕事をサボる気だぞ」

「ひどいな、ロカ。ちゃんと後で仕事はする」

 にこにこと笑うブルーの笑顔が嘘くさい。

 と、ライがびっくりした様子でロカを見た。

「ロカ、おまえ副町長を呼び捨てか。いくら何でも雇い主にその態度は……」

「ああ、ライ殿お気になさらず。いきがる子どもと同じと思えば可愛く見えるので」

「いやまぁ、そう言ってもらえると。こんなでも俺からするとかわいい息子なんです。というか俺のことはライと呼んでもらえればいいですから」

「了解した。ところで、ロカがあなたの息子?」

「といっても血のつながりはありません。俺の仲間たちもこいつの父や母、兄を名乗ってんですよ」

「ということはヘリングは――」

「ええ、俺はこいつの兄貴だと思っています」

 すかさず答えたヘリングはブルーにさわやかな笑顔を向けた。向いにある二人を見ていたブルーの目がロカへ移動したため、ロカは目が合わないように床を見つめる。

 その様子がおかしかったのかブルーからくすと笑う気配がした。

「ロカは一見とっつきにくいが、好青年であることはわかっている。それはあなた方と過ごしたことが大きそうだ」

 ブルーがこう言うと、ライが嬉しそうに破顔した。

「ロカ、おまえ本当にいい雇い主に出会ったなあ」

「そんなことはどうでもいいから、さっさと調べてきたことを話せ」

 とたんにひそひそ話をするように、ライが口の横に手を当てて声を潜めた。

「ロカのやつ、遅い反抗期なんです」

 が、全然潜められてはおらず、丸聞こえだった。

「義父であるあなたに甘えているのか。可愛いところがある」

 その声音に揶揄するような響きを感じてロカは、ジロと二人を見つめ、もう何も言うまいと口を噤んだ。中年二人のやり取りに、ヘリングがいつものように苦く笑っている。

 かわりにアルメが表情の読めぬ顔を向けてきた。

 何か言いたいのだろうが聞きたくもない。そう思っているのにアルメが口を開いた。

「軽い冗談のつもりでも、本人からすれば嫌がらせ以外のなにものでもないこともあります。お二人とも、本気で嫌われたいのなら話はべつですが」

 しかしロカの予想とは違いアルメは中年二人に言葉を投げかけた。

「なんだ、アルメ。ずいぶんとロカのことをわかっているような口ぶりじゃないか。やっぱり似た者同士通じるところがあるのかい」

「いえ、わたしとロカは似ていません。わたしは周りから敬遠され孤立していますが、ロカは自ら壁を作っている節があります。そうなった理由というか原因は、なんとなく想像がつきました」

 話を聞いていたヘリングが、ぶ、と吹きだした。そしてすぐに誤魔化すように俯くも、肩が震えている。

「おい、ヘリング。そこでウケるな」

 その様子にライが渋い顔を作って、そしてアルメにきつい目を向ける。

「なんだぁ、兄ちゃん、アルメ?だっけ。俺の育て方にケチつけようってか」

「ケチではなく事実を述べているだけだ。不愛想であっても、ロカが人に好かれるのは、副町長の言った通り、あんたやヘリング、それにあんたの仲間の影響があるからだろう。ただ可愛がるあまり構い倒し、からかったりもしたんだろう。うざがられても、しつこくやめなかったんじゃないか?だからロカはこうなったんだ」

 アルメがロカを指さしてくる。

 彼の言葉に裏がないと気づいたらしいライが、ハハ、と笑い出した。

「ちょっと構いすぎたのは確かに。……本当になぁ、でかくなるにつれ可愛げがなくなって、偉そうにものを言いやがる。ま、それも、家族だから許せちまうんだけどな。――あんた、ロカのことよく見てる。アルメみたいな奴が側にいるなら、ロカも安心して背中を預けられるだろう。あんた、周りから敬遠されるのを気にしてるようだが、俺はそのまんまでいいんじゃねぇかと思う。どんどん話してきな。そのうち気の合う奴や親しくしたい奴もでてくる。副町長もコミュニケーションと言っていただろう」

「コミュニケーションとは最初、ロカに言われた」

「こいつに?」

 ライがへぇとばかりにチラとロカを見た。

 そこへブルーが補足するように、

「ロカも人に教わったようだったけどね」

 と言うと、ライではなくヘリングが察したらしく、ああとその名を口にした。

「ニアンかな」

「ニアン、とは、あの恥ずかしがりやなお嬢さんか」

「お会いになったことが?」

 ロスロイ庁でブルーがニアンと会ったことを知らないライが、気になったように尋ねるとブルーはうなずいた。

「わたしの部下が失礼をしたんだ。そういえばダメにした服のかわりを贈ると言ったはずがまだだった。ふむ、ロカ、一度我が家にニアンを連れておいで」

「はぁ?なんでだ」

「若い女性の服の好みなんてわたしにはわからないから、クロエに助けてもらうよ。なによりクロエも子どもたちも君の恋人に興味津々だし、質問攻めにされるよりは、会わせてしまったほうが、へんに探りを入れられなくていいんじゃないか?」

 前にクロエに質問攻めにされてたのをかわしたあとも、彼女からニアンのことを尋ねられる。おそらくブルーから、モヴェンタの夜会でダフニスにちょっかいをかけられたことを聞いたのだろう。

 ニアンの存在を知られてすぐの時は、好奇心任せの質問だったが、夜会後のそれは、ニアンの心が傷を負っていないか、案ずる気持ちから様子を知りたいのだろうと思われた。

 いくらロカが大丈夫だと伝えても気になる様子だったのを思い出す。

「わかった……からいい加減本題に入ってくれ」

 ロカが仕方なさそうに返事をすると、ブルーは微笑んで瞳を細めた。

「君のそういうところが、生意気なのも許せると思わせてしまうんだな。ありがとう、妻もこれで、やっと胸のつかえがとれるだろう」

「クロエが責任を感じることじゃない」

 ロカに答えないまま、浮かべていた笑みを消してブルーはライたちに向き直った。

 話の内容を分かっているはずもないだろう他の者は誰も、二人の会話について尋ねることはない。

「ロカから、あなた方がわたしに協力してくれると聞いている」

「町長は俺ら町人の立場にたって考えてくれた。あなたはそんな町長の意思を継ぐ人だと、俺は思っていますから。対抗馬と噂されるハーリヤは貴族寄りなので、税がまた以前のように戻ったらと、町人には不人気です」

「町長は療養中なのに、なぜ辞めたような口ぶりだ」

「表向きはそういうことになっていますが、もう町のみんなはわかっています。町長はこのまま辞めてしまうだろうってね」

 ライの言葉にブルーは頷きも否定もしなかった。正式な発表のないことを、話せるわけもないのだ。

「俺はこの町が好きです。あなたも、この町のことが好きでしょう?」

 ロスロイの町が好きかと言われたブルーは瞠目し、そして深く頷きながら笑んだ。

「ああ、もちろん大好きだ」

「それが聞きければ協力するに充分ですよ」

 笑顔を返したライは、すぐに表情を改めた。

「ロカから、モヴェンタ・エレクが開く夜会での食事会で、貴族と町人が出会ったその後を調べてほしいと言われています。まだ調査を終えてはいませんが、分かったことを報告します」

 ライの話を聞くブルーがわずかに眉を寄せ、ロカへどういうことか問うような視線を向けた。そのためロカは答える。

「あの夜会、何かあるという気がしたんだ」

「と言うと?」

 ダフニスが一夜の情人を探していたという、夜会前に開かれる町人との食事会。

 ハーリヤとモヴェンタは完全に手を組んでいる。それはハーリヤがダフニスのことで、ブルーを上流階級の者たちの前で貶めるために、「身内の恥」が行われた場所として、モヴェンタの催す食事会を利用したことでも明らかだ。

 そしてそのやり方からわかるように、あの食事会では軽い気持ちで遊びに興じると、ハーリヤたちに弱みを握られることになるのだ。となれば夜会に参加する上流階級の者たちの一体どれだけ、ハーリヤに逆らえぬ犬に成り下がっているのか。

 それとも参加者はハーリヤたちに見返りを与え、対等な繋がりを築いているのか。

「ハーリヤと貴族たちとの結束は、モヴェンタの開くあの夜会が鍵なんじゃないか?」

「それはわたしも感じた。しかしわたしをあそこへ招待したということは、簡単には暴けないという自信があるからだ。実際、ハーリヤや彼と懇意にしている貴族や有力者を洗っても、これといった不審な点はなにもない」

「だから奴らと町人の出会いの「その後」を調べる必要があるんだ」

 ブルーがまた眉を寄せた。

「あそこで遊んだ貴族たちを、町人との不貞をネタに、ハーリヤが脅しているか調べるのか?だが相手が誰だったかなんてどうやって割り出す。そもそも両者とも一夜限りと割り切っていたら、そんな事実はなかったものとして、探し出すのは困難だ」

「そっちじゃない」

「そっち?」

「モヴェンタの話じゃ、仕事を得たり、パトロンを得たり、そういう出会いもあると言っていただろう――あー……この先は調査したライに聞いてくれ」

 とロカが言うと、ブルーはライへ眼差しを向けた。

 それを受けてライが口を開く。

「まず夜会の主催者であるモヴェンタですが、彼はしがない雑貨店をやってるだけの俺でも知っている大商人です。一代であそこまでの商会に育てるためには、まっとうなことだけしてきたんじゃ無理でしょう。モヴェンタに顧客を奪われたとか、買い付け先の品を根こそぎ横取りされたとか、足元を見られて買い叩かれたとか、そんな話は聞き飽きるぐらいあります。おそらく法に触れるようなことだって何度もしているはずです。正直良い印象はありません。そんなモヴェンタが夜会に町人を呼ぶのは、上流階級の者と出会わせ、彼らが仕事を得たり夢を叶えるためだと、ロカに聞いたとき俺は驚きました。狡く人を騙すことに長けた金の亡者と名高いモヴェンタが、そんな慈善事業のようなことをするのかと思ったのです。一夜の情人を探す場でもあると聞いて、ああやはりと納得しましたが」

「夜会の前に開かれる食事会に参加する町人は、夜会に参加する貴族たちが厳選しているそうだが」

 ブルーが言うとライは頷いた。

「そうらしいですね。以前俺も噂として、どこかの金持ちが、町人と貴族を合わせる仲立ちをしているらしい、と聞いたことがありました。今回ロカから、貴族と町人が出会ったその後を調べてほしいと言われて、あの噂の金持ちというのはモヴェンタのことで、本当の話だったのかと思ったくらいです。同時に別の噂も思い出しました」

「別の噂?それは?」

「屋敷で働けることになったり、事業の資金援助を受けたりできた奴は運がいい。何も得られなかったやつはツキがないだけ。なぜなら不運な奴は町から消える、と」

「消える?」

 人が消えると聞いたブルーの顔色が変わった。

「はい。話を聞いたときは、仕事を得て住み込みになったとか、店を開くため町を移ったとか、そんな理由だろうと思っていたんですが……。とにかくその噂を思い出して、仲間や息子の手を借りて慎重に探ってみました」

 あの夜、ロカが話をしたライとヘリング、そしてポロだけでなく、ラッシとトゥーランにも結局、手を借りている。それに情報屋としてのルスティもだ。

 情報を集めるには人の数がものをいうと判断したからだ。

「それで、なにがわかった」

 ライは集まった情報を一度ブルーに伝えに行くとして、今日、時間を設けたわけだが、ロカにもその時に話して聞かせるとして、ここまで何も教えてもらっていない。

 だからロカも、人が消えるだなんて話がとびだして、少なからず驚いていた。

「結論から言えば、モヴェンタ主催の、町人と貴族の食事会は、ただの出会いの場だけではありません」

 ライはブルーを見つめはっきりと言った。ブルーからこのまま話を聞く覚悟したような、長い吐息が漏れる。それが終わるのを待ってライは再び語りだした。

「食事会に参加した町人のなかに、噂通り本当に消えた者がいました。貧しい家の者や独居者ばかりで、食事会に参加後、仕事が見つかったと言って、しばらくすると家に戻らなくなり、そのまま行方がわからなくなるそうです。住み込みの仕事として家を出た者もいるようですが、そちらも連絡がつかなくなり、行方知れずとなっていると」

「人がいなくなったとなれば捜索をしてほしいと、警備庁に届けを出すはずだ。ましてや町で噂になるようなら、ロスロイ庁にもさすがに何らかの報告があってもおかしくない」

「いえ、届けはほとんど出ていないでしょう」

「え?」

「申し上げた通り、消えるのが貧困者や独居者だからです。食うに困る家じゃ食いぶちが減るし、一人暮らしなら例え別の場所に家族がいても、いなくなったことに気づかれるまで時間がかかる、ということです」

「では、貴族たちはわざとそのような者たちを選んで、食事会に参加するよう話をもちかけるのか」

「そうでしょう。いなくなるのは見場が良い者や、病気に罹りにくそうな健康的な者だそうです」

「では消えた人間はいったいどこへいったのだ?」

「調査中です。それからヘリングも今回のことで、あることを思い出しました」

「なんだ、それは」





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