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Dog tag  作者: 七緒湖李
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夜会のあと2

「ロスロイ長の前秘書官で、軍上がりためにロスロイ長の護衛も兼ねていた男だ。が、戦で負った怪我のせいで、年を追うごとに無理がきかなくなり早期に引退した。――ロスロイ長に忠実な男だったはずがどうしてハーリヤに……」

 考え込むブルーはしばらくあって諦めたのかアルメへ尋ねる。

「他に誰か気になる人物はいたか?」

「特には。ただ副町長を見て挙動不審になった人物の顔は覚えました」

 覚えた!?夜会に一体何人いたと……。

 ロカが驚いていることに気が付いたブルーがアルメを指さした。

「記憶力がすごいんだ。彼の特技でね」

「すごいってどのくらい」

 ロカがアルメに問いかけると彼はぶっきらぼうに答えた。

「記憶力がいいといっても人の顔に対してだけだ。意識しなけりゃ全く覚えていないしな」

「そうそう、人にだけ。だから勉強はからっきしだ」

 ブルーが言うのをアルメは無表情で見つめる。表情はなくとも、なんとなくだが「余計なお世話だ」とでも言っているような気がした。

 誰に対しても不愛想かと思っていたが、ブルーには感情を見せるようだ。そう思いながらロカは質問を続けた。

「一度覚えた相手は?」

「忘れないな」

「じゃあ例えば、今日の夜会の全員の顔を覚えておかないといけなかったとしたら、できたか?」

「できる」

 悩むそぶりもなくアルメは答えた。

 言い切るのか。

「本当にすごいな。ブルーにその特技をいいように使われないよう気をつけろ」

 とたんにブルーが不満げな声をもらした。

「ロカ、君には一度ちゃんと言っておこうと思っていたが――仮にも雇い主に対して、数々の暴言。わたしじゃなかったから許されないところだぞ」

 態度を改め敬語を使えということらしい。そう解釈できたがロカは冷たくあしらう。

「最初から俺はこうだった。それでもと雇ったのはあんただ」

「君は優秀な好青年なのに生意気なところがな……」

「気色の悪いことを言うな」

「いや実際、ロカは見かけほど怖くない。なぁアルメ」

 同意を求められたアルメが目だけを動かしてロカを見下ろした。

 長い沈黙が同意しかねる意思を表しているようだ。

「無理してブルーに合わせなくていい」

「己のことだけでなく他の護衛官の身の安全まで考えて怒るあたり、実はお人よしなところがあるのだろう。あんたのために骨を折る兄貴的存在や、怒ってくれる友人がいるし、お嬢様系の女にまで慕われている。最近じゃあんたを目の敵にしていたインヴィともうまくやっているしな。見た目や態度で損をしてきたんじゃないか?」

 なぜアルメがインヴィのことを、とロカは思ったがすぐに思い出した。

 ブルーとの初対面時にアルメも一緒にいた。ということはアルメもロスロイ庁の廊下で、インヴィともめていたのを聞いていたはずだ。

 そして今しがたブルーと話していたことも部屋の外で聞いていたらしい。

「盗み聞きか」

「ロスロイ庁では副町長が話を聞きたがった。今日は副町長に報告に来たら、ノックの前に話し出された。話の区切りを待つ間、聞こえた」

 つまり先日も今日も進んで盗み聞きをしていないと言いたいのか。

 言い訳をしているというより、尋ねられたから事実を語っている感じだ。

 悪い奴ではないというのは何となく感じているため、ロカはアルメの言葉を疑うことはしなかった。

「見た目云々はそっくりあんたに返す。それに案外しゃべるんだな。もっと無口かと思った」

「ちょっと親近感を抱いた」

「俺に?」

 アルメはコクリと頷く。

「俺もあんた同様見た目で誤解を受けるが、人見知りなだけで本来は気さくなタイプだ。インヴィやセーラムと同じ護衛仲間として打ち解けたいが、なぜか敬遠される。その点ロカはほんの数日で受け入れられた。その極意を知りたい」

 ものすごく意外な言葉を聞いた。

「人見知り?不愛想なんじゃなくて?」

 というか気さくなタイプと自分で言うのか。まったくそうは見えないのに。

「初対面で何を話せと?情報がなにもない」

「その情報を得るためにも話をするんじゃないか?でないとわからないままだ」

 そういえばニアンにいつか言われたことがある。

「人と人が親しくなるにはコミュニケーションが大事らしい」

「らしい?」

「俺も人に教わった」

「それが極意か」

 アルメの呟きと同じタイミングでブルーがク、と喉を鳴らした。

 ロカとアルメは二人して彼を見る。

 ははは、と笑うブルーが視線に気づいて「失礼」と咳ばらいをした。

「いいね」

「はい?」

「なにが」

「二人がうまくやっていけそうで良かった。年齢も近いし若者同士気が合うのかな」

 ブルーの台詞にロカはアルメの顔をまじまじと見つめた。

「年齢が近い?俺と?」

「……23」

 ぽつ、とアルメが答える。

「23!?俺はてっきり30いってると……あ、いや悪い」

 アルメの変わらないはずの表情でも、じーっと見られては、彼が何を言いたいかわかる気がして、ロカは思わず謝罪する。

 ブルーがぶ、と派手に吹き出した。アハハとブルーの笑い声が執務室に響く。

「本当、いいな君たち。お互いいろいろ不器用そうだ。久々にこんなに笑ったよ」

 ブルーに大笑いされたおかげで、アルメには老けていると言ったことを責められずにすんだようだ。それとも言われ慣れているのか。

 ロカが様子を窺えばすでに視線は外されていて、アルメと目が合うことはなかった。

「さて、もう夜も遅い。この続きは明日にしよう。アルメは家の警備を引き続き頼むよ。ロカも今日はいろいろと助かった」

 ブルーが席を立ったのをきっかけにアルメも後に続く。ロカは外套を手に、最後に部屋を出た。

 クロエはどうかわからないが、夜が更けているので子どもらはとうに寝ているのだろう。三人が進む家の中は静まり返っている。

 贅沢はしていなくともやはり副町長の家だ。ランプを灯した廊下は歩くのに困ることはなく、執務室からエントランスまで難なく進めた。

 外套の襟をきっちりと合わせ、襟巻に手袋と、身支度を整えたロカは見送りに立つブルーを振り返る。

「さっき言い忘れていた。俺の仲間に傭兵はいない。元傭兵はいるけどな。この町のことが好きで、あんたに次のロスロイ長になってほしいから力になるそうだ。腕は俺が保証する。俺よりよほど優秀な奴らだから、きっとあんたに役立つ情報を探り出してくれる」

「頼もしい限りだ。感謝すると伝えてくれ」

 頷くロカがドアノブに手をかけたところで、再びブルーの声がした。

「わたしも先ほど聞きそびれていた。君の恋人は大丈夫か?その……夜会で――」

 ノブを持つロカの手が止まる。ニアンがダフニスに手を出されかけた話のことを、言っているのだとすぐに察しついた。

「ああ、ニアンがタングルの連れと知って、早々に立ち去ったそうだ」

「そうか」

 ほっとしたようなブルーの声を背中に聞きながら、ロカは扉を引き開けた。 

 大きくて重い木の扉はギイと低い音を立てて開く。冬の夜の冷気がエントランスの温度をさらに下げた。

 アルメが炎の灯る小さな角灯を差し出した。来るときに持っていたものだ。

「ああ、助かる」

 ロカの礼の言葉にアルメはいや、と返事をした。

 去る前に半身振り返ったところで、ブルーから伸びた右手に肩をつかまれた。

「ダフニスはどこか狂気じみた男だ。モヴェンタを介してハーリヤに利用されたことや、用済みになって切り捨てられたことを知ったら、どんな行動に出るか。怒りが彼らに向けばいいが、よりクロエに執着したら今度こそ何をするかわからない」

 ダフニスがモヴェンタに頼んでいた品々は、おそらくクロエとミカを迎え入れるためのもの。それはもうブルーも想像がついている。

 ダフニスはきっと二人が誘拐されるのを知っていたのだ。

 タングルからダフニスの話を聞いたとき、ロカはそう感じた。そしてブルーも同じことを思ったに違いない。

 そして誘拐はブルーの手足をもぐためのハーリヤの計画だろう。だとしたらダフニスは、モヴェンタだけでなくハーリヤともつながっていることになる。

 クロエを奪った憎いブルーを貶めるため、彼と手を組んだのか。

 それともダフニスの想い人を知ったハーリヤに、モヴェンタ越しに操られ、ダフニスが主犯である可能性だってあるだろう。

 ともかく誘拐後、どこかに二人を監禁するための準備として、入用なものを用意していたのだとしたら。

 一度、罪に手を出したときに後悔していれば、二度目は起こっていなかったはずだ。

 でも二度目は起こってしまった。三度目は二度目より容易い誘惑となるだろう。  

 クロエを怒らせ、家から出ていくよう言われてから、ダフニスはリッジ邸に姿を見せていない。クロエからの拒絶は彼にとってどれほどのストレスか。

 そして今日、これまで頼りにしていたモヴェンタにいきなり手のひらを返されたら、確実にダフニスは追いつめられる。

 クロエを己のものにしたいと暴走する可能性だってある。

 ブルーが危惧しているのはそこだ。

 ロカは右手に持っていた角灯を左手に持ち帰ると、肩にあるブルーの手に己のそれを重ねた。

「俺は俺にできることをする。ブルーは家族に、ダフニスに注意するよう言ってくれ」

「いやそれは――」

「もう黙っていられる場合じゃないだろう。あんただってクロエとダイナが、あんたの身をずっと案じているとわかっているはずだ。ちゃんと話せば、少なくとも二人から何もわからない不安は取り除ける。なんでもかんでも、一人で解決しようとするのが不正解のときだってあるんだ」

 ロカは話しながら心の内で「あ」と気がついた。

 以前ディオから、自身に立ち入らせず、なのにニアンを振り回すせいで、彼女に不安を抱かせていると怒られたことがある。

 同時にニアンに「頼られたい」と言われたのを思い出して、ロカはブルーにむかって言葉を続けた。

「頼ってほしいと相手が思っていることもある」

 考えるような顔をしていたブルーは、やがて深く頷いた。ロカの肩を軽く叩いて、手が離れた。

 表に出ると、ロカは外気を遮断するように素早く扉を閉めた。寒さに首を竦めて、一度周りを見回した。不穏な気配は感じない。

 白い息を吐くと一歩踏み出した。門を出てからは歩く速度が速くなる。

 なぜか無性にニアンに会いたい。

 土を蹴るロカの足は駆け足に変わった。





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