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Dog tag  作者: 七緒湖李
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何かがおかしい

 ニアンたちが着いたときはもうそこは人でいっぱいだった。

 大広間の奥にものすごい種類の料理が並び、食事会は立食となっているようだった。ところどころにテーブルや椅子があったが、数が少なくもうどこも空いていない。

 会場には慣れない礼装姿の町人だけでなく、見るからに身なりのいい者たちもいた。いわゆる上流階級といわれる人間だ。

 普段交流のない庶民と貴族、有力者が一堂に会するなんてふつうあり得ないが、彼らはニアンたちを誘ったカルミナのような立場の人たちだろうか。

 ニアンが周りを観察すると、知り合いらしい貴族たちが互いに招待したらしい町人を紹介したり、町人らしき男が果敢にも恰幅のいい裕福そうな男に話しかけたりしていた。

 かと思えば主人の名代とおぼしき使用人が、礼儀正しく若い町娘に声をかけている。

 おそらくここは身分の違いなどを取っ払って交流しようと、そういう趣旨の食事会に違いない。ニアンはそう納得した。

 誘ってくれたカルミナは食事会が始まると、夫とともに屋敷の当主や知人にあいさつに行くといなくなってしまった。彼女の夫、タングル・ウッドは彼女より五つばかり年上で、初対面のニアンたちにもとても紳士的に接してくれた。目尻に笑い皴がある優し気な人で、苦労なく育ったがゆえの大らかさと物腰の柔らかさがあった。

 驚いたことにカルミナのほうが彼にぞっこんらしく、いつもの遠慮知らずな物言いも、タングルに対しては鳴りを潜めて優しい。そして彼の前では他人にも少しだけまろやかな対応になる。

 たがやはりカルミナはカルミナでしかなく、夫が見ていないところでドレスが地味だとダメ出しされた。髪を編み込み、薔薇をメインに、花をあしらった大きめの髪飾りをつけて、顔周りは華やかにしたのだけれど。

 夜会とその前の食事会を催した当主は、食事会の最初にあいさつをしたあとは、貴族や金持ちに囲まれていてニアンは遠目にしか見れなかった。

 引退するまでは商人していたというし、これだけの財を築いた人物だからか、年老いていても溌剌としており、年齢を重ねたことによる巧みさも持ち合わせているように思えた。

 そして姿かたちも振る舞いも似ていないのに、祖父に似ているとニアンは感じた。

 当主の名はモヴェンタ・エレクといった。平民も商人も貴族もなく、今日は楽しんでほしいとあいさつの時に話していたけれど、彼自身、金も持たないような町人とは話もしなかった。身なりからして明らかな、爵位を持つ貴族や財のある金持ちとだけ、楽し気に談笑してすぐにこの場を去ってしまった。 

 つまりはそういう人物なのだ。どんなに取り繕ったところで、自分にとって価値ある者にしか興味がない。おそらくこの平民を招待する夜会は人気稼ぎ。

 やはり感じた通り祖父と同じ人種だった。いや祖父は領民から疎まれていたから、うまく立ち回るモヴェンタのほうが強かかもしれない。

 ニアンはそんな考えに行き着いて、祖父以上にモヴェンタは恐ろしい人物のような気がしてきた。

 嫌なのに目が行って、モヴェンタが早々に会場を後にしてくれなければ、ニアンは我慢できずに退散していたかもしれない。

 それから食事会は問題なく進んで現在。

(早く帰りたい)

 ニアンは一人、溜息をもらした。手にしたフォークを皿に戻す。

 つきあいたてのカーナとヘリングを二人きりにしようと、カーナに失恋して傷心のポロがやけ食いに走ったのを機に、ニアンも一緒に彼女らの側を離れた。

 ポロは最初こそ共に行動してくれたけれど、並ぶ料理のおいしさに感動したのか、すべて制覇するとおかしな闘志を燃やしてしまい、見ているだけで胸焼けがしそうでニアンは途中で彼とわかれた。

 しかし、さて一人になると話し相手もおらず所在無いことこの上ない。

 周りを見れば最初のぎこちなさはどこへやら、いつの間にか貴族も平民も入り混じって熱心に話し込んでいたり、かと思えば紳士と町娘がまるで恋人同士のように見つめあっている。あの二人、この後の夜会では身分に関係なく踊ったりするのだろうか。

(いいなぁ)

 うらやましさが募ってニアンは目をそらした。

 ここにロカがいればいいのに。彼は踊れないと言っていたけれど、そんなことはどうでもいい。ロカとこの場所で同じものを食べて同じものを見て、話をして笑いあって、時間を共有したかった。

 ロカもブルーとその妻の護衛として夜会には来ているが、おそらく舞踏会の場にいるのだろう。この調子ではチラとでも会えることはなさそうだ。

 本当なら今日はロカと参加するはずだった。彼の雇い主であるブルーがまさか夜会に招待されるなんて夢にも思っていなかった。

 約束を果たせないロカが申し訳なさそうな様子でいたし、仕事なら仕方がないとニアンだってわかっている。だけどやはり本音を言えば今日は一緒にいたかった。

 ニアンは皿に残っていた肉を口に運んだ。ソースにコクがあっておいしい。

 ロカが好みそうな料理だ。

 肉ばかりの彼に野菜も食べてと無理やり温野菜を入れたりしていたかも。

 そんな想像が浮かんで笑ってしまう。けれどすぐに空しくなってしょんぼりと肩を落とした。

(やっぱり帰りたい)

 ちょうど側を通り過ぎる給仕に空の皿を渡して、代わりに差し出された酒のグラスを断ったニアンは、ふとある光景に目が留まった。

 見るからに裕福なマダムといえる女が、健康的な肉体を持つ若い平民の男に声をかけている。ニアンはわずかに眉を寄せた。

 夜会に貴族の女性が一人で参加するなんてことはあり得ない。そう気が付いて改めて周りを見渡すと、上流階級の者たちの中にはパートナーを伴わず食事会に参加している男女がかなりいる。

 そしてそんな紳士淑女たちのほとんどは異性の町人たちとともにいて、やたら親し気に接しているのだ。

 何かがおかしい。

 そんな気がしたニアンは、カーナとヘリングの元へ戻ろうと二人を探した。すると二人のところにカルミナと夫のタングルがいて、料理を堪能していたはずのポロまで一緒にいる。

 ポロはカルミナに首根っこをつかまれていることから、無理やり引っ張ってこられたようだ。そのカルミナがカーナやヘリング、ポロに何か話している。

 と思ったら、三人の表情がこわばった。そしてすぐに全員が周りを見渡すそぶりを見せる。

(もしかしてわたしを探してる?)

 ニアンはカーナたちのところへ向かおうと足を踏み出しかけた。

 が、それより早く目の前に男が立ちはだかって、ニアンの姿を彼女たちから隠してしまう。

「来るのが遅れたせいで出遅れたと思ったが――」

 声と同時にいきなり顎をつかまれて顔を仰のかされた。値踏みするかのような遠慮のない目でニアンを見下ろすのは、気位の高そうな貴族の男だった。

 質の良い布地で仕上げた服は体に合わせて作らせたのか無駄な皺がなく、髪は一筋の乱れも許さぬように7:3に分けて撫でつけてある。

 ニアンよりずいぶんと年上だ。おそらくは三十代後半だろう。

 一瞬祖父のもとにいた頃に会ったことがある男性かと思ったが、手繰る記憶に一致する者はいなかった。

(誰!?)

 右に左にと顔を振られて、動転したニアンは抵抗することもできない。

「少々若いか……だが従順そうなところはなかなか――娘、今晩はわたしが相手をしてやる。ありがたく思え」

 そのまま力任せに腕をとられ、引きずられるように歩くニアンはやっと我に返った。

「な、何ですか?どなたかとお間違えでは……あの、放してください」

「何を言う。周りを見渡していたし相手を探していたのだろう?」

 その台詞から男にしばらく見られていたのだとニアンは気が付いた。ならば人違いをしているということはない。

「相手?何の話ですか?わたしは友人を探していただけです」

「ここに友人が?」

 ニアンをつかむ男の手が緩んだため大きく頷いた。

「そうです」

 男が立ちふさがって目隠しになっているのを、その背後を覗き込むようにして指をさした。男が振り返るのとほぼ同じくして、ニアンを探していたらしい友人たちがこちらに気が付いた。

「あの御仁は確か――」

 ニアンが指した方向を見ていた男から呟きが聞こえ、直後に彼女は解放された。

「失礼しました。まさかウッド氏のご友人とは。先ほどのご無礼は心よりお詫びします。ウッド氏ともども素晴らしいご滞在となりますよう願っております。ではわたしはこれで」

 男は態度を一変させて紳士らしくニアンに礼をとると、そそくさと逃げるように人に紛れてしまった。

(なんだったの?)

 ウッド氏と言っていたから、カルミナの夫のタングルのことを知っていたのだろう。

「ニアン、無事?」

 そこへカーナの声がして勢いよく抱き着かれた。

「いまの男に何もされていない?」

「ええ、大丈夫よ。なにか勘違いしていたようだけれど、タングル様を見たら慌てて行ってしまったわ」

 カーナの後に集まった中にいたタングルを見れば、彼はニアンの様子にほっとしたようだ。それから思い返すような顔になる。

「彼は今日の夜会の主催者であるエレク氏のお知り合いだ。確か副ロスロイ長の義理の弟……いや従弟の弟?そんなようなことを言っていた。で、ニアンさん。勘違いということだけれど、彼とどんな話をしたのか教えてもらえるかい?」

 優しい口調であったが誤魔化すことは許さない雰囲気に、ニアンは戸惑いつつも口を開いた。

「今晩相手をしてくださるとおっしゃられたのですが、わたしには何のことかわからなくて、誰かとお間違えではと申し上げたのです。そうしたら相手を探していただろうと――。ですから友人を探していたとお話しして、みんなのほうを指さしたらタングル様に気づいたようで、慌ててお詫びを言ってくださいました。それだけのことなんですけれど……?ええと、どうかなさいました?」

 タングルだけでなく他の全員も、ニアンの話を聞いて一様に顔を顰めている。

「彼とは話だけかい?触られたりは――」

「顎をつかまれたり腕を引っ張られたので驚きましたが、ちゃんとお話ししたらわかってくださいました」

 するとタングルの隣にいたカルミナが、

「顎をつかまれた?いきなり!?」

 と憤りの声を上げた。カーナもニアンの右腕にある指の痕に気が付いて、眉を吊り上げる。

「赤くなってるわ。ほら、カルミナ、ここ」

「まぁ、本当だわ。力づくで連れて行こうとしたのね。なんて無礼な男かしら。ああ、ごめんなさいニアン。嫌な思いをさせてしまったわ。こんな食事会だなんて知っていたら誘わなかったのに」

 そして夫であるタングルを見上げ、彼が頷くとカルミナはニアンの手を取った。

「さ、早く帰りましょう」

 と有無を言わさず歩き出す。相変わらず強引な人だ。

 それでもカルミナからは自分を案じてくれているという思いが伝わってきて、ニアンは口をはさむことはせず、けれど戸惑いを隠せなくて後ろにあるタングルを振り返った。

 タングルが「あとできちんと説明をするから」と優しく微笑む。

 彼も妻が帰ると言ったことに異論はないようだ。

 ヘリングはカーナを守るようにして歩き、ポロは給仕の持つ盆から酒の入ったグラスを取ると、一気に煽ってそれを給仕に返すと最後についてくる。

 なにがなんだかわからないままニアンの夜会参加は、その前の食事会で終わりを告げた。




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