ギルド支部にて1
途中、同じ方向への馬車の荷台に乗せてもらえたおかげで、日暮れまで十分な余裕をもってプスタには到着した。
宿よりも先に用を済ませるべく傭兵ギルドへ出向く。
「ガラの悪いやつらが多い。俺の側を離れるな」
ニアンが被っている外套のフードをより深く被せ、顔を見えないようにしてやっと、ロカはギルドの建物へ入った。言った通りニアンも後ろを離れずついてくる。
緊張している気配が背後から伝わってきた。
「若ぇな、新入りか?生意気そうな面してガキがいきがってやがる」
「ていうか後ろ見ろよ。女づれだぞ」
「仲間なんじゃねぇ?」
「違うだろ。男しか剣を持ってねぇし」
「顔が見えねぇな、くそ」
これ以外にも周りでひそひそと声がする。
思ったよりも傭兵の数が多い。仕事案内を張り出した掲示板を見ていた者まで振り返っている。
女の傭兵は男より圧倒的に少ない。なのでギルド内に女傭兵がいれば目立つ。いまは一般の女が現れたことで余計に彼らの興味を引いたようだ。
(生意気な面で悪かったな)
女に目の色を変えるチンピラ風情よりましだろうが。
内心毒づいてロカは立ち止まることなく歩みを進めた。
カウンターにはにこやかな笑顔を浮かべた女が二人いた。出るところは出た服の上からでもわかるくらいにスタイルのいい女たちで、どちらも美人といわれるような整った顔立ちをしていた。
傭兵の多くは紳士とは言い難いため、女では対処できないのではと思ったが、後ろに眼光鋭い男たちもいる。
問題があれば彼らが出てくるのだろう。おそらくは元傭兵。傭兵は皆似た「臭い」を持ち、長くいればいるほど染みついていく。同じ傭兵同士はなんとなくわかるのだ。
ともかく男用心棒がいてもここのギルドに傭兵が多い理由が分かった。この美女たちが目当てなのだ。
「ようこそ、プスタ傭兵ギルドへ。今日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」
ロカがカウンターについてすぐ、二人のうち年嵩の女が声をかけてきた。
話し方、仕草、視線の向け方。どれをとっても己の美貌をわかっているからこそのそれだった。
「傭兵をやめるんでギルドの登録を抹消したい。それからこいつの件で話がある」
前もって懐に入れてあった書を取り出してカウンターに置く。
土で汚れてしかも皺だらけだ。
「拝見いたします」と書面を手にした女の視線き、瞬く間に笑顔が消えた。
「少々お待ちいただけますか?」
ロカが頷くと女は書面を手に、奥にある別室へと足早に消えた。
カウンター内に残ったもう一人の女と、用心棒の男たちが顔を見合わせている。それからしばらくして、ギルド長らしき中年男が先ほどの女とともに部屋から出てきた。
真っ黒の髪をきっちりと後ろになでつけ、清潔な服を身に着ける姿はいかにも仕事のできる紳士風だが、なかなかにいい体格をしていて、彼もまた元傭兵だと窺い知ることができた。
「お待たせいたしました。ここではなんですのでお話は奥で。さ、お連れ様もこちらへどうぞ」
作り笑いをした男がロカとニアンをカウンター内に招き入れる。
案内されたのは先ほど二人がでてきた部屋だ。窓を背に執務机と革張りの椅子があり、その前には応接セットが並んでいた。
壁には一枚の大きな風景画が飾られてある。
荷物と剣を傍らに、やたら座り心地のいいソファに腰を下ろすロカは、じろじろと無遠慮に室内を見回した。フードで視界が悪いようだがニアンも同じように部屋の中を見ている。
「いい部屋だ。これはあんたの趣味か?それともそっち?」
ロカは向かいに座るギルド長から傍らに立つ女へと眼差しを移した。泣き黒子のある色っぽい女だ。
「なんのことでございましょう?わたしと彼女はただの上司と部下で――」
「ああ、じゃあもう一人のほうか。あっちの女のほうが若かったし」
「ですから何の話をおっしゃられているのか」
「動揺してたかと思ったが、もう落ち着いているのか。さすが元傭兵だけはあるらしい。でもあんたが動揺しなくても、こっちは隠せてなかった」
ロカがギルド長の傍らに立つ女を指さすと、彼女は狼狽えて男の顔色を窺うように視線を向けた。毅然としておけばよかっただろうに、これで女が男とデキていることは決定づけられた。
ギルド長の顔に苛立ちが走る。
しかしすぐにまた笑顔を浮かべてロカへ向き直った。
「ところでこちらはどのような経緯で……えー、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
言いながら、男はロカが持ってきた書をローテーブルに置いた。ロカはもったいをつけるようにゆったりと足を組む。
「ボギー・コロネル」
ロカがこう言った直後、ギルド長の表情が一瞬固まった。
「――って知ってるか?」
「さぁ、誰のことでしょうか?」
「誰のこと?あんたいま、俺の名前を尋ねたんだろうが。俺が、名前が知れ渡るほどの腕の持ち主と、うぬぼれた奴だとは思わなかったのか?」
「ではボギー様とおっしゃるので?」
「いいや、違う。あんたが一番、この名前を知ってるんじゃないのか?」
「…………」
「傭兵の間じゃ有名だ。「ピンハネボギー」、「ちょろまかしコロネル」。パーティを組んだ傭兵仲間の報酬をピンハネしたり、戦場で他人の武器をちょろまかしたり。最初のころは大した被害もなくバレなかったが、だんだんやることが大胆になってきてとうとう仲間に悪事がバレてしまった。傭兵たちの恨みを買って殺されるはずが、ボギー・コロネルは自分の身が危ないと知るや逸早くこの業界から姿を消した。しかも最後の仕事となった戦で仲間になった傭兵の報酬を全額持ち逃げしてな」
ロカは目の前に座るギルド長を見据えた。男は目をそらすまいと凝視しているように見えた。
「その戦ってのが「ハノーヴァの戦線」だ。このフォルモサ国が戦に勝利するきっかけとなった戦いだし、もちろんあんたも知ってるだろ?「ハノーヴァの戦線」のあと、活躍した傭兵には報酬に加えて国王から報奨金も与えられた。ボギーの傭兵仲間にも報奨金が与えられた傭兵がいたが、ボギーはそれすらも奪っていった。そいつの認識票を盗んで成り代わったんだ。そしてボギーは大金をせしめ、いまも優雅に暮らしているといわれている」
ギルド長はピクリとも動かずロカの話を聞いていた。ただ目力が凄まじい。
「そのボギー・コロネルとこの書に何の関係があるのでしょうか?これはこの支部から馴染みの行商人に宛てて出した仕入れ書です。行商人のもとへ使いに出した者が帰らず案じていたのですが、どこでこれを?」
「コビントン」
「コビントン?東の国境近くの町ですか?あの辺りは戦後も国境線をめぐって最近まで、隣国との小競り合いがあった場所のはずです。わたしたちフォルモサ国が以前の国境までを取り戻して終わったと……――なんだってそんなところに……」
「仕入れを依頼した行商人ってのは若い男か?」
「え?はい」
「この支部からの使いは若い女?」
「そうです」
「で、この仕入れ書を書いたのはあんたでいいんだよな?」
ロカが書を手にして尋ねると、ギルド長が眉を寄せる。
「ええ、わたしが書きました。それがなにか?」
「――行商人と使いの女は死んだ」
ロカがそう言ったとたん、ギルド長の傍に立つ女が「ああ」と小さく声を上げよろめいた。呟いたのは死んだ女の名前だろう。
それを一瞥したロカは手元にある書に視線を落として話を続ける。
「これにはギルドで使う消耗品以外に、石炭や毛皮、食料なんかも書いてある。ここで働く者たちの日常品も仕入れてたんだろう。冬支度のためかかなりの量だ。それなりのまとまった金を使いの女に持たせたんじゃないか?」
ロカの問いにそうですが、と頷き眉を寄せるギルド長は、少しあってまさかという顔をした。
「かけおち?」
「ああ、たぶんな。国境争い終結の混乱に乗じて隣国に移り住むつもりだったんだろう。が、運が悪かった。兵士の手が足りないのをいいことに、死んだ兵士の装備を漁る賊に襲われたんだ。討伐依頼を受けた俺たち傭兵が赴くまでに何人も犠牲者が出ていた。身元確認の際、近くにあった破れた荷袋から出てきたのがこれだ」
「他には?」
そう尋ねてきたのはソファを支えに立つギルドの女だった。
「ない。金はもちろん、金に換えられるものはすべて奪われて、死体とゴミだけが捨てられていた」
「なんてひどい」
「二人はまだましな方だ。もっと前に殺された者は獣に食われていた」
涙を浮かべる女がそれ以上話しかけてくることはなかった。