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Dog tag  作者: 七緒湖李
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傭兵ロカ

 酒場の扉が内に開いて町の男たちが入ってきた。

 先客の視線が集まるなか、ロカはカウンター席に腰かけグラスに入った琥珀色の酒をちびりとやる。彼の足元には大きな荷袋と使い込まれた剣がある。

 ドカドカと派手に足音をさせて男たちは丸テーブルに着いた。

「親父、この店で一等いい酒を人数分頼む」

 威圧的ともとれる大きな声であったが店主は動じることもなく、「いつも飲んでる安酒のようにツケで、とはいかんぞ」と確認するように言った。頭に白いものが混じり、皺は酒場を続けてきた年数だけ刻まれているようだ。

 店主からすれば彼らのことは小童程度に思っているのかもしれない。

「すぐに今までの分もまとめて払ってやるさ」

 返事に店主は何かに気付いたのか片眉をあげた。

「おまえたち――」

「そんな顔すんなって。悪いのはあっちなんだ。なあ?」

「そうそう。俺らを虐げてきた罰を受けなきゃなんねぇんだよ」

「誰のおかげで贅沢できてんだか思い知らせてやる」

 酒を飲みつつわずかに顔を傾けロカは男たちを探る。年上だろう。

 どれも三十路を過ぎたところといった感じだ。

 店主は溜息のように息を吐きだしながらも、何も言わずに酒の用意を始める。

 代わりに他のテーブルから男たちへ声が飛んだ。

「とうとうやんのか」

「おうよ」

「いつ?」

「近いうちってことしか言えねぇな。なにしろよそ者がいる」

 ギ、と椅子が鳴った。何食わぬ顔で酒を口に運ぶロカは一気に中身をあおった。

「おお、いい飲みっぷりだな」

 男たちの中の一人が馴れ馴れしく話しかけてくる。

 無精髭を生やした筋肉隆々とした男だ。

「どうも」

 ロカは上目遣いに一度男を見やってすぐに視線を外す。

「見たとこあんた傭兵だろ?いや元傭兵か。なんせ戦争はとっくに終わっちまってるもんな」

 返事はしない。

 しかし男はカウンターに肘をついてロカをのぞき込んできた。

「平和に向かってる世の中だってのに、剣を手放せないってことは争いを好む性質たちじゃないか?腕も立つんだろ?」

「比べる対象があんたならそうかもな」

 愛想もなく返した。男は一瞬黙り、次いで大げさに笑い出した。

「生意気だがいいねぇ。なぁあんた、俺たちのこと手伝ってくれねぇか。もちろん報酬は払う」

 ロカはグラスをテーブルに置いた。

「傭兵家業は廃業したんだ。他を当たってくれ」

「そこにある剣は飾りか?」

 にやにやと笑う男が煽ってきているのが分かったが乗ってやる必要もない。

「ほしければやる」

 ロカの台詞に男の笑いが消えた。そして明らかな蔑みの表情を浮かべた。

「まさか今更良心の呵責に悩んでるとかか?そもそ人を殺すことを仕事にしてるところで、おまえら傭兵はまとまじゃねぇ。聞いてるぜ。戦場じゃ勝ったもんが正義なんだろ?略奪に強姦、私刑リンチ、なんでもござれだ。うまい汁吸ったんじゃねえの?」

「傭兵なんてのは一番戦闘の激しいところに送り込まれるんだよ。下っ端兵士より低い扱いだ。それからな、村や町を落として踏みにじるのは兵たちだ。ま、中には極悪非道な賊まがいの傭兵もいるけどな」

あんちゃんは違うって?」

「仕事にルールを決めてなきゃ人殺しに興奮する精神異常者と変わらない。まぁそれもあんたからしたら対して意味もないこだわりなんだろう。だからきっと俺はあんたの言う通りの人間だ」

「あ?」

「傭兵を生業にする奴なんてまともじゃないんだよ」

 言いながらロカは立ち上がった。身長はロカのほうが高いため男が身構える。

 構わず酒の金をカウンターに置いて荷物を肩に担いだ。

「で、この剣いるか?」

「んな重そうな剣なんていらねぇよ」

 ロカの使う剣は大剣と呼ばれる重量型の剣ではないが、鎧を装着した相手にも打撃を与えねばならないためそれなりの重さはある。

 しかもロカ独自の仕様にしてあるため扱いづらい剣でもあった。諸刃の剣であるが打撃と斬撃を使い分けられるように、片刃を薄く研いであるのだ。

「そうか」

 剣を腰に佩いてロカは背を向けた。

 酒場にいる全員の視線が絡みつく。

 なにやらきな臭い話をしていたが関わるつもりはない。扉に手をかけて一度立ち止まる。

「旅に必要な食料と足りない品を補充したらおとなしくここを発つ。あんたたちの邪魔をする気はないからこれ以上は構わないでくれ」

 外に出て目を射る陽光に手をかざす。

 背後から追ってくる気配はない。

(このまま何事もなく発てるといいが)

 思ったところで酒場に向かって走ってくる男たちに気が付いた。ここは早く立ち去るべきだ。

 ロカは足を踏み出した。向かってくるのはロカと同じくらいの年頃の青年二人だった。

 彼らはロカに目もくれず店に飛び込んでいく。

「兄貴、パリトのやつ、やっと戻ってきたぜ」

「おおやっとかよ」

「やるなら早いほうがいい。門番は抱き込んであるんだ」

「てか、この町にはパリトを恨んでるやつばっかりだ。誰もあいつを守らねぇよ」

 ち、とロカは舌打ちした。

(でかい声だな)

 聞こえてきた声は聞かなかったことにしたほうがよさそうだ。




◇ ◆ ◇




 露店が並ぶ市場で入用な品を購入していたロカは、グレーシャーの町の住人はある人物を恨んでいると知った。

 パリト伯爵。

 スプレス地方の1/3ほどを占める、このあたり一帯を治めるアルセナール家の老当主らしい。

 村や町の人間がどれだけ貧しかろうと、贅沢な暮らしを改めず、権力者に取り入ることにばかり力を注ぐ愚か者ということだ。

 市場ではそこかしこで悪口とともにパリトの名が囁かれていた。そして彼らは決まってこう言うのだ。

 「パリトは消える。アルセナール家は終わりだ」と。

 いやがおうにもロカは酒場での男たちの企みの察しがついてしまった。

(町中に広まっていて秘密もあるか)

 だがしかし、町の人間に恨まれていようとも全員ではないはず。中にはパリトに密告する者もいるだろう。

 やるなら早いほうがいいと言っていたが、本当に早くやったほうがいい。

金にものをいわせて私兵でも雇われては、素人では太刀打ちできない。

(あの口ぶりじゃ今日にも仕掛けそうな勢いだったけどな)

 店主から薬草を受け取るロカは、どうでもいいか、と次に買うものを頭に思い浮かべる。

 外套が襤褸に近いくらい擦り切れている。夏は終わって気候も随分と秋めいた。

 ここいらで防寒も兼ねた温かい外套に変えておくべきだ。

 幸いいまは懐具合も温かい。

(新しい綿布もいるか。厚手の服に襟巻、手袋……)

 ロカは足元を見やって靴底を確認する。こっちはもうしばらくもってくれそうだ。

 他は何がいるかと考えるロカは、先の露店に見えた干し肉に目をとめた。

 着るものがなくても死なないが、食うものがなくなったら人は死ぬ。そして食うなら野菜ではなく肉。魚より肉。断然肉。

 ロカは吸い寄せられるように近づく。

 へいらっしゃい、と威勢よく声をかけてくる店主にわかるように、干し肉の大きな塊を指さした。

「これをくれ」

 旅装束を見て取った店主が「冗談で?」、尋ね返すがロカはいたって本気だった。

 大丈夫だ、懐具合はすこぶるいい。

「肉を一冬分」

 大真面目なロカに店主は困惑した様子を見せながらも毎度ありと答えたのだった。




◇ ◆ ◇




 市場で旅に不足していた品を買いそろえるまでに、思ったより時間がかかった。本当なら一泊したいところだが、ロカはその日のうちに町を出ることに決めた。

 夕刻が近づくにつれ町の男たちが妙に落ち着かなくなっていったからだ。

 空が茜色に染まり切ったころ、ぽつぽつと明かりが灯りだす町をあとにした。

 そのまま足早に歩けば夜中には隣町に着く、などということはなくロカはいまは森の中にいた。

 旅人が通る普通の平坦な道もあるが、彼はあえて人目につかない森から山を抜けるルートを選んだ。なぜなら隣町までの楽な道は伯爵の屋敷にも通じているのだ。

 そしてきっと屋敷の近くには見張りがいる。

 急げば騒ぎが起きる前に通りきれたかもしれないが、密告者や仕事探しの傭兵として伯爵側に着くことを疑われる可能性があった。そのせいで足止めを食らって事が始まったら、よそ者の目撃者となるロカに町の人間は何をするだろう。

 森に入ってあっという間に日が暮れた。ロカはすぐに野宿する場所を決めて焚火を頼りに地図を確認した。

 明日は夜明けに合わせて森を抜けよう。

 干し肉を食べたロカは買ったばかりの暖かな外套に包まり早々に休むことにした。

 そうしてどのくらい経ったのか。

 地響きにロカは目を覚ました。身を起こしたロカは炭になっていた火を踏みつけて消し、闇に包まれた森に目を凝らす。

 ガサガサと茂みが揺れて鹿が飛び出し、全速力でロカの脇を駆け抜けていった。

 緊張を解いて、剣を握る手を緩める。

「……………」

 が、遠くから何かが聞こえたため再び神経を研ぎ澄ました。

 ちらちらとオレンジ色の小さな火が、いくつか森の奥に見えた。ロカは舌打ちして荷袋を担ぎ炎とは反対側へと向かう。

 地図によればこの森は広い。だからおそらく伯爵家まで続いていたのだ。そしてオレンジのあれは松明の明かりだ。屋敷の誰かが森に逃げ込んだにちがいない。

 鹿は人に驚いて逃げてきたのだろう。

(伯爵が森に逃げたのか?)

 だとしたら町の人間は躍起になって追うはずだ。

 再びロカが炎を確かめれば、オレンジの明かりは徐々に減りつつあった。

 捕まったか。

 そんなことが頭をよぎっても歩みは止めない。騒ぎを避けて森に入ったのに、結局森に人が入ってきたのだ。

 予想外のことがまた起こらないとも限らない。今は一刻も早くここを離れるべきだ。

 見つかることを恐れて明かりを灯せぬまま、足場に気を付けながらロカは森を進む。

 進む先に小川が流れていた。川辺に寄ると鹿が小川を横切って向こう岸へ走り去った。

 先ほどロカの脇を走り去った鹿だろう。簡単に渡ったところをみてもあまり深さはないらしい。

 川があるおかげで頭上を覆う木々がなくなり空が見える。月は明るく輝き、星から方角を読んだロカは、正しく進んでいることを確認した。

 浅いならここで向こう岸に渡ってしまおう。そう思って足を踏み出しかけたところでロカの動きが止まる。森から何かが近づいてくる気配がした。

 ためらうことなく腰の剣を引き抜いた。

 同時に森から転がるように何かが飛び出してくる。



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