コレジャナイ聖女選定
念のため、あらすじに書かれた注意書きを再掲させていただきます。
※この作品はプチスランプに陥った作者の血迷った息抜き作品です。スランプ解消を主目的に書き始め、イラストレーターでいう落書きみたいなものであり、完全にノリと思い付きで書いたナニカになります。
※主人公は女性ですが、男性は閲覧注意です。お腹の下がひゅんっ! ってなる描写が含まれています。
※コミカルっぽさを意識しましたが、仕上がりはよくわからないものになっています。作者の妄想が暴走したと思って、生温かい目で見てやってください。
※なんかごめんなさい。
では、本編をどうぞ。
「レディースアンドジェンドルメン! ――あ、厳密には紳士いないから淑女の皆さん! 本日はよくぞ集まった!!」
『きゃあああああっ!!!!』
――ワーワー!!
――ぱちぱちぱちぱち!!
……え~、っと。
「まずはおめでとう! 君達は由緒ある儀式召喚が定めた厳正なる審査の下、特別な称号と栄誉を授かる権利を勝ち取った! 控えめに言って勝ち組予備軍だ! 魔法陣に引っかかる素養をくれた神と両親に感謝しようね!」
私は目の前で起きている光景に、理解が追いつかなかった。
前を見る。作りが雑な木組みのお立ち台の上で、神父っぽい外人の男が両手広げて何か言ってる。見た目は50代っぽいけど、外人ってみんな老け顔だし実際はわからない。拡声器を通したようによく聞こえる声と、神職者らしからぬ金属の指輪をつけているのが印象的だ。
右を見て、ついーっと180°頭を動かし見渡す。絶叫しながら拍手しまくる女子率100%の外人がワラワラ。身なりがボロボロっぽいのから、めっちゃキレーにおめかししてるのまで、世界の女の子見本市みたいな感じ? もしくはアイドルのコンサート?
んで足下には、なんかいっぱい線が引かれた悪趣味な石の床。私に内包されたエアーリーディングスキルを総動員して導き出した結論は、おそらく魔法陣的なやつ。見たことがない文字っぽい紋様もあるから、きっと悪魔召喚的なあれだ。
ついでに視界に映るのは、女の坩堝の中にあって上背と起伏が結構足りない私が長年着倒したパジャマ。私が持つ服の質としてはぶっちぎりの最低ランクだが、それでもこの集団内では中の上と言えるのがまた違和感バリバリである。
「しかし、安心するのは早い。君達はまだ出発点に立っているだけで、孵化したばかりの雛ちゃんだ。最終的に立派な羽を広げ、大空に飛び立てる白鳥はこの中でたったの一人! そう、集まった君達は全員が敵なのだ!」
というのもこのパジャマ、小学生の中頃に訪れた輝かしくも成長痛で辛かったタケノコ無双時代が儚く終焉を迎え、齢10歳で無慈悲な成長の赤紙を食らって以降、五年以上も私と布団を共にした相棒なのだ。
着れなくなる(背が伸びる)まで捨てない! と願掛けして着続けてきたからそれなり以上に愛着があり、多少穴あきや生地のすり切れがあるからこそのボロ。キツすぎず緩すぎない、JKになった現在でもオーダーメイド並の心地よさだよチクショウ。
そんな、長身ムチプリ外人集団に放り込まれた、ちんまい寸胴体型のランドセルが似合う15歳。
それが私――小山内瑠璃。
『幼いロリ』とほざいた輩を漏れなく血の海に沈めてきた、花も恥じらう女子高生だ。趣味は花嫁修業と汚物消毒、特技はぶりっこ演技と変態目利き、得意技は肘鉄・玉潰し・脛破壊。
そんなどこにでもいる、ごくごくフツーの女の子だ。
「敵というのは文字通りの意味だ。この場において、君達の背景にある経歴・貴賤・能力は一切の優位性を持たない。与えられた立場は全員が平等で、だからこそ生存競争は熾烈を極める!」
……よし、そろそろ私らしさを取り戻してきた。
オーケー、私。こういう時こそ冷静さが大事になってくるんだ。
私を小学生と勘違いして18禁なイタズラをしようとした連中を、金属バットで正当防衛したあの時の冷静さを思い出せ。
細かいことは、殺ることを殺ってから考えればいいんだ。
(私が)警察の通報を受けて事件の事情聴取を受けた後、(加害者から)被害者として帰宅した私の処世術は同世代と比べれば群を抜いて突出している。あの時のぶりっこ演技は我ながら神懸かっていた。だから大丈夫。
たかだかお風呂上がりでパジャマに着替えた直後、まばたきの時間でカルト宗教のヒャッハー集会にぶちこまれた程度で、動揺する私ではない。
「……いや、ここにいる君達のことだ、すでに言わなくても分かりきったことだったな。力強い熱気と鋭い眼光、隠しきれない期待感がすべてを物語っている。もう私の御託は必要ない。そういうことだろう?」
…………ごめん、嘘です。
ただの強がりでした。
ぜんっぜん冷静になんてなれやしませんよこんな状況で。
でも、この状況に頭が慣れてきたのか、ちょっとずつ周りが見えてきた。
多分、この中で混乱して取り残されてる感がするのは、私だけ。
それだけは確実だろう。
だって、さぁ……?
「さあ、始めようか!! これよりリィーン教会主催、神聖歴4851年『次代聖女様選定の儀』・第1回を開催する!!」
『ふぅぅぅぅぅ!!!!』
――ワーワー!!
――ぱちぱちぱちぱち!!
「わ、わぁー……」
……ぺち、……ぺち。
最近流行の異世界風な場所にぶち込まれたっぽい上、最初からイカレたノリとテンションを前にどう反応すればいいってのよ?
~~・~~・~~・~~・~~・~~
よし、ここで今まで聞いたことを思い出して整理しよう。
ここにいるのは、ハイテンション神父以外には女性しかいない。姦しさ最高潮だ。
女性達は怪しげな儀式とやらが行われ、強制的に召喚させられたっぽい。人権保護団体に訴えてやろうか。
召喚の物的証拠は身勝手神父の自白にもあった、足下の魔法陣がそれだろう。何かムカつくから文字を一個踏みつぶして消してやった。ざまぁw。
口振りからして女性達は全国津々浦々(どうやら異世界からきた私はイレギュラーみたい)から集められ、私以外は全員事情を承知の上でここにいる。
そして、ここに集められた理由が1年くらい前に御歳263歳(!?)で引退したらしい、『聖女』というイタい女決定戦をおっぱじめるため。
ライバルとか熾烈な生存競争とか言ってたから、てっきり私の得意分野である物理的潰し合いかと思ったけど、それは早とちりで。
どうやら『聖女(笑)』に相応しい適性を見極める試練? とやらを行い、次代に相応しい一人が見つかるまで召喚と選定を繰り返し、ふるいにかけていくということだ。
で、その『選定の儀』とかいうお祭り(って認識でいいだろう)の第1回目が、今から行われる、と。
…………帰っていいかな?
「次代の聖女になりたいかぁー!?」
『おぉ~っ!』
いや、ニュー○ークに行きたいかぁー! みたいなノリで言われても。
「見目麗しい王侯貴族とお近づきになりたいかぁー!?」
『うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!』
こわっ!?
急に声の本気度が跳ね上がったんだけど!?
思わず体がびくっ! ってなっちゃって地味に恥ずいわ!!
「その意気やよし! では始めよう! たった一つの席をその手に掴み、美男達が集う秘密の楽園への入場券をかけて!!」
『よっしゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
思いっきりイケメンで釣ってんじゃねぇかあの進行役!? 目的の『聖女(痴)』がおまけになってちゃ本末転倒だっての!!
ってか『聖女(……性女?)候補』の異様な熱狂を見て思うんだけど、『聖女』の振る舞いとしては正直どうなんだろう?
この時点で集まってんの、神聖さゼロの俗物ばっかじゃん。
聖女『様』って言ってたくらいだから、ゆくゆくは宗教的な上位階級になるんでしょ?
もしこの中から選ばれたら、教会の信用を一気に失墜させそうな女ばっかりだけどそれでいいの? 主に色欲とか強欲とかいう、大罪だっけ? それに引っかかったりするんじゃない?
いや、宗教はあんまり詳しくないし、私にはこれっぽっちも関係ないけどさ。
「まずは第1の試練! 初代聖女様が好んで食されていたのは、ナッツ類である! ○か×か!?」
試練ってクイズかい!
ってか知らねーよ『初代聖女(元凶)』の食べ物の好き嫌いとか!!
それに、二択なら適当にやっても運が良けりゃ当たっちゃうでしょうが!?
私達の何を見たいのよこの試練!?
「そこまでぇいっ!!」
「……あれ?」
で、お立ち台の近くで掲げられた○×(違う記号だったけど何故かそういう意味だとわかった)の木製立て札を頼りに移動し、シンキングタイムが終了した時点で周囲を見渡すと、私が『○』でそれ以外の全員が『×』だった。
私の家はにわか仏教徒だったからよくわかんないけど、イメージ的に宗教って基本は殺生が悪徳で清貧が美徳と解釈されやすい。
マジもんのお坊さんもお肉とかお魚とかは一切口にせず、食用の植物ばかりでできた精進料理しか食べないって聞いたことがある。
そうでなくとも、特定の動物が神聖視されて食べるのはダメ! って考え方も聞いたことあるから、動物だったら地雷の可能性が高い。
だから、植物なら問題なくない? と思って無難に○に移動したつもりなんだけど、何で私が孤立してんの?
「正解はぁ~、……×! 初代聖女様が教義で触れることさえ禁止されている豚の肉が大好物だったのは、あまりにも有名な逸話だ!」
だから知らねーよ!!
残念なのは自分が所属する宗教の戒律ブッチしてる『初代聖女(疑惑)』の方でしょうが!!
ってか『え~? そんなことも知らないの~?』的な目で見てくんなよ『聖女(性女?)候補』!!
ナッツはダイエットにも美容にもいい、崇高で偉大な食べ物なんだぞ知らねーのか!? カロリー高めだから食い過ぎ注意だけどな!!
「さぁ、一人だけ持ち点が2に減ってしまったが、他の候補達は最後まで持ち点3を死守して、栄光の道を駆け上がってほしい!」
微妙にいらんわその持ち点方式!!
もう『聖女(肉食)』とかどうでもいいから、さっさと家に帰して欲しいんだけど!!
「では第2の試練はぁ、これだぁ!」
加速度的に蓄積されていくイライラを足踏みして我慢していると、立て札の代わりに水晶玉っぽい物を持った神父が続々と現れた。
今度は何? ABCみたいな選択方式?
「はい、魔力検査ですね。一人ずつ順番に、列を作って助祭達の指示に従ってください」
これを最初にやっとけよ!!
何で真っ先に意味不明なクイズ挟んだんだよ、嫌がらせか!?
それに、いきなりテンションガタ落ちしてんじゃねーよ情緒不安定か!!
口調も敬語になってるし、落差が激しすぎて反応に困るっつーの!!
「……はい。次の方」
結局、めっちゃ長い列に並んで水晶玉に触れたけど、私の時は変化なし。
私以外の全員は規模こそ違えどいろんな色にビッカビカ光ってたから、魔力があったら光る電球みたいなものなんだろうとは思う。それはいい。
問題は、神父の態度だ。
第1の試練とやらに感情を全部持ってかれたように、大きな反応が出ても淡々としてるのがすっごい不気味なんだけど。
普通はこう、『聖女(苦笑)』に適した属性? とか魔力量? とかで驚いたり喜んだりするんじゃないの?
「はい、集計が終わりました。皆さん優秀ですね。あ、そこの君は持ち点1なので注意してください」
知らない間にリーチかかったぁ!?
だったら玉触ったときに言えよ!?
無反応だったからそうだろうなとは思ってたけど、私だけ針のむしろってのは納得いかない!!
周りのデカ女がクスクス笑ってくんの、地味にストレスなんだからね!?
「続きまして、第3の試練は……私を好きな人だと思って、私の目の前で愛の告白をしてください」
シンプルに職権乱用じゃねーか!!
この短い間で急速に認知症かあのド腐れ神父!?
ここまで堂々とセクハラを強要するとか、頭ん中煩悩まみれじゃねーか生臭坊主め!!
何か? 『選定の儀』で老いらくの合コンでもしたいわけ?
『聖女(性奴)』がほしけりゃ、私の目の届かないとこでやってろ色ボケジジイ!!
「死ね(あ~、はいはい。好き好き、好きですよ~っと)」
「…………は?」
そんなことをつらつらと考えていた結果、自然と本音と建て前が逆転していた。
神父含め周囲の人がめっちゃ驚いてたけど、これに関しては後悔も反省もしていない。
さっき会ったばっかの男に媚びを売るような尻軽だと思われる方が癪だ。
私のぶりっこ演技が見たけりゃ、それなりの報酬を積んで欲しい。交渉次第だけど、写真までならギリ許す。ただしおさわりNGは決して譲れない一線だ。外見を売る私にだってプライドはある。
そもそもこの神父、選定員って『上』の立場から『聖女(撒き餌)』をぶら下げて、自然と『聖女候補』が下手に出るように仕向けてる。
一人の純朴な女の子(←ここ重要)としては、その薄汚い根性がまったくもって気に入らない。
男なら性格と甲斐性と共感性で女をその気にさせてみろっての。
セクハラパワハラロリコン上等だ。
大人しくて幼気でか弱い(←ここも重要)女だからって、ナメんじゃないっての。
他の連中はみ~んなボケ老人相手に猫なで声ですり寄ってたけどな!!
「ありがとうございました。皆さんとてもすばらしい慈愛の精神を見せてくれましたね。……あ~、そこの持ち点なくなった君。もう帰っていいですよ。さようなら」
で、一巡したらすぐにお払い箱を食らいましたとさ。
……っつか雑すぎるだろ『聖女(性女)』選定の儀!
クイズ番組予選会とエセ健康診断と老いぼれの機嫌取りで終わり!?
もっと他に選定方法あっただろ手ぇ抜いてんじゃねーよ!!
プロ(?)なら雑な仕事してんじゃねー!!
「出口はこちらです。お疲れさまでした」
内にたまりまくる怒りのツッコミを吐き出す前に、別の神父から誘導された私は、こうして『性女』一本釣り会場から早々に脱落した。
~~・~~・~~・~~・~~・~~
「……いや、どうやって帰れってのよ!!」
むすっとしながら乱暴に歩き、差し込む日差しから今が午前中っぽいと思ったところで、私は無人な回廊っぽい廊下のど真ん中で盛大に声を張った。
イライラしてて気づかなかったけど、私この世界の出身じゃないから徒歩で帰れるわけないじゃん!
一刻も早くあのハラスメント集団から離れたくて衝動的な行動に出ちゃったけど、日本に帰るためにはあいつらに脅迫しなきゃダメっぽいじゃん!
あ~もう! 私のバカバカ!!
いつもだったら相手の血を見れば少しだけ冷静になれるから、こんなポカしなかったのにぃ!!
ちょっとだけ落ち込んだ後、やっぱり戻って説得に行こうとしたところ、ふっと私の前に立ちふさがる影があった。
「おっと。これは失礼」
ギリギリで衝突を避け、思った以上に至近距離だったキラキラしい服を経由して、頭上から聞こえた落ち着いた声を見上げる。
こちらを見下ろしていたのは、文句なしのイケメンだった。耳にかかる程度の長さで整った金髪と、研磨した宝石のような淡い色合いが目に付く碧眼、そして少女漫画家が描いたような白い肌に散りばめられた完璧な配置の甘いマスク。
一目でわかった。この人『性女』の撒き餌――もとい、誘蛾灯だ。髪の色も、胡散臭い笑顔も、着ている服も妙にまぶしいから、誘蛾灯以外に考えられない。
あのやかましい『性女候補』達からしたら垂涎のシチュっぽいけど、私は特に面食いでもミーハーでもない。
というか、男性の判断基準を『ロリコンか否か』でしか区別したことがなかったから、通行人を避けようとした進路がダブったとしか思わない。
面がいいのと『ロリコン』でないことはイコールではない。
今までの人生経験で学んだ、貴重な教訓だ。
「いえ、こちらこそ」
上流階級の人間はどこの世界も関わると面倒臭そうだったので、さっさと視線を切って誘蛾灯を躱そうとした。
が、無駄にデカい外人の体が私の移動方向にスライドし、今度こそ意図的に進路妨害をしてきたことを悟る。
その時点で「あ゛ぁん?」と威嚇の声を出しかけたが、さっきは角度的に見えなかった帯剣が視界に飛び込んできたため、とっさに飲み込む。
チッ! こっちは丸腰だから、得物があるだけ向こうに分がある。徒手空拳で余裕をもって対処できるのは、こっちを女児と油断した十人未満の暴走族集団(鉄パイプ程度の武装を考慮)くらいだ。
さすがの私も、包丁以上の長さを持つ刃物や銃器が相手だと、武器を用意しなきゃ全てを防ぎきれる自信がない(勝てないとは言っていない)。
中一の時から握っていた金属バットの感触と重みが、今は無性に恋しい。
「……何か?」
「そう急がずともよいではありませんか? 身なりを見る限り、帰る当てがあるわけでもないのでしょう?」
不機嫌さを隠さずに誘蛾灯の光源を再び睨みあげると、少しだけニュアンスを変えた笑みを振り下ろしてきた。
『性女候補』だったら舌なめずりしそうなくらいお綺麗な微笑みに、私は早くも怒りの導火線に火がついていた。
こいつ、ほんのわずかだがこっちを見下すような目をしていた。身長差という意味ではなく、『女』への軽蔑がにじんだ目だ。
キモいロリコンどもだと軽蔑の代わりに情欲が混じることを経験則で知っており、目を見ればおおよその悪意はわかるのだ。
伊達に変態目利きをしてきたわけではない。
「それとこれとは話が別です。貴方に構っているほど、私は暇ではありませんので」
「……そう警戒しないでください。可愛らしい顔が台無しですよ?」
「お構いなく。愛想を振りまく相手は自分で選びますから」
「…………これはこれは、予想以上に面白い方ですね」
で、適当な敬語を使った売り言葉に買い言葉で突っぱねていると、徐々に屈辱と怒りが表情に出てきている誘蛾灯。
確かに私は、十人中九人のロリコンを犯罪に走らせるくらいにはかわいい容姿をしている。趣味である花嫁修行の一環で髪やお肌の手入れをしているし、日頃の生活から美容と健康にも気をつけてきた努力の賜物だ。
栄養バランスのいい食事と毎食欠かさない牛乳、後は適度な睡眠と汚物消毒を心がけることで、高いレベルのかわいさを維持できている自信がある。特に骨密度と1桁台をキープしている体脂肪率は私の武器(物理)だ。
あと必要なのは身長と、おっぱいとおしりの肉付きだけ。ウエストはわずかにくびれて腹筋もうっすらでているのに、何故いつまで経っても幼児体型から抜け出せないのか不思議でならない。
牛乳の量が足りないのか? それとも犠牲者の生き血が足りないとでもいうのか?
……ああ、金属バットの感触が、無性に恋しいぃ!
「数百年ぶりに行われた『聖女選定の儀』に呼ばれた者が、どのような人物かと興味があったのですが、貴女のような粗野で『貧相』な礼儀知らずとは思いませんでした。見た目が美しくても、中身が品位に欠ける愚物では『聖女』などなれるわけがないというのに」
あ゛ぁ?
だ・れ・の・ど・こ・が・ひ・ん・そ・う・だってぇ!?
あんまりナメた口利いてると、問答無用で『不能』にするぞモヤシ野郎!!
「珍しい髪と目の色をしていたから拾ってやろうかとも思いましたが、気が変わりました。いくら珍しいといえども、主従関係もわからない野犬を飼うほど、私は物好きではありませんし」
――ブチッ(はぁと)。
「…………おやおや、それは奇遇ですねぇー」
――全身が熱い。
「私もぉ、いけ好かないボンボンはぁ、生理的に受け付けないんですよぉー」
――熱が、腕を通って、右手に集まる。
「なっ、何だ!? その、白い魔力は……っ!?!?」
――熱が、固まって、馴染み深い感触に変わる。
「だぁ~かぁ~らぁ~……」
――熱を、しっかり握って、振りかぶる。
「ま、まって……っ!?」
――そして、
「いっぺん死ねやあああああぁぁぁぁぁ!!!!」
――下から上へ、ゴルフ的フルスイング!!
「お、っごぉ、ひゅっ!?!?!?!?」
まるで豚の鳴き声のような声をあげた誘蛾灯は、股間を両手で覆って崩れ落ちた。
そう。私の『熱』は見事誘蛾灯の股をかいくぐり、脳天まで貫く衝撃を与えたのだ。
これぞ私の得意技にして奥義・玉潰し。
だいたいこれをやったら、男なんてみんな泡を吹いて地面に這い蹲るだけの豚に過ぎない。
……ふっ。またつまらぬ玉を潰してしまった……。
「あら失礼。つい手が出てしまいましたわオホホ。ですが、お許しくださいませね? 私、どうやら粗野で礼儀知らずで物わかりの悪い野犬らしいので、これくらいの粗相は日常茶飯事ですのよ」
ゴリゴリと右手の何かを地面に引きずりつつ、左手で優雅っぽく口元を隠しながら誘蛾灯を見下ろす。
涙と鼻水と涎でぐっちゃぐちゃになった誘蛾灯の顔は、幾度となく見慣れた表情とはいえいつ見ても爽快だった。
いや~、これがいいストレス解消になるんだよね。
さっきまで神父とか『性女候補』とか誘蛾灯とかのせいでストレスたまりまくりだったから、余計にすっきりするわ~。
……ん?
そういえばこいつ、『貴族』だっけ?
――あ、これ、もしかしなくてもマズいやつじゃね……?
「……それでは、ごめんあそばせ~」
オホホ、と背中に冷や汗だっらだら流しながら身を翻し、私は全速力で犯行現場から逃げ出した。
やっば! いつもの感じで殺っちゃったけど、相手がやんごとなきお貴族様 (ただしクズ)だってことすっかり忘れてた! 権力を敵に回しちゃったら、私みたいなか弱い女の子(←ここだって重要)なんて簡単に消されちゃう!
だってしょうがないじゃん! 向こうが私の体をなめ回すように見た上で『貧相』とかクソふざけたこと抜かしたんだからさぁ!?(被害妄想:大)
あぁ~、もぉ~!
これじゃあ神父へのお礼参りも無理そうだし、本当にサイテー!!
こうして私は日本へ帰還する手がかりを得る最大のチャンスを棒に振り、右も左もわからないまま異世界で生きていくハメになったのだった。
――びっくりするほど握る感触に違和感のなかった白く輝くバットが、いつの間にかシンプルで真っ白な杖に変化していたのにも気づかずに。
~~×~~×~~×~~×~~×~~
「お疲れさまでした、大司教様」
「ええ、ありがとうございます」
その日の夕方。
第1回『次代聖女様選定の儀』を終えた召喚の間には、進行役を務めた大司教と裏方をしていた司教の二人がいた。
瑠璃からクレイジー認定されていた大司教は、しかし『聖女候補』がいなくなってからは肩書きに相応しい、落ち着いた立ち振る舞いをしている。
「極まれに生じる『世界越え』を見極めるためとはいえ、あのような演技はさぞや心労を覚えたことでございましょう」
「お気遣い、痛み入ります。ですが、実際に行ってみれば意外と楽しいものでしたよ。もちろん、いつもあのような振る舞いでは、気疲れを起こしてしまいそうですけれど」
軽く眉をひそめる司教の言葉に、大司教は薄い笑みを浮かべて応じる。どこか茶目っ気がある表情に嘘はないと判断したのか、司教もゆっくりと安堵を浮かべた。
『世界越え』とは『聖女選定の儀』でたまに生じる、この世界の住人とは違う世界の人間を招き寄せてしまう現象だ。
原因は定かではなく、『聖女候補』を召喚する魔法陣の誤作動や、魔法陣の起動に使用する魔力の多寡などによる不具合、果ては最初から魔法陣に組み込まれているためそもそも失敗ですらない、などなど。
長年に渡って議論は繰り広げられているが、確かなことは何もわからないまま。
わかっていることは、全国へ向けて事前に発表されている『聖女選定の儀』を知らない者を、不可抗力で引っ張ってしまうことだけ。
リィーン教としても『世界越え』問題の解決を望んではいるが、現状では難しい。
だからこそ伝統的に行われてきたのが、『試練』という名の『選別』だった。
「今回は、今まで見たこともない黒髪と黒目をした幼子が一人、でしたな」
「そうですね。どうやら、リィーン教とは違う教えを受けているようでした」
瑠璃がクイズ番組予選会と称した『第1の試練』は、『この世界の常識』を問うことで『世界越え』をした人物のみをあぶり出すためのものだ。
その他、大司教が慣れないはっちゃけ演技をしたのも、事情がわからず動揺した様子を確認しやすくする『選別』の一環である。事実、お立ち台から大勢の女性を見渡した大司教は、場の空気に完全に取り残された瑠璃の挙動が一目でわかった。
まあ、事情を知るこの世界の『聖女候補』が煽り文句にあそこまで盛り上がるとは、大司教も内心で驚いてはいたが。それも瑠璃の異質さを浮き彫りにする一助となったのだから、結果的にはよかったのだろう。
ここで瑠璃が持ち点を失ったのは、『世界越え』をした異世界人であると判断されたためだった。
『世界越え』をした人物に『聖女』を任せるのは、教会内外からも反発が大きい。リィーン教の教えはおろか、この世界の一般常識すらわからない人物にポンと差し出せるほど、『聖女』という権力は安くない。
とはいえ、その後に続く試練で問題なしと判断されれば、『聖女』として迎えること事態は可能だった。事実、わずかだが過去に『世界越え』をしたハンディを背負ってなお、選ばれた『聖女』も存在している。
誰でも『聖女』となれる権利を与える、と謳ったにしては不公平な扱いではある。が、この世界の最有力宗教であるリィーン教でも、さすがに『世界の異物』に対して平等の権利を安易に与えられるほど、絶大な権威をふるえるわけではない。
教義には平等と公正を重んじるとあるものの、それはリィーン教という傘に集った信徒たちにのみ適応されるのが常だ。事実、リィーン教を信仰する国々は土着信仰などによる少数派の異教徒に対して、家畜以下の扱いを暗に容認している。
そうしたわかりにくい選民意識が根付いているこの世界において、異教徒と同じ扱いに相当する『世界越え』の人物にも平等を認めてしまうと、この世界に生きる人々への侮辱と諸国から謗られる可能性があった。
そうでなくとも、『世界越え』をした人物の素性は何もかもわからないのだ。この世界に害とならない確かな保証もない『異物』に対して、世界はそこまで優しくはない。
「しかし、その少女は本当に魔力なしだったのですか? だとすれば、どうやって生きているのです?」
「私にもわかりませんが、おそらく我々とは根本的に違う理の中で生きてきたのでしょう。世界が違えば、それだけ異なる神も存在し恩恵も異とするのは必定。ですから、不浄の者と判断するのは早計ですよ」
次に瑠璃がエセ健康診断と称した『第2の試練』である魔力検査。これは広い意味での『選別』に関わる重要な調査だった。
この世界の人間は誰しも魔力をその身に有し、肉体の死を迎えると同時に霧散していく。それは魔力保有量の大小に関わらず見られる現象であり、誰にも覆すことのできない自然の摂理だ。
つまり、魔力を持たない生物は『死者』に通じる穢れた存在――『不浄の者』と呼ばれる異端として扱われる。
瑠璃の魔力検査を行った助祭(司教の下である司祭のさらに下)は無反応を装ったが、内心は理解できない存在が現れたことによる忌避感でいっぱいになっていた。
その報告を受けた司教も不快感を隠せない様子だが、年の功か上位階級で培った余裕か、大司教は瑠璃に対する一定の理解を見せている。
「……そうですか。とはいえ、その他の『聖女候補』は無事、新たな道を選べたようで安心しました」
「1度目の召喚で次代の『聖女』が喚ばれなかったのは残念ですが、いずれ必ず我々の前に顕現してくださいます。それまでは『聖女候補』達へ最大限の援助を行うのも、私達の務めですからね」
他にも、魔力検査で調べていたのは瑠璃が予想した通り『量』と『属性』だ。が、それを調べる理由は彼女の予想とは少々異なる。
魔力量は単純に血筋による優劣を明確にするものだ。一般的に、魔力量が少ないほど身分が低く、多いほど貴族や王族などの特権階級である場合が多い。極まれに低身分の大魔力保持者、高身分の小魔力保持者もいるが、召喚時の身なりでおおよそ判別可能だ。
では身分を見分ける理由はというと、『聖女選定の儀』を密かに見学していた貴族が関わってくる。
実はこの『聖女選定の儀』、リィーン教の最高位に位置する『聖女』を探すと同時に、貴族達のための『人材発掘の場』でもあるのだ。
『聖女候補』達は貴賤の差はあれど、何らかの『才能あり』と古代魔法陣に選ばれた『有能な人物』ばかり。
どのような才能があるかは十人十色だが、記録では隠れた商才を発揮して現在も残る大商会を築いたとか、当時の王国に革命を起こし新たな王族として君臨したなど、数多くの女傑が輩出されている。
そのことから『聖女選定の儀』の一側面として、貴族は『才能の原石』から己の利とする人物を見極めスカウトし、逆に『聖女候補』は貴族達から才能を見出されて出世する、絶好の機会なのである。
その交渉における貴族達の判断基準の一つとして魔力量――つまり身分を開示したわけだ。
明確化された『有能な人材』に対し、内へ引き入れるか、友好関係を築くか、それとも敵対関係にある貴族へ流れた力を警戒するか。
この『聖女選定の議』で得られる情報は、各国にある力関係の重要な転換点になり得るため、『聖女候補』達と同じくらい貴族達の熱も高くなっていた。
一方、魔力属性はその人物が有する性格や気性を反映している場合が多く、人柄を判断する材料としてひときわ信憑性の高い情報とされている。
この世界の『聖女』に特有の魔力は存在せず、歴代『聖女』の記録を見ても一定の属性を有したという記述はない。先代『聖女』は火の魔法を得意とする『赤の属性』であったし、先々代『聖女』は木の魔法を得意とする『緑の属性』だった。
そして、魔力の属性を知れば自ずとその個人の性質が見えてくる。『赤』であれば短気で怒りっぽく、『緑』であれば穏やかで慎み深いなど、大まかな人間性は統計的にも確認されている事実だ。
そのため、貴族達が好む性質の人物を見分けるのにとても都合がいい。部下としてだけでなく、中には妻や妾として物色している貴族もいるため、性格の把握はとても有益なのだ。
ここで瑠璃が持ち点を失ったのは、『魔力がない』ことで『聖女』としても『貴族への斡旋』としても推奨しかねる、と判断されたからだ。
いくら何かしらの才能を有しているとはいえ、正体が見えない人物を受け入れるのはリスクが高い。世界の常識を覆すだけの新技術を発明する頭脳を持つ、経歴不詳の浮浪者を採用することと同じと考えれば、さもありなん。
そういうわけで、瑠璃の前に現れた貴族はその大博打に出た唯一の『身元引受人候補』であり、もし対応を間違えなければ貴族の庇護下に入れたかもしれないのだが、結果はお察しの通りである。
余談ではあるが、特別な属性という観点では、初代『聖女』が有していたとされる『白の属性』というものがある。4000年以上続くリィーン教の歴史の中でも、彼女一人しか発現したことがなく謎の多い属性のため、詳細はわからない。
「ですが大司教様、私はあの少女をそのまま放逐したことに納得しているわけではありません。いくら試練の1つであり、寛大で慈悲深い大司教様のご意向とはいえ、あのように不敬な態度を見逃すのは、いまだに承伏いたしかねます」
「確かに驚きましたが、『世界越え』の影響で混乱していたのもまた事実。他の候補達とは異なる状況であったことを考慮すれば、彼女の苛烈な言動にも一定の配慮をすべきでしょう。それでも、試練としては不合格にせざるを得ませんでしたが」
最後に瑠璃が大司教の機嫌取りと称した『第3の試練』である愛の告白。ここからが、実際の『聖女選定』に関わるものだった。
一見すると瑠璃の考え通り、『聖女選定』の重役という立場を利用したセクハラだが、大司教が見ていたのは『聖女候補』たちの『表層心理』だ。
瑠璃はもちろん『聖女候補』達は誰も知らなかったことだが、実は大司教がはめている指輪は魔道具であり、魔力を流すことで至近距離に近づいた人の『意識に浮かぶ心の声』を読むことができる効果があった。
つまりあの試練は、『愛の告白』という指定された言動の裏に隠した、『聖女候補』達の本音を探ることを目的としていたのだ。断じて大司教の合コンではない。
リィーン教が定める『聖女』として好ましい性質はいくつかある。他者を慈しむ『慈愛』はもちろん、虚飾を厭う『誠実さ』、我欲を慎む『無私』の心などが評価の対象となる。
ただ、たいていの『聖女候補』は瑠璃の考えに近く、大司教の目に留まり気に入られれば『聖女』に近づける! という打算を秘めて『愛の告白』を行っていた。まさか己の下衆な思惑すべてを知られているとも気づかずに。
そのため、今回の『第3の試練』は瑠璃だけでなく、多くの『聖女候補』が持ち点を失っている。ただし、瑠璃の減点はかなりグレーゾーンでの評価だった。
何せ、本音を口にしてお世辞を引っ込める者がいるなど、大司教も考えなかったからだ。瑠璃の告白に目を丸くしたのも、実際の言葉と心の声を理解していたからに他ならない。
減点とした理由は、心に浮かべた棒読みの告白の方が本心だとしたからだ。たった二音の罵声よりも、他の『聖女候補』の本心と近いことが評価につながり、下心ありと認められたのが決め手になった。
まあ、どちらが心に浮かんでいたにせよ、『聖女』として見れば瑠璃の酷さに変わりはなかっただろうが。
「それにしても、此度の選定でお迎えする次代の聖女様とは、いったいどのような方になるのでしょうね?」
「それこそ、神のみぞ知ることでありましょう。初代聖女様からして奔放な方でいらっしゃったのですから、今からお人柄を汲むことなど出来はしません。我々はただ、神の導きのままに聖女様をお支えして差し上げればよいのです」
瑠璃の話題を打ち切った司教は、空気を変えるために大司教へ『聖女』について尋ねていた。
『聖女』の代替わりの度に行われる『聖女選定の儀』では、その実『本当の聖女』は選ばれない。
リィーン教の上層部しか知らないことだが、『聖女選定の儀』で選ばれるのはあくまで『教会に所属する人間が求める聖女』であって、『神が認めた聖女』は二の次だ。
夢見る少女が勝手な正義感を振りかざして悦に浸り、世界の均衡を崩すようなことがあってはならない。何より、神の名がもたらす威光と利権を独占されたらたまったものではない。
主に後者の理由から、リィーン教会は『聖女の資質』だけで『聖女』を任命する気など毛頭ないのだ。
では最終的に『聖女』がどう決まるのか? というと、リィーン教が神から授かったとされる『聖杖』に所有者として認められること。突き詰めれば、それだけが『聖女』の判定基準である。
この『聖杖』、所有者の『属性の力』を大幅に引き出し、『神の代行者』に相応しい力を行使できる。副作用で魔力量に応じて寿命が延びたり、身体や精神の成長が著しく遅延したりするものの、所有者にもたらす恩恵はすさまじい。
そのことから『聖女選定の儀』では、教会の権威者として最低限許容できる『人格者』が選ばれるように作られている。言い方を変えれば、教会にとって『都合がいい』か『扱いやすい』人物だけが、『聖杖』の『選別』を受けることができる。
つまり、『聖女』の莫大な魔力や権力を悪用する意思が薄く、リィーン教の全てを決める枢機卿に決して逆らわない、『象徴』だけが『聖杖』に触れる機会を与えられるのだ。
それ以外の『聖女候補』――瑠璃のように扱いづらい人間がもし、もっとも『聖杖が認める聖女』としての資質が高かったとしても、『教会にとっての聖女』から遠ければそれは『不必要な聖女』でしかない。
だからこそ、『聖杖』を神から直接託されたという『初代聖女』以外の『聖女』は、ほんのわずかにでも『聖杖』の威光を引き出せれば『誰でもいい』のだ。
『聖杖』と『聖女』の登場で一気に隆盛を極め、同時に自由すぎる『初代聖女』のぶっ飛び具合から教訓を得て、リィーン教はずっと効率のよい御輿の見つけ方――『聖女選定の儀』をマニュアル化して今代まで続けてきた。
そうした背景もあり、司教と大司教が興味を抱くのは『次代聖女個人』ではなく、『次代聖女の扱いやすさ』のみ。
先代の単純だがすぐキレる『赤の属性』を持った『聖女』よりも、先々代の簡単に丸め込める『緑の属性』を持った『聖女』に近い性質の方が、彼らにとっては歓迎できることであった。
「今回の『聖女様選定の儀』でも、多く選ばれるのは『青の属性』か『緑の属性』でしょうな。『赤の属性』や『黄の属性』は少々我が強い方が多いですから、『聖女』として『相応しい方』はあまりいらっしゃらないようですし、ね?」
「私の口からは、何ともいえません。そろそろ行きましょうか。第1回の『聖女候補』に『聖杖』の御前にお連れできる方はいらっしゃいませんでした。次の召喚に向け、すぐに準備を始めましょう」
ちなみに、『青の属性』とは水の魔法を得意とし、物事に対して柔軟な考えを持つ(悪く言えば優柔不断)気質の持ち主。『黄の属性』とは土の魔法を得意とし、己を曲げない一本気のある(悪く言えば頑固者)気質の持ち主を指している。
穏やかな笑みを浮かべあい、司教と大司教はゆったりした動作で召喚の間を後にした。
しかしこの時、彼らは知らなかった。
すでに『聖女』がこの世界に降り立ち、『聖杖』がリィーン教の手から離れていることを。
あらゆる物を『清浄』にする力を持つ『白の属性』を用いて、一人の貴族を『無精子症』にしたことを。
高まり続ける怒りで無意識に発動していた『清浄』の力が、魔法陣の構築式をめちゃくちゃに踏み荒らしていたことを。
魔法陣の『清浄』に全魔力を消費し続けていたことで、『聖女』だけが魔力検査で反応しなかったことを。
そして、歴代でもぶっちぎりの力を保有し『1000年以上』の寿命を得た『永遠の聖幼女』に最後まで敵視され続け、教会の力を急激に失墜させてしまうことになることを。
歴史の転換点にいた誰もが、致命的な間違いに気づかなかったのだ。
~~・~~・~~・~~・~~・~~
「おじさぁん。あたしも馬車に乗っけてほしいな~!」
「金は?」
「実は、おサイフ落としちゃって、もってないの……」
「じゃあダメだな。他当たれ」
「ぐす……うん、わかった…………(チッ! ケチなおっさんだな)」
その後、私はぶりっこ演技でヒッチハイクに挑戦していたが、なかなか成功しなかった。
この世界の金なんて持ってるわけねーだろ察しろよ。
御者らしいおっさんから離れ、地面に唾を吐いて変な白杖を肩に担ぐ。
さっさとここから逃げないと、誘蛾灯の追っ手に群がられるのは厄介だ。手頃な鈍器があるから善戦はできるけど、数の暴力は恐ろしいからね。
とりあえず、日本に帰るよりも保身を第一だ!
そう考えた私は、新たな馬車を探していった。
ぱっと思いついたストーリーを勢いだけで書いた短編で、少しは筆が進む感覚を取り戻せたような気はします。
これで少しはスランプを脱してくれたらいいのですが。