破壊
その日の夕方。赤い太陽が山の端に消えようとしている頃。
三人はカンテラを持って宿屋を後にした。
大穴が空いた一帯を通り抜けて、赤い土があるところまで三人はやってきた。その時にはすでに陽は暮れ、月が顔をのぞかせている。
「そろそろ起床の時間ではなくて? オスティアリウムさん」
お嬢様が話しかけると、突然、地面が隆起した。それは次第に形をなしていく。ものの数分で、それは、人の背丈程の高さを持つ多脚砲台となった。月明かりをぬめりと反射して、生物を思わせる表面、六本の脚が台座となる巨軀を支え、その上には一本の太く長い砲身の他、まるでハリネズミのように無数の突起が生えている。
「……それで、今夜は誰が相手する?」
「その口ぶりからすると、お嬢様は戦わないお積もりですね?」
「うん」
さも当然とばかりにお嬢様は頷く。
「なるほど。昨晩はドロテアが相手したので、今晩はあたしが。……まずは小手調べ」と言うや、フルヴィはどこからともなく杖を取り出した。フルヴィの魔力は地水火風の属性で分類すれば水に属することになる。しかし、彼女の魔力特性は概念的なもので、『あらゆる活動を停止させる』ことができ、逆に『あらゆる活動を加速させる』ことができた。水で例えるなら、水を氷にすることも蒸発させることも自由自在である。
フルヴィは無詠唱のまま杖を振るう。すると、オスティアリウムの真下の地面から、複数の氷柱が突き立った。しかし、そのすべてがオスティアリウムに触れた途端、砕け散る。オスティアリウムのそれは呪的防御ではなく、単に装甲の硬さの問題だった。
「ふむ、やっぱり、これくらいだと役に立たないか」
フルヴィはまた杖を振るう。
今度は空中に氷柱が現れ、勢いよくオスティアリウムに降り注ぐ。しかし、それも効果はない。
次にフルヴィは、同じ空中に巨大な氷塊を出現させる。それを落下させて押しつぶす作戦だった。氷塊がぶつかるとオスティアリウムは重さに耐えかねて足を屈する。上面に生えていた無数の突起が氷に潰される。それでも主砲といえる大きな突起はその偉容を誇っていた。
この攻撃を何度も続ければ、あるいはオスティアリウムを破壊することもできたかもしれない。しかし、フルヴィは効果は薄いと判断した。では、逆に、オスティアリウムに含まれる水を蒸発させて殺すかというと、フルヴィはそれもしなかった。オスティアリウムの水の含有量は、かなり少ないと知っていたからだ。
というより、フルヴィはこの戦いを楽しんでいた。彼女がオスティアリウムと相対するのはこれが初めてではない。遙か昔、幾度となく戦い、屠ってきた相手だ。
オスティアリウムは上体を起き上がらせると、六本足を交差させながら歩き出す。そのスピードは緩慢だった。本来ならば、人が追いつけない程の敏捷性を発揮するのだが、この個体は違った。飢餓フェーズにあるため、消耗を防ごうとしているのかも知れなかった。その推測が正しければ、オスティアリウムの攻撃は、光学弾ではなく、エネルギー消費の少ない質量弾に限られることになる。
案の定、オスティアリウムは取水口のような管を地面に近づけると、地面から土を吸い上げる。その土を呪的に圧縮して打ち出すのだ。
「仕方ない、あれをやるか。面倒くさいんだけど……」
フルヴィはぶつくさ言う。
「だからいったでしょう?」
どことなく嬉しそうにお嬢様が言う。
「私が交代する」
ドロテアの提案に、フルヴィが首を振る。
「あなたがやると、周りの被害が凄いことになるから、ダメ」
フルヴィが言っているのは、大穴のことだ。ドロテアが相手をすると、林の木々は燃え、地面の穴が増えることになる。さすがに村に被害が及ぶことはないだろうが、依頼主の村人達の心証は悪くなる。
「……『概念魔術』を使います」
フルヴィは杖を構えた。
「汝、時を彷徨う者に流転の滅びを与えん」
フルヴィには、いついかなる時でも詠唱は必要ない。本来は杖すら必要ないのだが、これは見栄えのために持っているようなものだ。彼女の台詞にも呪的要素は何もない。ただ、これから朽ちていく者への憐れみの言葉に過ぎなかった。
オスティアリウムは、徐に動きを止め、再び足を屈した。そして、そのまま、完全に動作を停止した。白く変色した砲塔の一部が欠けて地面に落下し、粉々に砕ける。見る間にオスティアリウムは全身を白く変え、ぼろぼろと砕けて落ちた。あとに残ったのは、白い砂状の物質のみ。
「お見事」とお嬢様。
「お褒めいただき、恐縮です」
「さすがは『流転の王』ね」
「それは捨てた二つ名です」とフルヴィは苦笑いで答える。
「さて、何事もなく目的達成できたし、村に戻りましょうか」
お嬢様が歩き出そうとした矢先、ドロテアが警戒を発する。
「神代遺跡の存在を確認」
「所詮、遺跡でしょ?」とフルヴィ。
「エネルギー流動を確認」
「生きてるってこと?」とお嬢様。
「肯定」とドロテアが答える。
「お嬢様、どうします? 行ってみますか?」
「行くとしても明日ね」
間髪入れずにそう言うと、お嬢様は村の方へ歩き出した。
酒場兼宿屋の扉を開けると、そこには村長以下、この村の重鎮たちが顔をそろえて三人の帰りを待っていた。
「いかがでしたか?」
三人が椅子に座って、冷たい飲み物で一息ついたところで、村長が話を切り出した。
「完了しました」
代表してお嬢様が答える。村の面々は、ほっとして互いを見合った。
「それはそれとして、」とフルヴィが話題を変える。「この辺に、遺跡があったりしない?」
「遺跡ですか……」
村長は、思い出そうと首をひねるが、すぐには思い当たらなかったようだ。
「遺跡なら、確かにあります」と答えたのは村長の隣に座る壮年の男。
「どういう遺跡か、判る?」
フルヴィの問いに男は首を振る。
「その周辺で大きな黒い虫が徘徊しているので、村の者には近づくのを禁止しているのです」
「なるほどね」
「あの、それが何か……?」
村長が不安げな表情で訊いてくる。
それには答えず、お嬢様はドロテアに問う。
「工場の可能性は?」
「60%程度」
「そう」
「だとすると、また出てくる可能性がある、ってことですね。どうします?」とフルヴィ。
「どうもしない……と言いたいとこだけど、潰さないといけないも」
お嬢様は乗り気ではないようだが、赴く必要性は感じているようだった。
「では、明日行ってみましょう」と言うフルヴィに、お嬢様とドロテアが同調した。
ようやく、そっちのけにしていた村人達との会話に戻り、フルヴィが説明する。
「あなたたちにも判るように言うと、その遺跡が黒い虫の巣になっている可能性があるわ」
村人達は、声もなく愕然とする。
「まあ、明日行って確かめてみる。それで本当に巣になっているなら……」
「いるなら?」と村長。
「破壊する。完膚なきまでに」
そう言い放つフルヴィは嬉しそうに舌なめずりした。ただそれだけの行動が、村人達には尋常ならざる者を目前にしているように感じさせた。