オスティアリウム
「依頼の内容は何でしょうね」
フルヴィはお嬢様のマントを壁に掛けながら誰に問う訳でもなく呟いた。
「魔物狩り」とドアを背にして座るドロテアが無感情に答える。
「それは、そうだけど……。あっ、お嬢様ったら、部屋に入るなり服を脱ぐなんてはしたない!」
「この方が落ち着くの」
「ええ、それは判ってます。けど、ここはお屋敷ではないですから、自重して下さい……」
「……いつものこと」
ドロテアが独り言を言う。
「ドロテア、あなたはマントを脱ぎなさい」とフルヴィはお嬢様の服を折り畳みながら言った。
「拒否」
「ここは家の中なんだから、外套は脱ぐものなの」
フルヴィがドロテアのマントを引っ張るが、ドロテアはそれを抑えようと引っ張り返す。
「もう、お嬢様からも言ってやって下さい!」
裸になったお嬢様はすでにベッドに潜り込んでいる。
「ドロテアは私とは逆に服を脱ぐのが嫌いなのよ」
「それは知ってますけどっ」
「そんなことより……ドロテア、何か感じない?」
「肯定」とドロテア。
「何だと思う?」
「同族」
「オスティアリウム?」とフルヴィが聞き返すが、ドロテアの反応は無い。
オスティアリウムは別名『械族』と言って、現在は魔物の一種に数えられているが、実のところ、生体機械に分類される兵器である。だが、そのことを知る者は少ない。神々の戦いにおいて開発、運用され、戦争終了後に廃棄されたとされているが、数千年を経た今でも活動可能な個体が未だに残っている。見た目は昆虫を思わせる黒い甲殻に数本の足を持つ姿のものが多い。個体数は少なく、遭遇は稀である。
「そう。型番は?」とお嬢様が問う。
「不明」
「状態は?」
「完全自律行動状態。信号はハンドシェイク段階で拒絶。それ以外は判別不能」
「近付かないと駄目ということね」
「肯定」
「どうしますか?」とフルヴィが問う。
「どうもしない」
「でも、呪猟士として対処する必要はあるのでは?」
「放っておく。オスティアリウムは面倒よ」
「それはそうですけど……」と言ってフルヴィは苦笑する。お嬢様の面倒くさがりにも困ったものだ。
「それにしても、こんな辺鄙な街にどうして……」
突然、ドロテアが立ち上がる。
「型番不明機の行動開始を確認。目標は……自機と推測」
「そういう時は『わたし』とか、『自分』と言うものよ」とお嬢様。
「受諾」
「敵性行動なの?」
「可能性大。型番不明機、接近中。防衛行動を申請」
「許可します」
「受諾」
ドロテアは窓に駆け寄るとそこから身を踊らせ、宙を舞い、階下の地面に降り立った。
「フルヴィも、手伝ってあげて」
フルヴィは眉を寄せて迷いを見せた。ドロテアが行けば、自分の出番は無いと思ったからだ。しかしそれも一瞬のことで、お嬢様の前に跪くと、「仰せのままに」と答えて階下に消えた。
しばらくしてから、遠くで爆音がする。数度。
驚いた村人たちが外に出て騒ぎ始める。そこここで始まる、興奮した会話。さらに爆発音。その衝撃が村にまで達し、ガラスをびりびりと鳴らす。
時間を置いて、フルヴィとドロテアが、今度はドアから入って来た。二人とも土まみれになっている。
「どうだった?」
お嬢様が訊く。対してフルヴィはため息をついた。
「どうもこうもありません。あれは殲滅型ですよ。ドロテアが撃退はしましたけど、効果的なダメージは、多分与えられていません」
「対軍団級? それとも、対城塞級?」
対軍団級殲滅型は、その名の通り、軍団一つを殲滅出来るだけの能力がある。対城塞級は城塞一つを単体で落とす能力がある。いずれにせよ、お嬢様たちが泊まっている村を破壊するのは容易なレベルの存在である。
「小型でしたから……対軍団級、でしょうか」
「そう」
お嬢様は淡白に答えた。