きゃっちあんどいーと
薄切り食パンにキャベツとタルタルソースをたっぷり乗せ、斜めにフライを重ねる。もう一枚パンを乗せてフライと対角線になるよう包丁を入れれば、魚フライのタルタルサンドイッチの出来上がりだ。
付け合わせは彩りを考えてトマトとブロッコリー。肉体労働の男性には物足りないかもしれないが、女性にはそれなりにお腹にたまりそうな軽食だ。
「……いただきます」
後から来店した女性の方が先にそれに手を伸ばした。手掴みに対して躊躇いがないのは、貴族から離れてある程度時間が経っているからかこうした料理だと納得しているからか。
かじりついた彼女の口許からざくりといい音がする。柔らかいパンに揚げたての衣、瑞々しいキャベツ。中身はまだ十分熱い、はふはふとその熱を逃がしながら彼女は目を輝かせている。
「……美味しい……!こんな内陸の田舎で、こんな美味しい魚を食べられるなんて、思ってもみなかったわ……!」
手掴みでサンドイッチにかじりついていても下品な印象を与えない辺り、この女性は骨の髄まで上品な所作が染みついているのかもしれない。
そんな躾は受けているはずもない男は、と言えば。おそるおそるつまみ上げたそれにかじりついたかと思えば一瞬固まった。
女性の方はその反応を横目で伺いながら自分もサンドイッチに噛みつく。端っこの、多分フライがない辺りだったが、それでも目を瞬かせる。
「お、おいしい……」
勢いづいてぱくぱく食べてくれる、それが鈴にとっては嬉しい。 それはこちらの世界でもあちらでも同じ事だ。
「お気に召したのなら良かったです」
「本当に美味しいわ。テヴァルトでもこんな料理食べたことない」
にこやかな言葉に鈴はただ微笑んだが、それに男が反応した。
「……『テヴァルト』と言えば、東部のテヴァルトレイル王国の王都のことか。……ずいぶんと遠くからきたものだな」
「色々と事情がありましてよ」
探るような言葉に笑みのまま切り返す彼女はその艶やかな笑顔に微妙な迫力を湛えている。
ちょっと目を丸くして二人を見比べた鈴は、困ったように彼等を眺めているもう一人の女性にそっと声をかけた。
「あ、あのう……」
「ああ、ごめんなさいね。あの人、東部諸国はあまり良い感情がないらしくて」
「はー。……私、この辺りの地理とか情勢は全くわからないんですけど、聞いてもいいでしょうか」
鈴の言葉に相手は小首を傾げる。
「……店主さんは、出身はどこ?」
「私は、ずっと遠いところの出です。この辺りには本当に疎くて、国名さえよくわかりません」
「何故ここに店を?」
「……頼まれたものですから。皆さんがお店に来てくださるのがとても嬉しいです」
真顔で応じる鈴に彼女は連れを顧み、男も何とも言い難い表情を返す。実際に動いたのは、もう一人の女性だった。
「だったら、私もまた是非寄せていただくわ。ここの食事は美味しいもの」
「ありがとうございます、お待ちしております」
「そうね、私はリアンナ。貴方は?」
「私、ですか?私はリン、と言います。どうぞよろしく」
「……お、俺はカークスだ。この辺りで狩人をしている。こっちが俺の女房で」
「スーです、よろしくね」
リアンナはカークスが言ったとおり東部諸国の一国、テヴァルトレイル王国から来たのだという。ここまで来た理由は語らなかったが鈴は聞かなかったしカークス達もそれは同様だった。鈴にはわからないが相当遠いところらしく、よほどのことがあったのだろうと考えているらしいのは感じ取れた。