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きゃっちあんど……?

そんな話をしたまさに翌日。

「……意外に残ったな」

「今日、向こうは天気が悪かったんですよ。雨が降ると一気に客足が落ちるんだもの」

呆れたようなリンティスの発言に鈴もむくれ気味に応じる。元より儲けは度外視しているが、だからこそ客が来ないのが一番辛い。

しとしと雨模様だった『向こう』とは打ってかわった明るい晴れ空が広がっている。その窓を恨めしげに睨んで鈴は溜め息を吐いた。

「……こっちは、雨少ないんですか?」

「そうでもない。『向こう』のようなはっきりした四季はないが、緩やかな春と秋、厳しい夏冬は認識されている」

「今は?」

「今は、夏の終わり。日射しもまだまだ強いけど、少しずつ落ち着いてくる時季。……ただ、ここ最近は暑かったから、なあ」

そうリンティスが口にした瞬間。

「済まんが、少し休ませてくれないか!?」

叫ぶように飛び込んできたのは、顔を見たことがあるこの辺りに住む男だった。その腕に、布を被った人物を抱えている。

「は、はい」

慌てて鈴はエアコンのスイッチを入れた。

見覚えある男の腕に抱えられたのはまだ若い女性で、僅かに覗く顔が真っ赤だ。二人が飛び込んできた際、外から流れ込んだ空気がひどく暑く、乾いている。

熱中症か脱水症状と目星を付けて鈴はとりあえず彼等に席を勧めた。

「どうぞ、そちらへお掛けになってください。お茶は席料に含まれてますから、召し上がってください」

手早く淹れた温めのお茶を二人の元へ運ぶ。男は受け取ったそれを慌ただしく連れに飲ませようとした。辛うじて、といった様子でそれを飲み下した女性はほっと息を吐く。

「冷たいお茶にしますか、暑さが堪えてらっしゃるようですから」

「あ、ああ。……頼めるか」

鈴の提案に男ははっと頷いた。何とか座り直した彼女に鈴は冷えた麦茶を注いでやる。

冷たい、といっても冷蔵庫に入れた程だ。熱中症だか脱水症状にはそれなりに効果はあるだろう。

「お菓子もどうぞ、糖分……甘いものと塩っ気も取った方がいいですよ」

「……ありがとう……」

「これ、見た目は良くないけど甘くて元気が出ます。透明な皮剥いて召し上がってください」

菓子皿から人気のない一口羊羮をつまみ上げて渡すと、奇異な目で見られはしたが彼女は小さく頷いた。

「……その、入ってから聞くのも何だが……幾ら、掛かる?」

男が気まずそうに尋ねる。

一刻(一時間)で一人当たり五十ポンです。お茶、こっちの薬缶は飲み放題でこのお菓子付き」

さらっと言うと男は瞬いた。俯いていた女も顔を上げ、鈴を見つめてくる。

「……ずいぶん、安いが……いいのか?」

「うーん、私としては適正価格だと思ってるんですが。この辺には競合する店もありませんし」

店で出すのはサービスの菓子類にしても他の軽食、或いはコーヒー等にしても、この世界にはそもそも存在しない代物なので適正な価格もへったくれもないのだが。

しかしリンティスに言わせればこの辺鄙な土地では、珍しいものでも却って「ここに無いだけ」と思われるだろう、とのこと。多少の物珍しさや希少性は気にしなくていい、と言われている。

「こんにちは」

と、涼やかな声が掛けられた。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのは先日、閉店間際に訪れた客の片割れ女性の方だった。日差し避けだろうすっぽり被っていたフードを落とすと、肩に掛かるのは実に見事な金髪。

「この前はどうもありがとう、助かったわ」

「いえいえ。お店なんですから、来ていただいた方には出来る限りのおもてなしをしますよ」

促すまでもなくテーブル席に座った彼女に、鈴はお茶と菓子皿を置く。

「この前いただいた食事があるかしら。美味しかったからお願いしたいのだけど」

「今日はお魚挟んだものになりますけど。それで良ければお出ししますよ」

鈴の言葉に彼女は目を瞠ったが、何も言わず頷いた。

「あ、あの……それは、幾らするんだ?」

その注文に、男が口を挟んできた。鈴は笑って応じる。

「これも五十ポンです。二切れありますから、お二人で一皿でも構いませんよ」

「だったら一皿、くれないか」

「はい、少々お待ちくださいね」

応じて鈴はカウンターに入った。魚のフライを冷蔵庫から出し、準備するのは揚げ鍋ではなく電気フライヤー。

これも重宝しているのだ、何しろ油が飛び散らないので掃除が断然楽。『向こう』でも近所の小母様達に興味津々で覗き込まれる一品だ。料理を主に出す店なら賄いきれないが気紛れランチ状態ならこの程度の処理能力で十分でもある。

蓋を閉めると中でぱちぱち油の爆ぜる音と、そして次第に何とも美味しそうな匂いがし始める。誰かが、唾を飲む音が聞こえた。おそらくは唯一の男性だろう。彼の妻か恋人らしい女性はまだちょっとしんどそうだし、生まれの良さそうなもう一人の女性はそういう行儀の悪い真似はもっとしそうにない。

手際よくキャベツの千切りをして刻んでおいた玉ねぎとピクルス、ゆで卵でタルタルソースを準備する。いよいよフライヤーの蓋を開けると、ますます香ばしく食欲をそそる匂いが広がった。

「お待たせしましたー」


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