私のお店・2
「鈴、さっきの連中が食べてたサンドイッチが食べたい」
既に皿を洗ってしまってから言い出すリンティスに鈴は呆れた目を向ける。
「そんなこと言ったって、もうチーズ終わっちゃったんですよ。今日の軽食の残りなんだから」
ちなみに今日、軽食を出したのは帰宅途中の学生達だった。みんな家に着くまでにお腹が空くらしく、マンガ読みのついでに今日のようなサンドイッチだの焼きおにぎりだのは結構頼む。
リンティスも割とその辺の、腹に溜まる炭水化物は好きらしい。
最初は店に現れても置物のように表情も変えず、ばたばたしている鈴を眺めているだけだったのだが。
鈴の方が鬱陶しくなって、余った焼きおにぎりを食べさせたら、どうやら味をしめたらしい。
焼きおにぎり、サンドイッチ、ワッフルにドーナツ、たい焼き。鈴がたまに趣味で出す軽食が大好きになって、自分から欲しがるようになった。それに伴って表情が豊かになってきたのはともかく、見た目年齢まで成長した。なるほど神様か、と納得したのは余談。
それによって土地が豊かになったのかどうかは鈴にはよくわからないが、出したものを美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。
リンティスの加護が及ぶのは今のところ店の、建物の敷地だけだ。鈴はまだこの異世界の外を歩いたことがない。
その状況では周辺の住人が店を訪なうことは少なく、街道を通る数少ない旅人が寄っていく程度だ。逆にその旅人から話を聞いて近隣住人が覗きにくることはあるが、彼等は生活にあまり余裕がなく、お茶や軽食で寛ぐ文化がない。ごく稀に昼飯として軽食を食べにくるぐらいだ。
そのここでは存在しない軽食に関しては、決して評判は悪くないのだが、受け入れられているか、は些か微妙な感がある。
基本的にこの世界に米の飯はないらしい。向こうでは人気のおにぎりセットは全く売れない。身体を動かす人間が多いからか、味の濃い物の方が評判はいい。それと、ありがちな話だが砂糖が高価で貴重品のためスイーツ類はその値段に驚かれる。
「それじゃリンティス様。これ、食べますか」
ふと思い出して鈴がホットサンドメーカーを開くと、ふわりと熱気と共に香りが立った。実に腹の空く匂いだ。
「なんだ?」
子どものように目を輝かせて身を乗り出す彼はちょっと可愛い。
「カレーのホットサンドです。ちょっと辛いかもしれませんけど」
「食べる食べる」
さすがにこの世界では、カレーのようにスパイシーなものは受けないだろうと自分の夜食用に作ったもので、中身はキーマカレーに野菜を足したもの。出来上がった段階で電源は切っていたからそこまで焦げてはいない。
二重生活はリンティスの加護もあってかそこまで疲れない。ただまあ、ちょっとゆっくり考えたい事があってもなかなかその時間が取れないのは確かだ。
熱い辛いと言いながら嬉しそうにホットサンドを平らげているリンティスに、冷ましたお茶を煎れてやりながら鈴は聞く。
ホットサンドメーカーは昔友人達に買ってもらった、鈴の大事な秘密兵器だ。自分でアタッチメントを購入してもいる。家庭用なので一度に作れる量は少ない、けれどホットサンドもワッフルもミニたい焼きもミニ焼きドーナツも作れるのだ。
「この辺りの人は、あんまり甘いもの食べないんですよ。値段説明しても、そんなに安い訳ないとか思うらしくて。かといってがっつり系はご飯ものになっちゃうからなあ」
「ご飯ものも美味いのにな。たまにあちらで出してる昼飯はどうなんだ」
鈴の愚痴ともとれる言葉に、ぺろりとホットサンドを平らげたリンティスが応じる。
「昼飯……ランチセットですか。あれも基本はご飯に合わせるメニューだからなあ」
悩みながら鈴は冷蔵庫を開けた。業務用としては小さいサイズだが、家庭用に比べればずっと大きい。中身は日によってバラバラ、今日はキャベツのパック(千切り済み業務用)とパン粉をまぶしたフライが並んでいる。
「んー、明日のランチの白身魚のフライが売れ残るようなら、やってみましょうか。ソースかタルタルなら、パンには合うよね」
「……それも美味そうだな」
思わず、というようにリンティスが漏らした。
「この辺の人は、お魚は食べますか?」
「いや、そもそも海は離れているからな。この辺りまで新鮮な状態で運べない。川の魚も食べられるが、数は少ないし」
それではまた、売れないかもしれないとは思ったが鈴の基本は元の世界での生活だ。ここではそう売れなくてもいい、のだがせめて閑古鳥は勘弁してほしい。