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いらっしゃいませ

旧街道沿いにその建物はあった。

既に日が暮れかかっていて辺りは薄暗い。

そのなかでぽつん、と灯をともした小さな建物。


「フレディ、あれは……」

「行ってみよう、リアンナ」

男女カップルの冒険者は珍しくない。そうした者達にありがちなことに、彼等も恋人同士だった。

他の連中と違うことと言えば、この辺りの土地勘がないことか。普通、土地勘のない場所へ二人きりでやってくるのは無謀と言われてもしょうがない。


この辺りは辺鄙な寂れた地域だ。人口の少ない村が点在する程度の、目立つ産業も名所もない、そんなよくある土地。

彼等はこれまでもっと栄えた街にいたのだが、いろいろ事情があって夜道を辿っている。

冒険者なのだから野宿は別に構わないが、この辺鄙な場所で灯りをともしているのは逆に警戒を誘う。

慎重に近づいてみると、見慣れない様式の平屋でしかし貴重なガラスを贅沢に使った造りになっている。

様子を伺っていると、その灯りの中で動いている影がある。不意にその扉が開かれた。

「!!」

急に射した光に咄嗟に目を庇う。緊張した彼等に、対照的にのんびりと声がかかった。

「あれ、お客様ですか?」

慌ててみると、逆光を負った人影は小柄だ。彼等を見つめて小首を傾げている。


「うちは言わば休憩所ですよ。簡単な軽食は出しますが、飲み物は一部無料。ただし時間制で代金をいただきます」

そう説明する店主はまだ若い娘だ。顔立ちがこの辺りでは見ない感じなので、違う国から流れて来たのかもしれない。

店内はさほど広くない。土間に三つばかりテーブルが置かれ、カウンターに何やら仰々しいものが並んでいる。

彼女がそれをいじると、流れた湯が手にした急須に受け止められた。

「お茶はサービス……無料です。そろそろ閉店なんで大したものは出せませんが、休憩して行かれますか?」

置かれたお茶は湯気を立てるほど温かく、嗅ぎ馴れない香りも香ばしく心地よい。

ちらりと目配せを交わして二人は頷いた。

「ありがとう。休ませていただくわ」

「その、あまり持ち合わせは無いのだが……何か、食べさせてもらえるか」

フレディの言葉に店主はあっさり頷く。

「そもそもうちはそんなにちゃんとした食事を出す店じゃありませんから。お口に合うかどうかわかりませんが、これでも摘まんでお待ちください」

そう言って腰を下ろした二人の前のテーブルに置いたのはどうやら菓子の類いを盛った鉢らしかった。らしい、というのはその中身が彼等には見慣れないものでおそらく菓子なのだろうと何となく推察される程度のものだったから。

焼いた生地の中心に赤いジャムを置いたもの、白いクリーム様のものを挟んだものは甘く、十分に熱い茶と合わせて口にすると疲れが取れるようだった。

それに安堵して、今度は見慣れない菓子もつまんでみる。こちらも焼かれて硬く、けれど表面はつるりと光沢を帯びていた。香りも甘いとは言えずむしろ塩っぱい香ばしさ。

口にしてみればその香りの通り塩っぱくて、けれどぱりっと砕けるその感触も快い。甘みはないがお茶や或いは軽い酒のつまみとしても良さそうだ。

「……これは美味いな」

「ええ。普通に売っているものとは違うようだけど、とても美味しい」

ぽつぽつとそれをつまみながら言葉を交わしている二人の前に、皿が出された。

思わずその皿を見てそれから顔を見た店主は、その幼さを残す顔に笑みを浮かべて彼等を見返した。

「それではこちら、ホットサンドです。熱いので、お気を付けて」

置かれているのは焦げ色の三角形をした、どうやらパンの中身らしいものだ。普通のパンは皮が固くこんな風にはならない。

おそるおそる手に取ると確かに熱を持っていた。しかし「気をつけて」と言われるほどの熱さでは、と思いながらかぶりついたフレディは悲鳴を上げる。

「熱っ」

「ああ、中身。中身が熱いんで!」

口にした途端、中から熱いものがあふれてきた。見ればチーズがそこからとろけている。

「熱い……けれど、美味しいわ」

フレディの様子を教訓に用心しながら小さくかじりついたリアンナが感心する。そうしながら吹き冷まして熱心にかじっている様子を見ると、確かに味も気に入ったのだろう。

ずいぶんと柔らかいパンの中身はそのとろけるチーズと燻製肉(ハム)、少しばかりの野菜が入っている。熱くてとても美味しい。

夢中になって殆ど無言のまま、二切れずつそれを食べ終えると人心地付いた気になった。

「……ご馳走様。幾らだ?」

「お二人で合わせて二百ポンです」

問いに素早く切り替えされて頷く。安いとは言えないが高くもない。適正か、といえばむしろ思ったよりは安いくらいだ。

「では、これで」

「美味しかったわ、ありがとう。……あなた、一人でこの店を切り盛りしているの?」

フレディの置いた硬貨を受け取り、リアンナの問いに苦笑する。

「ええ、そんなに忙しくはないですし。意外と村が近いんですよ。わざわざ寄るのは基本的に旅の人です」

「……そう、なのか?」

その答えにはフレディが困惑した。

「街道をもうちょっと行ったら村が見えますよ。一応ギルドの支部もあるし、宿屋もある」

冒険者ギルドは、どんな辺境の村でも一応は置かれているしそれがある以上宿屋の一軒くらいはあるものだ。そこまで至らなければそこはまだ村ではなく集落にすぎないことになる。

この大陸には大小合わせて数十の国があるが、その発展度合いは様々だ。国力も差が夥しいし紛争を繰り返している地域もある。しかしそんなところももっと栄えた土地も、そしてこんな辺鄙な場所でも冒険者ギルドだけは支部を置いているのだ。

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