怨念洗濯!タナタちゃん
……やっと、やっとこの時がきた。
間抜け面をして眠るこいつに、あたしはトドメを刺せる。
そしてあたしも成仏出来る。
おお神様よ、こんな力と身体を与えてくれてありがとう。
あの時あんたがいなければ、あたしはきっと……
廃油が混じった黒い川に、あたしは沈んでいた。
何故こんな事になったのか。
その1。「タケル兄ちゃん、この間洗濯機壊れたとか言ってたけどさ、特におかしいとこはないよー」優しい妹さんでしたね、ええ。何でおかしい所がないか分かったのが謎ですが。
その2。「はぁ?俺が買ったんだから、俺がこいつの事一番分かってんだよ。もうお陀仏だ、捨ててくる」
ふ ざ け ん な ク ソ 男 ! ! !
こうしてあたしは分解され、何故かボディだけにされ、謎の馬鹿力によって川に投げられ、どんぶらこー、どんぶらこー……とここまでやってきた訳だ。
竹林がすぐ近くにある。月が見える。天の川も見える。
しかしあたしを捨てたクズタケルはいない。
ああ、腹が立つ。せめてあいつに復讐してやれたらどんなにいい事か。
憎い、本当に憎い。呪ってやる……
「その望み、叶えてあげよっか?」
いつの間にか、人がいた。
いや、人じゃない。兎の耳が生えているし、毛先に行くにつれて黒くなる、習字の筆みたいな長い髪と赤い目がある。
青い羽衣?の様な服を着ていて、空に浮いていた。
月の兎が人にでもなったのだろうか。
「あー違う違う。ボクは兎鍋玄人之巫……読みは『ウサナベクロウトノミコ』だ。兎鍋ってあるけど兎鍋の神じゃないよ。色々なモノを人にする神だ。まぁ見れば分かるよ、っと」
黒い耳をいじりながら、兎鍋なんちゃらは指をパチンと鳴らした。
「見れば分かるって何……ええ!?」
あたしは自分の身に起きた事を信じられなかった。
……本当に人の姿になっていたからだ。
手がある。足がある。声も出る。
胸はない。まぁその方が良いか。
「今日が終わるまで、その姿にしてあげる。普通の人よりかなり強いし、話し掛けた相手を眠らせる事が出来る超・特別仕様だ。……見つけ出して、気が済むまで殴……れるよね?」
「おう!!」
意気揚々と拳を突き出してみせた。なかなかに速い。殴殺でも出来そうだ。
「はいはい、さっさと出る」
兎鍋なんちゃらは物凄い力であたしを川から引っ張り出した。腕が痛い。人間はこんなのを味わっているのか。恐ろしいものだ。
「……じゃ、ボクは織姫にパンダを献上しなきゃいけないし、そろそろ行くよ。持ち主見つけて殺したら、ちゃんと成仏しなよ?はいこれ、武器」
彼女はあたしに釘バットを渡し、竹林に消えていった。
「ありがとー、兎鍋なんちゃらー!!」
と叫ぶと、
「違ーう!!ウサナベクロウトノミコー!!」
と声が返ってきた。覚えられるか、んなもん。
捨てられた時の記憶を頼りに、あたしは川の上流に向かって走りに走った。
そうして月が見えなくなった頃、小さな田舎町に着いてもクズタケルの住むアパートを探して走りに走り、不審者と疑われた時は眠らせながら、あたしはやっとあいつの住む部屋に辿り着いた。
「……あれ?こんな時間にどなた?」
ドアを開けようとした途端、ぼさぼさの髪に寝惚け眼、ジャージと言う姿で出てきたクズ野郎が、後ろからのこのことやってきた。
「それ、あんたが言う台詞か?」
あたしの一言で、クズタケルは眠りについた。残り時間は、後5秒。
……やっと、やっとこの時が来た。
間抜け面をして眠るこいつに、あたしはトドメを刺せる。
そしてあたしも成仏出来る。
おお神様よ、こんな力と身体を与えてくれてありがとう。
あの時あんたがいなければ、あたしはきっと……
こいつに、ちゃんと別れを言えなかった。
『……本日未明、○○市のアパートに住む中島タケルさん(20)が何者かに殺害されているのが発見されました。現場には壊れた洗濯機と釘バットがあり……』
「何この情けない面の男、変な死に方してるわねー。ウサナベ、あんたもそう思うでしょ?」
「……そうですねぇ、織姫。でも、ボクはとっても素敵な死に方だと思いますよ?」
「えー?……変なの」
「……まぁ、結局めでたしめでたしだね」