第九十五話 越えるべき谷
「ヒャッホウ! カヌヌ、おまえさん、生きてたのかぁ! ったく心配かけやがって、てっきり人蛇に喰われちまったのかと思ったぞ!」
と、森中がざわめいているかのような騒ぎの中、仲間に駆け寄ったグニドの頭からヨヘンがカヌヌの肩へ飛び乗り、バシバシと頬を叩いた。
ヨヘンが叩けば叩くほど、カヌヌの頬には乾きかけた泥の手形がついていく。
カヌヌもそれに気がついたのか、困ったように笑い出すと、
「ちょ、ヨヘン、ドロだらけネ! ヤメテヨ! 汚いヨ!」
と抗議して、ヨヘンの連続タッチから逃れようと首を反らした。
が、カヌヌは現在ルルを背負っていて、両手が塞がっているせいでヨヘンを捕まえることができない。ヨヘンもそうと分かっていて「このこの!」となおも手形をつけようとするので、見かねたラッティが後ろからガッとヨヘンを鷲掴みにした。
彼女の傍らにはヴォルクもポリーもいる。
みんな無事だ。獣人隊商が揃った。ラナキラ族も鰐人族も皆カヌヌの帰還に沸き立っているが、今はただそれだけを喜びたい。
「おい、ヨヘン。カヌヌは徹夜明けでへろへろなんだ、嫌がらせはその辺にしときな。ていうかアンタ泥臭っ! なんで全身泥まみれなわけ?」
「おうおうおう、よくぞ聞いてくれたな、ラッティ! これには聞くも涙、語るも涙の話せば長い事情があって……」
「あ、長いんならいいや。グニドもお疲れ。何とか間に合ったみたいだね」
「ウム。皆、カヌヌノコト、待ッテイタ。──オカエリ、カヌヌ」
「エヘヘ……アリガト、グニドサン。ただいまデス」
そう言ってはにかんだように笑うカヌヌの面輪には、ラッティの言うとおり濃い疲労の色が見えた。肌が黒いから分かりにくいが、腰蓑一枚の体もあちこち擦り傷だらけで、ヨヘンほどではないにせよ全身汚れているのが見て取れる。
よほど厳しい試練だったのだろうか。されど幸い五体は満足で、命に関わるような怪我を負った様子もない。それを確かめたグニドも心底ほっとして、先刻クワトにもそうしたように、軽く肩を叩いてやった。
「ルルハ、寝テイルカ?」
「ハイ。昨日から、ズット眠ったままデスガ……キヴィティサマ、心配いらない、言ってマシタ。村に着く頃には目覚めるハズだと」
「キヴィティサマ?」
「人蛇族の長デス。ボクを助けてくれマシタ」
「はあああ!? かっ、カヌヌ、おまえさん、幻の人蛇族に会ったのか!? 会えたのか!? ぐわああああああ! 羨ましすぎるぞコノヤロウ! 今すぐオイラも紹介して──ぐぇっ……!?」
「とにかく、カヌヌ。詳しい話は落ち着いてからにして、まずはクムさんのとこに行ってきな。みんなアンタの言葉を待ってる」
「……ハイ! いってきマス」
握り潰されたヨヘンがラッティの手の中でぐったりしていたが、そこには誰も触れなかった。促されたカヌヌはルルの身柄をグニドに預けると、ニッと笑って歩き出す。眠るルルを抱いたグニドは、その背を仲間と共に見送った。
が、刹那、ルルの首もとでチリ、と小さな音がする。
何の音かと目をやれば、ルルの首に見慣れない輪っかがついていた。
カヌヌが腕に嵌めているのと同じ金の輪っかだが、平べったく、ルルの細い首にぴったりと巻きついている。おまけに小さな結晶のようなものがぶら下がり、ルルの喉もとをキラキラと賑やかせていた。まるで見たことのない、不思議な色彩を帯びた結晶だ。一見透明な石のように見えるのに、光の加減で表面が虹色に輝く。何だろうと不思議に思って触れてみると、ほんのりと温かかった。人肌の温かさだ。
(おまけにこの首輪……継ぎ目がない。一体どうやって嵌めたんだ?)
はずして確かめようにもどうすればはずせるものなのか分からず、グニドはただただ首を傾げた。ところがそうこうしている間に、森の主の麓に辿り着いたカヌヌが一族を見上げて声を張り上げる。
「ヌイ・クム、ウア・ホゥイ・ワウ」
直前まで緊張が走っていた森に、カヌヌの声が朗々と響き渡った。
樹上からじっとカヌヌを見下ろしたクムは、頷いたようだ。ところが彼は何も言葉を発さない。ただ静かにカヌヌを見つめた瞳の端に、微か光るものがある。そんなクムを見上げてカヌヌは微笑んでいた。まるですべての迷いが晴れたように。
「カナカ・アパウ。ウア・イケ・オ・ヌイ・ナーガ・イァウヘ・アラカイ。ナウ・ノエ・パレ・アクイア・オエアエ・ポマイカイ・カ・モクプニ。オ・イケ・クム・エ・ホアロハイ・マーコウ・メ・クク」
樹上のどよめきが膨れ上がった。カヌヌが島の言葉で何を告げたのかは分からない。されど皆の反応を見届けると、カヌヌは颯爽と踵を返した。
彼が向き直った先には、巨人樹の森の入り口にずらりと並んだ鰐人族がいる。
その真ん中にどっしりと腰を下ろし、煙管を吹かしているヌァギクに向かってカヌヌは手を合わせ、胸もとで五本の指を波のようにくねらせた。
「ヌァギクサマ。またお会いできて光栄デス」
「ヨクゾ戻ッタ、ラナキラノ若キ長ヨ。汝等ノ答エヲ聞キニ来タゾ」
「ハイ。約束どおり、我らラナキラ族は、アナタ方と同盟しマス。コレは、一族の長であるボクの意思デス」
「……ホウ。デハ、ブワヤ島ヲ我等ノ領分ト認メルノダナ? ソシテ、無名諸島デ暮ラス全テノ部族ニ、ソレヲ認メサセルト誓ウノダナ」
「ハイ。ボクたちはもう二度と、ブワヤ島に攻め込みマセン。時間はかかると思いマスガ、他の島の部族たちにも同じ誓い、必ず立てさせマス。代わりに、アナタ方もチカラを貸してほしい。無名諸島から争いを失くし、平和な時代を作るタメに」
「良イダロウ。──交渉ハ成立ダ」
緑色の煙を吐きながらそう告げたヌァギクは、不敵に笑って眼を細めた。
かと思えば鰐人族の言葉で、左右に控えた者たちに向かって大声を上げる。
途端に鰐人たちの上げるすさまじい雄叫びが谺した。あまりの迫力にラナキラ族の戦士たちは樹上で肝を潰しているが、グニドには分かる。
あれは鰐人の祝咆だ。グニドら竜人も、一族を挙げての祝いごとがあると皆で吼え声を上げて共に喜ぶ。尻尾を打ち鳴らし、大気を震わせて、一族を守護する英霊たちに感謝を伝えようとする。
だからグニドも共に吼えた。カヌヌもたぶん、これが鰐人たちの祝福であることを分かっている。嬉しそうだ。そこへクワトが歩み寄り、カヌヌに何事か声をかけた。グニドには聞き取れなかったが、カヌヌにはクワトの言葉が分かったらしい。
恐らくクワトもカヌヌたちの使うクプタ語は話せるのだろう。両者はやがて向き合い、互いの両手をがっちり握ると、上下に大きく揺らして握手した。
ラナキラ族は未だ動揺しているがもう遅い。他でもない族長の決定だ。
かと思えばクムが杖を振りながら叱声を飛ばし、皆に何か命令した。
するとほどなく森の主のあちこちから縄梯子が垂らされ、ラナキラ族の戦士がひとり、ふたりと降りてくる。皆まだおっかなびっくりといった様子で鰐人たちから距離を置いているが、クムだけが迷いなくヌァギクへ歩み寄った。
そうして互いにクプタ語で話し合い、カヌヌとクワトがそうしたように、両手を握り合って和解を示す。グニドたちもようやくその輪に加わった。
両者の話がまとまったと知るや、ラッティたちは総出でカヌヌを揉みくちゃにしている。グニドはグニドで、傍らに佇むクワトの肩をもう一度叩いた。
振り向いたクワトも誇らしげで、嬉しそうだ。
「……大団円か。つまらないな」
ときに巨大樹の幹に背を預けたジェレミーが何か呟いたのが聞こえたが、周囲の騒ぎで聞き取れなかった。ゆえにグニドが視線を送れば、目の合ったジェレミーはにこりと笑って手を振ってくる。自分に構わず話を続けて、という意味のようだ。
「デハ、我等ヌォ早速盟約ヲ果タソウ。クワト」
とヌァギクが呼べば、クワトは心得た様子で頷き、仲間に指示を出した。すると一度森へ引き返した鰐人たちが、縄で縛り上げたオスの人間を四、五人ほど引っ立ててくる。何事かと驚いたが、クワトは連れてこられた人間を跪かせるやクプタ語で何か説明した。途端にカヌヌたちは目を見開き、次いで表情をこわばらせる。
「お、おい、カヌヌ。クワトさんはなんて?」
「……この人たち、ヴォソグ族の戦士デス。島にコッソリ忍び込んで、ボクたちが隠した女子供の居場所、探してマシタ。ソレを鰐人たちが見つけて、捕まえてくれたそうデス。カレらが見つけてくれなければ……危なかった。仲間の隠れ場所、襲われるところデシタ」
カヌヌが話してくれた顛末に、グニドらも揃って驚愕した。何でも鰐人たちがカヌヌの帰りを待たず、ワイレレ島への上陸を強行したのは、ヌァギクが精霊を通じてヴォソグ族の怪しい動きを察知したためだったそうだ。かくして突如現れた鰐人の群に捕らわれたヴォソグ族の戦士たちは、全員がうつむき、震えていた。
人喰い獣人である鰐人族に囲まれた今、もはや命はないと怯えきっているのだろう。見開かれた目だけが異様に白いことや、腰蓑一枚の姿であることはラナキラ族と何も変わらない。おかげでグニドにはラナキラ族とヴォソグ族の見分けがまったくつかなかった。否──そもそも同じ無名諸島で暮らす人間たちに、違いなど見当たらなくて当然なのかもしれない。
ラナキラ族もヴォソグ族も、どちらも無名諸島を故郷とする同胞なのだ。
そしてカヌヌはそれを、ここにいる誰よりもよく分かっている。
「……オカポエ・オ・ヴォソグ。エ・アエ・マイアウ・エ・カマイリオ」
やがて事情を飲み込んだカヌヌが、真剣な面持ちでヴォソグ族の前に片膝をついた。彼らを見つめるカヌヌの眼差しに敵意はない。どうやら彼は島の言葉で、ラナキラ族と鰐人族が共に生きる選択をしたことを伝えたようだ。
──そして僕は、できればあなた方とも友好的な関係を築きたいです。
カヌヌは最後にそう告げて、彼らを縛めていた縄を切った。
──ですから、島へ戻って伝えて下さい。僕たちは話し合いを望んでいると。
伝言を託されたヴォソグ族の戦士たちは、瞳に困惑と怯えの色を乗せたまま、逃げるようにラナキラ村を去った。
自分の島へ戻った彼らがどんな選択をするのかは、今はまだ分からない。
「でも、コレでイイんデス」
そう言いながら彼らの背を見送ったカヌヌの表情は穏やかだった。
彼は信じているのだろう。
長年敵対を続けてきた彼らとも、いつかきっと分かり合える日が来ることを。
×
『……あれ?』
と寝ぼけた声が聞こえて、グニドはふと長い首を巡らせた。
見ればカヌヌの巣の床に布かれた葉っぱの上で、ルルが体を起こしている。
未だ眠たそうな目をしたルルは、ここが現実なのか夢の中なのか区別がついていない様子で、何度もゆっくりと瞬きをした。
かと思えば両手で目をぐりぐりとして、もう一度グニドたちを見回している。
『……グニド?』
『起きたか、ルル。ずいぶん気持ちよさそうに寝てたな』
『……なんでグニドがいるの? ルル、カヌヌと森を探検してたのに……夢?』
『いや、夢じゃない。帰ってきたんだよ。途中で眠ってしまったお前を、カヌヌが背負って連れてきてくれたんだ。どこか痛むところとか、変なところはないか?』
『ルル……ねてた? なんで? ぜんぜん覚えてない……』
『……とりあえず大丈夫そうだな』
寝起きで思考がぼやけているのか、しきりに首を傾げているルルを見て、ひとまず異変はなさそうだとグニドは判断した。ルルが目覚めたことを知ったラッティたちも口々に声をかけ、ポリーなどは「おかえりなさい、ルルちゃん」とほっとしたように抱き寄せているが、やっぱり本人は何も分かってなさそうだ。
ラナキラ族の新たな族長となったカヌヌが戻り、鰐人族との同盟が結ばれてからほどなくのこと。グニドたちは帰還したカヌヌと霊術師のクム、そしてワイレレ島に残ったクワトら数名の鰐人と共に、カヌヌの巣に集まっていた。
理由は言わずもがな、カヌヌが人蛇族から先代族長の病を治すための霊薬を受け取ってきたからだ。人蛇たちが作ったという万能薬は、水晶を刳り抜いた小瓶に入れられており、果物の絞り汁みたいに綺麗な黄色をしていた。
今はそれを受け取ったクムが、意識のないオルオルに霊薬を飲ませ終えたところだ。人蛇の作る薬というのが実際にどれほどの効果を持つものなのかは分からないが、カヌヌは確信を帯びた様子で「爺サマは助かると思いマス」と言った。
「……キヴィティサマが授けて下さった霊薬は、父サマの血と魂から作ったと言ってマシタ。ロロのビョーキ、治すには、ソレ以外方法がなかったと……だからタタイは自分のイノチを使って、ロロを助けるコト、選びマシタ。必ずボクが、キヴィティサマに会いにくると信じて……だから、きっと、ロロは助かりマス」
話を聞いたカヌヌの母は、顔を覆って泣いていた。
カヌヌの父とオルオルは血がつながっていないと聞いたが、それでも彼らは確かに家族で、等しく一族を守ろうとしたのだろう。
人間の血と魂から薬が作れるなんてにわかには信じ難いものの、カヌヌが森の奥で出会った人蛇たちはまさに人智を超えた存在だったそうだ。
彼らはあのヌァギクよりもさらに優れた霊術を操り、霊石と呼ばれる不思議な水晶を使って、様々な奇跡を起こしてみせたという。
「霊石、ね……そいつは連合国じゃ霊石と呼ばれてるモンだ。しかしまさか無名諸島にも霊石の鉱脈があったとはな。俺も詳しいことは知らねえが、そいつが口寄せの郷の魔女どもが作る希石の原石だってことは聞いてる。連中がどこからそいつを採取してるのかは国家機密で、知ったら魔女どもに呪い殺されるらしいがな」
「じゃあマドレーンさんなら知ってんの? あの人、一応アルカヌムの出身なんだろ? そもそもアルカヌムの魔女が郷の外で暮らしてるって時点で驚きだけど」
「あいつは例外中の例外さ。知ってのとおり口寄せの民ってのは秘密主義で、色んな秘密を守るために、郷で生まれた人間が外の世界で暮らすことを禁じてる。マドレーンはその掟を破った罪で処刑されるはずだったが、アビエス連合国の建国を助けた功績を認められて特別に許されたんだ。代わりに二度と希石を作れない体にされたあげく、郷の秘密を口外したら死ぬ呪いをかけられたらしいがな」
「こ、口外したら死ぬ呪いって……ま、マドレーンさんはどうしてそんな恐ろしい呪いをかけられてまで、郷の外で生きることにしたんでしょう……?」
「さてね。『狂魔女』サマの考えることなんざ俺たち凡人にゃ分かりっこねえさ。二百年以上も生きてると、存外本気で狂っちまうのかもなあ。……不老不死の肉体なんざ、俺ァ死んでもごめんだがね」
そう言ってあぐらを掻き、自身の膝に頬杖をついたヴェンは、扉も壁もない巣の入り口を向いてどこか遠くを眺めていた。相変わらず酔っ払った赤ら顔で、瞼も眠たそうに垂れているが、しかしグニドには彼が素面に見える。
(ひょっとしてヴェンは……マドレーンが郷を出た理由を知ってるのか?)
確証こそないものの、何となくそんな気がした。ヴェンは何か重要なことを知っているが、知らないふりをしている。少なくともグニドにはそう見える。
が、きっとそこにはグニドの理解など及ばない複雑な事情があるのだろう。
ならば今は自分も見て見ぬふりをしようと、グニドはヴェンが見ている緑色の景色へ目をやった。マドレーンの出自に関することを本人以外の口から聞き出すというのも、どちらかと言えば気が進まないし。
「……ダガ、ルルノ首輪、作ッタノモ、人蛇。アレニツイテイルノモ、霊石カ?」
「ハイ、そうデス。ボクが〝虎の道〟で見つけてきた石を使って、キヴィティサマが作りマシタ。ルルサンが祭壇にヨコになったら、霊石がピカッと光って、人蛇たちの歌が聞こえて……そうしたら、いつの間にか首輪デキてたデス。キヴィティサマは、大事なオマモリと言ってマシタ」
「お守り?」
「ハイ。ルルサンからワザワイを遠ざけるタメに、ハダミ離さず持っていてほしいそうデス。と言っても、ハズし方分からないので、ハダミ離したくても離せないと思いマスが……」
カヌヌの言うとおり、ルルの首に嵌められた金の首輪はやはりどこを調べても継ぎ目が見当たらなかった。しかも金属でできているから、刃物を使って切るということもできそうにない。鋸のようなものを使えば可能かもしれないが、その場合まず間違いなくルルの首ごと傷つけることになるだろう。
まったく人蛇族は厄介なものを授けてくれたなと、グニドは半ば困っていた。
だが霊石を使ったお守りだというのなら、持っていて損はないのかもしれない。
ルルから災いを遠ざけるというのもどこまで本当か分からないとは言え、ヌァギクよりも優れた祈祷師が作ったものだというのなら多少はご利益がありそうだ。
当のルルは今の話を聞いてようやく首輪の存在に気づいたらしく、ポリーの傍らで『なにこれ……!?』と喫驚しているが。
「ま、何はともあれだ。ラナキラ族を巡る騒動は一件落着、あとはジイさんが人蛇の秘薬で本当に息を吹き返すかどうか見届けるだけってことでいいんだよな?」
「一件落着……かどうかは、ヴォソグ族の出方次第だと思うけど……少なくともラナキラ族と鰐人族の戦争は避けられた、かな」
「けど問題はむしろこっからだろ。何たって鰐人族との同盟はカヌヌが勝手に決めちまったことだからな。いくら新しい長として認められたとは言え、村の連中は内心不満タラタラだろ。おまけにオルオルのじいさんも無事に目を覚ましたら覚ましたで、孫が独断で鰐人族と同盟しちまったなんて知ったらカンカンになって怒るかもしれないぜ。そうなったらカヌヌ、おまえさんどうするんだよ?」
「アハハッ、どうもしないネ。ただボクがひとりでキメちゃったコトを謝って、だけど一族を守るタメには、ああするしかなかったって説得するヨ。時間はかかるかもしれないけど、ボクのモクヒョーは、無名諸島で暮らすゼンブの部族と分かり合うコト。なら、まずはロロやムラのみんなと分かり合うところから始めるネ。自分の一族とも分かり合えないなら、ボクは族長シッカクだから」
そう言って笑ったカヌヌの笑顔は、試練に挑む前よりもずっと自信に溢れて見えた。命懸けの試練に打ち勝ち、島の神である人蛇族にも認められたことで、ずっと引きずっていたものが吹っ切れたのかもしれない。
これならワイレレ島はきっと安泰だなと、グニドはすっかり族長らしくなったカヌヌを見て思った。彼が進もうとしている道はやはり険しく、多くの困難が立ち塞がるだろうが、今のカヌヌならきっと乗り越えてゆける。そう思える。
けれどそんなカヌヌが最初に乗り越えるべき谷は──とグニドが思案したところで、不意にラッティが口を開いた。
「……で、さ、カヌヌ。疲れてるとこ悪いんだけど、ヴォソグ族にまたひと騒動起こされる前に、アンタに話しときたいことがあるんだ」
「あ。ソレってもしかして、ボクが試練に行く前に言ってたコトデスカ?」
「うん……そう、なんだけど。ここじゃちょっと話しにくくて。少し場所を移してもいいかな?」
「分かりマシタ。では、ムラの広場に行きましょう。今ならアソコ、ダレもいないハズと思いマス」
「うん。ヴォルク、ポリー、ヨヘン。そして……グニド。アンタとルルも一緒にきてくれる?」
「……クワトさんは? ヌァギクさんからグニドの傍を離れるなって言われたみたいだけど」
「あー、じゃあクワトも。一緒に来ても何話してんのか分かんないと思うけど……それでもよければ。カヌヌ、クプタ語で本人に訊いてみてくれる?」
「リョーカイデス!」
カヌヌは意気揚々と答えると、早速クワトに向かって島の言葉で喋り始めた。
話を聞いたクワトが何事か答えながら頷いているところを見ると、彼も獣人隊商と共に行くことに同意したようだ。けれどもふたりが話し込む間、視線を落としたラッティの表情は暗い。少し怯えているみたいだ。
だからグニドはカヌヌからは見えないよう、尻尾でラッティの背中を撫でた。
顔を上げたラッティの尻尾が、グニドの尻尾に巻きついてくる。
──大丈夫。ちゃんと言うよ。
うっすら上がった口角と、結んだ尻尾の先端から、ラッティのそんな覚悟を感じた。ゆえにグニドも頷き、グルル、グルル、と喉を鳴らす。
竜人が仲間をいたわるときの音だった。
きっとラッティにも、伝わっていると思う。