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子連れ竜人のエマニュエル探訪記  作者: 長谷川
【無名諸島編】
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第九十四話 英雄の条件


 気がつくと、朝日が降り注ぐ大地の口の中にいた。思わずぽかんと見上げた先から、暗闇に慣れた目を()く常夏の陽射しが降ってくる。

 夜も眠らない熱帯の森が、夜明けと共に賑々(にぎにぎ)しさを増していた。光の(まだら)を生み出す枝葉の向こうを、色とりどりの鳥たちが群をなして飛んでいく。

 そのさまをぼんやり見上げたカヌヌの視界を、刹那、覗き込む影があった。


〔おかえりなさい、ラナキラの子よ〕


 逆光の中、真紅の唇が微笑みを描いている。

 カヌヌはしばし呆けたあと、彼女が人蛇(ナーガ)族の長であることを思い出した。


〔キヴィティ……様? 試練は……〕

〔合格です。其方(そなた)が携えているそれはまさしく霊石(ヒィラ)。よくぞ成し遂げました〕


 言われて目をやった右手には、涙のように透明な結晶があった。霊石。そうだ。

 魔物の牙を逃れて潜り込んだ横穴で、カヌヌはこの石と出会った。

 が、どういうわけかそこから先の記憶がない。

 いや、正確には暗闇の中をひたすらに歩いた記憶はあるのだが、(もや)がかかったように現実味がなく、自分が何故ここに戻ってこられたのかも分からなかった。


〔其方は精霊に導かれたのですよ、カヌヌ〕


 と、そんなカヌヌの困惑を見透かしたようにキヴィティが言う。


〔霊石を通して〝世界の深淵(サティヤ)〟とつながった。ゆえに其方は精霊の声を聞き、迷わず戻ってこられたのです〕

〔サティヤ……?〕

〔ええ。精霊たちが生まれ、住まう場所。それを我々はそう呼びます〕

〔……そう言えば、ずっと……声を、聞いていたような気がします。暗闇の中で、誰かが僕に、(ささや)いていた……〕


 夢か(うつつ)かも判然としない記憶の中で。

 カヌヌはその声に導かれるがまま歩き、そして出口へ辿(たど)(つい)いた。けれどもあれは──あの声は、かつて北の大地で別れた彼女の声ではなかったか。はっきりと思い出したいのに、やはり夢から()めた直後のように意識の輪郭がぼやけている。


〔さあ、カヌヌ。いいえ、ラナキラの長よ。其方の勇気の証をここに〕


 されど朝日と共に降り注ぐキヴィティの声が、カヌヌを現実へ引き戻した。


〔其方こそ無名諸島(オネ・ハーナウ)を担う次代の王です。ゆえに我々も助力は惜しまない。約束を果たしましょう〕

〔約束……あ……で、ですが、キヴィティ様。この〝虎の道(パンギル・ダーン)〟には魔物が……まずはあれを駆除しなければ……!〕

〔心配には及びません。あとのことは我が一族の優秀な戦士たちが引き継ぎましょう。とにかく其方は、一刻も早く集落へ帰らねばならない。時間がありません。すぐに儀式を済ませ、出立を〕

〔儀式……ですか? ですが、時間がない、とは……?〕

神々(パンヴァティー)の手先……歌をうたう者が動き出そうとしている。我々は彼奴(きゃつ)らの手からルルアムスを守らねばなりません。そのために其方が持ち帰った霊石が必要です〕


 そう言って、キヴィティは遥か高い崖の上から手を差し伸べてきた。

 生き物の皮膚くらいなら簡単に引き裂けそうなほど鋭い爪は気になるが、しかし彼女の手もまたカヌヌら人間(ひと)の手と変わらない。

 ゆえにカヌヌは迷わなかった。〝パンヴァティー〟という人蛇語(ことば)が何を指すのかは分からないが、よからぬことが起きようとしている気配は感じる。ならば同じ無名諸島に暮らす民として、人蛇族(かれら)の手を取るのを拒む理由はないはずだ。


(──行こう。みんなが待ってる)


 くたくたの体に決意という名の鞭を打ち、カヌヌは穴に向かって垂れた木の根を登った。差し出されたキヴィティの右手に向かって手を伸ばす。

 そうして掴んだ彼女の手は、蛇のように冷たかった。けれどもその皮膚の内側には、神の青でも魔の黒でもない赤い血が流れていると、信じられる。



          ×



「おいっ、クワト! おまえさんのせいでなあ、オイラのノミの心臓が危うく潰れるとこだったんだぞ! そこんとこ分かってんのか!? 分かってんだろうなあ!? 分かったらもう二度と物陰で待ち伏せたりしてオイラを脅かすな! さもないとタダじゃ済まないからな!? 主にオイラの心臓が!」


 と、泥まみれになって立腹しているヨヘンを扨置(さてお)いて、グニドは二日ぶりに再会したクワトと挨拶を交わした。

 挨拶、と言ってもお互い言葉は通じないから軽く肩を叩いただけだが、クワトも同じように叩き返してきたところを見ると、こちらの意図は通じたらしい。

 カヌヌを見送った人蛇の森の入り口からラナキラ村を目指す道すがら。

 頭にヨヘン、背中にジェレミーを乗せて一目散に駆けていたグニドは途中、突如森の中から現れた鰐人(クク)たちに行く手を遮られ、急制動したのだった。


 おかげでヨヘンは後ろに吹き飛び、ジェレミーもまた反動で投げ出されてしまったわけだが、どうやらふたりに怪我はないようだ。

 むしろ為す術なく泥濘(ぬかるみ)に落下したヨヘンとは裏腹に、ジェレミーは華麗な着地を決めて、動じた素振りも見せなかった。


 手綱一本で竜人(グニド)を乗りこなしてみせたこともそうだが、どうもジェレミーは人並みはずれた身体能力を有しているらしい。しかしクワトたちが現れる直前、背中に感じたあの異様な気配は何だったのだろう。少なくともグニドの背を降りたジェレミーはけろっとしていて、いつもと変わらないように見えるが……。


『……それにしてもクワト、お前たちはここで何してるんだ? 鰐人族がラナキラ村に乗り込んできたとは聞いてたが、長のお前がこんな村はずれにいるのは……』


 けれども今は、クワトたちが突如として現れた理由も気になる。

 ゆえにグニドは言葉が通じないと分かっていながら、思わず竜語でそう問いかけた。するとクワトも鰐人族の言葉で何事か話しかけてくる。


「キタ・マドシ・サヌヘャン。イキ・フレンタハ・ヌハ=ヌァギク」


 ……やはり何を言っているのかサッパリ分からない。

 だが〝ヌァギク〟という名前は聞き取れた。

 つまり彼らがここにいるのは、ヌァギクの指示か何かということか……?


「アファ・ウォンギ・ダディ・フェン・ヤンィ」


 されど首を傾げるグニドを余所に、クワトは何やら不穏な目つきでぎろりとある一点を睨んだ。その視線の先にいるのは言わずもがなジェレミーだ。


「あれれ。僕、どうやら警戒されてるみたいだねぇ。なんでだろ、鰐人とは初対面のはずなんだけど……あ、もしかして大陸人だからかな? 確かに肌の色も身なりも言葉も違うしねぇ」


 が、対するジェレミーは、まるで敵意がないことを示すかのように両手を挙げてにこにこと笑ってみせた。島では〝人喰い〟と恐れられ、グニドにも劣らぬ巨躯(きょく)と牙を持つ鰐人を相手に、まったく怯えた素振りも見せないとはずいぶん肝の据わったやつだ。けれどもクワトの方は明らかに殺気立っていて、ジェレミーの友好的な態度を見ても警戒を解かなかった。


 大陸の人間(ナム)ならば──獣の耳と尻尾が生えているとは言え──事前にラッティやヴォルクと面識があるから、それが理由で敵意を向けているとは考えづらいが。


「んで? クワトはさっきからなんて言ってんだ、グニド?」

「ムウ……オレニ()クナ。鰐人ノ言葉、オレモ、ワカラナイ」

「けどラナキラ村に押しかけてきたはずの連中がこんなところにいるなんておかしいだろ。まさかとは思うが、村の連中をみんな食っちまった……とかないよな?」

(オン)。村ノ方角、血ノニオイ、シナイ。鰐人、ニンゲン、襲ッテナイ」

「ということはもしかして、彼らもグニドさんを探しに来たのかな? 村に姿がなかったから、ラナキラ村の人たちに追い出されたんじゃないかって心配してくれたのかもしれないよ」


 と、やはり何事もなかったかのような口調で言うジェレミーを一瞥(いちべつ)して、なるほどな、とグニドは顎を撫でた。確かに鰐人たちもラナキラ族と彼らの仲介役として自分を探していた可能性は大いにある。今はヌァギクと交渉した張本人(カヌヌ)も不在だから、鰐人族との同盟に反対したラナキラ族が、余所者の獣人隊商(ビーストキャラバン)ごとカヌヌをも追放したのではないかと案じるのも無理からぬことだった。


 しかしこうして無事に再会できたからにはその誤解も解けたはずだ。グニドは言葉が通じないながらに、身振り手振りでラナキラ村へ戻ろうとクワトを促した。

 いくら血のにおいこそしないとは言え、ラナキラ族と鰐人族が一触即発の状態にあることには変わりないのだろうし。


『クワト。おれたちだけじゃ正確に意思の疎通を図るのが難しい。ヌァギクも一緒に来てるのか? もし来てるなら会わせてくれ』

「グルル……アファ・フェンギン・カタン・ヌハ=ヌァギク? アヨ・ダディ・ヌントゥン・サヌヘャン」


 お互いに聞き取れるのは〝ヌァギク〟という単語だけ。されどそこからグニドの要求を察したのか、クワトはこくりと頷くと、長い尾を(ひるがえ)して歩き出した。

 と同時にクワトに従う数人の鰐人に指示を出し、グニドらの背後を固めさせる。

 ……まるで自分たちの後ろを歩くジェレミーが、何か怪しい動きをしないか見張らせているみたいだ。ジェレミーはどこからどう見ても丸腰で、武装した竜人(ドラゴニアン)や鰐人に手出しできるとはとても思えないが。


「──(ヌァ)()ッタヨウダナ、グニドナトス」


 かくして一同がラナキラ村へ辿り着くと、案の定武具で身を固めた鰐人たちの姿があった。彼らはラナキラ族の巣がかかる巨大な木々──〝森の主たち(グパト・アリ)〟の麓に陣取り、真っ黒な(うろこ)の壁を築いている。


 その中心にヌァギクはいた。相も変わらず牙や首からじゃらじゃらと呪具を垂らし、今日は緑色の煙が立ち上る管を(くわ)えている。彼らが向かい合う〝森の主〟の樹上には、同じく武器を手にしたラナキラ族の姿があった。


 苔生(こけむ)した大樹の上には、よくよく見ればクムの姿もあるが鰐人族と同じ地平に下りてくる気配はない。というか、地上と樹上を行き来するための縄の梯子(はしご)が一本残らず撤去されているようだ。恐らくは鰐人に怯えた人間たちが、()()にまで侵入されることを恐れて梯子を隠したのだろう。もっとも竜人(グニド)の体重を支え切れなかったあの梯子では、鰐人も樹上へ上がることは不可能のように思えるが。


「おうおうおうヌァギクのばあさん! こりゃ一体どういうことだ? 鰐人族もラナキラ族もまるで戦闘態勢じゃねーか。あんたら、ラナキラ族と和議を結びたかったんじゃないのかよ? オイラの目には戦争勃発寸前に見えるぜ」

「フン。我々ハスグニデモ、ヴォソグ族ト戦エル装備(ソーウィ)ヲ整エテキタダケダ。ラナキラ族トノ和睦(ワウォク)ガ成レワ、我等ノ牙デ彼奴等ヲ打チ払ウ。ソウイウ約束ダッタロウ」

「だとしてもさすがに気が早すぎるだろ! あんたらみたいなおっかない獣人が大挙して押しかけてきたら、オイラたちみたいなか弱い種族はチビり倒すしかないんだぜ? これじゃ話し合いどころじゃないって」

(カヌァ)ワン。我々ハ、ラナキラノ新タナ長ト話ニ来タ。アノ若キ長ナラワ、我々ノ話ニモ(ニニ)ヲ傾ケルダロウ」

「〝若き長〟……ってもしかしなくてもカヌヌのことか? けど、あいつは……」


 と珍しく殊勝な顔をして、ヨヘンは丸くて小さな耳を垂れた。カヌヌは無事に戻る、という確証がまだ持てないためだろう。何しろ彼が人蛇の森へ入ってから既に丸一日が過ぎている。誰もが最悪な未来を覚悟するには充分な時間だ。

 けれどもヌァギクは座して動ぜず、まるでカヌヌの帰還を確信しているかのようだった。いや、あるいは彼女には未来が見えているのだろうか? 思わずそんな想像を巡らせたグニドに向かって、ヌァギクがフーッと緑色の息を吐きかける。

 彼女の鼻から吹き出した煙は、やはり嗅いだことのないにおいがした。


「ウッ……ヌァギク。コノ煙、トテモ変ナニオイダ」

我慢(ガヌァン)シロ。精霊ヲ寄セル〝霊喚香(ニンワリ)〟ダ。今ノ(ウヌ)ニハ、精霊ノ加護ガ必要ダロウ」

「ジャ?」

「汝ハ(シワラ)ク、クワトノ(ソワ)ヲ離レルナ。……ラナキラの(イェン・ドゥドゥ・)客でなければ(タム・サカ・ラナキラ)とうに喰ろう(キタ・バカル・)ているのだがな(マンガン・サヌヘャン)


 鰐人族の言葉で何事か呟いて、ヌァギクはちらとグニドの背後に目をやった。

 そこには垣根を作る鰐人たちを物珍しげに眺めるジェレミーがいる。

 ……やはりそうだ。どういうわけか鰐人たちはあの人間の語り部(レグニス)をやけに警戒している。だが彼が一体何だというのだろう? ひょっとしたらルルが初めてジェレミーと対面したとき、怯えた様子を見せていたことと何か関係があるのだろうか? 確かに先刻背中で感じた異様な気配も気になるが……。


「……トニカク、我々ニラナキラ族ト争ウツモリハナイ。グニドナトス、汝ノ口カラ、ラナキラノ占者(ファヌガ)ニソウ伝エヨ」

「ムウ……ダガ、オレ、島ノ言葉、ワカラナイ。ダカラ、クムト、話セナイ」

「汝ハ〝精霊ノ愛娘(ルルアムス)〟ノ(ヌォ)(ヒト)ダ。(ユエ)ニ彼奴等ハ汝ニ手ヲ出セナイ。其ノ汝ガ、クワトト共ニ居ル姿ヲ()レバ、彼奴等ヌォ理解スルダロウ」


 なるほど。つまり自分がクワトを連れてクムたちのもとへ行き、彼らに敵意がないことを示せばいいわけか。それなら言葉が通じなくとも何とかなりそうだと判じたグニドは、早速クワトと共に〝森の主〟の足もとを目指した。枝から枝へ渡された道の上で、集まったラナキラ族の戦士たちがどよめいているのが分かる。

 中にはのしのしと近づいてくるクワトに向かって弓を構える者もいたが、じっと麓を見据えたクムが呪具に飾られた杖を出し、無言で弓を下げさせた。


「ようよう、クムじいさん! お待ちかねのグニドが戻ったぜ! ちなみにこっちのデカブツはクワトだ! 見た目はグニド並みに凶悪だが悪いヤツじゃないぞ!」


 ほどなく大樹の根もとへ辿り着くと、頭の上のヨヘンがグニドに代わって隣のクワトを指し示した。果たしてあの高い樹の上から豆粒みたいなヨヘンの身振りが見えたかどうかは疑問だが、ときにクムの隣からひょいと覗き込んできた顔がある。


「よお、お前ら。そいつが噂の鰐人族かい。こりゃまたずいぶんいかつい獣人がいたもんだな。ヘタすりゃ魔物と間違われそうだ……ヒック」


 と、こんな状況にもかかわらず、まったく緊張感のない赤ら顔で声をかけてきたのは言わずもがなヴェンだった。この期に及んでまだ酒を飲んでいたのか、だらしなくゆるんだ髭面(ひげづら)はどう見ても場違いだ。というかラナキラ族が目の前で絶体絶命の危機に陥っているというのに、何故平気で酔っ払っていられるのか。

 グニドは呆れと軽蔑の眼差しを樹上へ注ぎ、やれやれと首を振った。


「……ヴェン。コイツハ、鰐人族ノ長デ、クワト、トイウ。コイツラニ、敵意ハナイ。クムタチニモ、ソウ伝エテホシイ」

「あー、伝えるったって、俺も言葉が通じるわけじゃねえしなあ。まあ、いざとなりゃこいつらの暴走を止めるくらいはできるがよ。たぶん長くは持たねーぜ」

「オレ、鰐人族ト、ラナキラ族ノ戦争、望マナイ。鰐人族モ、同ジ。敵対シヨウトスル、ラナキラ族ダケダ」

「ま、そこが人間の悲しい(さが)ってやつでよ。人間(おれたち)竜人(おまえら)みたいな馬鹿力でもなければ、狐人(フォクシー)みたいな化かしの術が使えるわけでも、鳥人(ファウル)みたいに空を飛べるわけでもない。つまり個と個で向き合ったとき、人間は獣人にゃ到底敵わねえことが多いのよ。だから本能の底に獣人に対する恐怖と劣等感が常にある。そいつを克服して歩み寄るか、見下したり追い出したりして一時の安心と優越感を得ようとするかは、まあ人それぞれってとこだがな」

「……そうかな。だけど人間は代わりに神術が使えるし、数的にも圧倒的に有利でしょ? なら人間が獣人よりも弱いなんてことはありえない。そして本当に弱いものから淘汰されていくのが自然の摂理──つまり弱肉強食です。なら人間(つよいもの)獣人(よわいもの)を排除したり支配したりするのは、生き物としてある意味当然と言えるのかも」


 と、刹那、ヴェンの言い分に異を唱えたのは、グニドたちの背後に佇んだジェレミーだった。まったく予想外の意見に驚き振り向けば、目が合ったジェレミーはいつものように帽子の下で笑ってみせる。


「グニドさんもそう思わない? だって竜人が暮らす砂漠の世界は、まさに弱肉強食の縮図でしょ。強いものだけが生き残り、弱いものは食べられる。そうやって勝ち続けられる生き物しか、あの砂漠では生きられない」

「……ソウダナ。ダガ、オレハ、ソレデハ、ダメト気ヅイタ」

「ダメって、何が?」

「オレ、砂漠ノ外、出テ、ワカッタ。弱イモノガ、強イモノニ負ケル、正シイ。ソシテ竜人ハ、強イガ弱イ。砂漠ニ守ラレテイルカラ、今モ皆、生キテイルダケ。ニンゲンガ、本気デ攻メテクレバ、オレタチ、タブン、負ケル」

「うん。僕もそう思う。一対一じゃ人間は君たちに敵いっこないけれど、大軍を率いて攻め込めば竜人を一掃するのも不可能じゃないよ。あるいは──強大な力を持つ神子の助けがあれば」

「ソウダ。ダカラ、オレ、思ウ。竜人、生キ残ルタメ、人間ト手ヲ取リ合ウコト、必要。無名諸島モ、同ジ。イツカ、大陸ノニンゲン、島ニ来ル。ダカラ、島ヲ守ルタメ、争イ、失クス。ソウヤッテ、皆ガ、共ニ生キルコト、学ブ」

「それってつまり、弱いものは強いものに服従して生きるべきだってこと?」

「違ウ。服従デハナク、共存ダ。皆ガ、安心シテ暮ラセルコト、大事。服従ハ、安心、違ウ。チカラニヨル支配ハ、争イノ(モト)。オレ、列侯国(レッコウコク)デ、ソウ学ンダ」


 侯王(こうおう)と呼ばれる長が、武力と権力を振りかざして民を虐げていたルエダ・デラ・ラソ列侯国。そこでは人間たちが絶えず騙し合い、反発し、結果同族同士が殺し合う泥沼の争いに発展していた。だがあの国でカルロスが──正義の神子が真に願ったのは、誰もが平等で安全に暮らせる国をつくることだったはずだ。

 そして無名諸島では、カヌヌがまったく同じことを成し遂げようと戦っている。

 武力にものを言わせて相手を従わせるやり方ではなく、人を信じ、話し合うという、より多くの苦難が伴う方法で。


(だが、カヌヌは──きっとやり遂げるはずだ)


 自分もカヌヌと同じように、ラッティたちと世界を旅して気づいた。

 だからこそ成し遂げてほしいと思う。いつか自分も目指すべき理想を。

 人間と獣人の共存。争いのない世界。そんなものは夢物語だと笑うやつらは多いだろうが、どんなに笑われようとも諦めず、戦い続けられる者を英雄と呼ぶ。

 彼らを真に笑っていいのは、実際に戦って戦って戦って夢破れた者だけだ。

 少なくともグニドはそう思う。


 ──ならばこの男はどうだろう。


 グニドは奇妙な笑みを(たた)えたままのジェレミーを見据え、口を開きかけた。ところが寸前、頭上の人間たちがざわりと騒ぎ出す。どうしたのかと目をやった。

 すると樹上に陣取ったラナキラ族の戦士たちが、口々に何か叫びながら森の方を指差している。グニドはその視線の先を追い、そして眼を見開いた。そこには見慣れた獣人隊商の面々と、ルルを背負ったラナキラ族の新たな長が、いた。


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