第九十話 人蛇の森へ
樹木の間に渡された蔓が、風もないのに軋んでいた。
見上げれば、そこには木材を組み合わせて作られた小さな檻がいくつもぶら下がっている。中には首をもがれた生き物の骨、骨、骨。
頭上に死がぶら下がるその場所が、この森の境界だ。
すなわちカヌヌたちの暮らす人間の森と──人蛇の森の。
「お……オイラたちがお供できるのはここまでってことだな……」
と、今日も今日とてヴォルクの頭に乗ったヨヘンが、首のない鳥や鼠や猿の白骨死体を見ながらガタガタと震えている。
あれらの死体に首がないのは捧げ物だからだ。神の化身たる人蛇の森を間借りして、慎ましく住まうことを許されている人間から彼らへの。
「ハイ。ココから先は、ボクとルルサンだけで行きマス。……ついてきて下さって、アリガトウございマシタ」
もっとも捧げ物の首は、初めからもがれているわけではない。森の人間たちはいつだって、無傷で生け捕りにした生き物を供物として檻に詰める。
捧げ物に少しでも傷がつけば、血の臭いに寄ってきた悪霊たちがそこから体内へ入り込み、魂を穢してしまう恐れがあるためだ。
そんな穢れた魂を供物とするわけにはいかない。だから供物とされる生き物は、檻に入れてあそこに吊るされるまで、大事に大事に扱われる。
つまりそうして捧げられた生き物の首をもいでいくのは他でもない人蛇たちだ。
彼らは生き物の頭と心臓ばかりを好んで食べると言われている。
だから次の供物を捧げに来たとき、前回の供物が首のない死骸になっていれば、人蛇が島民の祈りを聞き届けてくれたということになる。
たとえば不漁不作で飢餓に喘いだり、霊術師でも止められない病が集落に広まったりしたとき、島の人間たちはそうやって神に助けを求めるのだった。
「ほ……本当に、ふたりだけでこの先へ行くのネ……カヌヌひとりでも心配なのに、ルルちゃんまで一緒にだなんて……」
「大丈夫デス、ポリーサン。ルルサンのことは、ボクがゼッタイ守りマス! でないと、グニドサンに頭からムシャムシャされてしまうデスから」
「だよな。それにこう見えてルルは結構頼もしいんだ。ひとりよりふたりの方が断然心強いって。な、グニド!」
「ウ、ウム……」
と、笑ったラッティに思いきり背中を叩かれながら、されどグニドは複雑そうな顔をしていた。竜人という獣人と生まれて初めて邂逅したカヌヌでさえ〝複雑そう〟と思うのだから、本人の心中はよっぽど複雑なのだろう。
無理もない。何故なら今、カヌヌたちの頭上で揺れる檻の中身は小動物ばかりだが、人蛇は本来、人間の頭と心臓を最も好むという。
だから無断で彼らの森に入った人間は、決して生きて帰れないのだ。
その森に、カヌヌはこれから挑もうとしている。
昨夜ワイレレ島を黄金色に照らした聖域の霊樹が、ラナキラ族の新たな族長に課す試練として〝人蛇たちのもとへルルを送り届けよ〟と告げたから。
「カヌヌ」
と、森の境界まで見送りに来てくれた仲間の中から、杖をついたクムが進み出てくる。族長としての盛装に身を包んだカヌヌと同じく、パヌガの正装をまとった彼は、全身を飾る呪具を鳴らしながらじっとこちらを見据えた。
〔……分かっているな。ラナキラ族の命運はおまえに懸かっている〕
〔はい、クム様〕
〔若いおまえにすべてを担わせるのは忍びないが……今は他に術がない。許せ〕
〔いいえ。僕だってもう立派な大人ですよ、クム様。いつまでも爺様やあなたに甘えてはいられません〕
〔……〕
〔必ず成し遂げます。ラナキラのために〕
〔ああ……武運を祈る〕
嗄れた声でそう言うと、クムは腰に吊っていた袋から魔除けの粉を取り出し、カヌヌの全身に振りかけた。次いで甘った粉に唾を吐き、練り上げて、カヌヌの額に円を描く。クムの指先に塗られた黄色い粉は、黒い肌の上で太陽となって輝いた。
(……父様も同じ祝福を受けたけど、結局生きて戻らなかった)
と、クムの指先が額に押しつけられている間、そっと目を伏せてカヌヌは思う。
(僕は? 僕は本当に、長となって皆を導けるだろうか……)
長年、誰からも仰がれる族長として君臨し続けた祖父は倒れ、村一番の戦士だった父も試練を果たせなかった。だというのに、幼い頃から腰抜けの変わり者と後ろ指を指されてきた自分が次の長に? 本当にそんなことが許されるのだろうか。
仮に試練を乗り越えることができたところで、皆は認めてくれるだろうか。
ヴォソグ族の脅威から島を守り切れるだろうか。
無名諸島の平和を築くことができるだろうか……。
「カヌヌ」
だけど、ここで不安な顔など見せられない。
今日まで散々議論されてきたとおり、ラナキラ族にはもうあとがないのだ。
ならば自分がやるしかない。そう心に決めて顔を上げたとき、そこにはラッティの姿があった。彼女はこちらの目を覗き込んでニッと笑うと、さっきグニドにしたように、今度はカヌヌの肩をバシッと叩いてくる。
「大丈夫。アンタならできるよ、絶対」
「ハイ」
「アンタは見かけによらず根性あるし、いざってときも冷静に正しい判断ができる。四年も一緒に旅したアタシが言うんだ、間違いないよ」
「ハイ」
「あとさ……アンタが無事に戻ってきたら、話したいことがあるんだ」
「話したいコト……デスカ?」
「ああ。ほんとはアンタを送り出す前に話すべきかどうか、迷ったんだけどサ。やっぱり試練のあとでってことにした方が、アンタも気合い入るだろ?」
「そ、そうデスネ……気になりマス」
「アハッ。じゃ、絶対生きて帰ってこいよな。──待ってる」
そう言ってドンッと胸を小突かれたら、魂にまとわりついていた不安や恐れがぽろりと剥がれ落ちた気がした。
おかげで少しだけ体が軽くなり「……ハイ!」と改めて笑顔を返す。
今、この瞬間にかつての仲間たちが駆けつけてくれたのも、きっと精霊の導きだろう。そうとしか思えない。ならばなおさら皆の期待に応えなくては。
が、奮い立ったカヌヌが両手で自らの頬を叩き、喝を入れる傍らで、ふわあとのんきなあくびを零す者がいた──言わずもがな、ルルだ。
「ルル」
昨夜は遅くまでクムの森籠もりに付き添ったせいで、寝不足のあまり眠くてたまらないらしいルルは、立ったまま半分眠っているような状態だった。果たしてこれから自分たちの向かう森が、ひとつ間違えば神の怒りに触れる禁足の地だと分かっているのかいないのか……いや、この様子だとたぶん、分かっていないのだろう。
「ルル、聞ケ。森ニ入ッタラ、カヌヌノ言ウコト、聞ク。絶対ニ、危ナイコト、スルナ。最後マデ、イイ子ニスルコト。イイナ?」
「ふぁい……ルル、はやく寝たい……だからカヌヌといい子にする……」
「ウ、ウム……ソレデイイ」
「おいおい、ほんとに大丈夫だろうな……」
緊張感のかけらもないどころか返事まであくび混じりになっているルルを見て、ヨヘンはますます不安そうだった。グニドも困り果てた様子で頭を押さえているが、しかし彼女は本当に一夜で精霊と交信してみせた正真正銘の精霊の愛し子だ。
パヌガとしての知識と技を何十年も磨いてきたクムでさえ、精霊の声を聴くためには数日を要するというのに。それどころかルルは、古くから精霊の通り道だと言われている霊樹そのものを目覚めさせ、カヌヌたちの度肝を抜いた。
これほど精霊に愛された少女が一緒なら、試練もきっとうまく行くはずだ。
霊樹が何故、彼女を人蛇のもとへ届けよと告げたのかは分からないが、ワイレレ島の王とも呼ぶべき大樹の言葉を疑うことなど許されない。
ゆうにカヌヌは意を決し、ついに人蛇の森へと向き直った。
そうしてひとつ深呼吸したのち、今の自分にできる精一杯の笑顔でルルに言う。
「ではルルサン、行きまショウ!」
「うーん……」
と眠い目をこすったルルは明らかにぐずっていたが、カヌヌは構わず彼女の手を取り、ふたりで森の境界を跨いだ。
途端にザワリと風が吹き、森の木々がさざめきに似た音を立てる。
「……!」
たった一本架けられた蔓の下をくぐっただけなのに。
突然、住み慣れたはずの森が魔境に見えた。
思わず身が竦みそうになり、数歩も行かないところで振り向いたが、そこにラッティたちの姿は既にない。カヌヌは目を疑った。風が吹き抜ける直前まで、自分を見送る仲間の声が確かに聞こえていたはずなのに。
「な……」
慌てて天を仰ぎ見れば、頭の上で揺れていたはずの檻もない。
あるのは長年この島に住んでいるカヌヌですら見覚えのない景色だけ。
似たような景色が延々と続いているように見える密林も、幼い頃から過ごせば木々の枝振りや岩の場所など、地形の特徴を自然と覚えるものだ。
されど今、自らの立つ森をカヌヌは知らない。
そう確信した瞬間、全身からどっと汗が噴き出してきた。踏み込めば最後、二度と戻れぬ人蛇の森。やはりあれはただの迷信などではなかったのだ。
ここは既に神の領域。そう思ったらラッティが弾き出してくれたはずの恐れと畏れが再び胸中に湧き出してきて、カヌヌは震えた。こうしている今も森の茂みのどこからか、人蛇たちはこちらを見ているのだろうか。
想像するだけで足が竦む。されど生唾を飲み下した刹那、突然ぐいと右手を引かれ、カヌヌは心臓が止まるかと思った。
「カヌヌ」
「ハイッ……!?」
上擦った声と共に振り向けば、そこには依然眠たそうな顔をしたルルがいる。
彼女はたったいま遭遇した異変に気がついていないのだろうか。
まるで霊樹の光を掬い取ってきたかのような黄金色の瞳できょとんとこちらを見上げると、カヌヌが聞いてもたどたどしいと分かるハノーク語で言った。
「カヌヌ、なんで止まったの……?」
「エッ……い、いえ、スミマセン……! た、ただ、森に入ったら、ラッティサンたち、急に見えなくなったので……」
「……? ルルたち、もうずっと歩いてきた。ラッティたちはいっしょにきちゃだめ。なら、見えなくなるの、ふつうでしょ?」
「……!?」
カヌヌは一瞬、目の前の少女が眠たげな顔で何を言っているのか理解が追いつかなかった。長年竜人に育てられ、最近やっとハノーク語が話せるようになったというルルの文法に間違いがあるのか、はたまた自分の聞き取り能力が衰えたのか。
だってほんの数瞬前に森へ踏み込んだばかりだと言うのに、ラッティたちの姿が見えなくなるほど歩いてきたというのはおかしい。
が、言われて注意深く見てみれば、動物の皮で作られたルルの靴はいつの間にか泥にまみれていた。森の入り口まではグニドが抱えて運んでいたから、靴底が新鮮な泥で汚れる機会などここまでなかったはずなのに。
「る、ルルサン……これが大陸でウワサの〝キツネにツママれる〟というヤツなのでショウカ……」
「キツネ……? カヌヌ、ラッティにつままれたの?」
「い、いえ、そうではなく……る、ルルサンは、怖くナイデスカ?」
「こわい?」
「ハ、ハイ……人蛇サマの森、ヤッパリ、ちょっと変デス。でも、ボク、ルルサンを人蛇サマのトコロ、届けなくてはなりマセン」
「んー……ルル、こわいよりも、ねむい。つかれた」
「……」
「でも、グニドがいい子にしろって言ったから、がまんする」
「……そう言えばルルサンは、グニドサンのコトも怖くナイデスもんネ」
「うん。グニドはこわくないよ。だってルル、グニド、だいすきだもん」
いつの間にか緑の草汁がついた手で目を擦りながら、何の衒いもなくルルは言った。鰐人族の里で出会ったときからそうだったが、この少女はグニドナトスという竜人にとてもよくなついていて、彼と自分は本当に親子だと思っているらしい。
そんな少女の純粋さが、今のカヌヌにはまぶしかった。
少なくともルルの前には、種族や人種といった垣根はない。
かつて自分を迎え入れてくれた獣人隊商という場所がそうだったように。
あそこはカヌヌがこれまで過ごしたどんな場所よりも居心地がよく、叶うことならずっと彼らと共に旅を続けたかった。けれどラッティたちと共に世界中、様々な土地を見て回って、カヌヌは思ったのだ。自分は島の目となり、耳となって見聞きしたものを、故郷に持ち帰らなければならないと。そして、こんなわずかな土地や財産を巡って争うことがいかに愚かか──どんな苦難に見舞われようとも、種族や人種の谷を越えて助け合うことがどんなに美しく尊いことか。
それを無名諸島に伝え広めることが、自分の使命だと思った。
ラッティたちが与えてくれたあのかけがえのない時間を、独り占めするのではなく、もっともっと意味のあるものにしたかったから。
「……ルルサンは小さいのに、とってもエラいデスネ」
「え!? ほんと!?」
「ハイ。ルルサンは、ラッティサンの夢、ちゃんと分かってマス」
「ラッティのゆめ?」
「そうデス。人間も獣人も、みんななかよく、ケンカしないで、楽しく過ごす。ボクも無名諸島、そういうトコロにしたい、思いマシタ」
「そうだよ、けんかはだめだよ! だって、けんかをすると、魔ものがくるの。魔ものがきても、グニドがいればへっちゃらだけど、やっぱりだめなの!」
「アハハ……! そうデスネ。グニドサンは世界にヒトリしか居マセンもんネ」
「うん。ルル、グニドのこと、だれにもあげないから!」
「じゃあヤッパリ、無名諸島ではボクが頑張らないとダメネ。そのタメにも、ルルサンはきっと無事に連れて帰りマス!」
カヌヌは力を込めてそう言うや、歩き疲れたと言うルルをおんぶして、今度こそ踏み出した。人蛇の森のどこかには古の時代に作られた祭壇があると言い、それを見つけ出すことができればルルと人蛇を引き合わせられるはずだとクムは言う。
もちろん具体的な場所は分からない。
神に認められたものだけが辿り着けるという神聖な場所だ。
ならば今はとにかくがむしゃらに歩き回ってみるしかない。何が何でも明日までには村へ戻って、鰐人族との同盟を結ばなければならないのだから。
(グニドさんが作ってくれたこの機会を逃したら、彼らと手を取り合うチャンスなんて、もう二度と訪れないかもしれない……だから、たとえみんなに反対されても……絶対、僕が長になってラナキラ族を……無名諸島を守るんだ……!)
人蛇の森を目指し、集落を発ったのが日の出前のこと。そこから延々、まったく知らない森を歩きに歩いて、気づけば森の向こうでは日が傾き始めていた。
されどカヌヌは歩き続ける。ルルを背から下ろし、水を飲ませるとき以外は休まない。子供とは言え、人ひとり背負って足場の悪い森を歩くのは正直かなりつらいが、自分は長だ。泣き言など言ってはいられない。
爺様も父様も、人前では決して弱音を吐かなかった。
だからどんなに汗が噴き出そうとも、息が上がろうとも歩く。歩く。
「カヌヌ、つかれた? つかれたら、ルル、自分で歩けるよ」
「だ……大丈夫デスヨ、ルルサン。ラナキラ族の戦士は、狩りのタメに何日も、寝ずに森を歩くコトありマス。だからへっちゃらデス!」
「でも、さっきから、おんなじところぐるぐるしてる」
「エッ!? そ、そうデスカ!?」
「あのおっきなコブの木、さっきも見た。……カヌヌ、迷った? ルルたち、ちゃんと帰れる?」
「だ、大丈夫デスヨ! 村に帰るダケなら海に出て、島の外側をグルッと回れば迷いマセン。でも、帰るタメには祭壇、見つけないと……」
「ルアキニ?」
「ハイ。ずっとずっと昔、島のヒトたちが生贄捧げていたトコロです。あ、タオというのは、人蛇サマに捧げるヒトのコトで……昔はサルやトリじゃなくて、ヒトをタオとして捧げたデス」
「ささげるって、ナーガさまにあげるってこと?」
「んー、そうデスネ……ボクたちのお願い、人蛇サマに聞いてもらうタメに、オクリモノする、みたいなコトデス」
「おくりものすると、ナーガさま、おねがい叶えてくれる?」
「ハイ。人蛇サマは島の神サマデスから。とっても強いチカラ、持ってマス」
「とってもつよいちからって、ヌァギクみたいなの?」
「ヌァギク、デスカ? ……あ、鰐人族のパヌガのコト、デスカ?」
「うん。パヌガ、わかんないけど、たぶんそう。グニドのいたいの、なおしてくれたククだよ」
「そうデスネ。人蛇サマは、パヌガの何倍も強いチカラ、持ってると聞きマス。生まれたときから、ダレに教わらなくとも、精霊と話がデキるとか……」
「〝マヌ〟は、ホルトとかビレとかアメルのこと?」
「ホル……? 何デスカ?」
「なら、ルル、ナーガさまのいるとこわかるかも!」
「エッ……!? あっ、る、ルルサン!?」
やがて枝葉の向こうに見える空が、西日色に染まり始めた頃。
突然カヌヌの背を飛び降りたルルが、制止も聞かず一目散に駆け出した。
ずっとおぶわれていることに飽きたのだろうか──いや、たぶん途中で飽きて二、三刻(二、三時間)背中で寝ていたのが功を奏したのだろう。
おかげでにわかに元気を取り戻したルルは、止めるカヌヌを振り向きもせずに草木の生い茂る木立へ飛び込んだ。どこに崖や沼があるとも分からないのに、あれでは危険だ。足もとに気をつけて進まないと、毒蛇だってうようよしている。
ゆえにカヌヌは大慌てでルルを追った。伸び放題の草木に行く手を阻まれ、緑の間に見えつ隠れつするルルに必死でついていく。
間もなく日が暮れるというのに、見失ったりしたら一巻の終わりだ。
試練に失敗するどころか、本当にグニドに食べられてしまう。
駄目だ。それだけは阻止しないと! 正直、ここまで歩き通しで既にふらふらだったが、カヌヌは歯を食い縛り、懸命に足を動かした。
姿を見失ってもせめて会話で追えるようにと、精一杯声を張り上げる。
「る、ルルサン、待って下サイ! 人蛇サマの居場所、ナゼ分かりマスカ……!?」
「エドルがあつまるところ! ヌァギクの巣もそこにあったから!」
「え、エドル……?! エドルとは、何デスカ!?」
「ホルトとかビレとかアメルの道! 今、ルルたちの足の下にあるの!」
「ホル……って、さっきルルサンが、マヌの話したときに言ってた……つ、つまり、霊脈──?」
「──わあっ!?」
ところが刹那、十歩ほど先で一際大きな草擦れの音がして、同時にルルの悲鳴が弾けた。ハッとしたカヌヌはすかさず背中の槍を抜きながら、ルルの名を呼んで大地を蹴る。地面をのたうつ木の根を飛び越え、視界を遮る梢を払い、飛び出した。
そう、飛び出した。
行く手を覆い隠すほどの叢から、森の中にぽっかりと口を開けた空間へ。
〔え……!?〕
あまりにも突然視界が開けたものだから、驚いて声が出た。
裸足の足も急制動し、ぬかるんだ土に滑りそうになって踏み留まる。
ここは森のどのあたりだろう。どこへ行っても熱帯の木々が密生するこの島で、まるで人の手が入った広場のような場所に出るのは珍しい。
おまけにその中心にどっしりと鎮座している物体は……石の箱? 棺?
否、違う。祭壇だ。ところどころ罅割れ、苔生してはいるものの、側面にはっきりと人蛇の彫刻が彫られた、生贄の祭壇──
〔……! あれは……父様の……!〕
そしてカヌヌは絶句した。何故なら斜めに注ぐ残照の示す先。
そこには失踪した父の槍が置かれていた。
まるで古の祭壇に捧げられた供物のように。