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子連れ竜人のエマニュエル探訪記  作者: 長谷川
【無名諸島編】
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第七十四話 パヌガとマヌとスマガサとカヌヌ


 無名諸島で暮らす部族たちの言葉には、ハノーク語でいうところの〝年を取る〟という言葉がない。ここには大陸と違って(こよみ)が存在しないから、彼らの間にはそもそも〝年〟という概念が存在しないのだ。

 だから無名諸島の人々は己がいつ生まれ、いま何歳で、あと何年くらいで人生の幕を閉じるのか、ひとりとして知る者はない。

 でも、かつてラッティたちと世界のあちこちを旅したカヌヌは、先進国の医者に診せたところ「だいたい十五、六歳くらいだろう」との返答があった。ということはあれから五年の歳月が経った今、彼は推定二十歳くらいというわけだ。


「オー! ヴォルクサンにポリーサン、ヨヘンもお久しぶりネ! また会えてウレシイ! ボクたち、皆サン、歓迎しマス!」


 ラナキラ族の長オルオルの孫、カヌヌ。一年前まで獣人隊商(ビーストキャラバン)の一員として共に旅していた彼は、記憶の中の姿よりもいささか(たくま)しくなった両腕でラッティらひとりひとりの両手を取り、ぶんぶんと上下に大きく振った。

 下手をすると肩の関節が外れそうになるほどの熱烈な握手だが、これが無名諸島式の挨拶だ。上下する腕は波の動きを表しており、聖なる海を通してあなたとひとつになりたいです、という誠意を表す動作だとか何とか。

 相手に両手を持たれて振り回されたら、こちらも同等の熱意でもって振り回し返すのがこの島の礼儀だ。ラッティは再会の喜びのあまり加減を忘れたカヌヌに、腕どころか体ごと振り回されているヨヘンの絶叫を聞きながら、先程まで蔓製(ツルせい)の網に押しつけられていた腕の痕をやれやれと(さす)った。


 現在、カヌヌのおかげで無事罠から助け出されたラッティたちは、森の真ん中でラナキラ族の戦士に囲まれている。中には見知った顔もちらほらあるものの、成人したてと(おぼ)しい少年の姿が目につくのが気になった。

 しかも彼らは部族の普段着とでも言うべき簡素な腰蓑(こしみの)の他に、動物の骨で作られた装身具や赤と白が鮮やかな羽根冠(はねかんむり)を身につけている。

 あれは島の部族たちが戦いに(おもむ)くときの戦装だ。族長の孫であるカヌヌがいる手前、彼らもみな大人しくしているが明らかに殺気立っている。ラッティは面識のない少年たちのギラついた眼差しに晒されながら、やっぱりこれは何かあったなとため息をついて、ひとりだけ無邪気にはしゃいでいるカヌヌへと向き直った。


「カヌヌ、再会の挨拶もそこそこで悪いんだけどサ。お互いの近況はまた落ち着いてから話すとして、もしかして島で何かあった? 浜にもまったく人影がなくて、妙だなと思ってたんだ」

「オー……さすがネ、ラッティサン。島の様子おかしいこと、もう気づきマシタネ。でも、ここチョット危険デス。ナニあったかは、ムラまで歩きながら話すでもイイデスカ?」

「ああ、アタシらは別に構わないけど、余所者のアタシらが村に入っても大丈夫な状況なの?」

「ハイ、ソレはダイジョブデス! ナゼならラッティサンたち、ラナキラの同胞(オハナ)だから! あ……でも、ソコのヒトはボク、知りマセン。なんという獣人(ジュージン)デスカ?」

「いや、その人は確かにデカいし毛むくじゃらだけど、獣人じゃなくてアンタらと同じ人間だから。名前はヴェンさんっていってね、南の大陸から来た人サ。アタシらは今、この人たちのとこでちょっとばかし世話になってるんだ」

「ヴェンサンサン、デスカ?」

「いいや、〝サン〟はひとつでいい」

「オー! では〝ヴェン〟サンデスネ! 覚えマシタ! ボクはカヌヌといいマス、ヨロシクデス!」

「お、おう……なんかコイツだけやたらとフレンドリーだな。他の連中は見るからに敵愾心(てきがいしん)剥き出しだってのに」

「カヌヌは昔からこういうヤツなんですよ。お人好しですぐ人を信じちまうから、アタシらと一緒に旅してた頃もトラブルが絶えなくて」

「アハハッ、ラッティサン、やめてヨ、照れてしまうヨ! 褒めてもバナナしか出ないネ!」

「い、今のは褒めたワケじゃないと思うわヨ、カヌヌ……だけどアナタも元気そうでよかったワ。見た目は少し男らしくなったけど、中身は全然変わらないのネ」

「エ? ソウデスカ? でもボク、昔よりオトコマエが上がったデショ?」

「自分で言うな、自分で! ったく、おまえさんはほんと相変わらずだな!」

「ヨヘンも相変わらず小さいネ! そんなに小さいと、ムラでまた家禽(ドードー)に食べられてしまうヨ!」

「うるせーッ! オイラだって好きでちっさく生まれたんじゃねーやい! つーかこのヨヘン様を村へ招くからには、おまえさんが責任を持って守れッ! あの(みにく)くうるさいドードーどもの(くちばし)から、か弱いオイラを命を()してなァッ!」


 と、ヴォルクの頭の上で地団駄を踏んでいるヨヘンを見やって、カヌヌはなおもケタケタと笑っていた。一年ぶりに会うというのに、以前とまったく変わらないやりとり。ラッティにはそれが少しだけ微笑ましく、同時に胸を(えぐ)るようだ。


「ノホ・オエマ・アネ・イー」


 ほどなくカヌヌが居並ぶ戦士たちに何事か指示を出し、頷いた男たちが数名、もといた(やぶ)の中へと戻っていった。残った三名の少年は護衛として一緒に村まで来てくれるらしく、列の先頭と最後尾を歩き出す。


 何とも物々しい雰囲気だった。戦闘部族の長の血筋に生まれながら、争いを毛嫌いしていたカヌヌまで戦装に身を包んでいる時点でろくでもないことが起きているのは明白だ。カヌヌは身分の高い者だけがつけられる金の腕輪を()めた手でチリチリの頭を掻くと、やがて嘆息をついて話し始めた。


「ええと、ドコからお話しマショーカ……実は今、ワイレレ島、チョット大変なコトなってマス。ラッティサンたちはヴォソグ族のナマエ、覚えてマスカ?」

「ああ、隣のバド島で暮らしてる洞窟の民のことだろ? ラナキラ族に次ぐ力を持った戦闘部族で、アンタらとは昔から犬猿の仲だっていう」

「ハイ。ボクたち、今、そのヴォソグ族とイッショクソクハツなってマス。ナゼならボクの爺さま(ロロ)──オルオルが病気(ビョーキ)してしまったから。ラナキラの()()()にも治せないビョーキネ。ソレを知ったヴォソグの長が、バト島のパヌガ貸す代わりにラナキラのオンナ寄越(ヨコ)セと言ってきマシタ」

「お、おいおい、ちょっと待て。なんのことだ、〝パヌガ〟ってのは?」

「パヌガは無名諸島でいうところの魔女みたいなもんですよ、提督。より正確には神官と医者と占い師の役割を持った信仰上の重要人物でしてね。オイラは勝手に〝霊術師〟って訳してましたけど。何でも部族の中では族長の次に権力を持ってて、村の相談役みたいなことをしてるらしいですぜ」

「だけどあのオルオルが病気だって? 絶対病気なんかしそうにない爺サマだってのに、一体何の病にかかったんだ?」

「分かりマセン。ある日イキナリおなか痛いと言い出して、トテモ苦しみマシタ。何度も吐いて、熱が出て……そしてズット寝たきりデス。母さま(ナナイ)が呼んでも、もう起きマセン」

「そ、そんな……あんなにお元気だったオルオルさまが……!?」

「ハイ……村のパヌガ、倒れるまでロロ診てくれマシタ。でもロロ、ゲンキにならなかった。ルマラバン、ソコを狙ってマス。あ、ルマラバンはヴォソグの長です」

「ああ、くそ、よく分からねえ単語ばっかで頭がこんがらがってきたな……」


 と、ラッティのすぐ後ろを歩くヴェンが、げんなりした様子で三角帽(トリコーン)の下の黒髪を掻き上げた。まあ、無理もないよなあとラッティは思う。何しろカヌヌと四年も旅した自分たちですら、無名諸島の全貌は把握しきれていないのだ。


 ラッティたちが知っているのは九つの島の名前とそこに住まう十一の部族の名前、そしてラナキラ族周辺の部族相関図だけ。それ以上は複雑すぎて覚えきれず、どの島になんという部族が住んでいてどんな生活を送っているのかなんて話をされてもまったく頭がついていかなかった。カヌヌたちが話すクプタ語はハノーク語に慣れたラッティたちの耳には異質すぎて、なかなか記憶に定着しないし。


「……要するにラナキラ族の族長であるオルオルが病気で倒れて、敵対部族のヴォソグ族がその隙に付け込もうとしてるってことだよね。ラナキラ族の霊術師(パヌガ)にも治せなかった病を、ヴォソグ族の霊術師が治せる保証なんてどこにもないのに」

「正解デス、ヴォルクサン。でも、ボクたちがヴォソグ族の助けイラナイと拒んだら、ルマラバン、メンボク潰されたと言って島のオンナ奪いに来マシタ。だからボクたち、オンナとコドモ隠して島守ってマス。漁師(リョーシ)たち、海に出ないのも戦士(センシ)のツトメあるからネ」

「いや、しかし女、女って、ヴォソグ族とかいう連中はなんでそこまで女にこだわるんだ? よっぽど溜まってんのか?」

「いやいや、これがそう単純な話じゃあなくてですね。ここでは女は財産なんですよ、提督。経済ってもんが存在してない無名諸島では、(カネ)や金銀財宝なんてものに価値はない。一番の宝は貴重な医者である霊術師と、一族の子を産む女たち。島はこういう環境だから、ぶっちゃけるとクプタ語族──こいつは無名諸島で暮らす先住民全体を指す言葉ですけどね──の出生率は低くてですね。無事に生まれて成人を迎える子供は三人に一人。だからなおさら女が大事なんですよ。一族の血を絶やさないためにね」


 さすがは獣人隊商の中でも一番熱心に無名諸島の文化を学ぼうとしていたヨヘンというべきか、彼はヴォルクの頭上で得意げに胸を張って博識を披露した。

 話を聞いたヴェンも異文化に対する理解がちょっとだけ深まったらしく「ほう」と興味深げに顎髭(あごひげ)を撫でている。

 だけど島の状況は思ったより深刻だ。カヌヌたちは族長オルオルの病と敵対部族の脅威という、ふたつの問題を同時に抱えている。おまけにこの時期は森で漁ができない分、男たちは海に出なければならないはずなのに、一族の女子供を守るためには持ち場を離れられない。となれば彼らが飢えるのは時間の問題だ。


 熱帯で文明水準も低い無名諸島では、食糧を腐らせずに保存する手段が乏しくいざというときの蓄えがない。要するにいつだってその日暮らしで、狩りや漁の成否が文字どおりの死活問題となる。森の恵みもあるとは言え、野生の(いも)や果物を取って食いつなぐのにも限界があるはずだ。そうした状況をひとつずつ整理しながら、何とも厄介な状況だな……とラッティが考え込んでいると、不意にヴェンが今夜の献立(こんだて)を提案するみたいな軽い調子で口を開いた。


「いや、けどよ。そういうことなら俺らがひと肌脱いでやってもいいぜ? どのみち俺らは島への滞在許可をもらうために来たんだ。だったら交換条件ってことで、許可をもらう代わりにヴォソグ族とやらを追い払ってやってもいい」

「滞在許可……デスカ?」

「いや、ヴェンさん。確かにアタシらがここに留まるにはオルオルの許可が必要だけど、それとこれとは別問題だよ。部族同士の争いに部外者が介入するのはご法度(はっと)だ。仮にラナキラ族が島の外の人間の力を借りて戦いに勝利したなんてことになれば、他の部族たちが〝ラナキラ族は大陸に魂を売った〟と騒ぎ出すに決まってる。そうなればすべての島を巻き込む全面戦争になりかねない。彼らは常に大陸の侵略と支配に怯えてるんですよ。だからラナキラ族とアタシらが手を組んだと誤解されるのが一番まずい」

「おいおい……そいつはまた想像以上にめんどくせえな。だがそういうことなら、せめて族長をウチの軍医に診せるってのはどうだ? 村の霊術師? とやらには治せない病でも、連合国の最新医療なら治療可能かもしれねえだろ」

「アタシもそう思うけど、ダメだ。一族の長が大陸の人間に助けられたなんて知れたら、そいつはラナキラ族全体の沽券(こけん)に関わる。オルオルは部外者に借りを作った情けない族長として笑いものにされるはずです。そもそもあの余所者嫌いの爺サマは、自分が大陸の医者に助けられたなんて知ったら間違いなく自死を選ぶでしょうね。そういう場所ですから、ここは」


 島の外から来た人間が決して手を出してはいけない禁域、無名諸島。

 ここに住まう人々は大陸の人間に攻め込まれることを何よりも恐れている。

 だからこそ余所者を嫌い、親交を結ぶことさえ拒むのだ。

 心を許せばいつかそこに付け込まれるのではないか。あるいは自分たちに恩を売って、あとから払いきれないほどの代償を要求するつもりなのではないか。

 彼らの中にはそうした恐怖が常に渦巻いているのだろう。


 島民たちにとって最も大切なことは、太古の昔から脈々と受け継がれてきた島での暮らしをこれからも守り抜くこと。言い換えれば彼らは島の文化が大陸の文明に呑み込まれ、やがて淘汰(とうた)される未来──すなわち〝変化〟を恐れている。

 外の世界の文明がどんなに安全で合理化されたものだとしても、彼らにとっては島での変わらぬ暮らしが一番の幸せなのだ。それを遅れている、非文明的だ、不衛生だと大陸の価値観で否定し退けようとすることは、己を神か何かと誤解した愚か者の傲慢に過ぎない。少なくともラッティはそう思っていた。


「いや、そうは言うけどな。だったらどうすんだよ、この状況。俺らは今日から十日ほどここで厄介にならにゃならねえんだぜ? 黙って島を間借りしていいってんなら有り難くご好意に甘えるが、どうも話を聞いた限りじゃそういうわけにもいかねえらしいしな」

「アノ……ラッティサンたちは、今回ナゼ島来マシタカ? サッキ、ヴェンサンは〝滞在許可をもらう〟と言いマシタ」

「ああ、実はアタシらの乗ってきた船が魔物に襲われて難破しちまってね。一応ヴェンさんの仲間が助けに来てくれる手筈にはなってるんだけど、それまでの間、アタシらが島に留まることをオルオルに許してもらいに来たのサ」

「オー! ソーユー事情(ジジョー)だったネ。乗ってた船がマモノに襲われるなんて、ラッティサンたちも大変だったヨ。でもロロ、今は寝たきりだから、許可もらうコト難しい……代わりに村の皆で相談(ソーダン)する必要ありマス」

「うん。たぶんそうなるだろうなとは思ってたけど……でもオルオルがそんな状態じゃ、ラナキラ村のみんなだって不安だろ? だったらたとえばアンタの父親とかが、オルオルの代わりに族長を引き継ぐって形にはできないの?」


 と、ラッティはふと頭に浮かんだ疑問を率直にカヌヌにぶつけてみた。

 確かカヌヌは両親も健在で、母親の方がオルオルの血を分けた娘だったはずだ。

 しかしラナキラ族の族長は代々男が務め上げるもの。しかもただ男であるだけでは不適合で、一族の中でも特に優れた戦士であることが求められる。

 だから族長の血筋に連なる娘たちは、村一番の戦士を婿(むこ)に取って次代の長の座を託すのだ。つまりカヌヌの父親はラナキラ族の中でも指折りの戦士。

 順当に行けばオルオルの次の族長は彼で間違いないはず。しかし次にカヌヌの口から紡がれた答えは、ラッティの予測を軽々と一蹴した。


「……ソレが、問題ありマシテ。ラッティサンたちには話していなかったデスガ、ラナキラの長、なるにはヒトツ条件(ジョーケン)ありマス」

「条件? 強い戦士だってこと意外に?」

「ハイ。そのジョーケンとは〝スマガサ〟に成功するコトデス」

「スマガサ?」

「ンー……スマガサ、ハノーク語に直す、トテモ(ムツカ)シイ。皆サンはパヌガがビョーキ治したり占いしたりするトキ、()()のチカラ借りるコト、知ってマスネ?」

「……おい、なんだ、〝マヌ〟って?」

「アタシらが普段精霊と呼んでるモノに近い存在です。人間と神の仲立ちをしてくれる、目には見えない聖なるモノって言ったらいいのかな。ただしクプタ語族にとっての〝マヌ〟は、天界の神々じゃなくて海と人間をつなぐモノです。彼らにとっては海そのものが神サマで、人蛇(ナーガ)サマは神の化身って考え方が無名諸島の信仰の基本なんですよ」

「だからオイラの冒険記では、大陸人にとっての精霊と区別するために〝聖霊〟って訳してますぜ!」

「スマガサというのは、部族の長の交代するトキ、必ずしなければならない儀式(ギシキ)デス。次の長になるモノは、マヌの示すジョーケンを成功させるコト、ゼッタイ必要デス。ソレをボクたちは〝スマガサ〟と呼びマス」

「マヌの出す条件を成功させるってことは、要するにマヌが提示した課題を達成しないと次の族長として認められないってことか? そうやって新しい族長を決める儀式をおまえさんたちは〝スマガサ〟と呼んでるんだな? だとするとそいつをハノーク語に訳すなら、さしずめ『聖霊の試練』ってとこだな!」

「オー! そうデス、〝試練(シレン)〟デス! スマガサのシレンは、受けるモノによってやること違いマス。ナゼならパヌガがマヌに、どんなシレンが良いか尋ねて決めるからネ。そしてボクの父さま(タタイ)、今から九日前(キュウニチマエ)にスマガサに行きマシタ。でも……タタイ、まだ戻ってマセン」

「え?」


 カヌヌがうつむきながら告げた言葉に、ラッティたちは耳を疑った。『聖霊の(スマ)試練(ガサ)』に挑みに行ったカヌヌの父が、九日も消息を絶っている。五年前自分たちに〝息子を託す〟と言ってくれた、あのいかめしくも雄々しいラナキラ族の戦士が?

 だがカヌヌの父はオルオルにとって唯一の跡取りだったはずだ。何しろかつては四人いたというオルオルの子供は、カヌヌの母を除いて全員既に他界している。

 だのに最後に残った世継ぎまで行方が分からなくなったとなれば、これは非常に由々しき事態だ。ラッティは見たこともない怪鳥が頭上で不気味な鳴き声を上げているのを聞きながら、カヌヌの横顔を見つめて唾を飲んだ。


「そ、そんな……カヌヌのお父さまが行方不明? で、でも、お父さまは一体どんな試練を受けに行ったの? とても難しい試練だったなら、単に時間がかかっているだけかもしれないわよネ?」

「……ボクもそう思いたいデス。でも、タタイのスマガサ、みんな成功するはムリと言ったヨ。ナナイも見送りのトキ〝最後のオワカレ〟と言って泣いてタ……」

「さ、〝最後のお別れ〟って……」

「タタイは……タタイのスマガサは人蛇(ナーガ)サマに会って、オルオルのビョーキ治す方法聞いてくるコトデス。タタイ、そのタメに人蛇サマの森へ行ったヨ。でも人蛇サマは、カッテに森に入るモノ許さない……」

「ま……マジかよ。じゃあ、おっちゃんは……」

「……たぶん、もう生きてないデス。でないと九日(キュウニチ)も戻らないコト、おかしい。そして──ツギはボクの番デス」


 ラッティは図らずも絶句した。


 ──〝次は僕の番〟ってどういうことだ?


 そう聞き返したかったのに、急に喉が乾いて声が出ない。変だな。森には息をするのも苦しいくらい重い湿気が満ちているのに、こんなに喉が乾くなんて。


「……アッ! 着きマシタ!」


 ところがラッティが紡ぐべき言葉を見つけ出すよりも早く、カヌヌがそう声を上げた。はっとして振り向けば森の道が唐突に途切れ、視界が開ける。

 ワイレレ島中央部。耳を澄ませば轟々(ごうごう)と森を揺らす滝の()が聞こえるその場所に、ラナキラ族の村はあった。一年ぶりに訪れるなつかしい景色に足が止まる。そして同時にラッティは、家々を()()()()ヴェンの感嘆の声を聞く。


「おいおい……こりゃすげえな」


 この地を初めて訪れる者はみな同じ感想を抱くだろう。

 実際、五年前の自分もため息と共に同じ言葉を吐いた記憶があった。

 何故なら彼らの暮らす家は、すべてが()()()にある。


 ラナキラ村。


 そこは土地の言葉で〝樹の家(マカ・ラウ)〟と呼ばれる樹上家屋が建ち並ぶ、森の民の集落だ。



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