第七十一話 絶賛遭難中
焼け焦げた床の一部に、赤黒く変色した血痕が残っていた。
マドレーンは腕を組んで佇んだままそれを見下ろし、違和感に眉をひそめる。
アビエス連合国第一空艇団所属、九番艦『ラルス』の動力室。
そこには飛空船の心臓である核石──マドレーンら〝口寄せの民〟が生み出した特大の希石──の破片が散らばり、船の横っ腹に開いた大穴から注ぐ陽射しを浴びて輝いていた。常夏の太陽にぬくめられた潮風が吹き込んでくる穴の先には、青い波が寄せては返す海が見える。
「よお、マドレーン。飛ばすのはやっぱ無理そうか?」
ところがその大穴の向こうから突然、むさ苦しい身なりをした大柄な男がひとり、ぬっと身を屈めて入ってきた。飛空船の動力室というのは大抵、最下層にある貨物甲板の後部に設けられている。ゆえに地上に不時着した今は、外から穴を通って自由に出入りできてしまう状態だ。やるべきことは数あれど、まずはあの穴を塞ぐのが急務ね、と、マドレーンはため息をつきながら波打つ金髪を掻き上げた。
「残念だけど、これはもうどうやっても無理ね。船体は動力室以外大して損壊してないから、新しい核石さえ用意できれば飛ばせるとは思うけど。正直、このありさまで無事に不時着できたのが奇跡だわ。あの竜人の魂を半分もらってなかったら、今頃海の藻屑になってたかもね」
と、マドレーンが肩を竦めて見やった先には、半分以上砕けてしまった核石の残骸が転がっている。普段は円形の台座の上で浮遊している正八面体の希石は今や、見る影もない無惨な姿を晒していた。人々が空にかける〝希望〟を集めて詰め込んだ、透明で美しいサルファーイエローの宝石。様子を窺いに来た毛むくじゃらの男──ヴェンはその破片を拾い上げながら「へえ」と感心したような声を上げた。
「あいつ、グニドナトスとか言ったか。ハノーク語がヘタクソすぎていまいち掴めねえ野郎だが、そんなに強い氣魄を持ってたのかよ?」
「ええ、私も使ってみて驚いたわ。彼の霊格は最上級──人間なら王や英雄として生きる運命を持っていたとしてもおかしくない魂の持ち主ね。さすがの私も竜人の魂を取り込んだのは初めてだけど、あの種族ってみんなああなのかしら?」
「んなもん俺に訊かれたところで分かるかっての。しかしどうする、九番艦を飛ばせねえなら俺たちが選べる選択肢はふたつだ。本国に要請して新しい核石を持ってきてもらうか、無事だった艦に鋼索でぶら下げて持って帰るか」
「手っ取り早いのは後者だけど……今回は大事を取って、一度本国と連絡を取るべきじゃないかしら。飛べない艦一隻ぶら下げてたんじゃ航行速度は格段に落ちるし、いざというときに身動きが取れない。かと言って連合国の機密情報の塊を放置して行くわけにもいかないし」
「何だよ。まるでまた次の襲撃でもあるような物言いだな」
などと言いながら、ヴェンは手にした核石の破片を意味もなく投げては掴み、投げては掴みしている。日に焼けた頬をほのかに上気させているところを見るに、恐らくまたどこかで酒を飲んできたのだろうが、酔っていても相変わらず勘は鋭い。
もう二十年以上の付き合いになるけれど、まったく本当に変な男だとマドレーンは思った。死にたがりで戦闘狂で大酒飲みで、空に取り憑かれているところを除けばそこそこいい男なのに。
「……あまり考えたくはないのだけど」
と、未だにそんなことを考えてしまう自分に辟易しながらマドレーンは言う。次いで爪紅を塗った指先で指し示したのは、自身の足もとに広がる真っ黒な焦げ痕だった。
「これね。たぶん、魔物がやったものじゃないわ」
「あ?」
「私が最初に駆けつけたとき、ここ、微かに硝煙の臭いがしたのよね。そのとき既におかしいとは思ってたんだけど、改めて調べてみて予感が確信に変わったわ。『ラルス』を襲ったのは魔物じゃない。人間よ」
マドレーンがきっぱりとそう断言してみせれば、さすがのヴェンも目を丸くした。普段は派手な羽根飾りのついた三角帽で隠れてよく見えないが、この男は相変わらず髭面に似合わぬ澄んだ瞳を持っている。まるでふたつの眼窩の中に蒼穹を飼っているような。
「だってそうでしょ? 今回艦隊を襲った魔物はどれも下等種で、核石に備わっている自己防衛機能を破れるような強力な個体は確認できなかった。そもそもそこの大穴も床も、いくつかの魔物が使う魔炎弾でやられたんだとしたら、煤から瘴気の片鱗くらいは感じ取れるわ。それがまったくない上に、火薬が使用された痕跡……そして、極めつけはこれよ」
「どれだよ?」
「ここ。焦げ痕の下にわずかだけど血痕が残ってる。通常、軍用の飛空船の動力室に入れるのは艦長と航空士と希工技師のみと軍規で決まってるでしょう? 実際、さっきの戦闘中に核石の異常を確認したのも『ラルス』の航空士だと聞いたわ。だけど幸いにも彼は無傷で艦を脱出してるし、艦長と技師も無事だった。なのにこんなところに血痕が残ってるのは何故?」
「そりゃあお前……俺が知るかよ」
「少しは頭を使いなさいよ、飲んだくれ。そもそも飛行型の魔物があそこまで巨大な群を作って人間を襲うなんて話、聞いたことある? 二百年以上生きてる私でさえあんな規模の大群見たことないわよ。まるで近隣にいた魔物が何かに呼び寄せられて来たような──そういう作意を感じなかった?」
ザザ、と、船の外で一際大きな波音がした。
そこは常夏の島、外には晴れやかな空と青い海、そしてまばゆいばかりの砂浜が広がっているというのに、船内の空気は暗く冷たい。
ヴェンの手の上で何度も跳ねていた核石の破片が握り込まれた。
マドレーンの爪先が示すわずかな血痕を見下ろして、珍しく神妙な顔をした彼が「ふむ」と小さく声を漏らす。
「マドレーン」
「何?」
「お前……たまにはまともなことも言うんだな。俺ァてっきり人間をいかに玩具にするか、それしか考えてねえ鬼婆だと思ってたぜ」
「何なら今ここであんたをクルミ割り人形に変えてあげてもいいけどね」
「だが仮に魔物を喚んで『ラルス』を墜としたやつがいるとして、そいつはどこのどいつで何が目的だ? お前の希術があればその辺、パパッと特定できちまうんじゃねえのか?」
「そうしたいのは山々なんだけど、残念ながら当分は無理ね。航行不能になったこの艦を飛ばすのに希霊を使いすぎた。どこかで補充しないと、幻視どころか下級希術を使うだけで精一杯よ」
「あー。つまりまた野郎を取っ替え引っ替えしてヤリまくるってことか?」
「まあ、端的に言えばそういうことね」
「爛れてるねえ、口寄せの郷の魔女さんってのは」
「あら、だったらあんたがあの竜人みたいに直接魂をくれてもいいのよ? と言っても今のあんたの衰え切った魂じゃ、ちょっと千切っただけで音を上げて消滅しちゃうかもしれないけど」
「ヤなこった。仮に魂盗られるのは平気だとしても、てめえに真名を教えたら最後、死んだ方がマシな目に遭うのは分かりきってるからな」
「つまらない男。だからあんたは遊び甲斐がないのよ」
「だったらさっさと新しい遊び相手を見つけるこった。もうクルミどころかナッツすらろくに割れやしねえ、ボロボロのクルミ割り人形のことなんざ忘れてな」
そう告げてこちらに背を向けるや、ヴェンはいつもの調子でひらりと手を振った。拾った核石の破片は手慰みにでもするつもりだろうか、艦長服の長いコートの物入れへ捩じ込んで、歩き出しながら彼は言う。
「ま、そんじゃとりあえず、本国にゃ俺から報告しとく。救援部隊が到着するまで数日はここに留まることになるだろうから、その間にヤることヤッとけよ」
「ヴェン」
「心配すんな。サヴァイの野郎にゃ黙っとく」
さらにひらひらと手を振りながら見当違いの言葉を残し、ヴェンはさも大儀そうに大穴をくぐって出ていった。
彼の靴が浜辺の砂を踏み締める音が、次第に遠くなっていく。
そこは常夏の島。されどマドレーンの立ち尽くす鴎の腹の中は、相変わらず暗くて冷たい。だのに、粉々に砕けたはずの希望はやはりキラキラとまぶしかった。
ああ、ここはまるで世界のようだ。
×
誰かがずっと耳もとで啜り泣いているのが聞こえた。
「うっ……うぅっ……グニド、死んじゃった……」
「死んでない、死んでない。グニドはちょっと疲れて寝てるだけだって。だから心配ないよ、ルル」
「でもっ……よ、ヨヘンは、グニドは〝カシジョータイ〟になってるんだって……〝カシジョータイ〟は、〝はんぶん死んでる〟の意味だって……」
「い、いやあ、ルル、そいつはもののたとえでな!? おまえさんにも分かるような簡潔明瞭な説明を心がけただけでな!? オイラはひと言も〝死んだ〟とは言ってな……お、おい、なんだよラッティ、ヴォルク、ポリー、そのネズミを見るような目は!? オイラが悪いって言いたいのかよ、なあ!? オイラはただ、今日もまたひとつルルを賢くしてやろうとしただけじゃんか!? なあ!?」
……などと、甲高い声と早口で捲し立てている灰色ネズミの声もする。
どうやら言葉どおりの〝耳もと〟で騒いでいるらしく、キンキンと尖った声が耳の奥に障ってうるさい。
ゆえにグニドは低く唸り、クワッと眼を見開くなり声の主を捕まえた。途端にバッサア……!と砂が舞い、同時にヨヘンの悲鳴が青空の果てまで響き渡る。
「キャアアアアアアアアッ!?!?」
人間のメスも顔負けの、お手本のような絶叫だった。それを聞いた周囲の人間たちが揃ってびくりと足を止め、何事かと目を見張っているのが見える。
「ぐ……グニド!?」
次いで長い首をおもむろに巡らせたグニドの視界に飛び込んできたのは、顔中を驚きと喜びでいっぱいにした獣人隊商の仲間たちだった。
彼らは起き上がったグニドを見るなり弾んだ声を上げ、中でも淡黄色の瞳いっぱいに涙を浮かべたルルが真っ先に飛びついてくる。
「ぐ、グニド……! グニドー!」
わっと泣き声を上げたルルは、地に腰をついたグニドの体が揺れるほどの衝撃で抱きついてきた。おかげでグニドの胴とルルの胸に挟まれたヨヘンが潰れた。
寝起きで頭がぼんやりして、グニドの反応が一瞬遅れたせいだ。わんわん泣くルルを左腕で抱き留めながら、慌てて右手を持ち上げてみたら、ヨヘンがぐったりと四肢を垂らして力尽きていた。生まれ故郷への帰還を目前にして、こんなところで命を散らしてしまうとはなんと運のないやつだろう。
「ラッティ……ヨヘンガ、死ンダ」
「あー、大丈夫大丈夫。そいつも仮死状態になってるだけだから。たぶん」
「わあああん、グニド、グニド! ルル、グニドが死んじゃったと思った……!」
「……? オレ、ナンデ寝テタカ?」
「覚えてない? グニド、マドレーンさんに自分の魂を半分あげちゃったんだよ。彼女が言うには、そのとき魂を千切られたショックで気を失ってたみたい」
「ムウ……! ソウダ、思イ出シタ。魔物ノ群、ドウナッタ?」
「魔物ならヴェンさんたちが無事に撃退してくれたわヨ。でもネ……」
と、ヴォルクに続いて答えたポリーが、何やら悩ましげに頬へ手を当ててため息をついてみせるので、グニドはルルを抱えたまま再び首を巡らせた。
すると視界に飛び込んできたのは、青い海。青い空。
そして尻の下いっぱいに広がる砂。
砂だ。
グニドは目を疑った。ほんの一瞬のことだが、視界いっぱいに広がる砂の海に、自分が故郷のラムルバハル砂漠へ戻ってきたのかと錯覚したのだ。
けれど違う。グニドが思わずヨヘンを放り投げ、空いた手で掬った砂はとてもきめ細やかでやわらかい。粒が大きくて黄色みが強くて、ザラザラしていた砂漠の砂とは全然違う。谷の長老たちだけが寝床にすることを許されていた、海の砂だ。
ラムルバハル砂漠も南へ下ると海があったが、ここは砂漠の海とは全然趣が違っていた。大波が嵐のような音を立てながら、白い泡と飛沫を上げて繰り返し押し寄せてくるのは同じだけれど、吹く風はずっと湿っていて見たこともない鳥が飛んでいる。
体は白いが、すらりと伸びる翼の両端が黒くて、クア、クア、クア、と甲高く鳴く鳥だった。そいつらが群を成して飛び回る空を見上げ、あんぐりと口を開けたまま目で追いかけたら、波打ち際の反対が一面緑色であることに気づく。森だ。
「……ココガ、アビエス連合国カ?」
「違うよ。ここは無名諸島──アタシらがちょっと前までいた北西大陸と、連合国がある南西大陸の間に浮かんでる島嶼群だ。魔物の襲撃で墜落しかけた艦を不時着させるには、ここを目指すしかなくてね。つまり、アタシら絶賛遭難中だ」
そう言って肩を竦めたラッティをぼんやり眺めつつ、〝ソウナン〟って何だ? とグニドは内心首を傾げた。が、半分寝ぼけていた意識が覚醒すると同時に、だんだん記憶が鮮明になってくる。
そうだ。自分たちはアビエス連合国を目指す空の旅の途中、突如現れた魔物の大群に襲われた。それでも戦況はこちらが優勢だったが、ようやく魔物どもの勢いが衰えてきたという頃に、艦隊の中の一隻が激しく火を噴き始めた。
九番艦『ラルス』。そう呼ばれていた艦は、あのあと自力で飛行を続けることができなくなり、急遽この島──無名諸島、というようだ──への着陸を試みることになったらしい。というのも船底の近くに大きな穴が開いてしまって、せっかく船の形をしているのに、海に浮かべることができなかったのだという。
なるほど、言われてみれば海の上には、ずっと空を飛んでいたはずの空艇団の船がぷかぷかと浮いている。ただ一隻、見覚えのある旗を掲げた中型船だけが、大きく浜に乗り上げる形で沈黙しているのが見えた。
グニドの記憶違いでなければ、あれこそが墜落しかかっていた九番艦『ラルス』だ。よくよく見るまでもなく船底は無惨に焼け焦げ、グニドでも屈めばするりと通れてしまいそうな大穴が開いていた。確かにあんな穴が開いていたら、海に浮かべた瞬間船内へ水が流れ込んで、あっという間に沈んでしまっていたことだろう。
「あら、ようやくお目覚めね、竜人くん。その節はどうも」
ところがほどなく『ラルス』の穴の向こうから見覚えのある金鬣が覗いて、グニドはビクッと肩を震わせた。何故ビクッとなったのかは自分でもよく分からない。ただ本能がとっさに警鐘を鳴らした──そんな感じだ。
魔女マドレーン。どうやら今の今まで船の中を調べていたらしい彼女は、浜辺で起き上がったグニドを見るなりにっこりと微笑んだ。途端にまた背筋がぞくりとして、身震いしたグニドの背中をなぞるように鬣が逆立っていく。
「マドレーンさん、ヴェンさんから聞いたよ。『ラルス』はやっぱり飛べそうにないんだって?」
「ええ。島に着くまでは私の希術で何とか核石を維持できたけど、不時着するなり粉々に割れちゃって、もう手の施しようがないわ。これからヴェンが本国に連絡を入れて、救難部隊に代えの核石を持ってきてもらうことになったから、当分はここで待機することになりそうよ」
「──だがそれにはひとつ問題があるぞ、マドレーンどの!」
ところが刹那、グニドたちの頭上から声が降ってきて、浜の砂を巻き上げながら忽然と黒い獣が現れた。翼獣だ。
その背に跨った白猫の騎士エクターが、翼獣の着陸を待つなり颯爽と鞍から飛び降りた。彼……いや、彼らはマドレーンが恐ろしくはないのだろうか。
エクターはいつものように毅然と胸を張るや、着地した拍子に砂にまみれた白い毛皮を几帳面にはたきながら口を開いた。
「先程旗艦に戻られたヴェンどのとも話をしたのだがね。ここは連合国人にとっては未踏の地、噂に聞く無名諸島だ。私が聞きかじった話によれば、何でもここにはいくつもの部族に分かれた先住民がいるという話じゃないか。今のところ彼らの姿は確認できていないものの、島の民はハノーク語が通じないばかりか、余所者をひどく嫌うと聞いているぞ」
「そうねえ、問題はそこなのよね。二百年以上も生きておいて何なんだけど、実は私も無名諸島に来るのは今回が初めてなのよ。正直まったくいい噂は聞かないし、たった数日の滞在とは言え穏便に行くかどうか、多少不安ではあるんだけど……」
〝島の民〟──ということは、この場所には元々住んでいる人間がいるということか。傍らで交わされるマドレーンとエクターの会話を聞きながら、グニドは今一度鬱蒼と茂る森を顧みた。
なんというか、ここからだと少し遠いのではっきりとしたことは言えないが、あの森はルエダ・デラ・ラソ列侯国で見た森とは違う……という気がする。
何しろ今は冬だというのに、木々はいずれも青々と茂っていて、さっきから聞き慣れない鳥や虫の鳴き声がひっきりなしに聞こえている。
いや、そもそも冬だというのに、先程から感じる猛烈な蒸し暑さは一体何だ。砂漠の暑さとはまた違う、じっとりと皮膚にまとわりつくような嫌な熱気。陽射しも強く、森の手前で木を切り倒す作業をしている空艇団の人間たちもみな汗だくになっている──もしや今朝聞いた〝赤道〟というやつが関係しているのか?
だとしたらなるほど、これはもう完全に冬ではない。夏だ。グニドが眠っている間に、すっかり季節が変わってしまっている。ほんの数刻気を失っていただけなのに、まるで何ヶ月ものあいだ眠りこけていたような、何とも奇妙な気分だった。
「あのー」
……ところであそこにいる空艇団の人間たちは、どうして木を切っているんだ?
そう疑問に思ったグニドが、口を開こうとしたときだった。意味深に顔を見合わせた獣人隊商の面々が、おずおずといった様子で手を挙げてマドレーンとエクターの会話に割って入ったのは。
「あら、何かしら、狐人さん?」
「いえね、確かにこの状況、放っておいたら島の人たちが外敵の侵攻と勘違いして騒ぎ出す予感しかしないんですけど……一応、島にいるいくつかの部族の中には、発言力の強い有力部族ってのがいて。そこの長に話を通せば、ある程度誤解は防げるんじゃないかなー、とか思わなくもないんですけど」
「何ッ……!? まさか君たちは無名諸島の内情に明るいのか、ラッティくん!?」
「ええ、まあ、明るいというか……」
珍しく歯切れの悪い答え方をして、ラッティはため息と共に頭を掻いた。そんなラッティの様子を一瞥したヴォルクはふいと目を逸らし、ポリーも何やら困り顔でうつむいている。ヨヘンは……仰向けに倒れて死んだままだ。
「……こうなったら仕方ない。腹括って会いに行くか」
「会いに行くって、誰に?」
「あー、実はここ、ハノーク語を話せる住民がまったくいないってわけじゃなくてね。今、アタシらがいるのがどこの島かってのにもよるんだけど、通訳を頼めそうなヤツをひとり知ってます──獣人隊商の昔の仲間でよければ、ね」