第 六 十 話 白猫来たる
虹神聖堂へ戻る道を、グニドはとぼとぼと歩いていた。
道と言っても、あたりは見渡す限りの平原だ。冬の足音がもうすぐそこまで近づき、一面枯れ草色になった草原を、グニドは南へ下っていく。
カルロスのいる聖堂まで、あと四幹(二キロ)ほどだった。ウォン率いるアルハン傭兵旅団はサン・カリニョの外れにぽつんと野営しているから、いちいち移動に時間がかかる。走ればそれほどでもないのだろうが、今のグニドには馬のように平地を駆ける気力がない。
『──ルルちゃんのことだけは、守ってあげて』
先程聞いたばかりのマナの言葉が、ずっと脳内を巡っていた。
ルルの胸に刻まれた謎の神刻。自分はアレを守るために、神々に生かされた。
いや、正確には今も生かされている。
マナの話を信じるならば、そういうことらしかった。にわかには信じ難いものの、人間たちの信仰する神は、人の生き死にすらも自在に左右してみせる。そのことは一度死んだカルロスが甦ったことで証明された。
だが、だとすれば自分とは一体何なのだ。ルルを守るために選ばれた双六の駒か? 神が振った賽の目に従って、決められた道の上を歩くだけの存在? そんな自分に、果たしてルルを守ることができるのだろうか?
(この世のものすべて、神の掌の上だというのなら……真の意味でルルを守ることなど、不可能じゃないか。おれはただの操り人形で……いずれルルを、神への供物にしてしまうかもしれない)
マナは神の意思ではなく、グニド自身の意志でルルを守れと言っていたけれど。
グニドはこれまでのことだって、すべて自分の意志で決めたことだと思っていた。ルルを拾ったのも、彼女と二人で谷を出たのも、獣人隊商に入ったのも。
だのにそれらの決断はすべて、見えざる神の手の導きによるものだった。言われてみれば確かにここまで、何もかもが出来すぎていたように思う。
灼熱の砂漠の真ん中で赤ん坊だったルルが生きていたことも奇跡だし、イドウォルの追撃を振り切って谷を出られたことも、ラッティたちと出会えたことも、いま思えば幸運すぎた。ああした僥倖にすら、ルルを生かさんとする神々の意思が介在していたのだとしたら?
『あの娘──万霊刻の器は我がもらい受ける。もう運ばなくて良いぞ、まざりもの』
カルロスが一度死んだ晩、ツェデクは確かにそう言った。
神の言葉は要領を得ず、正直言って分からないことだらけだが、やつらがルルを欲していることだけは何となく理解できた。
このままではルルはいずれ、狂える神々の手に落ちてしまうかもしれない。自分が共にいることが、その未来を招き寄せる原因になるのかも……。
いや、たとえグニドが与えられた役割を辞退したとしても、違う者が代わりに選ばれるだけだろう。グニドが神の立場でも、きっとそうする。
しかし神々がルルを欲するのは何故だ?
やつらの目を逃れ、ルルを守り抜く方法なんて本当にあるのか?
未来は初めから定められていて、どう足掻いても覆せないものなのではないか?
マナが死の運命から逃れられず、ゆっくりと呪いに蝕まれているのと同じように。
(おれは……何も守れない……)
ツェデクの狂気に冒され続けるカルロスも、呪いに苦しむマナも、すべてを擲ってでも守ると決めたルルさえも。
──長老。おれはどうすればいいのでしょうか。
十七年間、いつも正しく自分を導いてくれた師を想って、グニドは思わず足を止めた。寄る辺のない心細さに顔を上げ、英霊となった師が応えてくれやしないかと色褪せた空を見やる。
冷たい陽光の下を、数羽の鳥が群をなして飛んでいた。あれがいつかカルロスから聞いた〝冬の間だけ群で移動してくる鳥〟だろうか。
何もない平原の真ん中に佇んで、グニドは鳥の群をぼんやりと眺めた。そうしていると何故だか急に、群からはぐれた自分がみじめに思えた。
自分だって本当はあんな風に、一族の仲間と共に過ごし、一生を終えるはずだったのだ。ところがルルを拾ったことで、竜生が一変した。ルルを守るために群を追われ、根なし草としての生き方を余儀なくされた。
けれどすべては自分で選び取ったこと。ならばどんな業も逃げずに背負っていくしかない。そう、心に決めていたのに。
ここに来て、その決意が揺らいでいる。心に大きな穴が開いて、びょうと風が吹き抜けているかのようだ。今の自分はあまりに無知で、無力で、ちっぽけで──
『……?』
とりとめもなくそんなことを考えているうちに、気がついた。
というか、物思いに耽っていたせいで気づくのが遅れた。
先程から悠々と空を舞い、グニドの頭上を通過してゆくかに見えた鳥の群。
それが今、落ちてきている。
平原に佇むグニドへ向けて、真っ逆さまに。
『……!?』
はっと我に返ったときには、鳥の群はかなり近い距離まで迫っていた。グニドの心臓があと五、六回脈打てば、見上げるこちらの鼻面に激突する位置まで落ちてきている。
──いや、違う。あれは鳥ではない。さっきまでは距離が遠かったのと、体毛が真っ黒なせいで分からなかったが、よくよく見れば嘴がないではないか。
おまけに四足で、大きさは仔馬ほどもあり、鋭い眼光は明らかに肉食獣のそれ。ガアッと開かれた口には竜人と同じく牙が並び、さながら獣姿のヴォルクに大鴉の翼が生えたような──
「──剣を取れ、鈴の騎士たちよ! 騎士王に捧げし誓いの鈴に懸けて……!」
「鈴に懸けて!」
かと思えばいきなり叫び声がして、眼前を銀色の軌跡が一閃した。グニドはすんでのところで振り抜かれた刃を躱し、跳びずさりつつ大竜刀へ手をかける。
『何だ……!?』
最初は羽の生えた獣が喋ったのかと思った。されど攻撃を空振りし、再び空へ舞い上がっていく獣の背には、人間が馬に乗せる〝鞍〟に似たものが括りつけられている。そして鞍の上には小さな人影。錐のような形状の剣を持ち、羽根つき帽の左右から三角耳を覗かせたあの生き物は──まさか、猫か?
「くっ、躱したか……! だが間違いない、あれこそはアベオ・トラディティオの『見聞録』に記されていた魔獣、〝竜人〟……! ルエダ人たちの天敵である人喰い獣人が、このようなところまで侵入しているとは……!」
「エクターさま! ならば城にいるルエダ人たちに、危険を知らせる急使を出すべきでは……!?」
「否! 上空から見た限り、周辺に人影はない! 竜人が人里に近づく前に、我らの力で討ち取るのだ! 奮い立て、騎士たちよ! ルエダ・デラ・ラソ列侯国とアビエス連合国の友好のために……!」
何が何だかよく分からないが、グニドは自分の頭上をぐるぐると旋回する猫たちの言葉に首を傾げた。聞き間違いでなければ彼らは〝アビエス連合国〟と叫んだような気がする。
アビエス連合国と言えば、グニドたちの次なる目的地。南の海を渡った先にある博愛の国。他でもないヨヘンやマナの故郷──ということは、あの猫たちは獣人か。そう言えばラッティが以前、連合国にはとにかく色んな種類の獣人が暮らしていると言っていた。
(いや、それだけじゃない。確かカルロスは以前、連合国に〝同盟の使者を送った〟と……だとしたら、あいつらは──)
──トゥルエノ義勇軍を助けるべく、アビエス連合国からやってきた味方。
グニドはとっさにそう判断し、抜きかけていた大竜刀から手を離した。アレらが本当に味方である確証はまだないが、可能性がある以上、争うのは得策ではない。グニドの行動が因で、義勇軍と連合国の間に亀裂が入りでもしたら大ごとだ。
ところが空飛ぶ獣に跨った猫たちの方は、グニドを味方とは思っていないらしかった。その証拠に雄叫びを上げるや獣を駆って、上空から攻め寄せてくる。
「オイ、待テ! オレハ──」
とっさに説得を試みようとしたが、グニドが慣れない人語を拈り出すよりも、猫たちが攻めかかってくる方が早かった。一塊になって正面から突っ込んでくる黒い獣を、グニドは慌てて回避する。
ところが避けたと思ったら、グニドの真横を通り過ぎた七、八頭の獣が、リンッという鈴の音と同時に舞い上がって散開した。バラバラに進路を取った猫たちは巧みに手綱を捌き、今度は四方八方から次々とグニドへ攻めかかる。
「観念しろ、竜人! ルエダの民を襲わせはしないぞ! 『誇り高き鈴の騎士団』の名に懸けて……!」
群の先頭に立って迫り来る猫が、グニドの中指ほどしかない剣を鋭く繰り出してきた。本来ならあんなもの、鱗の継ぎ目にさえ当たらなければどうということはないのだが、この猫──全身真っ白な毛皮で、人間みたいな服を着ている──の攻撃はかなりきわどい。的確にグニドの弱点である腹部や眼球を狙ってくるのだ。
対するグニドは刀も抜かず、丸腰。おまけに戦闘になるとは思っていなかったから、鎧など一切身につけていない。
そんなところを前後左右から攻め立てられては、さすがのグニドもたまらなかった。話し合いを試みようにも向こうは聞く耳を持たないし、こうなったら味方だと理解させるために、別の方法を取るしかない。
『くそ……!』
グニドは舌打ちすると、正面から斬りつけてきた猫の攻撃を屈んで躱し、直後に地を蹴って走り出した。
向かうは人間たちの匂いがする方──つまり居住区だ。あそこへ行って、誰でもいいから居合わせた人間に弁護を頼めば、猫たちも納得するに違いない。
空からの執拗な追撃を受けながら、グニドは馳せた。こちらも脚力には自信があるが、風に乗り、自由自在に空を舞う獣たちはもっと速い。
何度も背後から襲いかかられ、その度にグニドは横へ跳んだり、草原を転がったりして攻撃を躱した。竜人の唯一の死角である真後ろだけは取られないよう、細心の注意を払いながら走り続ける。
しかしやはり、あの白猫が厄介だった。猫たちの中でも一際勇ましい白猫は常にグニドの先を行き、尻尾の先の鈴を鳴らしながら、何度も進路を塞いでくる。
しまいには猫を乗せた獣の方も敵意を剥き出しにして襲いかかってくる始末で、グニドは心底辟易した。翼をバタつかせた獣が喚きながら前脚を振り上げ、鋭い爪を繰り出してくる。それを避けたと思ったら、斜め後ろで着地した別の獣が、地を蹴って飛びかかってきた。
体勢を崩していたグニドはその攻撃を避けきれず、押し倒されて地面を転がる。すぐに跳ね起きようとしたものの、さらに別の獣がグニドの背中に飛び乗り、長い首に噛みついてきた。鱗の間に牙が食い込んで、激痛が走る。
グニドは吼えながら暴れた。が、好機と見た獣たちが、続々とグニドの背中にのしかかってくる。そうして尻尾の付け根に噛みついたり、肩に噛みついたり、手当たり次第に背中を引っ掻いたり──
「エクターさま、今です! 竜人にトドメを……!」
獣まみれになったグニドが地を掻いてもがいていると、どこからともなく眼前に白猫が降り立った。空中で器用に前転しつつ着地した白猫は、「うむ!」と胸を張ってグニドを見下ろすや、びしりと剣を突きつけてくる。
「残念だったな、竜人。だがこれもルエダの民の安寧のためだ。君が人喰いでなければ、同じ獣人として分かり合うこともできたかもしれないが──すまない。恨むのなら、時代を恨んでくれたまえ。では、さらば……っ!」
白猫は突きつけた剣を上段に構えた。どうやらグニドの両眼に狙いを定め、まず視界を奪うつもりらしい。
だから待てと言っている、と、グニドは慌てて弁明しようとした。されど獣たちの牙がまたも鱗の狭間に突き立って、痛みのあまり吼えることしかできない。体中から血を流し、グニドは大地に突っ伏した。そこへ白猫が剣を突き出してきて、
「──おいっ、なんだお前ら! やめろっ!」
次の瞬間、白猫の体が鞠のように弾き飛ばされた。白猫の後ろから走り寄ってきた人物が、枝きれで猫を思いきり払いのけたからだ。
枝きれの直撃を受けた白猫は鈴を鳴らしながら吹き飛び、しかし華麗に宙返りして着地した。背後からの不意打ちに目を白黒させているものの、受け身を取って無事らしい。
「くそっ、こいつら魔物か……!? グニドから離れろ、チクショウ!」
いきなり現れて枝きれをぶん回した人物は、なんとルルの友人のウォルドだった。後ろには彼の妹のユシィもいて、見たこともない獣の群を前に、怯えて立ち竦んでいる──どうして二人がここに?
これにはグニドも面食らったが、ウォルドの方は必死の形相で、グニドに群がる獣たちを猫ごと枝で打ち払った。子供の力とは言え、渾身の力で打たれた獣たちは「キャンッ」と悲鳴を上げて、次々と飛び離れていく。
背中がいくらか軽くなると、グニドも自力で起き上がることができた。最後は自らの力で獣を跳ねのけ、咆吼し、ウォルドとユシィを庇うように立ち塞がる。
「ぐ、グニド……! い、いっぱい、いっぱい血が……!」
「ムウ……ダイジョウブダ、ユシィ。ウォルドモ、助カッタ。礼ヲ言ウ」
全身血にまみれたグニドを見て、駆け寄ってきたユシィは泣きじゃくっていた。とは言えいずれも大した傷ではないので、グニドはユシィを宥めようと、三つ編みにされた赤毛をくしゃりと撫でてやる。
一方、ウォルドは暴れたあとで興奮しているのか、眦を決して枝を構えたままだった。あまり戦い慣れていない戦士によくある傾向だ。一度武器を振るい始めると血に酔って、分別がつかなくなる。
だからグニドはウォルドを戦わせまいと、ユシィを押しつけ前に出た。あの猫たちがルルの友人にまで手を上げるというのなら、グニドとて容赦はしない。
「な、何故だ……? 人間の子供が何故、竜人を庇う……!?」
が、対する猫たちは、ウォルドやユシィの行動に揃って泡を食っていた。羽の生えた獣の方も、人間とは敵対しないようしつけられているのか、耳を伏せて困惑をあらわにしている。
「オレ、義勇軍ノ、傭兵。名前、グニドナトス、トイウ。カルロスト一緒ニ、戦ッテイル。オマエタチ、敵ジャナイ」
「なんと……!?」
さらに猫たちは、グニドが人語を喋り出したのを見て度肝を抜かれた様子だった。彼らは全身の毛を逆立て、仰け反り、まったく信じられないと言いたげに瞳孔を見開いている。
「ば、馬鹿な……! しかし、アベオが我が国にもたらした『異郷見聞録』によれば、竜人は人間を食糧としか思っていない野蛮な一族だと……!」
「確かに普通の竜人はそうだけど、グニドはちげーよ! だってコイツはルルの〝親〟なんだから!」
「る、〝ルルの親〟とは?」
「ルルは、わたしたちの友だち……人間だけど、グニドに育てられたの。赤ちゃんの頃から、ずっとグニドといっしょなんだから……! グニドは悪い竜人じゃ、ない……!」
どよめく猫たちを前に、ウォルドとユシィが後ろから弁護してくれた。グニドは幼い兄妹の言動に驚きつつも、思わず尻尾をゆらゆら揺らす。
──そうか。こいつら、おれのことをそんな風に思っていたのか……。
ルルを通じてある程度打ち解けたとは言え、やはり彼らとの間には見えない壁があることを、グニドは薄々感じていた。ルルの育ての親として認められてはいるものの、心のどこかで恐れられている。それが何となく分かったのだ。
だからグニドも、彼らには必要以上に近づかなかった。せっかくルルに年の近い友人ができたのに、自分のせいで仲間外れにされたら忍びない。そう思って、ルルと彼らの遊びに誘われたときも、遠くから見守るだけに留めた。
けれどいつしか、二人もグニドに心を開いてくれていたのだ。そのことに気づかず、いつまでも一線を引いていた自分を、グニドは恥ずかしく思った。子供というのは往々にして、大人よりずっと適応力がある。きっと二人はグニドとルルが一緒に過ごす姿を見て、あの竜人は大丈夫、と、信頼を寄せてくれたのだろう。
「ど、竜人が人間の子を育てた……? そんなことがありえるのか……?」
しかし二足歩行で喋る猫たちは、未だ当惑した様子で顔を見合わせている。初めて見る獣人だが、彼らは総じて背が低い。サン・カリニョに何匹かいる猫──大抵人間に飼われている──とほとんど同じ体格だ。
アレが後ろ脚で立ち上がって、人間の服を身につけたなら、きっとあんな見た目になるのだろう。ラムルバハル砂漠に棲息する砂漠猫は同じ猫でももっと大きくて、顔つきもいかつかったが。
「鎮まれ、騎士たちよ」
ところがそのとき、緑の羽根つき帽を被った白猫が、ざわめく猫たちを押し留めた。かと思えば彼は剣をしまい、つかつかと歩み寄ってくる。
直後、グニドの目の前で白猫は座った。座ったというか、地に伏せた。前脚を丸めるように胸の下へ収め、そこに顔をうずめる格好で。
「すまない、グニドナトスどの……! どうやら我々の早とちりであったようだ。竜人というのは凶暴で意思の疎通ができない種族であるとの偏見から、貴殿もまた人間の敵であると誤解してしまった。しかし無垢なる子供たちの言葉を疑う気にはなれぬ。このとおりだ、許してくれ……!」
「え、エクターさま……!」
「エクターさまが〝御免寝〟をなさるなど……! なんということだ……!」
「これは一大事だぞ……!」
後ろの猫たちが何にざわついているのかさっぱり分からなかったが、とにかくグニドは今、自分がものすごく真剣に謝罪されているらしいのを感じ取った。白猫は前脚に顔をうずめたまま動かないし、そんな白猫の姿を見た他の猫たちに至っては、まるで世界の終焉を前にしたかのような動揺をあらわにしている。
「ム、ムウ……ネコ。オマエ、名前、エクター、トイウノカ?」
「いかにも、我が名はエクター・イーヘソラス。『誇り高き鈴の騎士団』の一翼として、白猫隊を預かりし者……! だが間違えないでほしい。我々は猫ではなく猫人、偉大なる騎士王陛下にお仕えする、名誉ある種族なのだ……っ!」
──猫人。
どうやらそれが、この喋る猫たちの種族名らしかった。やはり見たこともなければ聞いたこともない種族だが、まさか猫の姿の獣人までいるなんて。
グニドは物珍しいものを見るときの仕草でエクターを眺めると、内心、ヨヘンと同じで簡単に踏み潰せそうだな、と思った。しかし彼らの武勇は一級品だ。こんなに小さいのに勇敢で、竜人であるグニドにも怯まず戦いを挑んできた。
何を言っているのかよく分からない部分はあるものの、彼らが優れた戦士であることには変わりない。ならば同じ戦士として、こちらも敬意を払わなければ。
グニドは肩を落とし、尻尾を右脚に巻きつけると、年長の戦士にするようにゆっくりと首を垂れた。
「……ワカッタ。オレ、オマエ、許ス。猫人、敵ジャナイ」
「ま、まことかっ、グニドナトスどの……!」
「ウム。竜人、キラワレル、イツモノコト。シカシ、オマエ、オレニ謝ッタ。ナラバ、許スノガ戦士ダ」
「おおっ……! なんという気高きお言葉……っ! 感謝するぞ、グニドナトスどの! そしてそちらの少年少女も、よくぞ我らの誤解を解いてくれた。君たちの勇敢なる心に、私も騎士として最大限の敬意を表そう……!」
エクターはそう言って飛び起きるや、再び後ろ脚で立ち上がり、尻尾の鈴をチリンッと鳴らした。するとグニドたちの和解を祝うかのように、歓声を上げた後ろの猫たちも鈴を鳴らす。
どうやら猫人族というのは、ああして尻尾の先に鈴をつけて歩くのが習慣のようだった。その音を聞いた黒い獣たちも、行儀よく座って遠吠えしている。……何とも騒がしい連中だ。まあ、無事に誤解が解けたのは良かったが。
「お、おい、グニド……それで結局何なんだよ、コイツら?」
「ウム……オレニモ、ヨクワカラン」
「分かんないのに相手してたのかよ!? こんな獣人、おれたちも見たことないぜ」
「コイツラ、アビエス連合国カラ来タト、言ッテイタ。オマエタチハ、何故ココニイルカ?」
「へ? あ、あー、いや、おれたちは……」
「わたしたち、お花つみにきたの! 最近ユキヨビソウが咲きはじめたから、いっぱいつんで花かんむりにして、ルルのところに持っていこうって」
「ハナカンムリ?」
「そう! お花とお花をつなげてつくるかんむりだよ。こないだ、夜に戦いがあってから、ルル、なんだか元気がないから……だからなにか〝おくりもの〟をあげようって、お兄ちゃんが」
「ち、ちげーよ! おれはただ、手ぶらで会いにいくよりはいいだろって言っただけで……! べ、別にルルがしょげてるから気にしてるとか、そういうんじゃねーし!」
ユシィの一生懸命な説明を、兄のウォルドが即座に否定した。するとユシィは頬を膨らませて、「えー、言ったでしょー!」と憤慨している。果たしてこの兄妹は仲がいいやら悪いやら。
けれど二人の会話から、グニドは彼らがルルを心配して会いに行こうとしていたのだと察した。三日前の事件以来、ルルの元気がないのは単純に寝不足のせいなのだが、二人は争いに巻き込まれ、怖い思いをしたからだと思っているらしい。
そんな彼らの、いかにも子供らしい優しさを知って、グニドはまた尻尾を揺らした。死の谷ではひとりぼっちだったルルも、ここに来て良い友人に恵まれたなと思うと、勝手に口の端が綻ぶ。
ただしそれも、列侯国の内乱が終わるまでのこと。獣人隊商は今日からさらに二ヶ月間、義勇軍と共に戦う約束をしたものの、列侯国の人間は、冬の間は戦をしないことが多いらしかった。
そうなればグニドたちはお役御免となって、列侯国を去るかもしれない。この国を去るということは、サン・カリニョで知り合った人間たちに別れを告げるということ。カルロスやヒーゼルはもちろん、エリクやウォルドやユシィにも……。
『……』
ルルはその別れを受け入れることができるだろうか。
もしも彼女が列侯国を離れるのは嫌だと言ったなら、自分は……。
「……ウォルド」
「は!? な、何だよ!」
「オマエ、ルルノコト、好キカ?」
「は……はあああああああっ!?」
グニドはあるひとつの可能性に行き着いて、ウォルドにそう尋ねてみた。彼らがルルを受け入れてくれるのなら、選べる道は一つではない。
……と、そう思ってのことだったのだが、グニドの問いを受けたウォルドは何故かみるみる真っ赤になった。まるで酔っ払ったラッティみたいだな、と思って首を傾げると、ウォルドは太い眉を吊り上げて、棒きれでバシバシ地面を叩く。
「べっ、べっ、別に好きじゃねーし! いきなり変なこと言うなよな!」
「ジャ……!? オ……オマエ、ルルノコト、キライカ……?」
「き、きらいってわけじゃねーけど……! かと言って好きでもねえ! 普通だ、普通!」
「あー、お兄ちゃん、照れてるー」
「照れてねえっ! おまえも調子に乗るなよ、ユシィ!」
「きゃー! 怒った、怒ったー!」
……何だかよく分からないが、兄妹は楽しそうだった。きゃははは、と愉快そうに笑ったユシィが逃げ去って、棒を振り回したウォルドがそれを追いかけていく。
しかしウォルドの答えは結局どういうことだったのだろう。人間の機微に疎いグニドが眉を寄せて考え込んでいると、ときに歩み寄ってきたエクターが、ぽん、とグニドの右脚を叩いた。
「青春ですな、グニドナトスどの」
「セイシュン……? ナンダ、ソレハ?」
「おや、青い春をご存知ない? ふむ、これも文化の違いですかな」
「アオイ春……? ダガ、モウスグ冬ダ」
「ふふっ。まあ、いずれ貴殿にもお分かりになる日が参りましょう。ところで一つ、折り入ってお頼み申したいことがあるのですが」
堅苦しい人語でエクターは言った。頼み事とは何だと見下ろせば、エクターはコホンと咳を払い、胸を張って宣言する。
「既にお察しかもしれませんが、我々はアビエス連合国の偉大なる宗主、ユニウス・アマデウス・レガリアさまより大使として遣わされました。つきましてはトゥルエノ義勇軍の長、カルロス・トゥルエノ・エストレ・ウニコルニオどのにお取り次ぎ願いたい。我らカリタス騎士王国の『誇り高き鈴の騎士団』始め、マグナーモ宗主国以下二十八ヶ国──これよりユニウスさまのご仁愛により、貴殿らトゥルエノ義勇軍にご助勢致します」