第一〇三話 ウリウリの音色を響かせて
西の水平線を燃やして太陽が沈む頃〝弔いの宴〟は始まった。老いも若きも、男も女も、ついでに客人である鰐人族も、皆がカヌヌの合図に合わせて杯を掲げる。
「献杯!」
それが開宴の号令だった。不思議なことに大陸とは異なる文化を持つ無名諸島にも、乾杯という習慣はあるらしい。ラナキラ村を支える森の主たちの麓で、グニドもまた振る舞われた小さな杯の中身をぐびっと呷った。
口に含む前には正直、なんとも奇妙なにおいのする酒だと思ったものだが──譬えるなら駱駝の糞みたいなにおいがした──いざ舌の上に流し込んでみると、とろみのある舌触りの中に微かな甘味と酸味を感じる。においから想像していたのとはまったく違う味だ。ゆえにグニドはヨヘンの頭ほどしかない小さな木の杯をしげしげと眺めながら、思わず「フム……」と息を漏らした。
「ラナキラノ酒、不思議ナ味、スルナ。オレ、飲ンダコト、ナイ味ダ。鰐人族ノ酒トモ、マタ違ウ……」
「あー、うん、そいつはいわゆる〝噛み酒〟だからねぇ。ラナキラ族の女たちが噛んで吐き出した芋から作られてるんだよ。アタシも蛇酒よりはそっちのがまだ飲めるけど……」
「芋ヲ……吐キ出ス……?」
「ま、詳しい製法については知らぬが花ってやつ。それより、ほら、こいつが噂の海亀の肉だってさ。んで、こっちがヴォルクが獲ってきてくれたアルマジロの肉。どっちも味つけは同じみたいだけど……」
「うひょー! 待ってましたァ! ついにかの珍獣の肉を手に入れるとは、でかしたぞ、ヴォルク! この偉大なる冒険家ヨヘン・スダトルダ様に幻の珍味を進呈した功績は、後世まで語り継がれることだろう……!」
「いや……後世まで語り継いでもらう必要はないけど、本当に大変だったよ、アルマジロ狩り。噛みついても聞いてた以上に硬くて歯が立たないし、かと言って狭い巣穴の中じゃひっくり返すのもひと苦労だしで……」
「えぇっ、わ、わざわざ巣穴の中にまで潜ったの……!?」
「うん……ラナキラの猟師たちはいつも巣穴を掘り返して獲るみたいなんだけど、掘ってると時間がかかりそうだったから。宴に出すとなれば、最低でも五匹は捕まえたかったし」
「あるまじろ……ルルも見たけど、ヘンなネズミだった。ネズミなのに大きくて、かたくて……あと、ツメもすごく大きかった。ヨヘンもいつか、大きくなったら、ああなる……?」
「いや、心配してくれるのは有り難いんだがな、ルル。アルマジロはネズミじゃないし、オイラもネズミじゃない。つまりオイラがアルマジロになることは絶対にないから安心していいぞ」
「えっ……ヨヘンは、ネズミじゃないの……!?」
「いや、ネズミだよ」
「ネズミよネ」
「ウム……ネズミ、ダ」
「おいお前らァ! 鼠人族は薄汚いネズ公とは似て非なる崇高な種族だと何度言ったら分かるんだ!? 連合国に帰ったら今度こそ名誉毀損で訴えるぞ!?」
などと喚きながら地団駄を踏み始めたヨヘンを余所に、ときにヴォルクが手を伸ばし、細切れにされたウミガメの肉を器からひょいと摘まみ上げた。
そうしてこんがり炒められたその肉を、ためらいなく口の中へと放り込む。一番乗りでカメ肉を食べる気満々だったヨヘンは抜け駆けされたと知るや「あーッ!?」と全身の毛を逆立てていたが、ヴォルクはいつもどおりどこ吹く風だった。
かと思えばしばし無言でカメ肉を咀嚼したのち、
「……うん、おいしい。臭みもないし、陸亀の肉よりずっとやわらかいよ。肉と魚の中間、みたいな……」
と言うので、皆もこぞって手を伸ばした。
人間よりも遥かに大きな口を持つグニドにしてみれば、摘まみ上げたそれは肉とも呼べないようなかけらだったが、試しに舌の上で転がしてみると、何やら少しピリリとする。村に平和が戻ったと知り、昨日隠れ家から帰ってきたラナキラ族の女たちが、肉を焼くとき胡椒に似た香辛料を振りかけたようだ。
おかげで肉本来の味はよく分からなかったものの、口蓋で押し潰してみると、なるほど確かにやわらかかった。捌く前には〝甲羅〟と呼ばれる盥を背負っていて、あんなに硬かったにもかかわらず、だ。同じようにヴォルクが森で狩ってきたというアルマジロなる獣の肉も、生前の見た目にそぐわずやわらかかった。ウミガメの肉に比べればだいぶ歯応えがあるものの、硬い、というよりは弾力がある。
おまけに牙と牙の間で噛み潰してみると、途端にじゅわっと肉汁が溢れ出した。
やはり生ではないせいで、味の違いはよく分からないものの、悪くない。
焼き肉として出される前は、カメの甲羅に似た皮膚を持つ奇っ怪な姿を見て、
(果たしてこんなヘンテコな生き物が食えるのか?)
と訝しんだものだが、今は生きているのを引っくり返して、やわらかな腹の肉にかぶりついてみたい気分だ。
「んほおおおっ、すげえなこれ! 鼠人族自慢の前歯でも簡単には噛み切れねえ! そのくせ噛めば噛むほど脂が出てきて……!」
「ああ、なんかすごい上質な肉の脂身を食ってるみたいだ。これはなかなか……」
「むー……ルルは、うみがめのおにくの方が、すき。あるまじろは、飲みこむの、たいへん……」
「ああ、そうネ。アルマジロのお肉は、ルルちゃんにはまだ少し早いかもしれないわネ。じゃあ代わりに何か、おいしい果物をもらってきましょうか」
「ヤーウィ! ルル、まんごーがいい! まんごー、食べたい!」
「ふふ、分かったワ。じゃあ、マンゴーをたくさんもらってきましょうネ」
ワイレレ島にはとにかく色んな果物があって、ルルの言う〝マンゴー〟なる果物がどんなものだったか、肉しか食わないグニドにはぱっと思い出せなかった。
が、ほどなくポリーが籠に山盛りにして持ってきた橙色の果実を見て、ああ、あれのことかとようやく合点がいく。ちょうどグニドの握り拳くらいの大きさの、楕円形をした果物だった。ポリーが刃物を入れるとたちまち甘いにおいを放つ汁が滴り、皮よりもさらに鮮やかな橙色の果肉が覗く。
それを見て興奮気味にぴょんぴょん跳ねるルルを見やり、どうやらよほどこのマンゴーというのが好きらしい、と、グニドは籠の中のひとつを手に取り顎をさすった。しかし今、グニドが最も着目すべきは、ポリーが小さく切り分けたマンゴーの果肉を頬張り、おいしさのあまり大はしゃぎしているルルの様子だ。
マンゴーの果汁で早くも両手がベタベタなのは気になるものの、果肉を口に運ぶたびとろけそうな顔をしているルルはすっかりいつもの調子を取り戻したように見えた。無論、ジェレミーに襲われた恐怖やクムを失った悲しみはそう簡単に癒えるものではなかろうが、それでも昼までは暗い顔ばかりしていたルルが、またくるくると子どもらしい表情を見せるようになったことに、グニドは深く安堵する。
「ナ・カーナカ・オ・クク、ウェリナ・マイ・ワイレレ・モクプニ。エホ・オラウレア・カーコウ・イ・ケイア・ポ・ウア・リロ・カーコウ・イマウホア・アロハ」
ところがそのとき、皆がわいわいと飲み食いする篝火の円の真ん中で、カヌヌが何か演説を始めたのが分かった。無論、クプタ語が分からないグニドたちには何を話しているのか推し量りようもなかったが、いつもは腰蓑一枚のカヌヌが鳥の羽根やら緑の葉やら、全身に描かれた奇妙な紋様やらで着飾った姿で声を上げるたび、聴衆からはわっと歓声が上がっている。
そんな皆の反応に若干照れた様子を見せながらも、カヌヌは少し誇らしげだ。
「ナ・ホア・ハナウ・マカ・ラナキラ、ア・ホアオ・クク。エ・フラプー・カーコウ・イ・ケイア・ラー。ノカ・ホーウナ・アナイ・カポエ・マケ!」
かと思えばカヌヌは最後に号令のような声を上げ、巨人樹の森の奥に向かって、さっと松明を振る仕草をした。するとどこからともなく竜鼓の音に似た低い音色が轟き始め、それを合図にいくつもの旋律が重なっていく。
やがて森の奥から現れたのは見たこともない楽器の数々を携えた男衆と、彼らに続いて歌いながらやってくるラナキラ族の女たちだった。
彼女らは人間が〝ドレス〟と呼ぶ服に似た長い腰蓑で脚を覆い、首には花を編んで作った首飾りを下げて、さらにふたつの胸の膨らみを白い貝殻で覆っている。
頭にも花輪の冠を被り、何やら華やかな装いだ。さらに手には色とりどりの鳥の羽根で覆われた、キノコのような形の何かを持っていた。
女たちが白い歯を見せて笑いながらその羽毛キノコを左右に振ると、笠の部分に砂でも入っているのか、シャカシャカと小気味のよい音がする。ということはあれも無名諸島に伝わる楽器のひとつなのだろうか。女たちは男衆が奏でる打楽器の音色に合わせて腰を振り、腕を波のごとくくねらせて、陽気に歌い踊り始めた。
「ふわあーっ! ポリー、あのふさふさおけけ、なに!?」
「ああ、あれは〝ウリウリ〟って呼ばれる楽器なのヨ。ヤシの実の中に小さな種をたくさん入れて、それに羽根と持ち手をつけて作るんですって。無名諸島の伝統舞踊でよく使われるものネ」
「でんとーぶよー?」
「島に古くから伝わる由緒正しい踊りのことヨ。無名諸島では昔から、歌と踊りには悪霊を遠ざけるって言い伝えがあるの。特に悪霊はウリウリの音を嫌うと言われているんですって」
「ヒュウッ、いいねえ、お姉さんたち! もっとセクシーに踊ってみせてくれ!」
と、ルルが目をきらきらさせながらポリーの話に耳を傾ける一方で、少し離れたところでは、既に出来上がった様子のヴェンが酒壺を片手に踊り子たちを囃し立てていた。そんなヴェンの傍らには今日も今日とて細身の煙管を吹かしたヌァギクの姿があり、どうやらふたりは向こうで何事か話し合っていたらしい。
(ヌァギクは鰐人たちの中で唯一ハノーク語を話せるからな。もしかするとジェレミーが使った魔術のことを聞き出していたのかもしれん……おれも少し、今後のために話を聞いてくるか)
めでたい宴の席ではあるものの、やはり行方の知れないジェレミーのことは気になる。グニドはこれ以上酒が入ってうやむやになる前にと、ルルをラッティたちに預けて腰を上げた。そうして傍らに置いていた酒の壺を片手に、篝火の間を縫って鰐人たちが酒盛りしている一帯へと足を運ぶ。
するとヌァギクの傍らにはクワトの姿もあり、やってきたグニドに気づくなり、こっちだ、とでも言うように片手を挙げた。
「……来タカ、グニドナトス」
「ウム。オレモ、隣、座ッテイイカ?」
「好キニスルト良イ。……アノ子ハ宴ヲ楽シンデイルカ?」
「ルルノコト、カ? 噫、スッカリ上機嫌ダ」
「ソウカ。其ハ重畳」
と、相変わらず低く嗄れた声で言いながら、ヌァギクは竜人より大きな口の端をニッとわずかに持ち上げた。
が、彼女の視線は依然篝火の明かりの中で踊り狂うラナキラ族の女たちに向けられていて、鰐人族の若者からも手拍子と共に囃し立てる声が上がっている。
「壮観ダナ」
「ソウカン?」
「噫。我ノ命ノアル内ニ、斯様ナ景色ヲ見ラレルトハ思ワナンダ。礼ヲ言ウ、グニドナトス」
「ムウ……? 何故、オレニ礼ヲ言ウ? オマエタチト、同盟スルコト選ンダハ、オレジャナイ。カヌヌダ」
「噫。ナレド、契機ヲ作ッタノハ、ヤハリ汝ダ。汝ガ、クワトヲ負カサナケレバ、此度ノ縁ハ結ワレナカッタコトダロウ」
とヌァギクが感慨深げに言うのを聞いて、そういうものか、とグニドは首を傾げた。カヌヌならきっと自分の仲立ちがなくとも、いずれは鰐人族と和解する姿勢を見せたと思うが、まあ、自分がその実現を早めるのにひと役買えたということなら満更でもない。何しろ今も輪の中で人間と鰐人族に囲まれ笑っているカヌヌは、グニドにも夢を見せてくれた。長年敵対していたとしても、人間と獣人とが互いに歩み寄り、手を取り合うことは決して不可能ではないという壮大な夢を。
「しかしまあ〝雨降って地固まる〟たァこのことだな。たった数日の間に色々起こりすぎだろってくらいなんやかんやあったが、おかげで俺も本国にいい報告ができそうだ。無名諸島の先住民は、思ってたほど排他的で頭の固い連中ではなさそうですってな」
「フン……デ、孰レハ無名諸島モ汝等ノ支配下ニ収ネル、カ?」
「だーかーらー、連合国をイカれ神領国人と同じにすんなって。少なくとも今の宗主──ユニウスの目が黒いうちは、連合国が武力で他国を支配するなんてこたァねえから安心しな。何しろ俺らはユニウスがアビエス連合国を建てるまで、エレツエル人も顔負けの恐怖政治の下で生きてきた。だからこそ力で一方的に押さえつけるのも、押さえつけられるのもごめんなんだよ」
「ダガ、人間ハ忘レル生キ物ダ。汝等ハ其ノ様ニ創ラレタ。故ニ、百年後ノ汝等ヲ見テニヌ事ニハ、ソウ簡単ニハ信ジラレン。汝等ノ国ガ、今ノ我等ニトッテ、手本トナルコトハ認ネルガナ」
言いながらヌァギクは再び煙管を咥え、眠たそうな眼でフウッと煙を吐いた。
そう言えば今日のヌァギクの煙は白く、奇妙なにおいもしてこない。
恐らくは無名諸島において、夜は精霊の時間だからなのだろう。
というのも宴の前にカヌヌが言っていた。
夜とは一日の中で精霊が最も活発になる時間であり、ゆえにいつもは火を嫌い、日没と共に眠る無名諸島の人々も〝弔いの宴〟だけは夜間に執り行うのだと。
何しろ死者の魂とは、既に片足を精霊の世界へ突っ込んだ存在。
ゆえに精霊が力を増す夜の方が生者の声も届きやすい。きっとヌァギクもそれを分かっているから、今夜は敢えてにおいのしない煙を吸っているのだろう。
彼女の吐き出す煙にはどうやら精霊に干渉する力があるようだから。
「時ニ、グニドナトス」
「ジャ?」
「汝等ハモウジキ島ヲ離レ、此奴ノ国ヘト向カウソウダナ」
「噫。ソレガ、ドウカシタカ?」
「実ハ今、此奴ト話シテイタノダガ──汝等ノ旅ニ暫シノ間、クワトヲ連レテ行ッテ欲シイノダ」
「ジャ……!?」
ところがほどなくヌァギクが口にした予想外の提案に、グニドは図らずも仰天した。当のクワトはグニドの驚きぶりを見て話の流れを察したのか、重々しい素振りで頭を下げてくる。
その反応を見る限り、今の話は本人も既に了解しているのだろう。しかし鰐人族の若き長であり、またハノーク語も話せない彼を何故とグニドが困惑していると、酒を壺ごと傾けたヴェンが、若干怪しい呂律でヌァギクの話を引き取った。
「いやあ、それなんだがよ。巫女のバアさんが言うには、今回の件でラナキラ族と鰐人族はガッチリ同盟を組むことになっただろ? けど、ラナキラ側の族長──つまりカヌヌの思想を理解して、本当の意味で支え合うにはクワトはまだ若すぎるっつーか、見聞と経験が足りてねえんだとよ。何しろ四年も外の世界を見てきたカヌヌに比べて、クワトは自分の島のことしか知らねえ井の中の蛙……ならぬ、池の中の鰐だ。バアさんはどうもそこんとこを心配してるらしい」
「ムウ……ダガ、クワトハ、鰐人族ノ長ダ。長ガ居ナクナル……スルト鰐人族、困ラナイカ?」
「まあ、俺も最初はそう言ったんだがよ。バアさん曰く、しばらくは長が不在の方がかえって収まりがいいらしい。お前も薄々気づいてるだろ? ラナキラ族の中にもまだ、鰐人族を素直に歓迎できないやつらがいることはよ」
「ウム……シカシ、ダカラコソ、鰐人族ニモ強イ長、必要。違ウカ?」
「いや。そいつも確かに正論だが、クワトはいささか強すぎるって話でな。だからこいつがしばらく島を留守にすれば、ラナキラ族が鰐人族に向ける警戒も少しは弱まる。バアさんとしてはその間に両者の関係改善に尽力したいってわけだ。ま、話を聞く限りこのバアさんもまだまだ長生きしそうだし、ほんの一、二年くらいならたぶん大丈夫だろって目算でな」
「フム……ソウカ。ダガ、クワトハ大陸ノ言葉、話セナイゾ?」
「ああ。けどそこはホラ、連合国には天下のエルビナ大学があるわけで?」
「ダイガク……?」
「大学ってのはまあ、ひと言で言や、前途有望な若者を集めて知識や学問を教えるところだ。あそこに掛け合えば、セム・スダトルダって言語学の世界的権威の協力を得られる。あのジイさんの手にかかりゃ、未開のワニ公にハノーク語の基礎を叩き込むのもわけないだろ」
「スダトルダ……? ヨヘント、同ジ名前ダ」
「そりゃ、スダトルダ教授はヨヘンの親戚だからな。確か父方の祖父だったか伯父だったか……鼠人族は親類縁者の数が多すぎるんで、詳しくは覚えてねえが」
「ムウ……〝親戚〟ハ、家族ノ家族、ト教ワッタ。ツマリ、ヨヘンノ家族ノ家族、カ……ソイツ、頼ッテ大丈夫カ?」
「あー、まあ、ヨヘンを見て心配してんなら安心しろ。あいつはスダトルダ一族ん中でも変わり者で通ってるからな。少なくとも教授や妹のアルンダは善良なアルビオン市民だよ。親父さんもそこそこデカい商会の会長をやってるくらいだし」
「フム……ソウカ。ヨヘンダケガ、変ナノカ」
「あいつも悪いやつじゃあないんだがねえ。大家族の末弟ともなると、色々と思うところあるんだろうさ。親兄弟が軒並み秀才ともなりゃなおさらな」
〝大家族〟という言葉がグニドにはいまいちピンとこなかったが、要はヨヘンは大きな群の中で一番若いオスだということか、とグニドはそう解釈した。
ヨヘンの誇張でなければ、鼠人族というのは生まれながらに知能が高く、努力家で、誰もが人々から称讃を浴びるような功績を残す種族らしい。だからヨヘンも鼠人族初の冒険家として有名になろうと躍起になっているわけだが、今のヴェンの口振りを聞く限り、彼の家族もやはりみな優秀で、世間の人望もあるのだろう。
そういうことならヨヘンの親戚であるということを差し引いて、信じてみてもいい……のかもしれない。
「デ、ドウダ。今ノ話ヲ聞イテ、汝モ異存ハ無イカ、グニドナトス?」
「ウム……クワトト鰐人族ガ、大丈夫、ト言ウナラ、オレ、反対シナイ。ラッティモ、キット歓迎スルダロウ」
「ソウカ。ソレハ善イ知ラセダ。──クワト。サヌヘャン・ルンガ・カロ・ウォング・ウォング・ヌァウ」
ほどなくヌァギクが鰐人族の言葉でそう声をかけると、クワトはぱっと目を見開き、次いで再び頭を下げた。が、グニドにはそんなクワトの反応が、何だか喜んでいるみたいに見える。まるで言葉も通じず、見たことも聞いたこともないような場所へたったひとりで旅立つというのに、彼には不安や恐怖はないのだろうか。
いや──あるいはクワトも心のどこかで、ずっと島を出ることを望んでいた?
自分よりも強く、賢く、まだ見ぬ世界へ導いてくれる者を求めて。
「デハ、グニドナトス。今夜、隊商ノ長ニモ話ヲシテクレ。答エハ明日、我等ノ島デ改ネテ聞コウ」
「ワカッタ。ダガ、クワトガ旅ニ出ルコト、カヌヌハ知ッテイルカ?」
「噫。宴ノ前ニ、少シ話シタ。ラナキラノ若キ長ハ、汝等ト共ニ行クノナラ、最高ノ旅ガ出来ルダロウ、ト、笑ッテイタゾ」
「……ソウカ。イカニモ、カヌヌガ言イソウダ」
「此ヌォ、全テハ無名諸島ノ平和ノ為ダ。ソシテ、我等人類ノ未来ヲ護ル為ノ布石デヌォアル」
「未来ヲ……護ル?」
「噫。特ニ、グニドナトス。汝ト、ルルアムスニハ、此カラ更ナル試練ガ襲イ掛カルダロウ。故ニ、クワトヲ傍ニ置ケ。此奴ヌォ又、精霊ノ加護厚キ者。共ニ行ケワ、汝等ノ助ケニ成ル筈ダ。神々ノ手先ハ未ダ、アノ子ヲ諦ネテハイナイカラナ」
と、刹那、ヌァギクが紡いだ言葉にグニドははっと眼を見開いた。
〝ガドゥンガ〟というのは恐らく鰐人族の言葉だが、きっと人間が〝神〟と呼ぶものたちを指しているのだろうと、何となく察することができる。
──神々の手先はまだ、あの子を諦めてはいない。
つまりこの先もジェレミーのような連中がグニドたちの行く手に現れ、ルルを連れ去ろうとするということか。
ヌァギクの予言はよく当たる。だからこそグニドは彼女に全幅の信頼を置き、今ここで訊いておかなければならないと思った。ゆえに、腹を決めて口を開く。
「ヌァギク」
「……ヌ?」
「教エテクレ。ニンゲンガ〝神〟ト呼ブアレハ、地上ニ〝ラクエン〟創ル。ジェレミーガ、ソウ言ッテイタ、ト、ルルカラ聞イタ。ヤツノ話ハ、本当カ?」
グニドがそう尋ねると、ヌァギクは笑った。やはり竜人より大きな口の端をわずかに上げて、瞳孔が縦に割けた黄金の瞳を意味深に細めながら。
「噫。本当サ」
そうしていよいよ酣な宴の歓声を浴びながら、ヌァギクは再び、まばゆい篝火の中を飛び交うウリウリの音色に目を向けた。
「但シ、其処ニ人類ノ居場所ハ無イ。何故ナラ神々ノ楽園ハ、神々ノ為ダケニ存在スルノダカラ」