【9】彼に告白というよりプロポーズします
人の勢いって怖い。
気がついたらわたしは、ヴィルトに乗せられてトールにあげる指輪を買っていた。
「ヤイチさんから習ったニホンの格言に、こういう言葉がある。押して駄目なら押し倒せってな。つまり勢いで行けばどうにかなるってことだ。つまり、お前も押し倒すくらいの勢いで行けばいい」
そんな激励までヴィルトから貰ったものの、そんな格言知らなかったし、どうにもわたしはタイミングをつかめずにいた。
冷静になって考えてみれば、告白飛び越えてこれってプロポーズなんじゃないだろうか。
色々過程をすっとばしている気がしてならない。
しかも女で、年下からってどうなんだろう。
――ちゃんとわたしの気持ちを伝えて、向き合わなきゃ。
色々思うところはあったけれど、わたしはもうそう決めていた。
覚悟を決めて、工房で一人作業をしているトールの元へと向かった。
「トールちょっといい?」
「大丈夫よ休もうと思ってたところだから。何かお話でもあるの?」
作業の手をとめて、トールが首を傾げる。
後ろ手に隠した指輪が、汗で滑って落ちないかと心配になる。
どくどくと心臓が耳元でなっているようにうるさかった。
「こ、これっ!」
本当は色々前置きしてから渡すつもりだったのに、トールを目の前にしたら全てふっとんで、指輪を差し出す。
「あたしにプレゼント? 今日誕生日じゃないわよ?」
「知ってる。あのねトール。わたし、トールが好きなの」
まっすぐ見つめて言えば、トールはぱちくりと瞬きをして固まる。
「トールが好き、大好き! 元の世界になんて帰らなくていい。ずっとトールの側にいたいの。そんな風に見られてないってことも、わたしじゃトールにつりあわないことも、子供だってこともわかってる。でも、大好きなの!」
言いたいことを、いっきに吐き出す。
口から出た言葉が、自分の耳を通って熱になって体を巡るかのようだった。
ようやく言えたという達成感よりも、とうとう言ってしまったという気持ちの方が強くて、沈黙がこんなに辛いなんて初めて知った。
「……ごめんなさい。アカネの気持ちに、あたしは答えることができないわ」
小さく呟かれた言葉に、予想はしていたはずなのに胸が痛んだ。
ゆっくりとトールが床に膝を立てて、わたしを見る。
悲しそうな、何かに耐えている顔で。
「あたしのせいよね、ごめんね」
そういって、トールはいつの間にか滲んでいたわたしの涙を指で掬った。
「本当はもっと早く、アカネを元の世界に戻すべきだった。わかってたのに、手放せなくて、だからこんなことになったのよね。あなたに辛い思いをさせたくはなかったのに」
優しい声でそういうトールは、まるで自分を責めているように見えた。
「わたし、あの部屋に戻りたくない。トールの側がいい!」
しゃくりあげながらも主張すれば、駄目よとトールは首を横に振った。
「あたしは元の世界に帰らなきゃいけないから、アカネとずっと一緒にはいられないのよ。それに、もうアカネは一人で生きていける。体は小さくても大人ですもの」
「いやです! トールと離れるくらいなら、ずっと子供のままでいいです。トールを好きだなんて言わないから、側に置いてください!」
すがりつけばトールは、それをさけるように立ち上がる。
「……ずっと子供のままでいいなんて、そんなわけがないだろ」
押し殺すような低い声。
見上げればトールは、怖い顔をしていた。
「俺は、アカネに誰よりも幸せになってほしいんだ! こういうウェディングドレスを着て、旦那さんを持って、子供に恵まれて。たとえどこか遠くで、一生会えなくたって、アカネが幸せならそれでいい!」
急に男の声で怒鳴られて、きゅっと身が縮む。
トールの握りこまれた手は爪が食い込んで白くなっていた。
「だから、そうやってわがまま言って困らせるな。ヴィルトとミサキの結婚式が終わったら、アカネを元の世界に帰すつもりでいるから」
そう宣言して、トールは部屋を出て行ってしまって。
残されたわたしは、痛すぎる失恋に声を上げて泣いた。
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トールに振られて、わたしはしばらく泣いて部屋に籠もった。
もうトールといれる時間は四ヶ月しかないんだと思うと、よけいに泣けてきた。
ヴィルトのように、断られてもなお好きだと告白するための力は、わたしにはなくて。
かなりヴィルトって凄かったんだなと、心の底から尊敬した。
けど一週間も経ったら、泣いてるのも馬鹿らしく思えてくる。
あと四ヶ月しかないなら、こんなことをしてる場合じゃないと気づく。
どうせ帰ることになるのなら、何をしたっていいじゃないかと、そんな風に思えるようになった。
一週間ぶりに部屋から出てきたわたしに、トールは心配そうな目を寄越したけれど、声はかけてこなかった。
こんなボロボロな姿じゃ、何と声をかけていいのかわからないんだろう。
顔を洗って、身なりを整えて、ご飯を食べて。
「あのね、わたしはやっぱりトールが大好き」
それから気合を入れて声をかけたら、ぎょっとした顔でトールがわたしを見る。
「トールもわたしが大好きって言ってくれるまで、トールを口説くつもりだから覚悟してて!」
ぐっと腕をつっぱって、叫ぶように言って逃げる。
何て恥ずかしいことを言ってしまったんだと思う。
けど、後悔はしてなかった。
店の外に出て、特に意味もなく街を走りながら、ちゃんと言えたよとヴィルトに心の中で呟いた。
「今日もトールの料理は美味しいです。わたし、こういう料理ができるお婿さんが理想です」
「……そうありがと。でも、女はちゃんと料理できたほうがいいわよ」
「トールの好みがそういう人なら、わたし努力します!」
頭が痛いというように額を押さえながらも、トールはちゃんと相手はしてくれる。
好きという気持ちは、一度出してしまうのに慣れてしまうと後は楽だった。
トールの働いている横顔が好きだとか、寝てるときにそっと毛布をかけてくれることが嬉しいとか。
トールの大好きなところを全部教えていくように、小さな好意も大きな好意も関係なく、全部口にする。
そうやっているうちに、トールも少し諦めてくれたのか、固かった態度が緩くなってきた。
「わたしとデートに行きませんか?」
「誘うからには、あたしをばっちり楽しませてくれるのよね?」
この状況を楽しもうと、トールは思ってくれたようだった。
「もちろんです。まかせておいてください!」
そう答えたわたしに、トールは笑顔を返してくれた。
★7/27 年表作成による微妙な時間修正を行ないました。ヴィルトの結婚式までの時間を「二ヶ月」→「四ヶ月」に変更しました。