【6】同士に出会いました
「ミサキはヴィルト様のことが好きなんだけど、でも素直じゃないから認めないのよ。ヴィルトにはもっとふさわしい相手がいる、いつか自分は元の世界に帰るからって、求婚を拒んでるの」
春も近づいてきた頃。
わたしはヘレンと喫茶店でお茶をしていた。
ヘレンが話してくれているのは、前にメイドとして働いていたお屋敷の人たちのことだ。
メイドとしてヘレンが働いていたお屋敷には、ヴィルトという坊ちゃんがいるのだけれど、彼はミサキという女の子が好きらしい。
ミサキはお屋敷でメイド長をしているトキビトの女の子で、ヴィルトに求婚されているとの事だった。
どうやったらヴィルトが諦めてくれるのかと、ミサキは手紙で相談してくるらしい。
その一方で、ミサキと仲のよかったヘレンには、ヴィルトからも手紙が届く。
そっちは、どうやったらミサキが結婚を了承してくれるかという相談だ。
双方から相談を受けているヘレンは、さっさとくっつけばいいのにと心から思っているようだった。
色恋の話は楽しい。
こういう事に興味はあるけれど、この見た目のせいか、なかなかそういう話も自分がその話題の中心になることもなかった。
他のトキビトと付き合いがあるせいか、ヘレンはわたしを見た目ではなく中身の年齢で扱ってくれるところがある。
「そんなミサキがね、とうとうヴィルト様に結婚の約束をしたそうなのよ。王の騎士になったら結婚するって言ったらしいわ」
「ヴィルトくん、よかったじゃないですか!」
ヘレンからよく話を聞くうちに、わたしは会ったことのないヴィルトに肩入れしてしまっていた。
自分のことを子供としかみてくれない相手に、恋をしてしまっている。
しかも相手はトキビトというところまでわたしと似ていた。歳も十五歳でわたしと近いから、なおさら親近感が湧く。
「ヴィルト様はアカネみたいに純粋に喜んでるけど、それって絶対無理だと思ってミサキは条件をふっかけてると思うのよね」
思うところがあるらしいヘレンは、うーんと唸る。
王の騎士というと、ヤイチさんと同じじゃなかっただろうか。
確かなるのが凄く難しいのだと、前にトールから聞いたことがあった。
「ヴィルトくん、ちゃんと王の騎士になれるかな」
「たぶんヴィルト様ならやっちゃうんじゃないかしら」
なってほしいなという願いをこめて口にしたら、ヘレンは意外にもそんなことを言った。
「ヴィルト様って、ミサキの事となると凄いから。なんだってできちゃうような気がするのよね。もし王の騎士になってもミサキが拒んだら、とりあえず押し倒せって助言しといたわ」
「だ、大胆ですね」
過激なヘレンの発言に、ひゃーと頬を押さえて呟く。
「ミサキはちゃんとヴィルト様が好きだからいいのよ。アカネもトールが好きなら、押し倒した方がいいと思うわよ。あれ全然あんたの気持ちに気づいてないから」
「押し倒したいのはやまやまなんですけど、色んな意味で無理です」
「……そうね、物理的に無理かもね」
非力なわたしでは押してもトールは倒れない。
構って欲しいの? とばかりに抱き上げられて終了する未来が見えた。
「そもそもさ、トールの事いつから好きなの?」
「……気づいたらいつの間にか、好きになってたんです。しいていうなら最初からかなって」
ヘレンの問いに、白状するように答える。
女口調で、いつだってお洒落で。
社交的で明るくて、聞き上手で。
甘いものが好きで、可愛いものに目がなくて。
そうかと思えば時々妙に男らしくて格好いい時がある。
わたしには甘いけれど、駄目なことをしたときはちゃんと叱ってくれる。
全部ひっくるめて、わたしはトールが好きだ。
さかのぼって考えたところで、どの瞬間から好きだったとかわからない。
今までの思いが積もりに積もって、ようやく気づいたのが最近だというだけだ。
「ヴィルト様と同じってことね。今度の結婚式、ヴィルト様もくるから、色々話してみたら? 同じ悩みを持つもの同士、何か道が開けるかもよ」
ヘレンはそんな事を言って笑った。
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ヘレンの結婚式の日。
友人として招待されていたわたしは、式場となる教会の敷地内をうろうろしていた。
トールは手伝いがあるからと朝早くに出かけてしまっていたので、ちょっと暇だった。
「おいそこの小さいの」
失礼な声のかけ方をされて振り返る。
そこにはやんちゃそうな少年が立っていた。
歳はわたしと同じ十四か十五歳といったところだろうか。
目鼻立ちのはっきりとした、意思の強そうな子だった。
「お前、もしかしてヘレンの言ってたトキビトのアカネか? 俺はヴィルトって言うんだ」
どうやら彼が、ヘレンの話していたヴィルトのようだった。
彼もヘレンからわたしの話を聞いているようで、少し話さないかと言われ、花壇の縁に座る。
わたしは、ヴィルトとすぐに意気投合した。
「こっちがこんなにアピールしてるっていうのに、子供だからって全く相手にしてくれないんだよな」
「わかります!」
同意して身を乗り出せば、同時にヴィルトもわかってくれるかという目でわたしを見てくる。
お互い子供扱いしかしてくれない相手に恋をしている共通点があるからか、初対面だというのにヴィルトとはすっかり打ち解けていた。
「あと、一緒に寝てくれたりするのは嬉しいんですけど、こっちのこと意識しなさすぎって、不満に思っちゃうんですよね」
「あー、それもわかる。横ですやすや寝られると、キスしてやろうかとか考えちゃうよな」
「よかった、こんなこと考えてたのわたしだけかと思ってました。みんな考えることなんですね!」
ちょっと自分って変態なのかなとか思ったりしてたので、同士がいて安心する。
こんなに気持ちを分かち合える相手は初めてだった。
「お風呂とかも一緒に入るんですけど、トールなんて普通にレディであるわたしの体を洗うんですよ? 平気な顔で。酷くありません?」
「こっちも酷いもんだぜ。指輪プレゼントしたのに、受け取ってさえもらえなかったんだからな」
お互いに顔を見合わせ溜息をつく。
苦労しているもの同士、通じ合うものが確かにそこにあった。
「あっでもヘレンから聞きましたよ。とうとうミサキさんが、結婚をオッケーしてくれたんですよね」
「そうなんだよ。王の騎士になったら、結婚してくれるってさ」
わたしの言葉に、ヴィルトは幸せそうに笑った。
「ミサキに否定されても、ずっと好きだって言い続けてたからな。きっと気持ちが通じたんだ」
真っ直ぐなヴィルトの笑顔が眩しい。
わたしは、そうやってトールに正面からぶつかったことはなかった。
恋愛の『好き』をトールに気づいてほしくて、でも気づかれたら怖くて、隠してきたようなところがある。
ヴィルトには迷いがない。
きっと彼なら、王の騎士だろうがなんだろうがなって見せるんだろう。
そう思わせる雰囲気があって。
ミサキのために一生懸命になれる彼が、とても輝いて見えた。
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式は順調に進んで。
ウエディングドレスを着たヘレンはとても綺麗だった。
「いいわよねぇ。自分でデザインしたウエディングドレスで結婚式とか憧れちゃう」
あんな風にわたしもトールとなんて事を考えていたら、トールがそんな事を言った。
「トールもウエディングドレス着たいの?」
「やだ違うわよ。あたし可愛い服は好きだけど、自分で着たいわけじゃないもの。ただ、いいなぁって思っただけ」
トールが肩車をしてくれてるので、その表情は見えなかったけれど、くすりと笑ったのがわかった。
「あたし、本当は着るならシンプルなものが好きなのよ? あたしの店って、女の人向けの可愛いものが多いでしょ? 商品のアピールもあって、いつもこういう格好してるだけなのよ」
トールの服はいつもフリルとかが付いてはいるものの、男の人でも女の人でも着れるようなデザインになっていた。
てっきりトールが女物の服が大好きで、自分でも本当は着たいのではないかと思いこんでいたので、意外に思う。
「トールは、結婚したい?」
「もちろんいつかはね。自分がデザインしたウエディングドレスを相手に着てもらうって、すごく夢があると思わない? まぁ、それは現実では無理なんだけどね」
わたしの質問に、トールはそんな事を言う。
「なんで無理なの?」
「だってあたし、元の世界ではウェディングドレスを作りたいなんていうキャラじゃないもの。あっちに戻ったら、もう裁縫はしないしね」
最初からそう決めているというように、トールはきっぱりと口にした。
「トールは……いつか元の世界に戻っちゃうの?」
「そうよ。あたしは帰らなきゃいけないから。でも、そんな不安そうな声出さなくても、アカネが帰る日までは側にいるわよ」
安心させるように、わたしの手をトールはぎゅっと握ってくれる。
けど、この幸せな日々が期間限定だと宣言されてしまって、胸が苦しくてどうしようもなかった。
肩車してるトールに、自分の表情が見られなくてよかったと思う。
「あっ、そろそろブーケ投げるみたいよ。しっかりキャッチしなさい!」
トールの声で前の方を見れば、ヘレンが階段の上の方で後ろを向いて立っていた。
前の方へとトールが進んで行ったけれど、勢いよく投げられたブーケは、後方へと飛んでいく。
うまくそれをキャッチしたのは、黒髪の女の子。
取るつもりはなかったのか、目をぱちくりとさせていた。
「やったじゃん、ミサキ! 次は俺たちの番だな!」
「ちょっとヴィルト、離れなさいっ!」
嬉しそうなヴィルトが、女の子に抱きついていた。
きっとあの女の子がミサキなんだろう。
ヴィルトを子ども扱いしていると聞いていたから、もっと大人な女の人を想像していたのだけれど、歳もヴィルトと二・三歳くらいしか変わらないように見えた。
「大体、まだヴィルトと結婚するって決まったわけじゃないし。私結婚するなら、王の騎士って決めてるの」
「わかってるって。ちゃんと王の騎士になって、ミサキを迎えに行くからな!」
「ちょっと抱き上げようとしないでよ!」
ヴィルトに対してツンとした態度を取っているミサキなのだけれど、まんざらでもなさそうだと思う。
ベタベタしてくるヴィルトを嫌がりながら、完全には拒絶していないし、ふたりの間には他の人が入っていけない雰囲気があって。
うらやましいなぁと思ってしまった。
ヴィルトは前作「育てた騎士に求婚されています」の、主人公の相手役の子です。