【2】背伸びしたいお年頃
「トールの好きなタイプってどんな人だ?」
ある日いきなりヴィルトがそんなことを尋ねてきた。
「何よいきなり」
「いいから教えて欲しい」
真剣な瞳で問われて、少し考える。
「何事にも真っ直ぐで、夢に向かって一生懸命な子かしら。いつもニコニコしてて、いるだけで周りを明るくするような、そんな雰囲気の子が好みね」
頭に思い浮かんだのは、元の世界で出会ったショップ店員の女の子。
遠藤という名札をつけた彼女の顔を、不思議なことに何十年経った今でも思い出すことができた。
懐かしいなと思う。
今のあたしをあの子が見たら、きっと喜んでくれるだろう。
なんとなくそんなことを考えて、自然と笑みがこぼれた。
「なるほどな。見た目は? どんなのが好みなんだ?」
「なんであたしの好みを聞きたがるの?」
「いいだろ、別に。ほら教えてくれよ」
あたしの好みなんて調べてどうするつもりなんだろう。
黙っていたら、質問をするからどちらか選んで答えて欲しいといわれた。
それくらいならいいかと頷く。
「黒髪と金髪ならどっちがいい?」
「断然黒髪ね。艶やかな黒髪って憧れるのよ。それと、あたしニホン人の顔だちが好きだから」
「そうか、いい事を聞いた」
ヴィルトが嬉しそうにメモを取る。
「年下と年上、どっちが好みだ?」
「そうね……今まで付き合った子は年上が多いかしら。あたし周りが大人ばかりだったから、年上と気が合うのよね」
なるほどと頷くヴィルトの顔は、少し渋くなる。
「美人なタイプと可愛いタイプ、どっちが好みだ?」
「うーん、可愛いタイプかしら。しっかりしてるようで、意外と抜けてるとかそういうところがあるとドキッときたりするわ」
あの店員の事を思い出す。
客に対してしっかりした対応をするくせに、どこか抜けていて。
ハローウィンの日にあたしにとくれたカボチャのマフィンには、砂糖と間違えて塩が大量に入っていた。
後日作り直してくれたマフィンは美味しくて。
食わず嫌いという奴でカボチャが好きではなかったのだけれど、それ以来カボチャはあたしの好物になった。
美味しそうに食べるあたしに、次はもっと美味しいお菓子を作ってきますね、なんて彼女は笑って。
もう会わないと決めていたから、あたしは話をはぐらかした。
あの子は今どうしてるだろうと思う。
どうしてるも何も元の世界の時は進んでなくて、あたしがこの世界に来た日のままなのに。
――会いたいな、なんてそんなことを思う。
「黒髪で年上で、可愛いタイプ。つねに笑顔で、いるだけで周りを明るくするような人か。結構具体的だな……もしかして元の世界に恋人でもいたりするのか?」
「いないわよそんな人。ねぇ一体なんなの?」
聞かれたからあの店員を思い浮かべて答えただけだ。
ヴィルトはあたしの問いには答えずに、参考になったとお礼を言って店を出て行った。
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「アカネ……それは、どうしたの?」
ぶかぶかの赤いドレスに、オバケかとおもうような厚化粧。
それでいてあたしの反応を窺うように、友人のヴィルトと一緒にじっとあたしを見ている。
世代じゃないから見ていないけれど、昔あったというアニメのオバケのなんちゃら太郎にも見えなくない。
「ど、どうですかトール。ぐっときますか?」
――ぐっと? 何がぐっとくるか聞いてるんだアカネは?
何十年も使ってきて、馴染んだオネェ言葉が脳内で飛ぶくらいには混乱する。
何か言葉を求められているみたいだけれど、よくわからない。
アカネの表情は化粧が濃すぎて読み取れないので、ヴィルトの方に目を向ければ、不安七割に期待三割というような顔をしていた。
「アカネがおめかししてるんだ、何かあるだろ。男として」
「おめかし?」
言われてもう一度視線をアカネに向ける。
このオバケスタイルは、おめかしのつもりだったらしい。
服はアカネに合ってなくてけばけばしいし、そもそもフィットしてない。
化粧で表情もわかりづらい。口角が上がるように塗られた紅は、不気味ですらある。
ヘアスタイルもただリボンをつければいいってものじゃないと思う。
指摘しようと思えば山ほどあったけれど。
なんとなくヴィルトの言葉から、求められているものは察した。
可愛いとか綺麗だとか言ってもらいたいんだろう。
背伸びしたくなる年頃というやつだ。
アカネもあたしと同じトキビトで歳は取らない。
見た目はずっと七歳のままだけれど、実際の年齢は十五歳だ。
もう、恋の一つや二つする年頃だった。
今までアカネの周りには大人しかいなくて、同じ歳の子供と関わることはなかったのだけれど。
一年ほどまえに、アカネに初めての同年代の友達ができた。
名前はヴィルト。アカネより一つ年上の男の子で二人は気があうらしく、毎日のようにこそこそと何か企んで楽しそうだ。
「ふふっ、いつもと違うから少し驚いちゃった。素敵ね」
「ほ、本当ですかトール!」
言えばアカネが驚いた声で口にして、ヴィルトがやったなとアカネに笑いかける。
「えぇもちろんよ。でもここをこうしたらもっと魅力的になるわよ?」
アカネの服を仮止め用のピンで何箇所か摘む。
薄いストールを羽織らせてコサージュをつけ、ストールでだぼだぼとした部分を隠す。
裾をピンであげることで、着られている感が大分なくなった。
「確かにそっちの方がいいな」
「さすがトールです!」
ヴィルトが頷き、アカネがキラキラとした目で見つめてくる。
そうやって褒められると、ちょっと気分がいい。
「アカネは肌が綺麗だから、こんなに濃い化粧をするのは勿体無いわ。素材を生かさなきゃ。そもそも下地はちゃんと塗ったのかしら?」
「下地?」
あたしの言葉にアカネが首を傾げる。
下地も塗らずに、直接ファンデーションを肌に塗ったらしい。
こういうことは、お母さんが女の子に教えるものなのかしらと思って、違うわねと自分で否定する。
――どっちかというと、化粧ってその時期になったら自然と周りがやりだすから、皆自分で身につけていくって感じよね。
でもアカネの周りに同年代の女の子はいない。
学校に通わせれば、他の子供達と遊んだりすることもあったのだろうけれど。
あたしはあえて、それをさせてなかった。
アカネはこの世界の人間じゃない。
いつか、元の世界に帰す。
この世界に慣れすぎないように。
愛着が沸きすぎて帰れなくなることのないように。
将来のために、ニホンの事を教えて。
あたしは、そうやってアカネを育ててきたのだ。
「ちょっとじっとしててね」
濃すぎる化粧は落とし、下地を塗ってあげる。
本当は何もしなくてもいいと思うのだけれど。
化粧をしたいという気持ちがあるようだから、それは尊重してあげなければいけない。
だから、口紅とアイラインだけ教える。
簡単なヘアアレンジもしてあげれば、できあがりだ。
「凄いなアカネ、見違えたぞ!」
「えへへ」
ヴィルトの手放しの褒め言葉に、嬉しそうにアカネが笑う。
それを見てると、ほんわかとした。
「ほら折角のおめかしなんだから、見せびらかしてきなさい? 見せたい人がいるんでしょう?」
言えばアカネがはっとした顔になり、ヴィルトと顔を見合わせた。
まるで当初の目的を忘れていたというような顔だ。
「あたしは今から仕事に戻るわね。二人とも、仲良く遊ぶのよ?」
「えっ、あっ……ちょっとトール」
しゃがんでいた体勢から立ち上がれば、うろたえた声をアカネが出して呼び止めてきた。
「何かしら?」
「わたし、トールから見てどうですか? 少しは……大人っぽくみえますか?」
振り返れば、どうしてかちょっと情けない顔でアカネが尋ねてくる。
そんなこと聞かなくたって、答えは決まっているのに。
「もちろん世界で一番可愛いわ! だから堂々としていなさい!」
にっこりと笑って請合えば。
ありがとうございますと、何故か脱力したようにアカネは微笑んだ。