【1】あたしの宝物
★活動報告内で予告していた「R15&お月様企画」のものになります。
トール視点のお話で、ほぼ続編のような感じとなっております。
R15部分に辿りつくまでが相当長いです。すいません。
「トール、大好きです!」
あたしのアカネはいつだって可愛い。
腕に収まる七歳の小さな体は、艶のある黒髪、桃色の唇。
何よりあたしを好きでたまらないというような、子犬みたいな黒いつぶらな瞳が愛おしい。
「あたしも大好きよ、アカネ!」
だからいつもアカネが好きをくれたら、好きを全力で返して抱きしめる。
あたしの大好きなアカネに、この気持ちが伝わるように。
いつか必ずくる、別れの日に。
アカネがあたしの元を離れても。
あたしのことを――俺を覚えていてくれるように。
いつだってたっぷりの愛情を注ぐのだ。
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元々あたしはこの世界の人間じゃない。
ニホンという国から、この異世界の異国へとやってきた。
知らない場所、知らない土地。
あたしの知識で言えば、ヨーロッパの国に似ていた。
文明は中世あたりかと思えば、一部の文化はとても進んでいたりして、少しちぐはぐな場所。
乗り物と言えば馬車だけれど、自転車もそれなりに走っている。
トイレやお風呂まわりが妙に充実していて、食べ物は豊富で日本食も存在していた。
この世界というか、この国の王都……あたしが住んでいる場所には、特に異世界人が多い。
この国は、異世界からやってきた人たちを『トキビト』と呼んで、手厚く保護していた。
トキビトは皆ニホン人で、元いた時代はそれぞれ違う。
全員が全員、チューリップのような帽子を被った怪しい男から懐中時計を貰って、この世界へと足を踏み入れていた。
あたしもそんなトキビトの一人で。
四十年ほど前にこの世界にやってきた。
あたしときたら、小さい頃から男のくせに、可愛い小物や洋服が大好きで。
年の離れた姉たちに、服を作ったり化粧をしてあげては喜ばれることに幸せを感じていた。
けれどあたしは家の後継ぎで、ようやく生まれた待望の男の子。
父親の期待もあったし、それらはあたしにとって必要のないものだった。
だから外ではその趣味を隠して、父親が昔からやっていた剣道に精を出して。
本当はあまり興味がなかったけれど、それでもわりといい成績を残していた。
望まれるように男らしくならなくては。
自分に宛がわれた役割を、あたしはちゃんとわかっていた。
家族の事は大好きだったし、父親も尊敬していた。
その期待を裏切ることはしたくなくて。
だから、せめて外では男らしくする努力をした。
男らしいなと思う、同じ剣道道場の子のマネをして振舞って。
家族以外で、唯一私の事情を知る幼馴染のタカに相談すれば、他に夢中になれることがあればいいんじゃないか言われた。
――女の子と付き合えば、自然と男らしくなると思うぞ?
無駄に女の子にモテる幼馴染のタカにそう言われて、一理あるかもしれないと思った。
言われるまま、女の子と付き合ったりもしたけれど。
結局、彼女達の髪をいじりたくなったり、化粧をしてあげたくなったり……最終的にボロが出て振られた。
こんな人だとは思ってなかった。
大体の子がそう言った。
男らしく振舞う外の『俺』はよくても、可愛いものが大好きな『あたし』は……受け入れてはもらえなかった。
それもしかたないことで。
外だけどんなに繕っても、中身がこれじゃ駄目だった。
『あたし』はいずれ、捨てなくちゃならない部分だ。
大きな会社の跡継ぎである『芳野透』にとって、それは邪魔でしかなかった。
このままじゃ駄目だと大学に入ったのを機に、ハサミもミシンも封印して。
あたしは、『あたし』を切り捨てた。
お気に入りのショップへ行く事もやめた。
でも、女の子を見ればその服や化粧を見てしまうし、ファッション雑誌もつい買ってしまいそうになる。
堪えれば堪えるほどに、欲求は溜まるようで。
どんどんと苦しくなって、押しつぶされそうだった。
そんなある日。
同じ経済学部の後輩で、私が男らしさの参考にしている剣道道場の男の子に頼まれて、一緒に服を買いに行く事になった。
彼は服を選ぶと、必ず黒ばかり買ってしまうらしい。
タカが同じバンドサークルの先輩だったらしく、あたしを紹介されたようだった。
硬派で礼儀正しい彼を見てると、自分はこうはなれないなと思った。
やっぱりどうしても比べてしまう。
キリリとした凛々しい顔つきに、服の下にはしっかりとした筋肉。
すっと通った鼻筋に、精悍ともいえる顔立ち。
いつだって背筋が伸びていて、必要なこと以外はあまり話さない。
それがまた寡黙で、男らしいと思えた。
きっと彼が黙って考えているのは、あの女の子の靴可愛いなとか、あの靴なら上は抑え目の色がいいなとか、そういう事では一切ないんだろう。
そもそも彼は服に興味がなさそうだった。
だからこそ、自分では選びきれなくてあたしを頼ったのだ。
対してあたしは少し女顔で、母譲りのこの顔は整っている分、黙っていると冷たく見える。
寡黙で格好いい……なんて評価には絶対にならない。
大抵があの人、男なのに美人ねとかそんな感じだ。
背は高いけれど筋肉はあまりつかなくて。
せめて外見だけでもと思うのに、男らしさが圧倒的に足りなかった。
自己嫌悪に陥りながら、彼を服屋の多いテナントビルへと案内して。
そこでいくつか見繕ってあげて、その場で別れた。
蝶が花に誘われるように、そのままあたしは自然に可愛い服屋に吸い寄せられて。
駄目だとかそんな事を思う前に、気付けばつい手にとって見ていた。
完全な無意識だった。
「よければカタログだけでもどうぞ。お姉さんへのプレゼントとかでも、全然構わないので。自慢の商品ばかりなんですよ!」
遠藤という名札をつけた女性の店員に、カタログを手渡されてそれを受け取って。
駄目だと思うのに、ついその店に通うようになった。
「いらっしゃいませ!」
あたしが来ると、いつも遠藤さんは嬉しそうな顔をする。
そうあたしと歳の変わらない彼女は、くりくりとした瞳が可愛い、肩までの艶やかな髪をした女の子で。
子犬のような雰囲気と、キラキラした表情から目が離せなかった。
気付けば仲良くなって。
休憩時間なので、一緒にお昼食べませんかとか誘われたりすることもあった。
ただの店員と客なのにとか思いながらも、その時間はとても楽しかった。
彼女が話す内容は、いつも服の事。
とっても彼女は服が好きみたいだった。
「いつか大切な人に私の作った服を着てもらって。よくできたわね、素敵だわって、褒めてもらうのが夢なんです!」
「ふーん、そうなんだ」
彼女はいつも生き生きと夢を語る。
そっけないふりをして聞きながら、それがとてもうらやましかった。
そうやって真っ直ぐに、夢を追いかけられたらどんなにいいだろう。
願うことが許されてない願い。
すでにあたしのレールは、生まれた時から決まっていた。
「芳野さんの夢はなんですか?」
何かを期待するような瞳。
彼女は、あたしのことを服が大好きな同志だと思い込んでいるところがあった。
「父さんの会社をついで、今以上に大きくすること」
幼い頃から刷り込まれた、あたしの夢。
夢というよりは義務に近いそれを口にすれば、彼女は残念そうな顔になる。
「……そうなんですか。素敵な夢ですね!」
彼女は、表情を隠すように笑ってそう言ったけれど。
本心ではないと見抜かれている気がした。
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大学院が残り一年になった冬。
あと一年後には、父の会社に入社する。
それからあたしは経験をつんで、いつかは会社を継ぐ。
最初から決まっていた事で、服なんかに現を抜かしている暇はない。
だからあたしは、服屋に行くのをやめた。
今度こそはと思った。
あぁ、でも。
本当にこの気持ちを諦められるのだろうか。
こんなにも、求めているのに。
男が可愛いものを好きで何が悪いんだろう。
好きなものを好きと言えて、遠藤さんのように生きられたら。
でも、素直に生きたところで。
誰も――こんな男らしくない俺を受け入れてはくれないんだろう。
ずっとこの気持ちを押し殺して、これからも生きていくしかないんだろうか。
そんな事を思っていたら、目の前に変な帽子を被った男が立っていた。
深く被った帽子で顔は見えなくて。
あたしとそう歳が変わらない男は、すっと懐中時計を差し出してきた。
「君の望むものと巡りあえる世界へ、連れて行ってあげよう」
異世界へ行かないかと男は誘ってきた。
その世界なら自由に服が作れる。こちらでのあたしの時は止まっているから、好きなときに戻ってくることができるし、老いることもない。望むなら時計を受け取れと男は言った。
何故かあたしの事情を、男は全て知っていて。
不気味だと思いながらも、惹かれるものがあった。
あたしは結局男から、その時計を受け取った。
半信半疑ではあったのだけれど、次の瞬間には本当に異世界にいた。
異世界人への待遇がいいこの国で、あたしは自分好みの服を作ることにした。
とりあえずは服屋に弟子入りして、ノウハウを学んで。
その後すぐに独立して自分の店を建てた。
最初は人が来なかったし、来ても声をかけようとすれば、すぐにどこかへ行ってしまう。
こんな可愛い服ばかり置いているのに、店主が男だから入り辛いようだった。
それに、あたし自身コミュニケーションが苦手だった。
でもあの店員を思い出し真似をして。
愛想よく振舞うようにしてからは、お客が来るようになった。
ただ、今度はあたし目当ての客が増えてきて。
そんなのは望んでなくて困っていたら、この口調にすることを思いついた。
オネェのように振舞えば、女性客は安心感があるのか警戒しなくなった。
それでいて、好意もうまく交わすことができて一石二鳥だった。
いつかは元の世界に帰る。
これはあたしに与えられた、夢を叶えて諦めるための期間。
だから、ここで特別な人をつくる気は一切無かった。
十年二十年も経てば店は軌道に乗って、王都で一位二位を争う人気店になった。
弟子もいっぱいできて、あたしの元から旅立って行った。
もう夢は十分に堪能していた。
だから、そろそろ元の世界へ帰らなきゃいけなかった。
夢を求めた日々は楽しかったし、もう十分なはずだった。
なのに――何か心残りがある気がして。
あたしは、帰る決心が付かずにいた。
そんな冬のある夜。
看板を下げようとしたら、雪が降ってきた。
あした積もるかなと思いながら空を見上げれば。
雪ではない大きな塊が、こちらへゆっくりと降って来た。
「えっ!?」
それは子供に見えた。
とっさに腕を広げてそれを受け止めれば、羽のように軽い。
やせ細ったその子供の胸には、懐中時計。
この世界の人たちの多くが西洋風の顔立ちをしているのに対して、ニホン人だと分かる黒髪と顔立ち。
あたしと同じトキビトだと、すぐに気付いた。
餓死寸前で衰弱しきったその子供を、あたしはすぐに介抱した。
「おかあさん……?」
しばらくすれば、うまく開かない目と、かすれた声で彼女は呟いた。
小さな手が、あたしを必要とするように服を掴んでくる
なんでこの子はこんなに弱りきっているんだろう。
体中に痣があって。
虐待を受けたような形跡があった。
トキビトは、様々な事情を抱えてこの世界へやってくる。
現実で嫌なことがあったり、叶わない願いがあって。
それを諦められない者や未練を残す者の前に、あの帽子の男は現れる。
そして、猶予の時間を懐中時計と共にくれるのだ。
こんなに小さなトキビトを、あたしは見たことが無かった。
この歳で、現実に絶望するにはまだ早すぎる。
この子がどんな目に遭い、あの帽子の男がその前に現れて――異世界へと導いたのか。
女の子の体とその状態を見れば、簡単に想像できてしまった。
「またお母さんに会える日まで、あたしがあんたの親代わりになってあげる」
今にも消えそうなか弱い存在。
守ってあげたいと、純粋にそう思った。
優しく抱きしめれば、その子は安心したように眠りについた。