【番外編3】アカネとグエンのおままごと(+トール)3
ただでさえ変な状況だったのに、さらにおかしなことになってしまっている。
「あたしがお父さん役、アカネがお母さん役で手本を見せるわ。グエンは赤ちゃん役ってことで、そこで黙ってずっと座ってるだけでいいから」
「わかった」
トールが配役を決めると、グエンさんが素直に頷いて適当な場所に座った。
ちょっと待ってほしい。
なんでトールまで混じって、グエンさんも一緒におままごとすることになってしまったのか。
大人三人で、誰一人本当の意味で子供がいないおままごと。
冷静に考えると中々ないというか、普通に考えても奇妙すぎるシチュエーションだ。
「それじゃ、はじめるわよ。あたしが仕事から帰ってくるところからね」
そう言ってトールは一旦外に出てしまう。
まだ心の準備ができてなかったのに、トールは家に見立てたこの部屋に入ってきた。
「お、おかえりトール!」
急いでエプロンを装着して、にこやかにトールを迎える。
「……」
そうすれば、何故かトールは目を見開いた。
「トール?」
「あ、あぁ。ただいま、アカネ」
靴を脱ぐふりをして、トールは私に目線を合わせた。
それから、わたしの頬にちゅっとキスをする。
「ほら、アカネもおかえりのキスしてよ」
トールがわたしを見つめて催促するように、自分の頬を指でトントンと叩く。
頬にキスはよくやってるのだけれど、お父さん役だからかトールはいつもの女口調じゃなくてドキドキとした。
「おかえりなさい、トール」
ちょっと背伸びして頬にちゅっとキスをする。
おままごとだというのに妙に緊張して、心臓がばくばくとうるさかった。顔はきっと真っ赤になってる。
「ご飯の用意できてるからっ!」
わたしだけ意識しちゃってるみたいで恥ずかしくて、ふいっと背をむけて食卓セットの方へ行く。
トールもそれにしたがって、そこに腰を下ろした。
「アカネ、料理上手になったな」
食べるふりをしながら、トールがそんなことを言う。
「うん、ありがとう……」
いちいち照れちゃ駄目だと思うのに。
恥ずかしがっているわたしを見て、トールが少し笑った気配がした。
「これ俺のために頑張って作ってくれたんだ?」
「えっと、それはもちろん……です」
――なんだか、本当に新婚さんみたいだ。
そう思ってしまうともう駄目で、トールの顔がまともに見れない。
「そろそろ赤ちゃんにもご飯をあげなきゃですね!」
グエンさんの方へ逃げようとすれば、ぐっと手首をつかまれて、膝に乗せられる。
「赤ちゃんはまだ寝てるよ。だからまだ、ふたりの時間だ。ちゃんと俺を見てくれないと寂しいんだけどな?」
ちょっとからかい混じりの声で、トールが耳元で囁く。
背中にトールの体温があって、そうやって抱きつかれてしまうと身動きがとれない。
グエンさんときたら、なるほどそれはオッケーなのかというような目でこっちを見ていた。
「ちょっとトール、やりすぎです!」
これじゃグエンさんのやつとそこまで変わらない。非難するように顔を上に向けて抗議すれば、トールはこっちを覗き込むような目を向けてきた。
「そんなことないと思うけどな。これくらいどこの夫婦もやってる。仲良しなところを子供にも見せておいた方がいいんだよ。俺の親もこんな感じだったし、憧れてそういう家庭を持ちたいって思えるから」
妙に説得力があるようなことを、トールは言ってくる。
お父さんとお母さんの仲がよくなかったわたしの家を思い出して、それもそうかもしれないと思う。
おままごとをしていたものの、よくよく考えればわたしは理想のお父さんとお母さんを知らなかった。
でもおままごとっていうのは、大人の真似事だ。
わたしが真似していたのは、現実の両親ではなく、トールだったと気づく。
ご飯をつくってくれて、頬にキスをして見送りをしてくれて。悪い事をしたら叱って、不安なときは抱きしめてくれる。
――トールは、理想のお父さんもお母さんも、全部やってくれてたんだね。
そう気づいたら。
トールが愛しくて、たまらなくなって。
「トール大好き!」
腕の中で体勢を変えて、向き合うようにして抱きつく。
脈絡なくそんなこと言ったから、トールは驚いたような顔をしてたけど。
「……俺もアカネが好きだよ」
ふんわりと優しく微笑んで、わたしを抱きしめてくれた。
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「ありがとな参考になった。べたべた触って仲良くしつつ、ベットにさえ誘わなければいいんだな」
おままごとが一通り終わって、赤ちゃん役という名前でずっと見学をしていたグエンさんがそんな感想を呟いた。
何か間違っている気がしたけれど、トールはそんな感じよと適当に答える。
……ちょっと色々やりすぎたような気が。
これグエンさん大丈夫かなと心配になりながらも、その後姿を見送る。
「全く、おままごとなんて久々にやったわ」
トールがそんなことを呟いて、首のこりをほぐすような動作をする。
「トールありがとね」
「別にアカネのためにやったわけじゃないんだから、お礼なんて必要ないのよ?」
見上げてそういえば、ちょっとバツが悪そうにトールは呟く。
「ううん、そこじゃなくて。お父さんをやるだけでも、お母さんをやるだけでも大変なのに、トールはどっちもやってくれてたんだなって思ったの」
ぎゅっと横にいるトールの手を握る。
「……どうしてトールは他人のわたしのために、そこまでしてくれたの?」
「こんなあたしを、アカネが必要としてくれたからよ」
尋ねればトールはわたしに目線をあわすようにしゃがんで、優しく微笑む。
「あんたがあたしを頼ってくれるから、あたしは何だってできるようになったのよ。感謝しているわ」
「感謝なんて! それをしなくちゃいけないのはわたしのほうです!」
思わず勢いこんでそう言えば、トールはたまらないと言うように顔を緩めた。
「本当、アカネったら可愛いこと言ってくれるんだから! こんなに真っ直ぐで可愛く育ってくれて、本当にあたしったら幸せものね!」
高いテンションでそういって、トールはぎゅうっと私を抱きしめてくる。
「わたしもトールに育てられて幸せです」
そう言って抱きしめ返す。
トールが愛情をくれたから、わたしはこうやってここにいる。
たくさんありがとうを伝えたいのに、抱きついて言葉にするくらいしか表せないのがちょっと悔しい。
こんなんじゃ、全然足りないのに。
「本当にこれじゃ駄目ね。アカネが可愛い事いうから、いつまでもこのままで……なんて考えちゃう」
ふいにトールが耳元で独り言のように呟く。
後半は低く、溜息まじりで。
「アカネ、今日は久しぶりに一緒に寝ましょうか。絵本を読んであげる」
「絵本ってトール、子供扱いしてませんか?」
一緒に眠るっていうのは嬉しかったけど、絵本なんてもう読む歳じゃない。
「あらじゃあ、一緒に眠ってはくれないのね」
ぷくぅっと頬を膨らませて抗議すれば、トールがわざとらしく悲しげに呟いた。
「それとこれとは別です! もちろんトールと一緒に眠りたいです!」
こぶしを握って宣言すれば、トールはくすくすと満足そうに笑っていた。
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「金の女王の最後の願い。黒の騎士は、それを聞き入れて今でもどこかでこの国を見守り続けているそうです。めでたしめでたし」
トールと一緒のベットで、絵本を読んでもらう。
柔らかい声が物語をなぞっていく。
何でもできるトールは、絵本を読むのだって上手だった。
この国でよく読まれている絵本。
金の瞳を持つお姫様が国を追われてピンチになった時に、黒い騎士が現れて助けてくれる。
二人は仲間を集めて冒険していって。
最後は国を取り戻して、めでたしめでたしで終わる物語。
今になって読み返しても、やっぱり不思議なところがあった。
「お姫様はどうして最後に、ずっと自分を助けてくれた騎士様じゃなくて、会ったばかりの貴族の男の人と結婚しちゃったんですかね? 騎士様、きっとお姫様が好きだったのに」
それは、小さい頃から気になっていたことだった。
この黒の騎士様はたぶんトキビトだ。
お姫様の最後のお願いを聞いて、今も国を見守り続けていると絵本は言っているけれど。
それってお姫様が好きだったから、お願いを聞こうと思ったんじゃないだろうか。
「わたしなら、出会ったばかりの貴族の男の人より、ずっと側にいて守ってくれた騎士様の方がいいですけどね」
そんな事を言いながら、トールのことを考える。
お父さんもお母さんも悪い王様に殺されてしまった姫様が、刺客に追い詰められてピンチになって。
もう駄目だと思った時に、騎士様が現れてそれを助けてくれるのだけど。
まるでそれが自分とトールみたいだと、小さい頃は思っていた。
「……きっとずっと側にいすぎて、好きだってことに気づけなかったんじゃないかしら?」
トールはぽつりと呟く。
それはお姫様のことを言っているんだろうか。それとも騎士様の方なんだろうか。
「そういうものなんですかね?」
わたしにはよくわからなくて、首を傾げてしまう。
側にいるからこそ、好きってことに気づくんじゃないんだろうか。
ぱたんとトールは絵本を閉じた。
それから、絵本を頭の上におくとくるりと体勢を変えて、わたしの肩まで毛布をかけてくれる。
「……ほら、もう寝なさい」
優しく抱きしめられると、柔らかなバニラの香りが心を満たしていって。
温かなぬくもりに、体の力が抜けていく。
こういうのが幸せっていうんだなぁって、思った。
いつまでもトールと一緒にいられますように。
そうやって願いながら、トールから離れないようにその服を握る手にぎゅっと力をこめた。
これにて「オオカミ騎士の捕虜になりました」の完結記念番外編終了です。
ちなみに、最後の方でトールが読んでいるのは『金の姫と黒の騎士』という絵本で、トキビトシリーズの一部として別枠で投稿されています。
アカネとトールが住んでいるウェザリオという国の建国の物語で、ぶっちゃけヤイチさんとお姫様の話です。よければどうぞ。