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【番外編2】アカネとグエンのおままごと2

「はいどーぞ料理ができましたよあなた」

 グエンさんが棒読みで、朝ごはんの玩具が入った器をわたしの前に置く。

 わたしはそれを食べるふりをする。

 全部食べ終わったことにして、ことんと器を置いた。


 グエンさんに理想のお父さん役を、わたしが教えなきゃ。

 たとえおままごとという遊びだろうと、これは大切な事だ。

 グエンさんの娘さん……まだ生まれてないから娘かどうかはまだわからないけど、もしも彼女が変なことを覚えてしまったら困る。

 妙な使命感がわたしの中にあった。


「うん、おいしい。今日もお前の料理は最高だな」

「ありがとううれしいわ」

 わたしの言葉に、グエンさんが棒読みの女言葉で返してくる。

 ……グエンさんには悪いんだけど、ちょっと不気味だ。

 奥さん役というのが、ちょっと無理があるような気がする。

 トールの女言葉は聞いていて安心するのに、グエンさんだとぞわぞわとした。

 

 いや、コレじゃ駄目だ。

 グエンさんは真剣に頑張っているんだから、わたしも頑張らなきゃ。

 そう思って、気合を入れなおす。


「じゃあ仕事に行ってくる!」

 ドアに手をかけて少しあけたところで、一旦立ち止まる。


 このまま仕事に行くのは、理想のお父さん役として淡白すぎるんじゃないだろうか。

 いつもおままごとでトールは、いってきますと言ってお母さん役のわたしの頬にキスをしてくれた。

 きっとあれが普通なんだと思う。


 よく考えれば、わたしが留守番するときや出かけるとき、トールはよくほっぺたにキスしてくれる。

「いってくるわねアカネ」

 そう言って優しく、今日も頬にキスしてくれた。


「じゃあ行ってくるよグエン」

 トールがいつもやってくれているのを思い出しながら、わたしに目線をあわせて膝立ちしているグエンさんの頬に、ちゅっとキスをする。

「お、トール帰ってきたか」

 そしたら、グエンさんが目線をあげてそんなことを言った。

 ふりかえればドアの向こうに、トールが目を見開いたまま立っていた。


「何してるの?」

「あぁ? ちょっと秘密の話をしてただけだ。なぁ、アカネ」

 尋ねたトールの視線を遮るようにグエンさんは立ち上がり、それから振り返ってわたしに視線を寄越した。

 おままごとの事は、トールにも内緒にしてほしいんだなと気づく。


 確かにこれをトールに言うのは、わたしも恥ずかしかった。

「トールがくるまで、グエンさんとお話してたの」

 そういえばトールはふーんと言ったけれど、びっくりするほどに無表情だった。


「それで何か用事かしら、グエン」

「まぁそうなんだが、もう遅いし日を改めることにする。邪魔したな」

 淡々とした口調のトールにそう断ると、グエンさんはわたしの部屋を出る。


「続きはまた今度、二人っきりの時に教えてくれ」

「あっ、うん。わかりました」

 振り返ってグエンさんがそう言ったので、頷く。


 それをトールは視線で見送ってから、わたしの部屋に足を踏み入れて、後ろ手でドアを閉めた。

 パタンという音が、静かな部屋にやけに大きく響く。

 


 あれ、トール怒ってる?

 出しているオーラが、ピリピリしていた。


 トールは結構綺麗な顔をしていて、黙ったりすると凄みがある。

 普段は、オネェ言葉がそれを緩和しているから、気さくな雰囲気があるのだけれど、沈黙がとっても怖い。


「……なんでグエンを自分の部屋に入れてたの? 知らない人は家にあげちゃ駄目って教えたわよね?」

「グエンさんは、一応知らない人じゃないですし。お客さんですよ?」

 ゆっくりと言葉にしたトールに、恐る恐る答える。

 別に後ろめたいことはしてないはずなのに、責められているような気がした。


「それでも特別親しいわけじゃないでしょう? ほとんど初対面の相手を、なんで店から二階にある家に上げたの? それもアカネの部屋にいれるなんて」

「それはちょっとグエンさんから相談を受けまして」

 声に温度があるなら、今のトールの声は氷よりも冷たい。

 ちらりとトールの方を見れば、やっぱりまだ無表情で、その目の奥には苛立ちがあった。


「グエンからの相談って?」

「……それは秘密だから言えません」

 尋ねてられてそう答えれば、トールは眉を寄せた。


 トールはわたしに近づいてきて、しゃがんで目線を合わせてくる。

 綺麗な指がわたしの頬を撫でた。

 さっきまで外にいたからか、トールの指はちょっと冷たい。

「ねぇアカネ。どんな相談をうけたら、グエンを呼び捨てにして頬にキスするような状況になるのかしら?」

 うっと言葉に詰まる。


「あれは、ただの挨拶です! そろそろトールも帰ってくるし、下に様子を見に行こうと思っただけです!」

 我ながら苦しいなと思いながら、視線をそらしてそう言えば、へぇとトールが呟いたのが聞こえた。


「アカネはあたし以外に、あんな挨拶をするのね? 知らなかったわ。ヤイチやヴィルト、クライスくんにもあんな風に挨拶してるのかしら」

「それはその、してないですけど」

 棘のある言い方。

 こんなトールはあまり見たことが無くて、戸惑ってしまう。


「そう。なら、グエンが特別だってことね。たしかあの子、ヤイチの所の悪ガキだったわね。昔から人が作った服を遠慮なく破いてくれる、行儀の悪いガキだったな」

 独り言のように呟くトールは、後半オネェ言葉が抜けていた。

 普段より低い男声に、トールが本気で苛立っていると気づく。


「アカネ」

 いつものように優しくではなく、乱暴にトールがわたしを呼んだ。

 両腕を掴むと、真っ直ぐに目を見つめてくる。


「アカネがキスをしていいのは、結婚してお嫁に行くまで俺だけだから。例え挨拶でも駄目だ。わかった?」

 有無を言わせない口調には、普段の余裕がない。

 男っぽい喋り方は、まるで嫉妬しているみたいで。

 自分に都合よく解釈してしまいそうになる。 


 いやまさか、そんな。

 トールはわたしのことなんか、子供にしか思ってないはず。

 でもどんな種類だって、わたしを見つめてくる瞳の中に、嫉妬のような感情を見つけてしまうと。

 そんな場合じゃないのに、嬉しくなってしまう。


「アカネ、返事は?」

「……トールにしか、キスしないです」

 催促されるようにしてそういえば、トールはようやく肩の力を抜いて、ちょっと表情を緩めた。


「トールは?」

 おずおずと聞き返す。

 トールは何のことかわからなかったらしく、少し首をかしげた。

「トールは……わたし以外とキスしたりするんですか」

 口に出して想像しただけで、嫌な気分になって。

 少し泣きそうになる。

 トールは格好いいから、いつだってそれが心配だった。


「馬鹿ね」

 トールはそんなわたしをみて、くすりと笑った。

 それから、頬にキスをしてくれる。

「……あたしがキスするのはあんただけよ。アカネがお嫁に行ったって、それは変わらないわ」

 ぎゅっとトールは、いつもの優しい口調でわたしを抱きしめてくれて。

 それが嘘でも、嬉しいと思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 後日、グエンさんが店にやってきた。

 リサさんのウェディングドレスの注文をしにきたのだ。


「……グエン、あんた結婚するの? しかも子供まで?」

「あぁ。アカネから聞いてないのか。前にチャイナドレスを贈ったヤツなんだが……前にトールも見たことがあるはずだ」

 驚いた様子のトールに、グエンさんが答える。


「チャイナドレスっていうと、あのモデルみたいな体型をした……たしかリサって子よね。あれ、ヤイチの彼女じゃなかったの?」

「あぁ?」

 トールの言葉に、グエンさんが殺気を放つ。


 前にトールは、リサさんのためにドレスを作ったことがあった。

「背中が綺麗に見えて、胸から首の部分が隠れて。それでいて綺麗な足が見えて、スカート丈があまり短くないドレスって作れますか」

 戦争の勝利を祝う式典でリサさんが着るドレスを、そんな風にヤイチ様が依頼してきたのだ。

 それでトールはリサさんのためにいくつか案を出し、選ばれたチャイナドレスを作っていた。

 けれど、よくよく聞けばそれはグエンさんの指示だったらしい。


「なるほど。どうりでヤイチが真っ赤な顔をして注文しに来たわけね。らしくないとは思ってたわ」

 ヤイチさんはお得意様なので、トールはあまり詮索しなかったようだった。

 グエンさんのいるラザフォード領は王都から遠く、服屋もない。

 だから、グエンさんはヤイチさんに頼んで、リサさんのドレスを注文してもらったようだった。


 ただ、そのチャイナドレスは、式典の前に破けて使い物にならなくなってしまって。

 新しいドレスを手に入れるために、リサさんはこの店を一度訪れていた。

 その時もヤイチさんの紹介ということになっていたから、トールは勘違いしていたんだろう。


「それにしても、ちゃんと恋人がいるなら、あんたどうしてうちのアカネにちょっかい出してたの?」

「少し相談に乗ってもらっていただけだ。過保護なんだなお前」

 トールの言葉に、グエンさんが少し呆れたような目線を向けていた。



「そうだアカネ。この後時間あるか?」

「あっ、大丈夫ですよ!」

 尋ねられて頷けば、グエンさんはこの間の続きを頼むと言って、私の手の上に可愛らしい袋を置いた。

 中には可愛らしく砂糖でデコレーションされたクッキーが入っていて、どうやらこれがお礼のようだった。


「じゃあグエンさん、わたしの部屋へ行きましょうか」

 店の奥へと移動しようとしたら、ちょっと待ちなさいとトールに止められて、グエンさんから離される。

「グエン、少し待っててくれるかしら」

「あぁ、別にかまわない」

 トールはそう断って、私を他の部屋へ連れて行った。


「どうしたのトール?」

「どうしたのじゃないわ。なんでまたグエンを部屋に連れていこうとしてるの。相談なら奥にある応接室か休憩室を使いなさい」

 尋ねればトールはそんな事を言ってくる。

 

 トールの店は結構大きい。

 店部分の奥の方に作業スペースと、ちょっとした応接室、弟子の人たちが休むための休憩室があったりする。

 そして二階部分がトールとわたしの居住スペースだ。


 ただの相談事ならそこでも十分だったけれど、おままごとセットはわたしの部屋にしかなかった。

 運んでくるのも見つかったら恥ずかしいので無理だ。

「部屋じゃないとし辛い相談なので、やっぱり部屋ですることにします」

 そう言えばトールはむっとしたように、眉を寄せた。


「あんたたち、この前といい部屋で一体何を相談してるの?」

「えっと……それは内緒です」

 視線を逸らしてそう言えば、トールがわたしの顔を覗き込むように顔を近づけてきた。


「グエンに口止めされてるのね。アカネは約束を守るいい子だけど、あたしに隠し事なんていつからするようになったのかしら」

 悲しそうな声色を使って、トールがわたしを揺さぶってくる。

 ちょっと心が痛んだけれど、グエンさんの名誉のためにもわたしはぐっと堪えた。


「とにかく、グエンさんと相談があるので。トールは部屋にきちゃ駄目ですよ!」

 そう言って逃げ出すように、わたしはグエンさんのところに走って、手を引いて二階へと上がろうとした。


「グエン、相談ならわたしが乗るわよ? もちろん絶対に誰にも言わないわ」

 するとトールが、グエンさんに向かってそんなことを言い出す。

 グエンさんは少し考えるように黙る。

 トールに相談すべきかどうか、悩んでるみたいだった。


「……もうすぐ子供が生まれるだろ。どうやって遊んであげればいいか、トールなら色々知ってるよな。できれば、ヤイチやリサには内緒でオレに色々教えてほしい」

 結局グエンさんは、トールに言うことにしたらしい。

 照れくさいのか少し怖い顔で、そう打ち明けた。


「わかったわ。そうするとこの前のアレって、アカネに子供との遊び方を習ってたの?」

 意外だというようにトールが呟いた。


「そうだ。おままごとのやり方を教えてもらっていた。口説くのは駄目だが、頬にキスをしてはいいらしい。よくわからないルールだよな」

 いまいち理解できないというようにグエンさんが呟く。


 隠し事をいうような人ではないとわかっているからか、グエンさんはわたしに駄目だしされた部分を、トールに全部打ち明けてしまった。

 どんどんとトールの機嫌が急降下していくのが、目に見えてわかった。


「へぇ、ずいぶんと二人で楽しそうな遊びしてたのね? あたしも混ぜてくれるかしら?」

 トールの声がひんやりとしたものに変わったことに、グエンさんは全く気づいてないようだった。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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