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【13】わたしが幸せにしたい人

 トールによく似た面影を持つ彼は、春になっても現れなかった。

 そして、季節は夏になって。


 ――また来てくれないかな。

 寂しさを覚えていたら、突然彼が店にやってきた。

 わたしの姿を見つけると、まっすぐこちらへと歩いてくる。

 よかったきてくれたんだと嬉しくなった。

 お久しぶりですねと笑顔で声をかけようとしたら、いきなり手首をつかまれた。

「ちょっとこっちにきなさい!」

「えっ? お客様?」

 戸惑っている間に、店の外へ連れ出され、人気のない路地裏に連れ込まれる。


「困ります。勤務中なんです」

「それどころじゃないわ。なんでもっと早く言ってくれなかったの!」

 一体何を怒られているのかさっぱりわからなかった。

 壁を背にしたわたしを逃がさないように、彼がわたしの顔の横に手をつく。

 近い、顔が近い。

 至近距離で見れば、やっぱり彼の顔はトールによく似ていて、ドキドキとしてしまった。


「もしかして、以前気にされていた限定品が再入荷した件でしょうか? ご連絡を差し上げたかったのですが、会員登録もされてなかったので連絡先が」

 目を逸らして最後まで言い切る前に、いきなり抱きしめられる。

 ふわりとバニラの香りがした。

「……あんたずっと一緒に暮らしたあたしに対して、その他人行儀な口調は何なのよ。傷つくじゃない」

 懐かしい女口調に、まさかと思う。


 そんなはずはない。

 彼はわたしの事なんか知らないはずで。

 頭が真っ白になる。


「アカネ、凄く綺麗になったわね。おかげで気づくのに時間がかかったわ」

 彼は体を離してわたしを見つめてきた。

 耳をくすぐる優しい声。

 わたしを見つめてくる慈愛に溢れた眼差しは、トールそのものだった。


「トール?」

「気づくのが遅いわよ」

 トールが拗ねたような口調で微笑む。

 会いたくて会いたくて、ずっと待っていた。

 いつかどこかで会えると信じていた。

「トールっ!」

 ぎゅっと抱きついて、その存在を確認する。

 ずっとずっと再会できる日を夢見ていた。


「アカネ、会いたかった」

 トールが切ない声でわたしの名前を呼ぶ。

 あぁこれは間違いなく、わたしの知ってるトールなんだと思うと、もう我慢なんてできなくて。

 わたしは声をあげて泣いてしまった。


「あんたがいなくなってから、あたし駄目になっちゃったの。あんなに服を作るのが好きだったのに、一番服を作ってあげたい相手がいないだけで、なんにも手につかなくなっちゃって」

 苦しそうな声でトールが告げる。


「あたし馬鹿なのよ。どんなに人が羨む生活をしてたって、その人が望むものとは限らないって自分がよく知ってたのに。あたしが正しいと思う幸せをアカネに押し付けた。本当はあたしだって、アカネとずっと一緒にいたかったのに」

「……トール」

 名前を呼べばトールがわたしの髪を、優しく梳いてくれる。

 あの頃と同じような優しさで。


「失ってから気づくなんて、馬鹿よね。でももう一度チャンスをアカネがあたしにくれるなら」

 そう言ってトールがわたしと体を離して、目を真っ直ぐ見つめてくる。

「大好きよ、アカネ。世界で一番好き。ずっとあたしの側にいてくれる?」

「うん、もちろんだよトール!」

 力任せにぎゅっと抱きつけば、トールがよろめく。

 背伸びすれば届きそうな距離に、トールの顔がある事が嬉しかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 今までわたしが会っていた『彼』は、間違いなくトールなのだけれど、それはあちらの世界へ行く前のトールだという事だった。


 可愛い服を売っているお店を見つけて、そこで店員と仲良くなって。

 生き生きとしている店員を見て、うらやましく思っていたと、以前トールは言っていたのだけれど、まさかわたしの事だとは予想もしてなかった。


 当時のトールは家を継がなくちゃいけないという使命感から、服に対して興味を持つことはいけない事だと悩んでいた。

 大学院が残り一年となった冬、このままじゃいけないと店に通うことをやめて。

 なのに気持ちは膨らむ一方で、叶えられない夢に悩んで、春にあちらの世界に飛ばされた。

 そして帰ってきたのが今のトールなのだ。


「アカネがいくつだろうと絶対に見つけ出して、今度はこっちから好きって言ってやろうって決めてたの。帰ってきてアカネを手当たり次第探したけど、全然見つからなくて何度泣いたかわからないわ」

 春にこっちの世界へ戻ってきたトールは、ずっとわたしの事を探していたらしい。


 昭和の新聞記事を集めてみたり、探偵を雇ったり。

 神隠しの女の子がいるなんていうそれっぽい情報を掴んだけれど、そこで足取りが途絶えたりして。

 なかなか成果があがらなくて困っていたら、ふとした瞬間にあちらの世界に行くきっかけになった服のカタログが目に入ったらしい。

 開いた瞬間に名刺が落ちてきて、その名前を見ると同時に、昔出会ったショップの店員を思い出したとの事だった。


「なんでアカネがわたしと同じ歳になっているの? 昭和生まれって言ってたわよね」

 心が動けば、元の世界の時も動き出す。

 動き出した時間の分、現実の時間も進む。

 トールと出会って一年後には、私の止まっていた心は動き出していた。

 トールに送り返されるまでの十二年分の時が、現実で私がいなくなってから過ぎていたのだと説明すると、トールは考え込むような顔になる。


「……アカネはあたしと出会って一年後には、元の世界よりもあたしといる方を望んでたってこと?」

「そうなります」

 ちょっと恥ずかしい気持ちになりながら頷くと、辛抱できないというようにトールが抱きついてくる。


「あぁもう可愛い! さすがあたしの娘だわ!」

「ちょっとトール、苦しいです!」

 ジタバタしてたら、ごめんというようにトールがわたしを解放してくれる。

「それに……」

「それに?」

 わたしの言葉を繰り返して、トールは首を傾げた。


「わたしは娘ではなく、もうトールの恋人……ですよね?」

 まだ自信が持てなくて、窺うような上目遣いでトールを見つめた。

 するとトールが大きく溜息をつく。

 何か間違えてしまったのかと戸惑っていたら、こつんとおでこをくっつけられた。

 唇がふれてしまいそうな距離に、ドキドキする。


「そういう風な煽り方は、教えた覚えないんだけどな?」

 ぞくぞくするような艶っぽい男の人の声。息がかかる距離でトールが囁く。

「と、ととトール?」

 わたしを見つめるトールの視線は熱っぽくて、その表情が見たことのないものだということに戸惑った。


「ほんと、アカネはずるいよな。俺がこの店に通ってたのは、服が可愛いのもあるけど、そもそもアカネに会うためだったんだ。初めて好きになった女の人も、愛しい女の子もアカネだなんて、俺は一体どうしたらいいんだろうな?」

 そんな事をわたしに聞かれても困る。

 ただでさえいっぱいいっぱいなのに、こうやってトールに迫られてしまうと、頭が回らない。


「わ、わたしもどうしたらいいかなんてわからないです! 好きになったのはトールだけですから!」

 拳を握るようにして叫んだら、トールは困ったように笑った。

「だからそうやって可愛い事言われると、抑えが効かなくなる……でしょ。全くもうこっちの気も知らずに……」

 いつもの口調に無理やり戻して、トールは少しわたしから離れて深く息を吐いた。その顔はなんだか赤い。


「ねぇアカネ。お仕事が終わったら夕飯を一緒に食べましょう?」

「……うん!」

 その誘いが嬉しくてやっぱりまた抱きつくと、トールはもうしかたないわねというように、わたしの頭を撫でてくれた。


「じゃあ、仕事終わったら携帯に連絡頂戴。帰る時に渡したメモに、電話番号を書いて置いたけど……あれは持ってる?」

「やっぱりあれ、トールの電話番号だったんだ?」

 そうよとトールは少し頬を膨らませる。


「もしかしたらいつか会えることがあるかもと思って入れたのに、同じ時代にいるならどうして電話掛けてきてくれなかったの? ずっと待ってたのに」

「電話一ヶ月に一回はかけたけど、繋がらなかったの。一度だけ繋がったことがあったけど、アカネですあなたの娘ですって言ったら無言で切られちゃって」

 トールはわたしの言葉に、しまったというような顔をした。


「思い出したわ……そんな電話が昔きて、悪戯電話だと思って着信拒否にしたんだった」

 この世界に来る前のトールが、わたしからの電話を受け取り、着信拒否にしていたらしかった。

 そのせいで、今までずっと電話がかからなかったらしい。

 トールが携帯電話を操作して、着信拒否リストからわたしの電話番号を外す。



「それじゃ、仕事終わったら電話して。なごり惜しいけどまた後でね」

 躊躇いがちに、わたしの頬にそっとトールがふれてくる。

 その手はちょっと冷たい。

「……相変わらずあんたは体温が高いのね。肌もぷにぷに」

 今顔が熱いのはトールのせいだ。

 触れられると心臓が早くなって、体が熱を持つ。


 慈しむようなトールの瞳の中に、大人になったわたしが映っていて。

 トールと出会えてなかったら、今のわたしはここにいなかったとふと思った。


 あの日、トキビトになってトールに出会わなければ、わたしはそのまま死んでいたはずだった。

 でも大人のわたしがいなければ、トールはそもそもあの世界にいなかったかもしれなくて。

 結局最初から、わたしたちは互いがいないと存在できなかったのかもしれないと、くるくる頭がこんがらがるようなことを考える。


 トールの顔が近づいてきて、キスされるのかと思って目をぎゅっと瞑る。

 そしたら額に柔らかな感触があった。

「アカネ、真っ赤」

「だ、だってこれは!」

 くすっとトールが口元に手を当ててわらう。

 口元に手を当てて笑うのは、トールの癖のようなもので、久々に見たと思ったらなんだか懐かしくてしかたなかった。


「それじゃあ、お店まで戻りましょうか」

 トールが手を差し出してくる。

 大きくて骨ばってて、可愛らしい服をいっぱいつくる、トールの魔法の手。きゅっと握れば、前よりもその手はわたしとしっくり重なった。


 小さかったあの時と同じような優しさで、トールはわたしの手を引いてくれる。

 可愛くて、優しくて、カッコいいわたしの大切な人。

 いつだって誰よりもわたしのことを考えてくれている事を知っているから、安心してトールの後を進んで行けた。


 けど今はわたしも、トールと同じ大人だから。

 横に並んで歩く。

 きっとまだトールの中でわたしは、大切な女の子で、女の人ではないんだろう。

 唇じゃなくて額にキスをしてきたのがその証拠みたいなものだと思う。


 ――でも、トールはここまでわたしを追いかけてきてくれた。トールの一番はわたしだって、うぬぼれてもいいんだよね。

 今はまだそれでいいと思った。

 トールに幸せをもらってばかりのわたしだったけど、もう違うのだ。

 これからはわたしがトールに幸せをあげる番だ。


 この手はもう大きくなって、料理だって裁縫だってできる。体だって大きくなったし、してあげたいことがいっぱいある。

 それにもうきっと、今のわたしならトールを押し倒すことだってできるのだ。

 ちゃんと女だってわからせて、意識してもらって。

 そしていつか、あの日受け取ってもらえなかった指輪をトールに渡そう。


 トールの方をみれば、なぁにというように視線を寄越してくる。こうやって肩を並べて歩けることが、同じ歩幅で歩けることが嬉しい。

「トール大好きだよ!」

「……あたしも大好きよ」

 それに今まで何度も言った言葉を口にしたら、トールは紅くなって応じてくれたから。


 わたしの『好き』とトールの『好き』は、きっともう同じ意味を持っていると思えた。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

 トールはアカネの事を純粋で汚したくない相手だと思ってるので、この後もなかなか手が出せず、アカネがもやもやする感じで進んで行くんじゃないかなと。

 余裕と要望があれば続きを書くこともあるかもしれないですが、二人の話はこれで一旦終わりとなります。

 ちなみに、ヴィルトから貰ったカードの謎については「育てた騎士に求婚されています」のヴィルト視点番外編4で分かります。よろしければどうぞ。

 見ていただけて嬉しかったです。ありがとうございました!

★8/12 誤字修正しました

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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