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【10】ブーケをあなたに

 わたしがトールを口説き落とそうと、毎日策を練っていたある日。

 ミサキが元の世界へ帰ってしまったという衝撃の情報が入ってきた。

「それってどういう事なんですか!」

「屋敷にいる友達から連絡がきたんだけど、ヴィルトがかなり取り乱してるみたい」

 情報を教えてくれたヘレンは、こうなる可能性があると思っていたのかもしれない。

 全くあの子はと、ミサキの事を心配して今にも泣きそうに見えた。


 トールはまだウェディングドレスの調整があるというので、わたしはヘレンと一緒にヴィルトの故郷へと向かう事にした。

 たどりついたヴィルトの家は、お屋敷というのがふさわしい大きな家。

 いいところのお坊ちゃんだということは知っていたけれど、本人がざっくりとした性格なので、あまり実感が湧いていなかった。


「これはどういう事なの?」

「それが……」

 出迎えにきた使用人に、ヘレンが尋ねる。

 ヴィルトが王の騎士になったお祝いのパーティが開かれた日。

 ミサキはヴィルトに内緒で、元の世界へ帰ろうとしたらしい。

 それをヴィルトが見つけて阻止しようとしたのだけれど、結局ミサキは元の世界へ戻ってしまったようだった。


 とりあえずヴィルトに会いたいと言ったら、使用人の人がやめたほうがいいと止めてくる。

 理由は屋敷の中に入ったらわかった。

 調度品は壊れ、散々な有様。

 どれもヴィルトが暴れて壊したらしい。


「暴れるヴィルト様を、ヤイチ様がどうにか力技で抑えてくれたのですが、それから部屋に引きこもって出てこなくなったんです」

 使用人は弱りきった顔で部屋をノックしたけれど、返事はない。

 同じくへレンが声をかけても、何の返事もなかった。


「入るよ、ヴィルト」

 ヘレンや使用人たちを下がらせて、勝手に部屋を開けて中に入る。

 部屋はまるで強盗に押し入られたかのように荒れていた。

 壁には傷が刻まれ、カーテンは破け、砕けた椅子の破片がわたしの足元に転がっていた。


 ヴィルトは、剣を手に壁に背中をつけて座っていた。

 手負いの獣のようなギラギラとした目をこちらに向けてくる。

 思わず怯んでしまいそうになったけれど、かまわず足を動かして隣に座った。

「わたし、トールに告白したよ。玉砕してきた」

 ヴィルトは何も言わなかったけれど、聞いている気配はした。


「それでまた告白して振られて。三日前はデート誘って、告白したけど振られた。ヴィルトは?」

「……ミサキは、俺が王の騎士になれるわけがないと思ってて、あんな約束をしたんだ。約束なんて最初から守るつもりもなくて、俺から逃げて元の世界に帰った」

 低いヴィルトの声には、怒りよりも悲しさの方が色濃くて。

 傷ついているんだということがわかった。


「じゃあ、ミサキを追いかけていけばいいんだよ」

「はぁ?」

 ぎろりとヴィルトに睨まれる。

 そんなことできるわけないだろというように。


「ミサキを連れ戻す方法、探してもないのに諦めないで。ミサキがいないって嘆いてる暇があったら、どうやったらミサキとまた会えるか一緒に考えようよ。わたしに諦めんなって言ったヴィルトが、こんなことでミサキを諦めるの?」

 いつかとは逆だ。

 偉そうに言えるわたしじゃないけど、ヴィルトに背中を押されて、トールに気持ちを打ち明けれてよかったと思っている。


「ヤイチさんなら、色んなトキビトを見てきたから、連れ戻す方法を知ってるかもしれないでしょ。それにいざとなれば、わたしの時計をヴィルトが食べていい。そうすればあっちでミサキに会えるかもしれない」

 わたしの言葉を聞いて、ヴィルトはどうして思いつかなかったんだろうというように立ち上がった。

「……そうだな、まだ諦めるのは早いな」

 振り向いた顔は、わたしの知っている、いつもの強気なヴィルトだった。


「まずはヤイチさんを捕まえて色々聞き出す。手伝ってくれるよな?」

「もちろん。振られたら何度だって付き合うって約束したからね」

 わたしとヴィルトは顔を見合わせて笑い、パチンと互いの手を合わせた。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 王都にあるヤイチさんの家に、ヴィルトと二人して向かう。

「あぁ、やっと来ましたか。ちょっとはいい面構えになったようですね」

 訪ねてきたわたしとヴィルトに、遅かったですねというように、ヤイチさんは笑った。

 どうやらヴィルトが現れるのを予想していたようだった。


「ミサキを迎えに行きたい。あっちに行く方法、知ってるんだろ?」

「知ってはいますが、危険な方法です。ミサキさんに会えない可能性もありますし、ここに戻ってこれる保障もありませんよ?」

 ヴィルトの言葉に、ヤイチさんは固い声色で問いかける。

「それでいい。頼むから教えてくれ」

「わたしからもお願いします!」

 ヴィルトと一緒に頭を下げた。

 頭上でヤイチさんがふっと微笑んだ気配がした。


 ヤイチさんは、ヴィルトに力を貸すと約束してくれた。

 ただ、少し時間が必要だということだった。

 ミサキがいなくなってもうすぐ一ヶ月が経過しようとしていた日、ヴィルトは向こうの世界へ向かった。

 何をどうやったのか、ヤイチさんは一切教えてくれなかったけれど、ヴィルトはミサキをちゃんと連れて帰ってきた。



「アカネには色々世話になったな。俺はお前のことずっと親友だと思ってる」

「何、いきなり改まって」

 帰ってきて顔を合わせたら、いきなりヴィルトにそんな事を言われて少し照れてしまう。


「感謝してるって言いたかったんだよ。もう少しで俺、ミサキのこと諦めるところだったから。だからさ、次はアカネの番だ」

 そう言ってヴィルトがくれたのは、お洒落なロゴが入ったカードだった。

 日本語でない文字が並んでいて、読めない。


「何これ?」

「肌身離さず持っとけ。お守りだ」

 向こうで手に入れた恋愛祈願のお守りか何かなんだろうか。そんな風には見えないけれど、何故かヴィルトのわたしを見る瞳がやけに優しくて、きっといいものなんだろうなと思う。

「わかった。ありがとね、ヴィルト!」

 よくわからなかったけれど、友情の証みたいでちょっと嬉しくて、素直に受け取っておいた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 皆で結婚式の準備をはじめる。

 ミサキを部屋から出さないようにし、その間に支度を整えていく。

 トールやヘレンはウェディングドレスの最終調整を、わたしは屋敷のメイドさんの手伝いをしていた。

 なにせヴィルトが屋敷を破壊しまくったせいで、人手が足りてなかったらしく、ニンジンの皮むき程度しかできないわたしでも少しは役に立つことができた。



 結婚式の日。

 ヴィルトの側に立つミサキは、ちゃんと笑顔で。

 これ以上ないってぐらい、ヴィルトは幸せそうだった。

 二人の歩く道に花びらを散らす役をやらせてもらった。普通は子供がやる役みたいだったけど、まぁいいかと思う。見た目は確かにわたしが適任だった。


 ブーケトスをやる前に、ヴィルトがこっちを見て、あごでくいっとやってくる。

 言葉で言われなくても、とれよという意味なのはわかる。

 しかし、ブーケを狙う女の子たちに囲まれてしまえば、背の低いわたしは勝ち目がなかった。

「もうしょうがないわねぇ」

 そういって、ひょいとトールがわたしの体を持ち上げてくれる。


「ちゃんととりなさいよ?」

 その言葉はどういう意味なんだろう。

 たぶん特に意味はないんだろうけど、都合よく解釈したくなってくる。

 ふわりとミサキの手からブーケが離れて。

 それは狙ったようにわたしの前へと落ちてきた。


「やったじゃない!」

 にこにこと笑いながら、トールがわたしを抱きしめてくれる。

「きっと元の世界にもどったら、素敵な人がアカネの事を幸せにしてくれるわ。これであたしも安心ね」

 うん、そんなことだろうとは思ってました。

 そんな事くらいで、もうわたしはめげたりはしなかった。


 トールの胸にブーケを突きつける。

「次はわたしと、トールの番だから!」

 そんなわたしの言葉に、トールは驚いた顔をして。

 それから困ったように黙って笑った。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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