【1】オネェな彼に恋をしています
前作の『育てた騎士に求婚されています』と同じ設定です。別キャラを主人公にしてるため、今作単品でも楽しめます。
わたしの大好きなトールは、今日も可愛い。
「やっぱり思ったとおり、可愛いわアカネ! ここのところのフリルがいいでしょ? 柔らかめの生地をつかって、金魚の尾のように揺れるところがポイントなの。プリティなアカネに似合うと思ったのよねー」
出来上がったドレスをわたしに着せて、トールはご満悦だ。
可愛い可愛いと連呼するけれど、そうやって目を輝かせているトールの方が可愛い。
きっと誰も同意をしてはくれないけど。
トールは身長が高く、こんな口調だけど、男の人だ。
いわゆるおねぇというヤツで、外見の年齢は二十代中盤くらい。
淡い栗色の髪は、高い位置でポニーテールにしていて、袖口にフリルがあしらわれた服に身を包んでいる。
実は端正な顔立ちをしているのに、くねっとした動作や口調のせいで、皆トールが格好いい事に気づかない。
それがちょっともったいないと思う一方で、わたしだけが知っていればいいと思ったりもする。
この街で服屋を営んでいるトールは、わたしの育ての親みたいなものだ。
この上ない愛情をわたしに注いでくれていて、一年に一度、わたしと出会ったこの日に仕立てた服をプレゼントしてくれる。
わたしを見て目をハートにしているトールを見るのは、気分がいい。
この瞬間だけは、この成長しない愛らしい見た目に感謝する。
身長一二〇センチもない、わたしのこの体。
体の起伏もなく、肌はぷにぷに。
肩まである黒髪は絹よりも柔らかく、くりくりとした目は相手の保護欲をかき立てる。
「トールありがとう。大好きです!」
にこりと笑えば、それはトールの心を射抜いたようだった。
七歳のまま成長が止まった私の体を、辛抱たまらないというように抱き上げて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
わたしとは違う、大人の男の人の体。
骨ばっていて、バニラのような甘い香水の香りがした。
「あたしもアカネが大好きよ!」
いつも返してくれるトールのその言葉に嘘はないけれど。
その『好き』はわたしの『好き』とはやっぱり違う。
ちょっぴり不満に思いながら、わたしはトールの背中にぎゅっと小さな手を回した。
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「ヘレン! トールがわたしのこと女の子として見てくれない!」
「はいはい、いつものことでしょ」
わたしの泣き言は、歳の離れた友人であるヘレンにさらりと流されてしまう。
「わたし来年には十五歳なんですよ。この国では成人なんです。なのに、いつまでも子供扱いするし。可愛いって言われるのは嬉しいですけど、違うんです。あのイントネーションは小動物に言うのと同じ感じです! わたしが求めてるのは、ヘレンの彼氏さんがヘレンに言う時のような甘いやつなんです!」
憤りをぶつけるようにまくし立てたら、ヘレンはレースを編んでいた手を止めてわたしを見た。
ヘレンは二十五歳で、艶やかな色気のあるお姉さんだ。
形のいい眉。少しきつそうに見えるつり目がちの瞳。ふくよかな胸元やその女らしいふるまいは、わたしの憧れであり理想でもある。
「そう言われても無理があると思うわよ。だってアカネ、七歳くらいにしか見えないし。これでそんな風に可愛いねとかとか言ったら、トールが幼児趣味の変態みたいじゃないの」
ヘレンは身も蓋もないことを言う。
たしかに、わたしの外見は七歳くらいにしか見えない。
けれど、実際の年齢は十四歳なのだ。
わたしはトキビトという存在で、七歳のまま時が止まってしまっている。
「そもそもさ、何でトールが好きなわけ? 確かに裁縫の腕は素晴らしいし、私だって尊敬はしてるけれど、オカマよ?」
ヘレンにとってトールは恋愛対象外のようだった。
トールは都に近いこの街で服屋を営んでいて、三十年くらいここに店を構えており、腕もいいため人気がある。
ヘレンはそんなトールに弟子入りしてきた女性だった。
「オカマでもトールは素敵なの! 優しくて、涙もろくて、可愛いものが大好きで、それでいて料理も上手で……」
「はいはい。好きになったら理由なんていらないわよね」
呆れたように言いながらも、ヘレンの口元には笑みがある。
もうすぐヘレンは、好きになった人と結婚するのだ。
薬指にはエンゲージリング。
編んでいるレースは、自らのウエディングドレスに使用するものだった。
元々遠くの街で働いていたメイドのヘレンは、針子としての才能を認められて、この街を治める貴族の養子となった。
そこの息子さんと大恋愛の末、この春結婚することになり、今幸せいっぱいなのだ。
見事恋を勝ち取ったヘレンに、その方法を伝授して貰おうと思ったのに、そもそも出だしからわたしは躓いてしまっていた。
トールが可愛がってくれるこの見た目のせいで、トールから恋愛対象と見ては貰えない。
「大人になりたいなぁ……そうすればトールに恋愛対象としてみてもらえるかもしれないのに」
そんな事色々な意味で無理だとわかっていた。
だから、これはただの愚痴だ。
深く溜息をついたわたしに、事情を知っているヘレンはやるせないような表情を一瞬見せたけれど、すぐに自分の作業に戻った。
「……そもそもなんだけど、トールって女の人が好きなの?」
ヘレンの質問に愕然とする。
そこを考えたことはなかった。
黙っていればトールはイケメンなので、女の人に言い寄られることもあるのだけれど、その時にはそっちの趣味はないのなどとかわしていた気がする。
それでいて、男の人には「やだお兄さん格好いいわね!」みたいな事を言ってたりするし。
――もしかして、トールって男の人が好き?
いやまさかそんな事はないと思うけれど。
わたしの恋は、色々と前途多難だった。
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元々わたしはこの世界ではなく、別の世界の人間だった。
ニホンという国で、お父さんとお母さんと一緒に暮らしていたのだ。
でもある日お父さんがいなくなって、お母さんと二人っきりになった。
「いい子にして待ってるのよ」
そう言って、ある日お母さんもいなくなってしまった。
言いつけどおり、わたしはずっと家でお母さんを待っていた。
――きっと帰ってくる。
だから、いい子にしてるんだ。
どれくらいの時が経ったのかわからない。
お腹がグーグー鳴って、冷蔵庫の中はもう何もなかった。
体どころか指を動かすこともできなくて、ただずっと天井を見上げていた。
「幼い君に、新しい世界をあげよう」
その声に顔を動かすと、鍵を閉めていたはずの部屋の中に、いつのまにか帽子の男の人がいた。
彼はわたしに懐中時計をくれた。
気がついたら異世界にいて。
餓死寸前で衰弱しきったわたしを、トールが拾ってくれた。
「またお母さんに会える日まで、あたしがあんたの親代わりになってあげる」
そう言ってトールは、わたしを家に住まわせてくれて。
わたしを一晩中介抱して、優しく抱きしめてくれた。
そうしてわたしは、トールの家の子供になったのだ。
元気になって外にでれば、そこは異国だった。
絵本でしか見たことのない、金髪や青い目の人たちが住む世界。
わたしが知っている限られた小さな世界とはまるで違っていて、ここはきっと夢か天国なんだなと思った。
お母さんを家で待ってなきゃ。
そんなことを思ったわたしに、この世界でいくら時を過ごそうと、元の世界の時間は進んでいないのだとトールは教えてくれた。
つまりはわたしがここにいる間に、お母さんが家に帰ってくることはない。
戻り方もわからないし、わたしはしばらくトールの元でお世話になることを決めたのだった。
11/8の投稿三ヶ月記念作品です。三日で作ったので、色々穴があるかもです。設定ミス、誤字脱字等あれば報告頂けると嬉しいです。