夜の華
―夜の華―
春とはいえ、夜はやはり冷える。
そんなことを思いながら、私は境内に箒を滑らせていた。
リィン………
どこかで鈴の音が響く。
「こんな夜更けに何をしていんすの?」
夜の静寂に紛れて聞こえてきたのは、艶のある声。
気紛れで美しい夜の主の声だ。
「こんばんは、夜夜様。見ての通り、ちょっと掃除を…」
苦笑しながらそう言うと、呆れたようなため息がつかれた。
「物好きでありんすねぇ。夜は冷えるでありんしょうに」
「今朝は時間が無かったので」
そこでようやく私は振り向き、夜夜様…夜の主の姿を見る。
相変わらず美しい花魁姿だ。今宵の着物は桃の花。
「僅かは体を大事にしなんし」
そっと肩に何かを掛けられた。
というか、夜夜様いつのまに移動したのですか。
「着物…」
触れてみると質のいい着物だった。たぶん、と言うか絶対夜夜様のだ。
「わっちのお古でよければ差し上げんす」
くすくすと笑う姿も艶やかって…もはや罪ではないだろうか。
鼻をくすぐる夜夜様の香りと着物のぬくもりにふっと笑い、月を仰ぎ見る。
「夜夜様」
「…?何でありんしょう」
「月が綺麗ですね」
少し悪戯をしたい気分だった。
夜夜様は一瞬目を丸くして、口元を押さえて笑いをこぼす。
「誘ってありんすの?」
「さぁ、どうでしょう?」
つられて私もくすくすと笑みをこぼす。
「わっちは安くありんせんよ?」
夜の主は色っぽく艶っぽく笑った。
―夜夜【やや】―