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春
―春―
「紫ちゃん」
優しい声に呼び止められ、クルリと振り向く。
そこにいたのは暖かく微笑む薄桃の着物を纏った女性。
「佐保姫さん」
朝の境内にやってきたのは春の主、佐保姫さんだ。
「ふふっ、久しぶりね」
「ええ、一年ぶりです。もう春なんですね」
四季を表す人とは一定期間しか会えない。当然なんだけど。
風にふわりと舞う佐保姫さんからは花の香がした。
「またお会いできて嬉しいわ」
「私もです。今年も一緒に桜見しましょうね」
「勿論!年に一度の楽しみなのだから」
嬉しそうな様子につられて私も笑う。
よく見ると、佐保姫さんにつられていくつかの花が咲いている。
「あらやだ、またやってしまったわ」
気付いたのか、照れたように下を向いた。
実はこれ、毎年のこと。この後花の主に注意されるのだ。
「くすっ、春ですね」
桜は未だでも、私にとってこの光景こそが春の始まり。
「もう、紫ちゃんの意地悪っ」
佐保姫さんの頬も、花に負けない桃色だった。
春は、もうそこに
―佐保姫【さおひめ】―