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Creators Heaven  作者: 八木山ひつじ
第二章
9/21

第九話


 数分後。

 ホームルームが終わると同時に、一善はあっという間に好奇心旺盛なクラスメイトたちに取り囲まれた。

 サトゥルヌスの「知り合いみたいだし」というはた迷惑な思いつきで、隣の席という役目を押し付けられた正示もまた、彼女と同じく級友たちの包囲網の中に捕らえられていて、

「えっと、神代さん?」

「一善でいいよ。固っ苦しいのは嫌いなんだ」

 ばちん、と音が聴こえるほどの見事なウィンクに、真面目一本で通っている眼鏡のクラス委員が、頬を朱に染めつつ尋ねる。

「海外を転々って柴田先生がおっしゃってましたけど、具体的にはどの辺りに?」

「どの辺り、って云われてもなあ……」

 ぼやきながらも、一善は視線を天井へ。記憶を探り、思い出した端から国名を口にして、指折り数え始める。

 すらすらと暗唱される国の数はすぐに十を数え、三十を過ぎ、五十を越えた辺りから、すごいすごいと騒いでいたクラスメイトたちも、ただただ絶句するばかりで、

「あと行ったこと無えのは――ま、宇宙ぐらいなもんだろ」

 呵々《かか》と笑う一善に対し、向けられる視線はもはや好奇を越えて尊敬の眼差しであった。

 尚も矢継ぎ早に向けられる質問に対し、一善は怯む事なく、開けっ広げに答えていく。

 身長は百七十五センチ、体重に関しては「これでも一応レデェだかんな」と黙秘。星座は獅子座で血液型はB型、好きな食べ物は果物全般、嫌いな食べ物は特に無し。好きな色は青――なにしろ空と海の色だかんな――で、座右の銘は『一日一善』。

 軽快に受け答えする一善に、転校生にありがちな気負いや緊張など皆無であった。男女問わず、誰に対しても旧知の友と再会したかのような自然さで振る舞い、気が付けばこの短時間ですっかりクラスに溶け込んでいる。

 ただ一人、既に対面を済ませていた正示だけが、かすかに違和感を覚えていた。

 確かに、彼女の天真爛漫、明朗快活、人懐っこく親しみやすい性格は、たとえ初対面であっても気兼ねなく接することができる。一善も一善で、「遠慮でもしようものならただじゃおかねえぞ」とでも云わんばかりの態度であるから、余程気合の入ったひねくれ者でもない限り、打ち解けられない方が難しいとも思う。

 だが、本当にそれだけだろうか。

 それだけで、総数四十を数えるクラスメイトたちと、こんなにも容易く打ち解ける事が出来るものであろうか……

 と、ぐるぐると考えていたところで、

「そういえば、正示とはどういったご関係で?」

 ふとした拍子に名を挙げられ、はっと我に返る。

 ついで、その内容に遅まきながら血の気が引いた。

 正示は普段、自身のアドレス能力はもちろん、〈クリフォトスフィア〉に所属していることもひた隠しにしている。

 前者は穏やかな日常生活を送るためだ。当然と云えば当然だが、世間一般のクリエイターに対する風当たりは冷たい。昨今ではすっかりテロリストの代名詞として用いられているし、空現法が施行される以前から、人ならざる力を行使する感染者、というイメージが定着してしまっている。

 とは言え、アドレス能力自体はさして珍しいものでもない。昨今の若者ならば、力の大小に拘らなければ百人に一人は何らかのアドレス能力を保有しているし、空現法に触れさえしなければ、精々変わった特技を持っている程度の扱いで済む。

 問題は後者だ。

 一応は特務機関と云う性質上、〈クリフォトスフィア〉における機密隠匿の類いはそこそこに厳しい。

 それがたとえ、敵対組織である〈セフィラスフェザー〉はおろか、多少事情に詳しい一般市民にすら知れ渡っている公然の秘密であったとしても、やはり世界の平和を守る組織団体は人知れず活躍せねばならないという暗黙の了解があるのだ。

 さぁ弱った。もしも自分の正体がバレでもしようものなら、最悪、一善と入れ替わりに強制的に転校させられる可能性もある。

 降って湧いたいきなりのピンチに、正示は祈るような思いで必死のアイコンタクトを敢行し、

「……関係っつっても、昨日会ったばっかなんだけどな」

 どうやら、一善も察してくれたらしい。

 ほっと胸を撫で下ろし、正示は心の底から感謝を覚えるも、

「悪漢共にしつこく絡まれて困ってたトコに、颯爽と駆けつけて助け出してくれたんだ」

 続く言葉に、感謝の気持ちは一瞬で吹き飛んだ。

「いやァ、凄かったぜェ? 逆上して殴りかかってきた連中相手に切った張ったの大立ち回りよ。ジャブにアッパー、フックを追わせてボディ・ボディ・チンで楽々ノックアウトさ」

 軽快なシャドーボクシングと共に嘘八百を並べ立てる一善の台詞に、地鳴りのようなどよめきが起きる。クラスメイトたちの視線が四方八方から突き刺さり、物理的な痛みすら覚えるほどだ。

「あの遠藤が、なぁ……」「そんな強そうには見えないけど」「そもそも誰よアイツ、なに関係?」「今いねえけど、ジンタのダチっしょ? 漫研じゃねえの?」「アレだよほら、二年の“魔女の弟子”、早川女史の腰巾着」「キャラ違うよなぁ」「馬ぁ鹿、能ある鷹は爪を隠すってヤツだよ」「どうだ遠藤、お前さえよければ我が空手部に」「いやいや我が柔道部にこそ必要な逸材よ」

 創凜学園に入学して一ヶ月、クラスでも極力目立たない立ち位置を、それなりに苦心して築き上げてきた正示のイメージは、ここにきて脆くも崩れ去ってしまった。

「まるで映画に出てくるヒーローみたいだったぜ? なぁ、セージ」

 悪魔のように底意地の悪い笑みを浮かべつつ話を振ってくる一善に対し、正示はもはや、弱々しく頷くことしか出来ない。

 それからが大変だった。

 一善の虚言のせいで、男子連中はいつもより踏み込んだ、有り体にいえば暑苦しい態度で接してくるようになったし、女子グループから向けられる視線も、どこか賞賛めいたものが混じるようになった。

 一善の意図は不明だが――多分、単なる悪戯心であると踏んではいるが――今や、正示のクラス内での評価はうなぎ上りである。

 正直ありがた迷惑な話ではあるが、かといって事あるごとに絡んでくる一善を無下に扱うわけにもいかず、平時ならば退屈極まりない授業時間は、飛ぶように過ぎていったのであった。

 

  ▼

 

 そうして、ようやく迎えた放課後。

 いつのまにやら姿を消していた一善から開放され、正示は一人、美術室に居た。

 ただでさえ芸術関連の授業が多い創凜学園において、わざわざ美術部に所属する酔狂な生徒は少ない。その数少ない奇特な部員ですら早々と帰宅してしまい、正示は広い室内のど真ん中に陣取っていた。

 軽音部だろうか、オルガンとギター、ベースとドラムによる即興のセッションが遠く響いてくる中、立て掛けたスケッチブックに向かい、無心で黒鉛を滑らせる。

 目に映る対象物から、時間をかけて陽光と陰影を写し取っていくデッサンも嫌いでは無いが、自分はやはり気軽に描けるスケッチが好きだ。

 描く。描く。描く。

 思考から言葉が抜け落ちていき、入れ替わりに心に浮かぶ風景が鮮明になっていく。

 今はまだ頭の中にしか存在しないものを、出来るだけ丁寧に、正確に描き出していく作業に没頭する。

 おかげで扉が開く音にも、背後から近付いてくる足音にも、まるで気が付かなかった。

「……サキ、か?」

 いきなり耳元でそう囁かれ、ずいぶんと間を置いてから、

「――うわぉう!?」

 自分でもどこから出したのか、と思うほどの大声が出た。

 バネ仕掛けのおもちゃの如く振り返れば、そこには腰を曲げ身を乗り出した格好の一善がおり、

「か、神代さん……?」

「おう。ずいぶん探し回っちまったぜ」

「す、すいません……」

「お前が謝るこたァねえよ。こっちが勝手に探してたんだから」

 応じながらも、一善の視線はスケッチブックを見つめたまま動かない。

 そこ描かれているのは、想像から切り出した沙希の姿。飾り気の無い質素なワンピースを着て、何処か人気の無い海辺に立っている。その顔に表情らしい表情は無く、どこまでも透徹な瞳がじっとこちらを見据えている。

「しっかし、うめェもんだ……。アタシはこっち方面からっきしだかんなぁ。絵ぇ描けるヤツぁ、マジに凄えと思うよ」

 うんうんと頷きながら感心しきりの一善に対し、

「は、はぁ……。ありがとうございます」

 もごもごと礼を述べつつ、正示は頬に若干の熱を感じる。

 ――どうにも、照れるよなぁ……。

 完成品ならまだしも、製作途中の作品を眺められるのはどうも苦手だ、と正示は思う。何故かと問われると説明しづらいのだが、要はあれこれと試行錯誤している様を見られたくないんだろう、と適当な理由をでっち上げる。

「なぁ、これは動かねえのか?」

「――はい?」

 唐突な問いかけに、思わず問い返す。

「や、なんだっけかホラ、昨日もやってたじゃん。でっかい虎描いて、ぐわーっと吹雪出してさ」

「アドレス能力、ですね」

 そうそうそれそれ、と頷く一善に対し、正示はわずかに違和感を覚える。

「……というか、やってたじゃんって事は――」

 気付き、

「見てたんですか!?」

「応よ。サキが相手の挑発に乗っかって血圧上げた辺りからな」

「ほぼ最初っからじゃないですか!」

「いいじゃねえか、おかげでアタシも最っ高にカッコイイタイミングで登場できたんだし」

 続々と明らかになる真実に、正示は驚くやら裏切られた気分になるやらで、もはや溜め息しか出てこない。

 そんな正示の落胆など歯牙にもかけず、一善はへらへらと笑いながら、

「で、この絵は動かないのか?」

 改めての問いに、

「――え、っと……」

 そこで、言葉に詰まる。

 時間にすれば、秒の半分ほどの空白。

 だが、それを一善が見逃してくれるはずもなく、

「ん? なんか訳有りだったか?」

 声には、まだ言い逃れが出来るぐらいの余裕が含まれていた。一善なりに気を遣ってくれたのだろう。言うも言わぬもお前次第だ、と。

 さりげない配慮に感謝を覚えつつも、正示は迷う。

 一善の厚意に甘え、曖昧にごまかすことは出来る。多少不実ではあるが、嘘を吐くことも。

 しかし、正示は、

「……その、僕は」

 気が付いた時には、そんな言葉が口をついて出ていた。

 しばしの間を置き、なおも続けて、

「あんまり、好きじゃないんです。その、自分の、アドレスを使うの」

「……ふゥん?」

 返答に、一善は追求するでもなく、再度絵を眺め始めた。

 微妙な気まずさに耐え切れず、正示は多少強引に話を逸らそうと試みる。

「と、ところで神代さん?」

「一善で良いっつったろうが」

 刃物の切っ先のような鋭い視線でぎろりと睨まれ、正示は慌てて背筋を伸ばし、

「い、一善さんは、なんで僕を探してたんですか?」

 素朴な疑問に、一善は相好を崩す。「そうだったそうだった」と独りごちた後、

「ちィっとばかし訊きたいことがあってな。別にサキでもエリカでも良かったんだが……」

 一拍の間を挟んで、

「まぁいいや。セージ、これからなんか用事あるか?」

 急な尋ねに、正示はええと、と少し考える。

「……昨日みたいに緊急出動の要請が無ければ、これといって、特には」

「オウケイオウケイ、そんじゃあさ」

 返答に、一善は上機嫌そのものといった感じの笑みを浮かべ、

「良いモン見して貰った礼にさ、夕飯奢ってやっからよ。買い出し付き合えや」

 有無を云わさぬ命令口調で、そう誘ってきたのであった。

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