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Creators Heaven  作者: 八木山ひつじ
第一章
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第四話

 ガスマスクの二人組みが、西部劇のガンマンを思わせる素早さで、カーゴパンツのポケットからスプレー缶を抜き出す。

 即座に迎撃態勢を取る正示と沙希に対し、二人のうち、ひょろ長の方が飛び出してくる。

 シャカシャカシャカとリズミカルに缶を振りつつ距離を詰め、

「ヴァンダル・ブラザーズが三男! “ファイアワークス”のチャーリーだァ!」

 あからさまな偽名を名乗ると共に急停止。ぷしゅう、と音を立てて吐き出された紫色の霧が、遮蔽物の存在しない空中に付着し、腕の振りに導かれ巨大な円形を描く。物理法則を無視した、見紛う事なき異能の力――『アドレス能力』の行使であった。

 男はなおもスプレーを吹き付ける。枯れ枝のように細長い腕を振り回し、円の内部を毒虫色で埋めていく。噴霧の密度だけでグラデーションを表現、つるりとした光沢を持つ不気味な球体に、仕上げとばかりに導火線を付け加え、

「――二人まとめてブッ飛びなァ!」

 叫んだ直後、中空に描かれた絵を思いっきり蹴り付ける。

 弾き出されるようにして平面から立体としての実体を獲得した『爆弾』が、ぼよんぼよんとこちらに跳ね飛んでくる。

 ――速い!

 思い、正示は遅まきながら先ほどの爆撃の正体に思い至る。一般的な絵画系『アーティスト』の描画速度とは段違いの、異常ともいえるスピードであった。

 瞠目する正示をよそに、沙希はいち早く動く。

「突っ切るわよ、遠藤君!」

 指示を叫び、飛来する『爆弾』に向かって疾走を開始。

 導火線は目に見えて短く、もはやいつ爆発してもおかしくない。それでも沙希は足を止めずに、

「――防ぐ!」

 制服の内ポケットに手を突っ込み、取り出されたのは相当に使い込まれた万年筆。上等な蜂蜜のように深い琥珀色の万年筆を携え、沙希は右手を走らせる。

 空中に殴り書きされた一文は、短く四文字で、

『壁がある』

 短文は仄かに発光、すぐさま消滅。

 次の瞬間には、疾走する沙希と『爆弾』との間に、薄い壁が現れていた。

 出現した石壁に、沙希は体当たりでもするかのような勢いで密着、壁面になおも筆を滑らせ、

『高さ二メートル、厚さ十センチはあろうかという、強固な壁だ』

 描写を追加した直後、瞬く間に壁の高さ、厚さが倍化、爆発の衝撃を文字通り完璧に遮断する。

 沙希の保有アドレス、『小説家ストーリーテラー』の力――「文章執筆テキスト」から「描写追加デピクト」の流れるような連続技であった。

 壁越しに吹き荒れる熱風と噴煙の中、沙希は一瞬の躊躇も挟まず飛び出していく。

 即座に反撃に転じる沙希を援護するため、正示も急ぎ、後を追おうとして、

「――沙希さん!」

 鼻を突く刺激臭に気付き、慌てて注意を叫んだ。

 異臭の発生源を探り、未だ残る煙の奥に目を凝らす。

 ――見つけた!

 ひょろ長の後方、およそ三十メートルの距離に、巨漢の方が忙しく動き回っている。

 攻撃的な赤一色で描かれていくのは、過剰なまでにデフォルメされた爬虫類と思しきシルエット。その見た目に反した軽やかなステップで移動を繰り返し、遠目にも巨大な『作品ピース』を凄まじい勢いで仕上げて行く。

 どうやら沙希も気付いたらしい。小さく舌打ち、素早く牽制の「テキスト」を書き放たんとするも、

「オラオラ! よそ見してんなよ!?」

 図ったかのようなタイミングで『爆弾』が飛来。咄嗟に『壁』を書いて防ぐも、今度は描写を追加する余裕は無かった。

 爆破の衝撃に耐え切れず石壁が崩れ落ち、沙希の表情に苦いものが混じる。

「くっ……!」

 体勢を立て直すも、一手届かず、

「ナイスだ兄弟! ようやく、完成だぜ!」

 宣言通り、巨漢の男の傍らに全長三メートルはあろうかという大作が出来上がっていた。間を置かず、絵画全体がぼんやりと発光、『ピース』が現実へと現れ出でる。

「――ヴァンダル・ブラザーズが長兄! “フラッシュ”アンディだ!」

 怒声に応じるように、軽自動車程もある巨大なトカゲが、のっそりとした動作で首をもたげた。

 アドレス能力の中でも、爆弾のような即時性のある『インスタント』とは違い、自身に込められた作者の意志に従いある程度の自律行動を可能とする『クリーチャー』が、主の敵を討たんと這い寄ってくる。

「調子に乗って……!」

 苛立たしげに呟き、沙希が先手を打った。

『空中に矢が現れた』

 瞬く間に実体化した一本の矢が、弓も支えも無しに空中に浮かぶ。

『矢は次々にその数を増していく』

 流れるように描写を追加、沙希の周囲を取り巻くように幾本もの矢が番えられていき、

『引き絞られた矢の列が、眼前の敵目がけて放たれた』

 書き切った直後、総数三十を数える矢の連なりが一斉に射出された。

 風鳴りの音も鋭く重なり、必殺必中の征矢の群れが、ペタペタと前進するクリーチャー目がけて殺到する。

 しかし――

「甘ェんだよ!」

 作者の怒声に同期して、クリーチャーがぴたりと足を停めた。

 その喉元が、カエルのようにぷっくりと膨れるやいなや、全開にされた口部から暖色ばかりで構成された絵画の炎が吐き出された。

 迫り来る矢の雨を右から左に焼き払い、なおかつ沙希の前進を押し止める。

 炎熱の余波を受け、く、と歯噛みしながら後退する沙希を支え、正示は痛感する。

 ――こいつらは強い!

 異常なまでの描写速度に加え、各々の特性を活かした連携も取れている。

 ――このままじゃ……!

 心中に沸いた弱気を振り払うように、正示は沙希を見る。

 振り向いた彼女と、視線がぶつかる。

「お願い!」

「――はいっ!」

 応え、正示はポケットに手を突っ込み、自身の獲物を取り出した。

 深緑色のちびた鉛筆を左手に、キャップを外し準備完了。

 浅く俯き、呼吸を整える。絨毯爆撃の如く飛来する爆弾、肉迫するクリーチャーの猛攻を沙希一人に任せ、集中を研ぎ澄ませていく。

 左手を掲げ、逡巡は一瞬。

 ――描く!

 イメージするのは吹き荒ぶ風。熱という熱を奪い去る豪雪の白。

 そして――永久凍土の王者たる、巨大な白虎の姿。

 鉛の黒が、宙空に広げた白紙の上を滑る。一本、二本、三本と矢継ぎ早に数を増していく黒線は、幾重にも列なり交差して、確かな輪郭を描き出していく。

 威厳に満ちた三白眼に、鋭い牙がずらりと並ぶ上下の顎門。隈取りの如く刻まれた、白銀しろ漆黒くろとが交互に列成す縞模様。

 瞬く間に虎の頭部を描き出し、しかし正示は一秒たりとも休むことなく描き続ける。

 描く、

 描く!

 描く!!

 研ぎ澄まされていく集中に比例するように、さらに描画速度が上がる。一抱えもあるような太い首、瘤の如く盛り上がった背の筋肉、凍土を踏み締める強靭な前足――

 完全なる心象風景を描き切ろうと、正示はなおも一心不乱に鉛筆を滑らせ、

「――きゃあっ!」

 沙希の悲鳴を聞き、我に返った。

 顔を上げれば、爆風に弾き飛ばされたのか、上体を起こし立ち上がろうとする沙希の姿がある。

 その右足が、炎熱に炙られ黒く煤けているのを目にして、

「沙希さん!」

 叫ぶと同時、正示の持つアドレス、『挿絵画家イラストレイター』の力が、完成を待たずに解放。宙空に描いた白虎の絵画が、現実の世界へと躍り出た。

 沙希の元へ駆け寄る正示を背後に、頭部から胴体の中ほどまでを晒した白虎は、半身だけの中途半端な顕現にぐるぐると不満げに喉を鳴らす。

 威風の塊の如き虎の眼でもって、周囲をゆっくりと睥睨し、

「いまさらしてもおっせェんだよ!」

 声を張り上げ『爆弾』を描かんとするチャーリーを見据え、一拍。

 巨木の如き前脚でアスファルトを踏み締め、身を反らして大気を充填する白虎を見、弟の後方に位置していたアンディは即座に反転、一歩目から全力で走りだしながら、

「――逃げろ、チャーリー!」

 忠告も、時既に遅し。

 剛、と下腹に響く大咆哮と共に、全開にされた虎の顎門の内部から、猛烈な勢いで冬の嵐が吐き出された。

 身を裂くような烈風には、大人の頭部ほどもある雪塊が混じる。撒き散らされる白の奔流が、雪の津波と化して道路上に存在する全てを押し流す。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 十秒と経たぬうちに吹雪は止み、白虎の巨躯も、見渡す限りの雪原も、きれいさっぱり溶けて消える。後に残ったのは、沙希を庇うようにして構える正示と、吹雪に巻き込まれたのか歩道の隅で気絶しているチャーリー、

 そして、

「ビビらせやがって……」

 路地に入り辛くも難を逃れたアンディが、ぜぇぜぇと肩で息をしつつ、

「だが、これで仕舞いだ!」

 怒鳴り、ばちん、と音高く指を鳴らした直後、

「わっ!?」

 突然、正示の足元がぐにゃりと波打った。

 なんだ、と思う暇も無く、地面に張り付いて吹雪を避けていた『クリーチャー』が這い出してくる。

 熱したフライパンのように高温を発する背中から振り落とされ、沙希を抱いたままろくに受身も取れないまま着地した正示の目に、最悪の光景が飛び込んでくる。

 可動域を越えてばっくりと開かれたトカゲの口内には、ごうごうと音を立てて紅蓮の炎が渦巻いており、

「芯まで真っ黒にぶっ焦げちまいなッ!」

 だめだ、と正示は思う。

 迎撃、回避、防御、どれも間に合わない。

 刹那の判断、正示は胸元に抱いていた沙希から手を離し、せめてもと彼女の前に立ちはだかる。

「駄目、遠藤君! あなただけでも逃げなさい!」

 悲痛な叫びを背中で聞くも、正示は振り返らない。

 十字に交差した左右の腕の隙間、膨れ上がっていく炎弾から決して目を逸らさず、真っ向から対峙して、

 

 いきなりだった。

 

「――ン邪魔ぁっ!!」

 ずどん、と。

 大音声と共に乱入してきた何者かが、トカゲの横っ面に飛び蹴りをかました。

 今まさに放たれる寸前であった炎は、ぼふんと気の抜ける音を立て鎮火。目に涙を浮かべて斜めに傾いでいくトカゲの頭を足場に、謎の人影はバネ仕掛けのオモチャの如く跳躍、見事な後方宙返りを決めて着地する。

 ずうん、と重々しい音を立てて『クリーチャー』が倒れ込み、その場にいる誰もが状況を飲み込めず沈黙する中、闖入者は出し抜けに口を開いた。

「……ずいぶんと楽しそうなコトしてんじゃねえか」

 胸を張ってがっしと腕組み、大胆不敵にニヤリと笑い、

「アタシも混ぜやがれ!」


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