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Creators Heaven  作者: 八木山ひつじ
第四章
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第十七話

 

「旧東都タワー、か……」

 そう呟いて、椎名は溜め息と紫煙とを一緒くたに吐き出した。

 滅多に表情を変えることのない彼にしては珍しく、片眉を上げた呆れ顔で、なおも続ける。

「いかにも奴らが好きそうな、子供染みた趣向だ」

 一善が連れ去られてから、三時間。

 正示たちは、ひのと区は柴荘園しばそうえんに建つ、第一東都タワーを見上げていた。

 きのえ区は第二東都タワー、通称ライジングツリーの完成と同時に半ば観光名所としての役目は終えたとはいえ、インターナショナルオレンジに彩られた尖塔は、今なお巨大な松明の如く煌々と東都の夜を照らしている。

 周囲を見回せば、巨大な装甲車両が列を成して並び、ライオットシールドを手にした完全武装の隊員たちが隊伍を成して車道を封鎖しているのが見て取れる。緊急出動命令によってかき集められた、特課と機動隊による混成チームである。

 視線を後方へ。距離にして五十メートル。相対するのは、総勢百名以上の<セフィラスフェザー>に所属するクリエイターたちである。アドレスによって作り出されたと思わしき壁や金網、レンガや木材といったおよそ統一感のかけらもないバリケードの向こうには、臨戦態勢のクリエイターに加え、巨大な『クリーチャー』の姿も何体か確認できる。

 いく度か行われた小競り合いの際に捕らえられたクリエイターの証言によれば、計画は昨夜未明に伝えられたばかりだと云う。

 ――約束の時が来た。

 ――総員、旧東都タワーを目指せ。

 ――『再創世リジェネシス』を執り行う。

 およそ計画とは言い難い抽象的な内容なのだが、〈セフィラスフェザー〉に所属する者にとって、それは特別な意味合いを持つ号令らしい。現在確認されているだけで、およそ六百人近くのクリエイターが集結、十重二十重に東都タワーを取り囲んでいる。

 防衛線が築かれてからは、人質として捕らえられていたタワー内部で働いていた職員、訪れていた観光客の全員が解放され、今や東都タワーは完全に占拠されていた。

 事態に呼応するように、ここ数カ月ゴタゴタが続いていた関西方面では暴動に近い騒ぎが起こっているらしい。そちらに出向いている仲間の助力は、どうやら期待できそうもない。

「準備は良いか? 沙希、遠藤」

 椎名の呼び掛けに、正示は現状確認を切り上げる。

 よし、と短く息を吐き、停車してある車体に背を預ける椎名の元へと駆け寄り、

「お前たちの目的は唯一つ、神代・一善の奪還だ。制限時間リミットはあと一時間弱、奴らの言うところの『リジェネシス』が起こってしまえば、我々の負けだ。雑魚は我々で抑えておく。いつも通りだ、好きにやれ」

「了解しました。ですが……」

 隣、はた目から見ても気合十分な沙希が答え、

「幾つか質問しても宜しいですか?」

 出し抜けに、いつになく強い語調で続ける。

「神代さんを救出することに異論はありません、しかし――」

 挑みかかるように、椎名を射貫くような視線を向けつつ、

「彼らは、なぜ神代さんを連れ去ったのですか? 彼らの言う『リジェネシス』とは、いったい何が起こるというのですか?」

 沙希の問いに、椎名はわずかに口元を歪める。

「字面通りの意味だよ。奴らは、出来の気に入らないこの世界をぶっ壊して、もう一度最初から作り直すつもりなのさ」

 煙に巻くような返答に、沙希はなおも食い下がろうとするも、椎名はさぁ、と強引に会話を打ち切って、

「あまり長話している余裕もない。作戦開始だ」

「……でも、その……」

 恐ろしく気が立っている沙希を刺激しまいと、正示はおそるおそるといった感じでバリケードの方向を見やる。

「……どうやって近付くんです?」

「なに、道はつけるさ」

 言うや否や、椎名は背もたれ代わりにしていた黒塗りのベンツをあごで示し、乗れ、と促す。

 生返事とともに後部座席に乗り込みつつ、そこはかとなく嫌な予感を覚える。正示の記憶によれば、椎名が運転する車に乗るのはこれが初めてであり、普段運転しているところも見たことがない。ちらりと隣の沙希を見やれば、こちらも微妙に戸惑い顔である。

 そんな正示の不安をよそに、運転席に座った椎名はエンジンを始動、慣れた手つきでカーラジオを操作する。予想通りではあるが、どの局も予定していた番組を中断し、〈セフィラスフェザー〉による東都タワー占拠の緊急放送ばかりであった。

 ザッピングを続ける椎名の手が、ふと洋楽専門チャンネルで止まる。騒々しいジングルを挟み、DJが興奮気味に次の曲名をまくし立てている。聞いたことのないアーティストの、聞いたことのないタイトルだ。

「さて、と――」

 曲が始まるまさにその瞬間、椎名はいきなり車内のボリュームを最大まで引き上げ、

「二人とも、シートベルトは締めたか?」

 響く爆音に顔をしかめつつ、「は、はい」と沙希が、「はい?」と正示が聞き返した直後だった。

「出撃だ」

 言うが早いか、椎名はアクセルを底まで踏み込んだ。

 キュラキュラキュラと金切り声を上げて、車体は跳ね飛ばされるようにして発進。シートベルトが肩に食い込み、反射的に悲鳴が漏れる。防衛線を張る特課と機動の両隊員が、異常に気付き慌てて左右に飛び退いていく様が辛うじて見て取れる。

 障害物の消えた道を、椎名はなおもアクセルベタ踏みのまま直進。行く手にそびえるバリケードとの距離が、寒気がするほどの速度で縮まっていき、

「と――統さん!?」

「喋るな、沙希。舌を噛むぞ」

「ぶつかる! ぶつかりますって!」

「心配するな。ベンツのウリはその丈夫さにある。さすがに世界一の科学力を自負するだけはあるな」

 淡々と応じながら、椎名はブレーキを踏む抜くと同時にハンドルを右へ。

 前輪が断末魔の如き絶叫を放ち、車体後部が遠心力に振られてバリケードに激突。

 ガツンと正示の左半身に凄まじい衝撃が発生し、しかし驚き叫ぶ暇も無く、椎名はもう一度アクセルを底まで踏み抜く。

 法定速度を嘲笑うようなスピードでバリケードの薄い部分を捜索、進攻、即座に発見。

 再度のドリフトを決めればそこに、目を見開いた驚愕の表情で固まるクリエイターたちの顔が並んでいた。

 一瞬の躊躇も挟まず、椎名はめいっぱいアクセルを踏み込む。

「――統さん!? 前、前!」

「前? ああ、雑魚が山ほど群れているな」

「わ、わ、わぁー! 轢く! ぜったい轢いちゃうぅ!」

「そう騒ぐな。死にたくなければ向こうが勝手に避けるさ」

 今やフロントガラスの向こうには、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 車外がおろか、車内でも、正示はおろか、沙希まで悲鳴を上げていた。

 あろうことか、椎名は鼻歌まじりの上機嫌であった。

 瞬く間に坂を上り切りタワー脇の駐車スペースに侵入、最後のドリフトを豪快に決めたところで、計ったように曲が終わった。

「着いたぞ」

 言うが早いか、椎名は車外へと出る。

 後部座席に残された正示は、どっどっどっどっと盛大に跳ねる心臓を右手で押さえながら、

「し、死ぬかと思ったし、殺しちゃうかとも思った……」

 隣では、これまでに見たことのないほど青い顔をした沙希が深呼吸を繰り返しており、

「……今後、余程の事がない限り統さんの運転する車には乗りません……」

「ど、同感です」

「二人とも、早くしろ」

 急かす声に、よろよろと車外へと出る。

「行け。俺はここで後続を食い止める」

 命じながらも、椎名は既に内ポケットから煙草を取り出し、一服着けていた。

「で、でも――」

 見れば、既に数十人からなる追っ手の集団がこちらに向かってきている。

「いいから行け。じきに特課機動の連中も追いついてくるだろうさ」

 なおも惑う正示に対し、沙希の反応は素早かった。

「……御武運を」

 言い置き反転、すぐさま疾走を開始。タワー下部に建つビル入り口を目指す。

「ま、待ってください沙希さん!」

「遠藤」

 不意の呼び掛けに、沙希を追おうとしていた正示はつんのめるようにして足を止めた。

「な、なんでしょうか?」

「――あいつを。一善を、頼む」

 答えを待たず、行け、と首を動かす椎名に対し、正示は大きく頷きを返す。

 先行する沙希に追いつき、決して振り向きはせずに、胸中の不安を口にする。

「……椎名さん一人で、大丈夫でしょうか」

 正示の心配に対し、沙希はフ、と小さく笑った。

「心配は要らないわ」

 彼女が心の底から敬愛する、叔父によく似たシニカルな笑みを浮かべて、

「あの人は、私たちが<クリフォトスフィア>に入隊されるまでの一年間、何のアドレス能力も用いずに三桁にのぼるクリエイターを拿捕してきたのよ?」

 

  ▼

 

「さて――」

 根元近くまで吸った煙草を律義に携帯灰皿にねじ込み、椎名は周囲を見回す。

 椎名から十メートルほどの距離を空け、〈セフィラスフェザー〉のクリエイターたちがぐるりと取り囲んでいた。

 先ほどの暴走に巻き込まれたのか、皆一様に青ざめた顔で、吐く息は未だ荒いままだ。

 と、数十人からなるクリエイターたちの一群から、ガスマスクをかぶった大男が歩み出る。左右には、同じ格好をしたひょろ長と小柄の二人が控えていた。

「噂どおりキレてやがんなあ、『不能(タタズ)の四番』さんよぉ……」

 大男の台詞に、椎名はふむ、とひとつ頷き、

「貴様らこそ、その酔狂な格好……。沙希の報告にあった『グラフライター』だな?」

「応ともよ! 実働二部第五遊撃隊、ヴァンダル・ブラザーズたァ、俺様たちのこった!」

 名乗ると同時に、三人揃ってスプレー缶を取り出し噴霧を開始する。

「アドレスも無ェ一般人に、俺様たちが止められるかってんだよォ!」

 みるみるうちに描かれていくデフォルメされた爆弾、ミサイル、トカゲを順番に見回し、椎名はふむ、と二度目の頷きを置いて、

「成る程、確かに想像以上の描画速度だ。沙希や遠藤がてこずるわけだな」

 率直な感想を口にした後、のんびりと左右の手をジャケットの内側へと差し込んだ。

「ならば、こういうのはどうだ?」

 するりと懐から取り出されたのは、鈍い光を放つ鉄の塊だった。それも、右と左にニ丁である。

 ベレッタM92Fカスタム。海を渡った欧州のデザイナー、国内には存在しない『銃器職人ガンスミス』に製作を依頼した特注品の『アーティファクト』だ。

 ドラマや映画でしか見ることのない凶器を前に、クリエイターたちは明らかに慌てふためき、

「あ、兄貴ぃ!?」

「バ、バカヤロウ! エアガンに決まってンだろが!」

「試してみるか? 弾装は残念ながらゴム弾だが、命中あたれば骨の一、二本は砕けるぞ?」

 言うやいなや、椎名は無造作に銃を構える。

 左右のニ丁を完成間近の作品群に向けて、躊躇いもせずトリガーを引いた。

 ダンダンダンと、規則正しく三連発。

 放たれた弾丸は、吸い込まれるようにして爆弾の中心、ミサイルの弾頭、トカゲの頭部を射貫く。

 間を置かず三連続の爆発が起こり、噴煙が晴れた後に残ったのは、全身真っ黒に煤けた三人組の姿だけだった。

「――『製作途中を狙え』、対絵画系アーティスト戦の定跡だ。『創作活動ピースメイク』の途中で作者の集中が途切れてしまえば、行き場を失った力は暴発するしかない」

「てっ、てめえっ! 汚えぞ!」

「阿呆が。聞きわけのないガキを躾けるのに、汚いも糞もあるものか」

 言い捨て、椎名は次なる獲物を探すように周囲をねめ付ける。

「特務機関〈クリフォトスフィア〉、独立執行部隊・隊長――<無感動アディシェス>の椎名・統」

 その顔に、痩せた三日月のように酷薄な笑みを浮かべて、

「さぁ、お仕置きの時間だ」

 乱戦の火蓋を切った。

 

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