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Creators Heaven  作者: 八木山ひつじ
第三章
13/21

第十三話


 週末、日曜日。

 見上げる空は抜けるような五月晴れで、気温も高く一足早く夏が来たかのような陽気である。

 そんな絶好の行楽日和びよりに、正示はみずのと区は天ノあまのはら駅前にいた。

「――何を呆けているの、遠藤君。見失うわよ?」

「は、はい……」

 傍らには、いつも通り涼しげな顔の沙希がいる。

 いるのだがしかし、その格好がいつもとは少し勝手が違った。

 モノトーンのプリントティーシャツに、デニムのタイトなミニスカート、厚底のやたらと重そうなブーツに、ウィッグによって腰の辺りまで伸長された長い髪、「PAPERBACK」とロゴの入ったキャップを目深にかぶっている。

 あまり肌を晒すことを好まない沙希にしては相当に珍しい活動的な服装だが、普段とのギャップも相俟ってか、とてもよく似合っていると思う。

 転じて、己が姿を見下ろす。

 この陽気の中、全身黒の総レザーである。上下はおろか靴や財布といった小物まで革素材で、通気性は最悪といっても過言ではない。沙希と同じくウィッグによって肩まで伸びた長髪に、トドメにゴーグルタイプのサングラスという出で立ちで、黒光りする生地が容赦なく太陽光を集めるせいか暑いというかむしろ熱い。

 無論、これが正示の普段着というわけでも、ふとした拍子に超自然ガイアがもっと俺に輝けと囁いているのを聴いたわけでも、枕元にアフロヘアーのロックの神様が立って「YOU、ロックに目覚めチャイナヨ!」という有難いお告げをくださったわけでもない。

 沙希の見立てで――おそらくは、彼女の敬愛する叔父のスタイルを投影して――正示とは分からぬよう、変装しているのである。

 確かに、この姿をクラスメイトや知り合いが見てもまさか正示だとは思うまい。思うまいが、これはこれである意味注目を集めてしまう気もする。

 では、何故こんなコスプレ紛いの扮装をしているのか。

 話は昨晩に溯る。

 

  ▼

 

 ここ数日、連日連夜続いていた一善からの誘いもなく、正示は久しぶりに、本当に久しぶりに予定のない放課後をまるまる休養に当てていた。

 だが、人生というものは往々にしてままならないものである。寮の自室でうとうとしていたところに沙希からの着信で叩き起こされ、今から会えないかと切り出されたのだ。

 受話器の向こう、有無を言わせぬほど切迫した響きに、おっかなびっくり指定された学校近くの喫茶店へ赴けば、沙希は出し抜けに他言無用を前置いて、己がプランの説明を始めた。

 その名もズバリ、「神代・一善、極秘調査計画」である。

 なんでまたそんな真似を、と問えば、沙希曰く、ここ数日の一善の行動には、明らかに不審な点が見受けられるという。

 切っ掛けは、沙希のクラスメイトからもたらされた目撃情報であった。

 人当たりはよく成績もそこそこだが、あまり素行の良いほうではないらしい彼は、その日も仲間たちと夜の双篠杜ふたしのもりを遊び回っていた。日付も変わろうかという頃になって、ぼちぼち家に帰ろうか、それともどこかで夜明かしするか、と仲間と相談していると、雑踏の中に見覚えのある顔を見つけた。学年こそ違えども、今や創凜学園に通う生徒でその名を知らぬ者はいないスーパー転校生、神代・一善である。なんの気なしに声を掛けると、彼女は持ち前の人懐っこさを遺憾なく発揮、ものの数分ですっかり彼らと打ち解けたそうだ。気を良くした彼は、是非にと一善を夜遊びに誘ったのだが、どうも先約があるらしくやんわりと断られてしまった。「暇になったらイの一番で」と約束を交わし、そこで別れたのだとという。

 今まで散々こちらの都合など無視してあちこち連れ回していたにも拘わらず、ぴたりと誘いが止んだと思えば、夜な夜な一人で繁華街を徘徊しているとはいったいどういう了見か。

 憤慨した沙希は、さっそく本人に直接文句を言いに行こうとして、はたと思い止まる。

 四六時中一善に付き合っていた正示とは違い、沙希は未だ彼女の正体に疑念を抱き、独自に内偵を進めていたらしい。とはいえ、椎名に尋ねてみてもなしのつぶて、執行部の上級アカウントを用いて本部のデータを片っ端から漁ってみてもそれらしい情報は皆無と、調査は暗礁に乗り上げていた。

 ――或いはこれこそ、正体不明の一善の正体を探る、またとない機会かもしれない。

 一善の奇行について、なにか思い当たるフシはないかと問われ、正示は反射的に言葉に詰まる。そんな致命的な隙を沙希が見逃してくれるはずもなく、以前〈セフィラスフェザー〉と接触するにはどうしたらいいか尋ねられたことがあると白状すると、今度こそ沙希の目の色が変わった。

 もしかしたら、一善は密かに〈セフィラスフェザー〉に寝返ろうとしているのかもしれない。

 まさか、と否定的な正示に対し、沙希は認識が甘いと一蹴。寝返ってからでは遅いし、たとえ彼女にその気が無くとも、荒鬼ヶあらきがおかでの乱闘の際、一善が見せた埒外な身体能力を鑑みるに彼女がなんらかのアドレス能力を保有しているのはまず間違いなく、たとえ成り行きから一戦交えたとはいえども、才有るクリエイターを広く集める〈セフィラスフェザー〉が接触してくる可能性は高いというのだ。

 いくら椎名の誘いをすげなく断ったとはいえ、あの《・・》一善が敵に回るはずが無いとも思うのだが、正示も断言はできない。彼女に限って言えば、そっちの方が面白そうだからという理由であっさり了承してしまう気もする。

 詳しく事情を聞いていくうちに気が付いたのだが、沙希も沙希なりに、一善には一目置いているらしい。疑念を抱くというよりはむしろ、違うのだと確かめたいという思いの方が強いようだ。

 ともあれ、正示は止めようとした。まだ一善が〈セフィラスフェザー〉に寝返ると決まった訳でもないしと主張し、個人のプライバシーは尊重すべきでは、と倫理面からも訴えた。疑わしきは罰せず、触らぬ神に祟り無し、である。

 しかし、相手は誰あろう“思い込んだら頑固一徹”の沙希である。正示が異論を差し挟めるはずもなく、「はぁ」だの「まぁ」だのと相槌を打っているうちに、半ば強制的に協力する羽目になっていた。

 計画の概要はこうである。明日の朝一番、本部で合流した後に一善の自宅を見張り、外出した際には追跡、彼女の動向を探る。もしも〈セフィラスフェザー〉との密会の現場をおさえた場合、即座に捕縛する。

 およそ計画とは言い難い、場当たり的に過ぎる内容だったが、一度スイッチの入った沙希を止められようはずもなく、翌朝五時には〈クリフォトスフィア〉本部ビルに赴き彼女の持ち込んだ変装に着替え、一善の住むマンション前に張り込んで……

 

  ▼

 

 そうして、現在いまにいたる。

 今のところ、一善が尾行に気付いた様子は無い。家族連れや観光客でごった返す天ノ原駅前を右に左に寄り道しながらぶらつく一善を追って、正示たちも慎重に歩を進める。

 ほどなくして、一善の目的地が判明した。

 駅を降りた時から、沙希から「ひょっとしたら」と推測を聞かされてはいたのだが、どうやら予想は的中したらしい。

 一善が入っていったのは、国内で最も古く、最も有名な動物園――天ノ原動物園であった。

「……普通、女子高生が休日に一人で動物園に遊びに来る? ますますもって怪しいわ」

「……一善さんの場合、『普通』の女子高生って訳でもないと思うのですが……」

 正示のツッコミに苦い顔をしつつも、沙希は尾行している者とは思えないほど堂々と、動物園入り口へと向かう。

 入園料は高校生一人につき六百円。正示が使い慣れない財布を取り出した時には既に、沙希が二人分の代金を支払っていた。

 ホッキョクグマとプレーリードッグというなんとも象徴的なパスを手に入園、さて一善は、と周囲を見渡して、すぐさま発見する。

 正示たちが入園するまでのわずかな時間に何があったのか、さっそく見知らぬ家族連れと仲良くなっており、五歳ほどの少年を肩車してレッサーパンダを眺めていた。

 少年と一緒になってきゃいきゃい歓声を上げている一善を見、正示は盛大に脱力しつつも、

「……まさか、あの家族が〈セフィラスフェザー〉ってことは……」

「……ある訳ないでしょう? どこからどうみても、ただの一般人よ」

 はぁ、と溜め息を一つ、沙希は気を引き締めるようにキャップをかぶり直す。

「とはいえ、まだまだ油断はできないわ。気取られぬよう細心の注意を払うこと。良いわね?」

 ゾウのエリアに移動した一善を追い、正示たちも目立たぬよう、手近な檻を眺めつつ尾行を続ける。

 一種の動物に対しじっくり時間をかけて観察する一善に付き合って、必然、正示たちも長時間檻の前で過ごすことになる。

 会話らしい会話もなく、じりじりと時間だけが過ぎていく。

 変化は一善が五つ目の檻、ペンギンを眺めている時になって訪れた。

「……こう、何をしたって訳でもないのだけれど、ものすごく不愉快な顔してるわね。こいつ」

 不意打ちの呟きに、正示は一善に向けていた視線を戻す。

 柵の中、もっちゃもっちゃとエサを咀嚼している四足獣を見、次いで解説の記載された看板を見て、

「バク、ですか。実物を見るのは初めてだなぁ……」

「いかにも悪夢を食らう幻獣らしい、いやらしい顔付きだわ」

 フン、と鼻を鳴らしつつも、沙希の視線はもっちゃもっちゃと咀嚼を続けるバクから動かない。

「あ、一善さん移動するみたいですね」

「そ、そう……」

 名残惜しそうに何度か振り返りつつ、連れ立って檻を離れる。

 まるで生来の姉弟であるかのように仲睦まじい少年と一善を追って、新たな檻の前に陣取る。

 またもしばらく無言が続いた末に、

「……この鳥、なんでこっちを睨んでいるのかしら?」

 今度は正示も気が付いていた。檻の近くにいる大型の鳥類。青銅のようにくすんだ羽毛に、黄金色の瞳。二本の足ですっくと仁王立ち、木靴のような嘴を引いてこちらを見ているその様は、確かに沙希を睨みつけているようにも見える。

 それにしても動かない。じっと沙希を見据えたまま、瞬き一つしない。あまりにも動かないため、最初は彫像かとも思ったほどだ。

 正示は再度看板に目を通し、

「ハシビロコウって名前らしいですけれども……。アフリカの鳥みたいですね」

 説明も、沙希の耳には入っていないようだ。

「……なによ、なにか文句でもあるワケ?」

 双方微動だにせず、瞬きもせずに睨み合っている。互いの視線がぶつかって、火花でも出そうな勢いである。

「あ、次行くみたいですね」

「…………。」

「さ、沙希さん? 一善さん見失っちゃいますよ?」

 正示の促しに、沙希は今にも舌打ちせんばかりの渋面で、ようやく檻から離れてくれた。

 次なる動物は、これまでより比較的メジャーな動物であった。

 カバである。

 だが、しかし、

「ず、随分と大きいのね……」

「そ、そうですね……。なんかこう、もっとのんびりしてるイメージがあったんですが……」

 柵の向こう、ばふぁあ、と口を開け発達した犬歯を剥き出しにするカバの偉容を目の当たりにして、二人揃って一歩後退する。そこに、それまで抱いていた「気は優しくて力持ち」的な印象はまったくと言っていいほど存在していなかった。

「そういえば、アフリカでの野生動物による死亡事故は、ワニでもライオンでもなく、カバによるものが最も多いらしいわね」

「そ、そうなんですか?」

「縄張り意識が強くて、テリトリーに侵入したものに対しては有象無象の区別なく襲いかかるらしいわ。主な生息場所である水中は勿論、陸上でも四十キロを越える速度で走ることが可能。軽自動車程度なら、体当たりで横転させるほどの力自慢よ。旧約聖書における神の作り出した完全なる獣、ベヒモスのモデルになったという逸話も頷ける話だわ……」

「なんというか、今までバカにしてごめんなさいって謝りたくなりますね……」

 その後も尾行は続く。ライオンや虎、テナガザルやゴリラなど、幾つかの檻を経ていくうちに徐々に会話も増え、気が付いた時には入園してから三時間が経過していた。

 半ば本来の目的も忘れかけ、ヘビやカエル等を飼育している両生・爬虫類館を訪れていた時だった。密林に棲息する生物ばかりのため館内は蒸し暑く、まるでサウナのようだった。ただでさえ外の陽気にやられてフラフラしていた正示の意識は輪を掛けて朦朧としていたし、沙希も沙希でのったのったと水槽を闊歩するオオサンショウウオに夢中になっていた。

 ハッ、と気が付いた時には、

「――あれ? 一善さんは?」

「……え?」

 つい先程まで、怖がる少年を背に負いながらワニを眺めていた一善の姿が、忽然と消え失せていた。

「ど、どこに……!?」

 大慌てで通路を進み、館外へと出る。

 雑踏に素早く視線を巡らし、直線距離にしておよそ五十メートルの位置で家族連れに手を振り別れる一善の姿を発見して、

「――見つけた! ほら、急いで追うわよ遠藤君!」

 余程慌てていたのか、沙希が正示の手を引っ掴む。

 引き摺られるようにして一歩を踏み出した、その刹那。

 ぐにゃりといきなり地面が沈み込んだ。

 お? とバランスを崩しかけた途端、今度は猛烈な立ち眩みに襲われる。

 膝が笑い、腰が砕ける。 空がねじれ、地面が起き上がってくる。

「――ちょっと、どうしたの遠藤君? 遠藤君!?」

 視界が白く霞んでいく。沙希の声が、遥か頭上から聞こえてくる。

「あー、こりゃあ熱中症だな。このクソ暑いのにそんなカッコしてっから……」

 拡散していく意識の中で、一善の声が聞こえた気がして、

「ろ、ろっくんろうる・うぃる・ねばーだい……」

 呟き、正示の意識はそこで途切れた。

 

  ▼

 

 誰かの笑い声が聞こえて、正示は目を覚ました。

「――はー、腹痛ェ。ひっさしぶりにこんな笑ったわ」

「嘲笑は、甘んじて受けます……」

 どちらも聞き覚えのある声だ。しかし、未だ覚醒しきっていない脳みそでは誰かまでは判別できなかった。

 それにしても眠い。もう少しだけ寝ていようと思い、再度目を閉じる。いつの間に脱いだのであろうか、ジャケットの下に着ていた薄手のシャツにあたる風が、火照った体を心地よく冷やしてくれる。

 もぞもぞと寝返りを打ち、枕に頬を擦り付ける。

 そこで、

「……ん」

 わずかに漏れたこもった吐息に、強烈な違和感を覚えた。

 肩や腰に当たる硬い感触は、おそらくベンチかなにかに横たわっているせいだろう。

 だが、首から上は妙に柔らかく、頬からは確かな熱が伝わってくる。

 何かがおかしい。

 正体不明の予感に怯えつつも、正示がうっすらと瞼を上げれば、

「お、生き返ったかい? ロッケンローラー」

 満面の笑みを浮かべる一善と、

「……え、遠藤君?」

 ウィッグを外し、いつもの見慣れた髪形に戻った沙希の顔があった。

 一拍遅れて脳が再起動、現状の分析を始める。

 どうやら自分は暑さに耐え切れず失神してしまったらしい。さすがに騒ぎになって一善に見つかり、ベンチに寝かされている。空の色から察するにもう日も落ちかけているから、結構な時間意識を失っていたのかもしれない。ここまでは概ね合致しているだろう。

 そして今、自分の頭の直下には人肌の熱があり、頭上に沙希を置くこのアングルからして、これはつまり、男の浪漫ランキング永遠のベストテン内を連綿とキープし続ける、伝説の「ひざ枕」ではなかろうか、とそこまで考えたところで、

「――起きますすぐに退きます!」

 弾かれたように上体を起こした正示の額と、不安げにこちらを覗き込んでいた沙希の額とが、結構な勢いでぶつかった。

 ごっ、と鈍い音がした。

『――っうぅー……』

 痛苦の声をハモらせてうずくまる二人に対し、一善の容赦のない大笑いが浴びせられる。

「い、いきなり起き上がらないの! 脱水症状起こして倒れてたんだから!」

「す、すみません……」

 強かに打ち付けたおでこを押さえつつ、涙声で怒鳴る沙希に対し、正示はもはや謝ることしかできない。

「ほら、水分取って。まったく、暑いなら暑いと言えばいいじゃない……」

「重ね重ね、申し訳ない……」

 手渡されたペットボトルに口をつけ、スポーツ飲料を流し込む。一息で半分ほどを飲み干し、ふうぅ、と深い溜め息。ようやく人心地が付いた気がする。

 と、そこで、それまでベンチの傍らに立っていた一善が、正示の寝ていたスペースにどっかり腰を下ろした。ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、気安げに正示の肩に腕を回して、

「それがよ、セージ。サキはこーゆートコに来んの初めてだったんだと。最初のうちは『檻に入れられた動物を見ていったい何が楽しいというのか』とか思ってたのに、色々見ていくうちにだんだんテンション上がってきちまって、お前の顔色にも気付かなかったんだとさ」

「か、神代さんっ!」

 不意打ちの告白に、沙希が泡を食ったように止めに入るも、

「んだよ、セージがぐんにゃりノビてた時にゃあ、この世の終わりみてェな顔でグチグチめそめそショゲかえってたクセによう」

 チャシャ猫の笑みを浮かべて暴露を重ねる一善に対し、言葉ではどう足掻いても勝てはしないと悟ったのか、それ以上の反論を断念する。

 ふう、と深呼吸を前置き、沙希は背筋を伸ばし佇まいを改めて、

「その、御免なさい……。無理に連れ回したりして」

 深々と頭を下げる沙希に対し、正示はひとたまりもなく狼狽しつつも、

「いや、ええと、沙希さんが楽しんでいたのなら、それで……」

 おろおろとフォローを試みるも、沙希はいつになく色濃い反省の表情のまま俯いている。

 どうにかせねばと思い、正示は「あの、その」と必死に言葉を探した末に、

「もし良かったらなんですが、また来ませんか? 今日はなんだかんだで結構バタバタしてましたし――」

 言ってしまってから、己が口走った台詞、その内容に気付いた。

「……それって、」

 ただでさえ夕暮れの赤に染まった沙希の頬に、燃えるような朱が差して、

「ちなみに、尾行ツケられてんのには家出た時から気付いてたんだがな? お前らのナリがあんまりにも面白くて、ついついスルーしちまったい」

 かんらかんらと笑う一善の台詞に、沙希の表情がピシリと音を立てて凝結した。

「まァ、デートの手伝いが出来たンなら重畳重畳」

 それがトドメとなったのか、沙希は耐え兼ねたようにすっくと立ち上がった。

 ざっざっざっと足早に出口へ向かって歩を進め、いきなりぐるりと振り向いて、

「帰ります! 遠藤君はしっかり休んで、大事を取って神代さんに送ってもらうこと! 良いわね!?」

 有無を言わせぬ命令口調に、一善がひらひらと手を振りながらも、

「あいあいさー」

「待っ、沙希さん」

 慌てて追いかけようとする正示の手を、一善ががっしと捕獲した。

「まァまァ、ここは言うコト聞いときなって。それともナニか? サキとはデートできて、このアタシとはできねえってか?」

 小首を傾げ、片眉を上げる一善に対し、正示はぐ、と喉を詰まらせる。

「夜はこれからだぜ? セージ」

 そんなことを口走るのであった。

 

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