ヨーク砦防衛戦Ⅴ
【東砦外郭にて】
珈琲を片手に崖上で砦と対するロイド。非常に険しい顔つきである。
「ロイド殿」
そんなロイドに後ろから声をかける者がいた。大斧を肩に担ぐ、筋骨隆々の大男であった。息が荒い。
「どうなされた、モーガン殿?」
モーガンは落ち着かない様子だった。
「……いつまでこうして待機しておれば良いのだ?これではジリ貧ではないか?」
「まあ落ち着かれよ、どうだ一つ、珈琲でも?」
珈琲カップを少し持ち上げ、ティータイムを勧めるロイドであった。険しい顔とおちゃらけた口調が不協和音を奏でている。彼なりに虚勢を張っているのだろう。
「これが落ち着いていられるかっ!成果も出ず犠牲は増えるばかり、その上食料もほぼ底を付いている。対して向こうはヴィシーからの兵站線がある……このままでは撤退に追い込まれるぞ?」
「では、貴方のように――」
ロイドは一呼吸置き、蝋燭の火を消すように、そっと呟く。
「……?」
「無策にただただ突撃し犠牲を増やせ、と?そう仰りたいのかな?」
皮肉。ひどく乾いた言い回しだった。
「今は私が大将だ」と。
牽制の意味を言外に込めていることは言うまでもない。
「ぐぬぅ……」
ダング・モーガンは前任の東砦攻略の大将であった。しかし、犠牲が多数出ているにもかかわらず戦果も芳しくないとの報告があり、革命政府の中心都市の1つ、ロッジの領主、ロイド・サーペンダーに白羽の矢が立ったというわけであった。モーガンは、ロイドの到着後副将に降格したが、彼のやり方にはひどく不満があるようであった。
「ご自分の立場を弁えて頂けると助かりますな、モーガン殿?」
「ふんっ!よく解っているつもりだ」
「ならばよろしい、他に用件は?」
「……ない」
苦虫を噛み潰したような顔。
モーガンはしばらく唇を噛み、巨体を震わせていたが、やがて大股でその場を立ち去った。
大斧が地に突き立つ、衝撃音がしばらく木霊していた。
「コーデリア、おるか?」
砦から眼を離さないロイド。だが、気配を確かに感じていた。殺気はない。当然だ。
微塵でも殺気を見せれば、ロイドの二丁拳銃が今頃火を噴いている頃だ。生きていられるわけがない。
「はっ、ここに。何なりとお申し付けを」
岩陰から現れた鶏冠――ではなくコーデリア。跪いて、命を乞う。
「話がある」
「ここで……よろしいのですか?」
「無論、ここではまずい。後で寝室へ来い」
「それは……どういう意味ですか?」
ちょっとたじろぐコーデリア。
「ん?どうした?」
「それは……ええと……なんというか……シルヴィアの方が適任では?」
顔をやや上気させ、問い返すコーデリア。
「……ああ、そういう――ことか。いや、コーデリア。君にそんな役回りは期待していないよ、安心したまえ、はっはっは」
「……」
静かに肩を落とすコーデリアだった。
「どうした?」
「それはそれでムカつきますね、殴っていいですか?」
「言いわけなかろうが」
言うと、ロイドはコーデリアにさっと近寄り、拳骨を食らわせた。
「痛っ」
懐かしい痛み。
くだらないイタズラをしては、よくロイドに食らっていたものだ。あれからはや10年の歳月が経っている。
孤児院にいた頃はこんな日々が訪れるなんて夢にも思っていなかった。
「幸せだ」、コーデリアは心からそう感じていた。
「コーデリア、君は綺麗だ。私には勿体ないくらいね」
「……そうですか。それはそれは、ありがとうございます。で、シルヴィアはどうなんです?」
「勿論綺麗だ。君も彼女のような貞淑さを少しは見習いたまえよ?でないと、婚期を逃すぞ?」
「余計なお世話です」
突如、北よりの風が――乾ききった風がコーデリアの鶏冠を攫った。
「シルヴィアの気持ちには気付いている」
「……知ってたんですか、てっきり『ジゴロ』なのかと思ってましたよ?」
不躾に、なんともなしに言うコーデリア。
「気付かんわけがなかろうが。だが――」
「だが?」
「私には過ぎたものだ。掌で掬った刹那の水のようだよ」
「すぐにこぼれ落ちる、と?」
「掬ったつもりだったが、知らぬ間にこぼれ落ちている。そんな掌に――私はなりたくない」
「一度得たものを失いたくない。だから歩み寄れない、ということですか?」
「そうだ」
「とんだヘタレですね」
「っ!?そうか、そうだな……」
コーデリアは冷たく言い放った。シルヴィアは親友だから、ロイドが許せない。
ロイドが好きだからこそ、そんな曖昧な態度が許せない。
もはや、今のロイドにはコーデリアに返す言葉が無い。
「話は後で聞きましょう」
「……行こうか」
「はい、ヘタレ野郎」
「……まだ言うか?きつい性格だな変らず」
「言いますよ、ロイド様が腹をくくらない限り。この首がたとえ飛ぼうとも、ね」
「これは怖いな、祟られそうだ」
ロイドはクスっと笑う。コーデリアは表情を崩さない。
コーデリアが何か呟いたようだったが、ロイドにはよく聞こえなかった。
彼女らしからぬ、か細い声は彼女の素であるのかもしれない。
「幸せになってくれないと困るんだよ……せっかくシルヴィアに譲ったんだから、さ」




