アルバーロ密林強襲戦Ⅰ
【アルバーロ密林入口にて】
幼馴染。
甘酸っぱい青春。そんな深い絆で結ばれた、深愛には欠かせない大切な要素である。
往々にして世話好きな姉であったり、または小動物のように可愛らしい妹のような存在として描かれることの多い昨今ではあるが――少なくとも、山内龍堂にとって「幼馴染」(この表現が適切かどうかは正直怪しいのであるが)のコール・ビショップとはそんな甘美な言葉から想像できない程に特殊な存在であった。
兄と妹というよりも父と娘に似た関係、といったほうがまだ近いだろう。血縁的関係で例えないのであれば、教官と生徒のそれに最も近かった。コールをあれほどまでに逞しくしてしまったのは、山内による所が大きいことは言うまでもない。
「ううむ……」
コールが戻ったはずの北東砦では敵将オドレイ・グラスロングが残党を率いて孤軍奮闘中である。万が一にもコールが敗れることはないだろうが、コールの負った怪我の悪化等の要因により突破されてしまった、という事態はどうしても考えておかなければならない。後退するロイド・サーペンダー隊と進軍してきたオドレイ・グラスロング隊による挟み撃ちという可能性である。足止め部隊を伏兵として密林の入口付近に潜ませるべきかどうか、ひたすら思考を巡らせていた。
伏兵で置くならば誰が相応しいか。コールの怪我はどうだろうか。悪くならないと良いのだが。
さて、そんな思索は露知らず。リッドとエイミーは意気揚々と分隊を率いていた。
「さっきからずっと唸ってるんだけど、隊長どうかしたの?」
リッドは何か考え込んだ様子の山内が気がかりのようだった。これから決死の大勝負だというのにこの調子では、士気も上がりきらない。これでは困る。
そっと耳元で尋ねたリッドに対して、エイミーはじぃーとひとしきり見つめ、やがて小さく溜息を付いた。
「あれは――女のことを考えてる目だよぉ……ぬぬぬ」
いつの間に取り出したのかハンカチを噛みながら、エイミーは女の勘で答えを返す。
「アンタ……ってことはないだろうから……そうだなぁ、やっぱ亡くなった姫のことかな?」
「おい、どういうことだ?アタシが何で外れてんだ、坊主?論外ってことか、あぁん?論外ってことなんだな?」
P-mm3を胸の位置まで上げ、リッドに照準を当てた。照準に狙いが付けやすいよう、銃の上部に覗き穴が付いているのだ。
「落ち着けよ、冗談だ」
「冗談か?それはそれは性質の悪い冗談だな?思わず蜂の巣にしたくなっちゃったらどうするつもりだったんだ、おい?」
「『おい』はオマエだ。キャラ守れ、口調崩れてんぞ。てゆうかオマエは絶賛片思い中だろ?そんなこと気にできる立場かよ?」
エイミーは基本的に明るく明るすぎる性格であるためよく誤解されるが、『血塗林檎』と呼ばれるだけあって実は短気でキレやすい。その分敵陣に一人で斬り込む程の胆力も備わっているが。
「ぬぬぬ……まあそうだけど。今はそれでいいの、今はね」
「今は、ねぇ……」
「最後に隣にいるのはこのアタシ。姫は死に、コールも恐らくもうすぐ死ぬ、でも隊長さんは死なない」
「……なんでそう言い切れるんだよ?」
「アタシがいるから」
「……言うねぇ?」
「だって隊長さんを危険に晒す虫は殺すもの。殺して殺して――殺すもの。だから隊長さんは死なない」
行く先をしっかりと見据えているようでそうでない。
エイミーはどこを見ているのだろうか。何が視えているのだろうか?
リッドはこの女が怖かった。
「オマエはどうなんだよ?」
「ん?」
「オマエはどこにいるんだ?隊長の盾となり剣となって……それで?オマエは一体どこにいるんだ?」
「使い古され捨てられてもいい。ううん……それは言い過ぎかな?」
「だろうな」
「隊長さんの胸の中にいたい……かな?」
「死ぬ時か?」
「そう。その意味もある。でも――そうじゃないの。一番想ってることは」
「へぇー何……だよ?」
エイミーは深く息を吸い込んで、そして吐いた。
「隊長さんが忘れられない存在になりたいな、って最近そればかり願ってる」
「死んでもか?バカらしっ」
「そう、アタシバカなの。一つのことしか見えない、だからバカ。あーあ……誰か『星の王子さま』に出てくるような狐になってくれないかなぁ?そして教えて欲しいんだぁ……」
「何を?」
「『何を』じゃない。『何が』なの。『何が』見えてないのか教えて欲しい。今のアタシには何もわからないから。どう隊長さんに自分を――エイミー・アップルガースを刻みつければいいのか」
「……死ねばいいんじゃないか?」
隊長のことを考えて自分を犠牲にする。それが当たり前で、この世に産まれた意味のように錯覚している。
狂っていて、病的に恐ろしい女を救ってやりたい。
いつしかリッドはそう思うようになっていた。
いつからそんな想いを抱いたのかよく覚えていない。けれど、はっきりと意識したのはあの時からだろうか。
山内のついでに助けられたあの日――そう、エイミーが窮地に陥った山内小隊を敵の囲みから救ったあの日である。
「良かった、ほんっと良かった……隊長さん、無事だったのね」
鬼気迫る、というか必死というか。
とにかくあの時も、そして今だって。
山内との未来しか視えていないのだ。
リッドはひたすら愚直に、望まれぬ世界をあげたいと考えている。エイミーの狐になりたいのだ。
「……それもいいかもね」
冗談が冗談にならない。思い込みが激しく、放っておけない。
リッドには多分に「死ぬって素晴らしい考えね」といったような答え――後ろ向きに前向きな回答が返ってくるであろうことは十二分に解っていた。
意地悪がしたくなったのだ。一方通行はお互い様だからだ。
「そうだろ?そうなったら俺も死んでやるよ、寂しいだろ?」
半分本気だった。
「……そうね、1人は寂しいもの」
2人の歪な関係はしばらく続くのかもしれない。
世界は途方もなく、骨の髄から歪んでしまっていた。




