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亡国の世界線  作者: 二人兄弟
α世界線編
6/11

ヨーク砦防衛戦Ⅲ

ヨーク砦外郭にて】


 砦から離れた軍営では、闇夜にそびえ立つ砦を眺めながら入れたての珈琲コーヒーすする者があった。立派な髭を蓄えた精悍な男である。何か物思いに耽っているようにも見える。


 その傍らには、戦場にはいかにも相応しくない燕尾服えんびふくを着た女が黙って寄り添っている。長く(つやや)かな銀髪を惜しげもなくさらしていた。


 数刻ほど経過しただろうか。ようやく男は口火を切った。


「ゴルドアには」


「には?」


 これも戦場からはひどく浮いてしまっている、母性が滲み出るような――慈愛じあいに満ちた表情。何から何まで戦から乖離かいりした不思議な女だった。


 男はふと息を吐く。さすがに晩は冷えるのか、吐息といきが白く染まった。丁度今し方、東砦で始まった炊飯の煙と同じような――そんな穏やかなくゆりだった。


「ゴルドアにはマルシスタが必要なのだ。何としても手に入れなければならぬ。何としても、だ」


 どこか独り言のようでもあったが、この男は独り言はあまり好まない性質タチなので女を無論、認知した上でこうしてポツポツと話している。その割に言葉に覇気があるところを見るとこの男、只者でないことが解る。


「魔法……否、マルシスタでは『魔導まどう』と呼ばれているらしいな?『魔導』は我々の希望だ。あらゆる可能性を秘めている」


「そうですね。仰る通りです、おひげ様。ゴルドアの雇用を支えているのは偏に石炭。それが枯渇した今、マルシスタの鉱山資源は我々にとって喉から手が出る程欲しいものです。その中の『魔導』エネルギーは特に目を引きます。無論エネルギー問題の解決という側面もありますが、なにより雇用問題を解決できること、これが大きいのです」


 お髭様。ロイド・サーペンダーは統治するロッジ地方ではそのように呼ばれ、慕われている領主である。ロッジ辺境伯。王政打倒の革命の際には、革命軍に参加。率先して陣頭に立つ良将として知られ、部下からの信望もあつかった。


「この戦争は徹底的にマルシスタを叩くものではない、ということについては……とうに察しが付いているのであろうな、シルヴィア?」


「僭越ながら申し上げますと……」


「うむ、申してみよ」


「はい、停戦ありきということでしょうか。ある程度闘い、首都ヴィシーに迫ったところで停戦を申し出る……」


 シルヴィアは一度言葉を切った。ロイドの顔色をうかがっているのだろうか。出過ぎた真似をしない、奥ゆかしい女でもあるようだ。


「続けよ」


「はい。さしずめ……」


 シルヴィアは遠慮がちに言葉を紡ぐ。


「さしずめ?」


「鉱山資源の一部供与、及び『魔導』を含む、エネルギー技術の相互開発協力といったところですかね……」


 すかさずロイドが口を挟む。


「開港都市ノルヴァはどうする?海路がない我らにとっては垂涎すいぜんモノだと思うが?シルヴィア、お前ならどうする?」


「私ならあえて割譲は要求しません。共同利用程度なら選択肢としてはアリでしょうが」


「何故だ?我が国は確実に潤うぞ?それ程に貿易とは重要な収入源だ」


「海路を奪う等、とにかく徹底的に叩いてしまっては今の大日華帝国やレジミア共和国との力関係が崩れ、場合によっては世界大戦を誘発させかねない。目先の利益にとらわれず、今はマルシスタとの共存共栄が先決かと」


「成程。及第点だ、シルヴィア」


「ありがとうございます」


「マルシスタを手懐けた後は大日華を叩くべきだ。かの国は独裁を貫く脅威である。我らの真の敵は大日華だ、マルシスタではない」


「そうですね。マルシスタは今日の敵で明日の友です。できれば有用な人間は殺したくない」


 シルヴィアは――これまで殺してしまった、死ぬべきでなかった人間を想い、沈痛ちんつうな面持ちだった。


「問題児の血塗林檎ブラッティアップルは殺しても良い。だが山内は殺すな。あやつは使えると見た。陣頭に立ち、背中で語るその勇姿、実に天晴あっぱれであった。きっといずれは頼もしき味方となろう」


「はい必ず……ん?」

 

 シルヴィアは砦から眼を離さない。


「どうした?」


 ロイドも同様に砦をじっと見つめるが、とくに不審な点はないようだった。


「お髭様……もう少しお話が」


 シルヴィアの眼は輝いていた。頭の切れる女だ。恐らく何かに気付いたのだろう。


 依然膠着が続く中で、高橋・ハンクら残された守備隊はロイド・サーペンダーから東砦を守り切れるのだろうか。








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