ホーン砦解放戦Ⅱ
【北東砦外郭にて】
夜は更け、夜明けまであまり時間はない。急がなくてならない。
疾きこと風の如く、である。
敵の無線は予め、こちらの十八番、通信妨害によって潰してある。今のところは奇襲が露見する気配はない。距離もかなり離れているため、喚声等で知られる心配もまずないだろう。
一陣の風が吹いた。次々と首が飛んでいく。
「夏は夜」
洋紙が幾重にも折り重なりまとまって冊子のようになっているものを小脇に挟みつつ、和服姿の女は空いた方の腕で日本刀を振り上げ、飛び出してきた男をそのまま撫で斬りにした。
片腕が飛び、血飛沫が舞い上がると舌舐りをする。夜叉のようでもあった。
「ぎやぁああああああああああああ」
「あーまたうっかり斬ってしまいましたね、ごめんなさい。あーちなみに、私の好みは冬の晩。そちらの方があはれと思いますけれど。そう――今晩のように」
男の血で視界の月が一瞬紅く染まる。和服女――『角獅子』コール・ビショップはこの光景がたまらなく好きだった。開いているのか瞑っているのかよくわからないその瞳でじっと見つめるのだった。時々この時の心情を日記に認めることもあるという。
ここが戦場ということを忘れているようで。
また。
噴き出したばかりの鮮血に酔っているようでもあった。日本刀や着物が見る間に月に染まる。
「文学は美しいですね。特に古典には素晴らしき美が宿る……そう思いませんか、龍様?」
恍惚の表情を浮かべていた。
「気持ち悪いな、コール。その話し方いい加減やめろ、うざったい」
「せっかく迎えに行って差し上げた上にこうして兵も貸しているのですから、感謝されこそすれ『うざったい』呼ばわりされる覚えはないと思いますけれど?随分ですね。それに元はといえば龍様、貴方がこのように話せと仰ったのでしょう?『ぞんざいな口調はやめろ。品がない』と」
片袖で自らの口を塞ぐコール。見てくれ通り、奇天烈な女である。
「俺の為のような言い方はやめろ、苛々する。ほんっと、草子の作者が泣いてるなきっと。いかにお前が大日華カブレとはいえ、少し酔いすぎだぞ?」
「そうですか?きっとこの作者も同じ気分で月を見ていたことでしょう……うっとり」
「いや絶対ないから、有り得ないから」
きっぱりはっきり言い切った。
「それに殺したくて殺しているのではありません。貴方の敵だから殺さなければならなくてだから殺す。そしてそれはきっと『絵』になる、芸術になる。貴方の敵という、ただそれだけのために殺されるちっぽけな命。なんて美しいのでしょうね……うっとり」
「コール、お前やっぱどっかおかしいな。狂ってるよ」
「貴方の為なら本望です」
斬。またも敵を両断したコールは次なる獲物を探し始める。
一帯の敵はだいぶ追い散らしたようだ。
コールはひとまず満足したのか、「それでは一度砦に戻りますね。健闘を祈ります。帰ってきたら結婚しましょう、では」と言い遺し砦に一人戻っていった。指揮を採らせている副将の安否が心配のようだ。彼女も一応、人の子である。
「何か最後よく聞こえなかったけど、多分聞き違いだろうな、うん。さて……と。そろそろ行きますかね?」
腰に備えていた軍笛を口元に持っていき、息を大きく吸い込んで思い切り吹く。すると見る間に兵が集まってきた。そのように日頃から訓練してあるのだ。山内隊は。喚声轟く戦場で笛音を聞き分けることはなかなか難しいであろうことは言うまでもない。
「了解!」
と、水島。相変わらずメガネはずれ落ちている。軽傷のようだが、本来の任務に支障はないはずだ。
「はわわ……ええとあのぉ」
小山はてんてこ舞いな様子。一度集まったものの、「ちょっと、いいい行ってきます」といってコールを追いかけて行ってしまった。コールもああ見えて実は左肩にケガを負っているのだ。感覚が麻痺し一時的に痛みを感じないだけだ。
「きゃっほーいっくよぉ!ばきゅーん!」
愛銃P-mm3を少しはだけた肩から斜めに掛け、撃鉄に指を添えた状態のエイミー。誤射しないのか?
「エイミー、あんまり無茶すんなよ?」
「おぉ、これはこれは弱虫リッド君じゃないですかぁ?お姉さんがいた時どこに行ってたのかなぁ?」
「あれは俺の好きだった頃の姉ちゃんじゃない。なんというか……気持ち悪い」
「そう……誰のせいでああなったのかなぁ、ねえ隊長?」
「……すまんな」
「俺は責めてないよ、隊長。それよりも早く行こうぜ?奇襲だ奇襲!」
水島、リッド、エイミーはそれぞれ分隊として隊伍を組み、山内を先頭に先を急ぐのだった。
コール達がこじ開けた道。
それは勝利への道となるか?
山内はポケットに違和感を感じ、見てみると小さく折りたたまれた手紙が入っていた。
この字は――コールか?
「死なないでくださいね……あっさり死んだら許さないんだからねっ!」
「コール……だよな?誰だこいつ?」
コールはどうもキャラを見失いつつあるようだった。




