悪夢
ドンは、渋滞に巻き込まれた。既に娘の彩菜はうとうと眠そうにしていた。隣の清美は、携帯電話のサイトで情報収集していた。すると、完全武装した米兵が運転席の窓を叩き、叫んだ。
「ネビス中佐殿、ここからは歩きです!」
「清美、彩菜を抱えろ。歩くぞ」
清美は助手席から出て、後部座席の彩菜を抱えた。4人の米兵が3人を囲むように立ち、軍曹らしき人物が叫ぶ。
「中佐とその家族をお守りしろ!」
「「「イエッサー!!!」」」
4人は大勢の民衆を掻き分けながら、ドン達を誘導した。高速度道路から、狙撃兵が狙撃銃を構え、警備している姿が見えた。
すると、港辺りに着くと、米兵がスキャナーで民衆の目を検査していた。
ドン達は優先的に検査してもらえた。
「未感染、中佐殿、お通りください」
ドンは一安心し、家族の結果を見守った。
「異常ない」
「異常なし」
清美も彩菜も異常がなかった。だが、次に検査された青年は哀れだった。
「異常あり!感染者の疑いあり!隔離だ!」
その青年は、米兵に連行された。
フェンスを越えると、そこは大勢の未感染者が船やヘリに乗ろうと並んでいた。すぐ隣のフェンスには、大勢の感染の疑いがある人々が隔離されていた。拡声器で自衛隊の隊員が呼びかけていた。
『検問所をパスしなかった人達は自宅待機してください、繰り返します――」
隔離エリアで1人の女性が必死に米兵に訴えていた。
「お願いです、息子は感染してません、どうか息子だけでも!」
それは4歳ほどの少年を抱えた母親だった。母親は、目、鼻、口、耳から出血していた。少年は健康的に見えた。それに虹彩の色が左右非対称だった。
「お願い!息子だけでも!」
ドンは哀れに思い、近くの米兵に聞いた。
「少年はスキャンしたか?」
「いいえ、でも母親のDNAを持つ子はスキャンなしでも通すことは出来ません」
「息子だけでも通してやれ」
「無理です、これは少佐の命令です」
「私は中佐だ。あの少年は私が保護する」
「ですが」
「これは命令だ。少年が発症したら、私が射殺する」
「……はい」
ドンはフェンスを越え、母親に近寄った。
「少年は私が預かります。日本から出しましょう」
「ありがとうございます!ありがとう!」
ドンは少年を預かり、隔離エリアから出た。
「清美、この子を連れて行ってくれ。この子は恐らく感染していない」
「分かったわ。でも発症したら?」
「いいか、この子は虹彩の色が左右非対称だ。こういう異形な遺伝子を持つ者は発症しないと分かってる。前例がある」
「ええ、分かった」
清美は彩菜を起こし、歩かせ、少年を抱え、前に進んだ。シーバスが出発し、すれ違うようにヘリコプターが着陸した。
清美、彩菜、少年と数名の市民と米兵がヘリの乗った。
「ご家族はこの命に代えてお守りします」
「頼んだぞ、お前も無事でな」
「イエッサー、撤退ノー!」
米兵はドアを閉めた。やがて、ヘリが飛び立つ。ドンはヘリの窓から見下ろしてくる娘の投げキスし、手話で必ず帰ってくると伝えた。娘はそれに微笑み、手話で待ってると返してきた。ドンは微笑み返し、愛していると伝えた。
同時に、上空で戦闘機が通過し、ミサイル攻撃で橋を破壊した。
ドンは、米兵とともに、ジープに乗り、基地に戻ろうと思ったその瞬間、惨劇が始まった。
ドンはハッと目を覚ます。今度は自宅のベッドの上だ。朝日が差し込んでいた。汗を掻き、息が荒れていた。
「…夢か…夢かよ…」
昨夜飲んだ精神安定剤は糞役に立たなかったことになる。ドンは立ち上がり、新聞を広げた。それは3年前の新聞だが、今も生々しく感じる見出しだった。
“新種ウイルス東京を汚染。陸自、米軍、関東を隔離”
7月4日、政府は東京封鎖の理由を新種ウイルスによる汚染と発表。しかしウイルスの感染者は東 京外でも確認され、政府は陸自、及び米軍に協力を要請、関東を隔離を実施する。なお、ウイルスに ついての情報は少なく、専門家は「エボラやサーズ、天然痘をも越える感染症だ」とを指摘し、政府 は議題を新種ウイルスにみにしていくと発表。
今でも虫唾が走る気分だった。感染拡大の主な原因は、関東人の身勝手な行動のせいだった。ドンは新聞を投げ捨て、ランニングマシーンで運動を始める。むしゃくしゃするときは、走るのが1番だった。少なくともドンはそう思っていた。
だが、匂いがした。とても、美味そうな匂いだ。誰だろう?
キッチンに行ってみれば、女性が料理をしていた。見覚えのある後姿。
「マナ、どうやって入ってきた?」
マナが振り返って微笑む。
「先生起こしにインターホンを押したんですよ」
「いや、どうやって入った?」
「鍵、掛かってませんでしたよ」
ドンはハッとした。昨夜は酔いつぶれて、鍵を忘れたんだろう。だが、いつも朝飯がパンであるドンは、久しぶりに、まともな料理を朝からありつけるのはありがたい。マナの料理は以前に味わったことあるが、非常に美味だった。
テーブルに、目玉焼きが置かれた。ベーコン付きで、とても美味そうだ。食べれば、美味かった。
「先生、洗濯済ませておきましたよ」
「マナ、なぜ彼氏を持たない?お前は家事も出来るし、容姿も端整じゃないか?」
「先生みたいに、頼りになる若者がいないんですよ」
「お、俺が頼りになる?どこが?」
「いずれわかりますよ」
マナは、微笑み、言った。
「それに、今日の会議はサボらないでくださいね」
「え?あ、ああ、分かってる。分かってるとも」
忘れるところだった。会議は非常に面倒だ。ごつい軍人の相手をしなければならない。きっと疲れるだろう。
案の定、会議が終わったドンは疲れ果てた。頭痛さえ感じただろう。マナが待っていた。会議後、マナを見れば、癒される。なんたってごつい軍人の相手をしていたんだ。きっと、現代人がごつい軍人の中で、難しい専門用語を使いながら、長い時間過ごした後、マナの様な若い優しい綺麗な女性に会えば、きっと癒されるであろう。