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封鎖

 ドン・ネビル中佐は、車を走らせ、私宅に向かっていた。イヤホン式の携帯電話を右耳にあて、連絡を取った。

「もしもし、ドン・ネビス中佐だ、封鎖まで残り時間は?」

『もう1時間もあるかないかです。感染者が関東封鎖地区外に現れたので、政府が封鎖を早めたんです!』

「分かった」

 内心悪態つきながら、電話を切り、番号を変える。

「もしもし清美か?」

『あなた、どうしたの?』

「まずい状況になった、今すぐ荷物をまとめるんだ」

 自宅が見えてきた。

 妻の清美と、その6歳になる娘の彩菜が中から出てきた。

「早く乗るんだ!」

「一体どうしたの!?」

「いいから!早く乗れ!」

 清美は助手席に、彩菜は後部座席に乗った。

「パパ、ママ、どうして夜中に出かけるの?」

「ドン、説明して」

 ドンはラジオをつけ、車を走らせた。

「一体どうしたの?」

「封鎖が始まるんだ」

「ふ、封鎖……封鎖は一週間後じゃなかったの?」

「感染者が関東封鎖地区の外に現れたんだ」

「関東の外に感染が広まったの?空気感染?」

「いや、まだ分からない」

「パパ、ママ、どうしたの?」

「しっ、内閣からだ」

『国民の皆様、最後の会見です。人類滅亡の危機になりました。感染が思ったより早いペースで広まっています。もはや、躊躇うことは出来ません。私は内閣総理大臣令に署名しました。日本本州が自衛隊と米軍のより封鎖されます。国民の皆様、神のご加護を』

 ラジオから何も流れなくなる。

 2人は顔を見合わせた。両者の目には、不安がこもっていた。

「日本はもう駄目なの?」

「いや、まだ希望はある。3週間以内に治療法が見つかれば、感染は食い止められる」

「3週間?」

「シュミレーションで、日本全土に感染が広まるのは約3週間と出た。君達は国外に逃げるんだ。アメリカでもヨーロッパでも、とにかく日本から遠ざかるんだ」

「あなたは?あなたも来るの?

「……」

「まさか」

「俺は残る。感染源は東京なんだ。日本に残って、俺は戦う」

「駄目よ、あなた1人で3週間以内に治療法なんて見つからないわ!」

「俺は科学者だ!」

「私もよ!」

 清美ははっとし、後ろを見た。彩菜が、2人の口喧嘩に怯えていた。

「彩菜、大丈夫よ、心配しないで」

「お母さん、どこに行くの?」

「おばさんの場所」

「おばさん家は夏休みに行くんでしょ?今は冬休みよ」

「今日本で悪い病気が流行ってるの。悪い病気にならないためにも、おばさんの家に行くのよ」

「分かった」

 すると、助手席に血が吹きかかった。

「ママ!血ぃ!」



 ドンはハッと起き上がる。そこは狭い車内ではなく、広く清潔感溢れる研究所の薬品室のソファーの上だった。隣に居た妻と後部座席に居た娘の姿はなく、安心感と悲しみが込みあがってきた。つまり、夢でよかったと思えたし、現実であって欲しかったとも思えた。

 変わりに、上機嫌に薬品を綺麗に並べている白衣の女性の姿が見えた。

 長い髪の毛をポニーテールに纏め、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。

「やあ、いつもはツインテールなのに」

 すると、女性は振り返る。

「あ♪先生、いい夢見ました?」

 その女性は若かった。そして、端整な顔立ちだった。知的な眼鏡を掛け、欠点がない優しそうで可愛らしい顔で微笑みを見せた。白衣からは分からないが、仲間達曰くスタイル抜群らしい。それに巨乳なのも男性の性欲を感じさせる。

 ミニスカート、ポールシャツ、白衣、ハイヒールと、典型的な女性研究者の格好をしていた。生足を露出しているため、米兵の士気を乱しかねない。それに中年男ばかりの職場に若い魅力的な女性が居ては、仕事が手につかなくなるという、逃れようのない運命が待っていた。ドンにとって、若い女性は非常に扱いづらい。

 が、その反面、科学者としては非常に優秀だ。まだ見習いだとはいえ、頭の回転も判断力も理解力もずば抜けている。正直、ドンも彼女に頼りがちな面もある。助手としては非常に優秀だ。

「もしもーし、先生、返事してください」

 ドンは話しかけているのに気づき、一瞬戸惑った。

「あ、ああ、そうだ、何だ?」

「もぉ、先生ったら、どんな夢見ました?って単純な質問にそこまで困らなくてもいいじゃないですか」

「ああ、そうだな。夢か、確か……」

 あの映像が脳裏に蘇る。

「ああ、チーズバーガーを腹いっぱい食う夢だ。とても幸せだった」

「先生……幸せの基準低いですね」

「ああ?ああ、そうだな。それはそうと、先生は辞めてくれ。俺は“博士”だ」

 ドンは博士号に高い誇りを感じていた。先生と一緒にされては困る。

「俺には博士、宮田には先生、分かったな?」

「はぁい、分かりましたぁ」

 出た、幼児語だ。

「そんなに拘るなんてぇ、博士も大変ですねぇ」

「分かった、先生とは呼んでも良いが、幼児語はやめてくれ」

 ドンは幼児語で喋る助手に、妙な胸のドキドキ感を感じた。科学的にあらわすと、“萌え”だ。

 ドンの助手――坂本真奈美――愛称マナは、瓶詰めのサンプルを整理した。

「先生、最近疲れてるのでは?」

「そうか?」

「飲みにでも行きませんか?」

 マナは実に良い人だった。ドンのパートナーは彼女以外に考えられなかった。すぐに仕事にめり込んで没頭しすぎるドンを、うまく操縦してガス抜きしてくれる。周りとぶつかることの多いドンと世間との調停役もこなしてくれた。彼女のフォローがなければ、とっくの昔にドンは科学者を辞めていただろう。

「先生、気分転換したほうがいいですよ」

 マナはお酒が弱い。だが、ドンの身を案じて、あえて一緒にビールを浴びにいく。おかげで疲労で倒れたことはなかった。

「………いや、今はまだ早いし、大丈夫だ。それより、ホラービデオの解析をしたい」

 マナは頷きながら、

「先生、気を悪くしないで聞いてください」

 微笑んだ。

「彼女でも見つけてください」

 ドンも笑い、曖昧に頷いた。数年前に結婚した妻とその娘は事故で亡くなった。ドンの目の前で。そのことはマナも良く知っている。同情する周りの人々の中で、唯一マナだっけが、妻と娘の死を本気で悲しんでくれた。

 ドンはマナだけは失いたくないと強く思っていた。たとえ見放されても。

「マナ、俺も悪いことは言わない。この仕事から手を引け。君はまだ18歳ほどだろ?死ぬにはまだ若すぎる」

「大丈夫ですよ、先生」マナはまた微笑む。「生存本能は一番強いんですから」

 ドンは頷く。年が若いほど、生存本能は強いと誰かから聞いた。嘘か本当かは不明だが……

「先生、たまには休暇でも取って休んでくださいよ。その分の穴は私が埋めますから」

 そう言って資料を手に取り、部屋から出ようとした。

「あ、そういえば先生会議サボりましたね!」

「あ!」

 これにはすっかり忘れていた。

「もぉー、先生居なくて、大変だったんですから」

「すまない、今度から気をつけるから」

「まったくもう」

 今度こそ出て行った。寂しくなるな。すれ違うように、存在感あるストーン将軍が入ってきた。

「ドン博士」

 マナに会いたくなった。このごつい男と一緒に居るのは精神的にきつかった。

「将軍、どうしましたか?」

「会議には出なかったな?」

「ついうっかり」

 ストーンは呆れたように首を振り、言った。

「それで、研究の成果を聞こうか?」

「実のところ、調べれば調べるほど分からなくなってくるんです」

「と言うと?」

「ウイルスは強い伝染力を持っています。たった一回のくしゃみ、たった1滴の血液で即感染します。科学者じゃなくても、原因は分かります。血液です。ウイルスは血液に侵入します。つまり、感染者の血液そのものがウイルスとも言っても良いでしょう」

「他に?」

「今のところ接触感染以外の感染ルートは発見できません。空気感染しませんが、治療薬となる化学物質が発見できないのも現状です」

「そうか、だが治療法はまだ見つからんでも良い。再発はありえないからな」

「いいえ、そうでもありません」

「どういう意味だ?」

「コンピューターのシュミレーションで、この3年以内にウイルスが再発する確率は20%」

「あくまでシュミレーションだ」

 ストーンは部屋を出て行こうとした。

「将軍、はっきり言って、ウイルスの正体は分かりません。掴み所のない品物です」

「正体をはっきりさせ、治療法を見つけるのが科学だ」

「科学にも限界はあります。エイズもエボラも治療法が見つかっていないのに、突如現れた感染症の治療法を探せと命令するのは、海底でUFOを探せと言ってるようなものですよ」

「この研究所にはかなりの設備がある。時間を掛けても良い。治療法を見つけるんだ」

 そして出て行った。

 ドンはため息ついた。これだから、お堅い軍人は嫌いなんだ。ドンは立ち上がり、薬品室から出て行った。そのまま、実験室に向かった。

 実験室の強化ガラスの前で、大勢の研究者が集まっていた。

 ドンは全員の前に立ち、ビデオカメラをセットし、録画を開始した。

 医学生、インターンや、別の研究所から来る研修医にはこれから観察する感染した生物の話題で持ちっきりだった。

「これから、感染した動物の観察を行う。断っておくが、研究室に入る際は、シャワーなどを浴びることになっているし、防毒服を着なければならない。それに他の施設から完全に隔離されている」

 そう言って、中に入っていく

 

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