大事件!
【それ】は漆黒の暗闇の中、静かに眠っていた。自分を閉じ込める箱は固く、ものすごい衝撃でもない限り、壊れることはない。
【それ】は、ただ眠っていた。だが、物凄い衝撃音と衝撃波が伝わった。同時に、箱のふたが緩んだ。
【それ】は自由を求め、蓋を破壊した。
美智子は眠気と闘いながら、台所のテーブルに座った。同居人の健一が、オヤジっぽく新聞を読んでいた。
「今日の見出しは何?」
「すごいぞ!アメリカ軍の貨物列車が脱線したんだって!」
「嘘?」
「マジで。しかも、調査は警察じゃなくて、NATOが行うらしい」
「NATO?」
「北大西洋条約機構。北大西洋条約に基づき、アメリカ合衆国を中心とした北アメリカおよびヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟」
軍事同盟?ともかく、大事件なのは確かだ。
「何でNATOが?」
「たぶん、貨物列車に何かやばいものが積んであったんだろう。核弾頭とか」
確かに、核弾頭はやばい。素人の美智子でも、核弾頭が過激な思想をもつ集団の手に渡ったら、どれほど大変かは理解できる。軍隊がお出ましとは、まあ、恐ろしい。
「ふ~ん、詳しいのね」
「俺って軍隊に憧れてたんだ」
「ほんと?」
「ああ。昔は陸自に入りたいと思ってたんだけど、まあ、感染症が日本を滅ぼしてくれたおかげで、自衛隊は消え去ったけどな」
感染症。全ての可能性を滅ぼした悪魔のウイルス。しかしいまだに詳しい詳細は一般に公開されていない。それが悔しい。
美智子と健一はパンを平らげ、セーラー服とブレザーに着替えると、自分の通うすぐ近くの高校に登校した。
クラスでは、米軍貨物列車脱線事件の話題で持ちっきりだった。やはり、興味の対象はNATOが調査するということだった。新聞記事に、NATOの詳細が書かれていたため、ますます興味を湧かせたのだ。もっとも、美智子は新聞は嫌いだ。1ページ目で嫌気がさし、2、3ページ目で頭がくらくらし、4、5ページ目で気絶するほど、新聞が嫌いだった。
もっとも、今は8ページまで耐えられるように変化した。
変化したといえば、教師の橘と栗山の関係だ。前よりもずっと、「親密」に見える。
担任の教師が来ると、全員席につき、静かにした。
「はいえっと、皆さんの知っている通り、アメリカ軍の劣者が脱線したとのことですが、学校には何の支障もないので、平常通り授業を始めます」
クラス中でブーイングが起きたが、1時間目が社会、2時間目が英語なのですぐにやむだろうと美智子は推測する。
なぜなら、担当教師が美人だからだ。
ドンは、今日ばかりは将校の服を着て、現場に赴いた。
現場はかつて広い草原のような場所だった。しかし、今は列車の残骸があちこちに散らばっている。これだけでも大事だが、もっとやばいことを予感した。
列車事故現場は大勢の武装した兵士が居た。
ドンは近くの武装した軍曹に訪ねた。
「最重要機密を積んだコンテナは?」
「番号はなんです?」
「HRV-001」
「来てください」
ドンは軍曹に案内され、大破したコンテナにたどり着いた。
「中身は?」
「ありません」
「くそ!」
ドンは悪態ついた。あれがなくなったら、ストーン将軍の頭からマグマが飛び出す羽目になる。どう報告すればいいのか……幸い、事故現場の捜査指揮権は米軍にある。他国の軍が無断であれに干渉することは、まず無理だ。
問題は、あれの行方だ。あれはこの先核弾頭より厄介な存在になる。だから、輸送はヘリを推薦したのに、より安全にと、ほかの将校が列車を推薦したせいで、こうなったんだ!
「まさかとは思うが、お前たちは積荷の中身の行方を知っていたりするか?」
「いいえ、知りません」
「おお、運命の女神よ」
ドンは、頭を抱えた。自分が将軍だったら、きっとこの街を封鎖するが、あいにくストーン将軍は用事があって帰国している。さてさて、どうしたものか?
「俺はとりあえず戻る。お前たちは事件現場周辺を封鎖し、積荷の捜索にあたれ。マスコミに一切の情報を提供するな。いいな?現場指揮官はお前だ」
「了解しました」
軍曹は無線機で部下に命令を出し始めた。
その間に、ドンはストーン将軍にどう報告するか、考え込んだ。
カルロスは、対物狙撃銃のライフルスコープを除き、無意味な監視を始めた。
まったく、こんな任務より、イラクへ行きたいぜ。おお、イラクよ!
無線機が鳴り出した。
「何だ、コリン?」
カルロスは狙撃銃で、コリンの乗るヘリコプターを除いた。
「んだ?しけた面して?まさか、病気持ちの女とやり合ったのか?ああ?だからやめとけって言っただろうに?」
『カルロス、お前聞いてないのか?』
「何を?」
『実は―――』
「米軍所有の列車が脱線しました」と、背後から若い女性の声がした。
振り返ると、ジル・ガブリエルが居た。
「何だ、ガブリエルか……びくらせるなよ」
「ヨンニ2等兵が死亡しました」
「何?!」
「ヨンニ・フォースベリ2等兵が列車事故で死亡しました」
カルロスは絶句する。ヨンニは気前のいい後輩だった。気に入ってたのだが……
「そうか、それは残念だ」
――その夜――
バーの店主は、今日も来た非番の警官にウィスキーを出した。
「列車事故すごかったな」
「まあな。でも、警察じゃなくてNATOの管轄だから、俺にゃ関係ないZE」
そう言って、警官はウィスキーをあっという間に飲み干した。
「もう1杯」
「かみさんには怒られないのか?」
「安心しろ、残業だっていった。今晩は飲むぞ」
またあっという間に飲み干した。
隣にいた若い客が、金を残して外に出た。
「若いのに酔いつぶれてるな。よほど苦労してるんだな」
「警官の俺にくれべりゃ、ずっとましさ」
警官は立ちあがった。
「ここの便器って壊れているのか?」
「うん」
「外でやってくる。金置いておくから、飲み逃げはしない」
そう言って、本当に金を置き、外に出た。
まったく、たちしょんは好かないね。
すると、外で悲鳴が聞こえた。警官と若者の悲鳴だ。なんだ?
店主は恐怖に駆られた。
恐る恐るカウンターを出て、店に飾ってある猟銃に弾を装填し、外に出た。
このバーは町はずれにあるため、あたりは木と殺風景な道路以外何もない。パトカーと、ワゴン車が2台、駐車場に止まっている以外何もない。
何だ……くだらん。
すると、ぽつりと水滴が落ちた。空は晴れ渡っているのに、なぜ?
だが、水滴とは感触と匂いが違った。もっと生々しく、おざましいもの……
店主は上を見た。すると、思わず叫んでしまう。バーの屋根に、【それ】は居た。
店主は大急ぎで店に入り、玄関を閉め鍵をかけた。そして、カウンターの裏にある自室に入り、ベッドの下に隠れた。
玄関が壊れる音がした。同時に、壁が破壊される音がした。
店主は恐怖に震え、猟銃をしっかりと握る。
その時、ベッドが持ち上がり、【それ】は店主を見下ろしていた。
「ママ」
店主は泣きながら、そう呟いた。あの世の母さんに会えるなら、悪くない。




