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さようなら

作者: まなつか

 そっと重ねた唇から静かに吐息が漏れる。

 しんしんと雪が降り続ける中、僕らは確かにお互いの存在を確かめ合った。

「ねぇ」

 彼女は僕から顔を話すとそういった。

「ちゃんと、私の分まで生きてね」

「うん、わかった」

 僕は確かに、そう返事をした。

 彼女は微笑むと僕の手を握り、駅の方へと向かった。



 その夜、彼女は何もない病室のベッドの上で14年という短い人生を終えた。



「高野。お前……」

 何人か慰めてくれる友人がいた。

 彼らは何もわかってはいない。僕の気持ちなんかわかりはしない。だけれども彼らは彼らなりに僕のことを気遣ってくれているのだと思う。

「大丈夫」

 そう、言い続けていた。

 決して大丈夫なんかじゃない。

 だけど僕にはその言葉を発することしか許されていない――そんなように思っていた。



 僕は何の為に生きているのだろうか。

 彼女が言い残した言葉だけでこの命を繋いでいる。

 何の目標もない。日々失っていく何か。壊れていく日常。それを食い止める力さえ残っていない僕。どうしようもなかった。



「お前、そろそろ進路を決めないと……」

 ある日呼び出されて進路指導の先生にそう言われた。もう外は寒くなり、この学校では防寒着の着用が許可される頃だ。

「はい……」

 僕は曖昧に相槌を打っていた。それしかできない。僕に進路はない。

「――あのな」

 やけにやせているその男性教諭は

「山内の意志、受け継いでやれよ」

「――え?」

「彼女、北高志望だった。これが最後に彼女が提出した進路希望調査書だ」

 確かにそれは彼女――山内――の字だった。

 途端にずっと心の内に閉じこめておいたものがどっとあふれ出した。それを受け取って握りしめた。

「……かりました。わかりました。僕は……その高校に行きます」

 北高は県内でも有数の難関校だった。偏差値60。届かなくても僕はそれに目指すことだけが日々の生き甲斐となるだろう。そう思っていた。


   *


 空を見上げるとあのときと同じようにしんしんと雪が降り続けていた。すーっと空に吸い込まれそうになり、そしてまた正気に戻る。

「ふぅ……」

 駅の方からはクリスマスソングが聞こえてくる。ちらほらとカップルの姿も見える。

 僕はその学校に入学しなかった。


   *


「大丈夫です。ちゃんと行かせるように仕掛けましたから」

「ありがとうございます」

 そんな先生と母親の会話を聞いたのは受験を直前とした2月の下旬だった。

 僕はすっと心から何かが消え、その場を離れた。

「…………」

 何にも思えなかった。

 ただただ悲しみだけが身体を支配していた。



「君君、クスリ、やってみねー?」

 街中で歩いているとそんな声がかかってくる。いつもだったら無視するのに僕はついそちらの方へ向かってしまった。

「――高野君!」

「え……」

 僕は耳を疑った。

 確かにそれは山内の声だった。

 僕は我に返ってその場から離れた。彼女が救ってくれたのかもしれない。


 僕はなんの為に生きているのだろうか。

 どうせ死ぬんだ。人間どうせ。

 

   *


「僕は――」

 その後の言葉は続かなかった。

 どこに向かってものを言っているのだろうか。

 虚しさだけが喉元までこみ上げてきた。いっそのこと全部吐き出してやりたい。



 運がいいのか悪いのか――そこは道路のど真ん中だった。

 トラックがクラクションを鳴らしながら突進してくる。


 さようなら、この世界。


 僕は彼女のいるもとへと旅立つ他に選択肢はなかったのだ。最初からわかっていた。そんなこと。





 

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